俺は、自分を鍛え直し始めた。
先日のドラゴンとの戦闘で、体が鈍っていることを実感したのが一つの理由だが、もう一つ、大きな理由がある。
……あの姫さんとソフィアが転校してきた以上、ロクなことになるはずがない。いざというときのためにある程度力を取り戻す必要があると判断したのだ。
まあ、早起きした後、一時間ほどの軽い訓練だが。
「こら待て。1トンのダンベルを使った筋トレが軽いのか?」
「ふっ、愚問だな、フレイ」
「答えになってねえぞ」
なんか言っているフレイを無視して、俺は黙々と訓練を続けた。
第19話「ルーファスの苦悩」
さて、気になるのは、サレナとソフィアの評判だ。
サレナはこの国のお姫様で(いや、それ以上に性格が問題のような気がするが)、気軽に友人になろうとするやつはごく少数。
ソフィアはソフィアで、リアとタメをはるほどのボケをかまし、さらに厄介なことに一般常識が完璧に抜け落ちている。
こんな二人が学園にうち解けるのはさぞ苦労するだろうと思っていたが、
「……なんだかなあ」
朝、机の中に入っていた二枚のプリントを見て、俺はがっくりときた。
(……人間のすることはよくわからん)
(フレイ、心配するな、俺もさっぱりだ)
テレパシーで今日朝から訪れてきているフレイと話しながらプリントを改めて読む。
『サレナ王女様を崇める会』
『ソフィアちゃん後援会』
……それぞれのプリントのタイトルだ。
その下には入会の案内に加えて、男子生徒に対する様々な警告が書き連ねてあった。
つまるところ、例の『リアちゃんファンクラブ』と同じような組織が発足したらしい。もちろんのこと、本人未公認で。
アルによると、全男子生徒の九割がこの三つどれかの組織に属しているらしい。……残りの一割のうち、70%が隠れファン。20%が彼女持ち。残りの10%が無関心派とのことだ。さらに、女生徒の半分ほども所属しているという。下級生は主にサレナ、同級生と上級生にはリアとソフィアが半々という内訳だ。
ある意味、驚異的な数字である。
ついでに、俺に対する敵意は単純に三倍――いや、今まで小康状態を保っていたリアのファンのやつらの敵意が復活した分、それ以上かもしれない――になった。
はっきり言ってうっとおしいことこの上ない。
それに、当の本人らは……
「ルーファスさん? なに見ているんですか?」
リアはさっぱりわかっていない。
「それって、例のやつ? あなたも大変ね。まあ、あたしの側に居るんだから当然だけど」
サレナはわかってて俺をいじめる。
「マス……ルーファスちゃん? 私にも見せてください」
ソフィアはほぼリアと同じ。ちなみに、俺の呼び方は『ルーファスちゃん』になった。とてつもなく恥ずかしいが、他の呼び方はコイツが断固として拒否したのだ。……どうも、出会った当初の頃を思い出してしまう(初めて会った時はこう呼ばれていた。まあ、当時は10歳かそこらだったので、仕方ないかもしれないが)。
この状況を羨むやつらは多いが、そんなやつらにこのポジションを変わって欲しい。
俺にとってはメリットらしいメリットはなく、いわれのない悪意あ〜んど厄介事を一身に受ける。……この状況は不幸としか言いようがないと思う。しかし、俺に取って代わりたいと言うやつがごまんと居るのだから世の中わからない。
「ふふふ……ルーファス・セイムリート!! 我々と一緒に来てもらおう!!」
こんなやつらみたいに。
「で、なんスか? 先輩方」
俺を呼びだしたのは数人の3年生グループ。
……確か、アルフレッド情報によるとあのリーダーっぽいやつはどっかの貴族の息子だったような……。
「ふふん。今までは多少目立っても許しておいてやった。所詮、庶民の通う学校でのことだからな。だが!サレナ王女がやって来たからにはそうはいかない!!」
…………はい?
「ふふふ……君にばかり目立たせて、サレナ王女の興味を引かせるわけにはいかないんだよ。ちょうど、君と同じパーティーに所属しているようだし……」
「話が見えないんですが」
「しかーし! このマグナス・ハルフォードの名にかけて!! 断じてそんなことを許すわけにはいかない!!」
えーと……なんだ。つまり、こいつはサレナを狙っているわけか? 人の話を聞かないやつめ。
まあ、家柄のため、ということなんだろうけど。
「と、いうわけで少々痛い目にあってもらおう……お前達!」
マグナスが指をぱちんと弾くと、そこらの草むらから黒服が20人ほど出てきた。……いや、ちゃんと気配は掴んでいたけどね。
それぞれ、剣やら槍やら斧やらで武装していて、物騒なことこの上ない。
「君は腕が少々立つようだが……さすがにこの人数相手ではどうしようもないだろう?」
「いや、俺としては、ただの学生にこれだけの人数を動員するあんたの神経を疑うが」
(ただのじゃないだろ。つーか、お前相手に人数で押そうとするのがそもそも間違いだ)
うるさいフレイはとりあえず黙殺しておく。
「さあ!! 今すぐにサレナ王女との縁を切り、ついでに私に服従すると誓いたまえ!! それとも、この人数相手に戦いを挑むかね!?」
無視かよ。
「え〜と、それじゃあ戦いを挑むことにする」
「そーかそーか。それでは、これからは私の言うことには絶対逆らわないように……って、ん? なんだと?」
その問いを無視して、俺はすでに黒服の8人ほどを気絶させていた。
……別に特別なことをしているわけではない。背後に移動して首筋の急所に一撃をいれているだけだ。
ちょっと練習すれば誰にでもでき……
(できるか)
(なんなんだフレイ。さっきから口答えばっかしやがって)
(お前、自分の考えていることが変だとは思わないのか? どこの世界にちょっと練習しただけで目で追えないようなスピードで移動できるやつがいる)
(えーと、とりあえず、俺?)
(違うだろ! 反語表現だ!! 「いや、いるわけがない」って言いたいんだ! 俺は!)
ちなみに、その間にも黒服の相手は続けている。
結局のところ、全部片付けるのに20秒とかからなかった。大体一人一秒か。
「な、なんだと!? 貴様! なにをした!!?」
「ちょっと眠ってもらっただけだが……」
「くそ! こうなったら、いざというときのために待機させておいたハルフォード家特別魔法士隊の恐ろしさを思い知らせてやる!」
微妙に説明口調なセリフ。
それとほぼ同時に、30人ほどの魔法使いらしい男達が現れた。
……いや、だから気付いていたんだって。
「さあ! 死なない程度に……いや、この際だから殺す気でやってやれ!!」
『了解しました!!』
物騒なセリフをはくマグナスに、びしっとそろった声を出す男達。
「はあ……」
この状況を見ても、羨むやつっているのだろうか?
『すべてを滅ぼす炎の力よ……』
って、考え事なんてしている場合じゃないな。
全員、打ち合わせでもしたのか同じ魔法。おまけに、全員の詠唱が完璧に同じスピードだ。
「やれやれ……『集い、破裂せよ。スプレッドボム』」
とりあえず、魔導士が一番密集しているところにスプレッドボムを喰らわせてやる。
「な、なんだと!?」
いや、なんだとって……。
予想していたが弱すぎ。何であのくらいで半分以上気絶しているんだ? 肉体的に弱いのなら詠唱と同時展開で結界でも張っていろ(ちなみに、そんなことが出来るのはかなりの高位魔導士になる)。
「ええい! ひるむな!! エクスプロージョン発射だ!!」
マグナスが狂ったように命令を飛ばす。……だから無駄なんだって。
『エクスプロージョン!』
ドカァッッッ!!
直後、俺のいた場所が大爆発。その前に、俺は魔導士の一人に肉薄していた。
「なっ!? 速……」
全部言いきる前に気絶させてやる。
結局……そんな調子で、残り全員を片付けるのに10秒もいらなかった。
おっと、ついでにこの貴族のバカ息子も処理しといてやろう。
ぽかっ!
「ぐはっ!?」
……弱い。
「いや〜。やっぱ強いわね〜」
「見てたのかよ」
教室に帰ってみると、サレナに出迎えられた。
「そりゃあね。あんな呼び出し方されて、気にするなってのが無理でしょ」
「止めてくれても良かったんじゃないか? 荒事になるのはわかってたんだろ」
「あたしとしては、アンタの強さの確認もしておきたかったし。これで、なんの心配もなく師事できるわ」
師事って……。アレか。召喚魔法の指導とやらか?
「それについては断ると言ったはずだ」
「あんなふざけた方法で納得するとでも思っているの? それとも、天下のルーファス・セイムリート様は召喚魔法をつかえないのかしら?」
「少なくとも悪魔系は知識だけだ。幻獣系なら少し」
(少しだぁ? バハムートの野郎やら、フェニックスやらを呼び出せるくせになに言ってんだ)
(お前、今回そういう説明が多いぞ。説明野郎)
(やかましい!)
「それで充分よ。ねえお願いよ。なんなら、月謝も払ってあげるわよ? お金……苦しいんでしょ?」
「うっ……」
痛いところをつかれた。
先も言ったとおり、俺の場合、生活費も含めて奨学金に頼っている。はっきり言って、その金額はぎりぎりで、上手くやりくりしないと、一ヶ月持たない。
まして、娯楽費などもってのほか。年頃である俺としては、少しは遊ぶための金も欲しいところだ。趣味の絵も、絵の具やらスケッチブックやらは必要なのだ。
「土日以外の週5回、夜の6時から9時まで。これで月謝50000メルくらいでどう?」
「うう……」
ついふらふらと向かってしまいそうになる。それほど魅力的な提案だった。
こうなると、別にいいかな、とも思える。最初断ったのだって、別に確固たる理由があってのことではない。なら、一日3時間程度付き合うくらい………
「だめです」
そこで、傍観していたリアが割って入ってきた。なんか知らんが、怒っているようにも見える。
「あらリア、どうしてかしら?」
「若い男女が二人っきりなんて不健全です。そもそも、ルーファスさんは放課後は私の家でごはんを食べて、一緒にお話しするんですから」
……おい、こら待て。いつ決まった、そんなの。
「ちょっと待……」
「ちょっと待ってください。放課後、ルーファスちゃんには私の仕事を手伝ってもらわないと」
リアに文句を言おうとしたら、今度はソフィアがなんか言い出した。
「……ソフィア。なんだそれは」
「私がここを卒業するまでの仕事、ほとんど終わらせたんですけど、やっぱり突然はいってくる仕事とかもありますから。だから、手伝ってもらおうかと」
「なんで俺が?」
「私が学校に来ることになった責任をとってもらわないと」
それはお前が勝手にやったことだろうが!!
(大体、フレイ! 言い忘れてたが、お前らも止めろよ! 頼むから!!)
(こいつが一度言い出したら聞かないっていうのはお前も知ってるだろうが!!)
そうだった。しかも悪いことに、コイツの周りには悪のりが得意技のやつが複数いるんだった。
「ちょっと待ってください。それはルーファスさんがする義務はありません」
をを!? リア! 底なしのドジっ娘だとおもっていたが、今その認識を改めることにしたぞ!
「なんか、不埒なことを考えてませんか?」
「ナ、ナンノコトカナ?」
あ、相変わらず人が困るときには鋭いやつめ。
「それはリアの言うとおりね。大体、ルーファスもお金になる仕事の方がいいわよねえ?」
た、確かにそれはそうなんですけれども……
「いえ! 私の家でごはんです!」
「……餌付けしていたって報告は本当だったのねえ。でも、そう簡単に譲るつもりはないわよ」
サレナがしみじみと言う。ってーか、なんで知ってる!? もしかして、夏休み中俺に付きまとっていた気配はこいつの雇った探偵かなにかか!?(←害はなさそうだから放って置いたやつ)
「だからマスターは、私と精霊界でお仕事なんですって! やらなきゃ、人間界の自然のバランスが崩れちゃいますよ?」
ああっ!? ソフィア!! そんなお前の正体をばらすような発言をあっさりと……! おまけに呼び方もマスターに戻ってるし!?
おそるおそるクラスメイトの反応を見ると、どうやら俺に殺気をぶつけるのに忙しく、ソフィアの問題発言は無視されたらしい。
……なんでだ。
「それはだな。お前を巡って美少女三人が言い争っているからだな。端から見ればただの痴話喧嘩だし。羨ましいやつめ」
「……いたのか、アル」
「おおよ! ま、来たのはさっきだけどな。食堂から帰ってきてみればなんか面白いことやってるし。……で? この喧嘩はなにが原因なんだ?」
よかった。ソフィアの発言は聞いてなかったな。
「いや〜、よくわからんのだが……」
「だから! ルーファスさんの貧乏な生活を少しでも改善するために、私がばんごはんを提供しようと……」
「ごはんなら、私がマスッ(むぐっ! ←ルーファスが口を塞いだ)……ルーファスちゃんに作ってあげます! だから、お仕事を……」
「あら?でも、夕食もお金があればいいわけでしょ?だったら、私のところでバイトするのが……」
「い〜〜え!そんないかがわしいアルバイト、絶対に認めません!」
「そうです! 大体、悪魔なんておぞましい! ルーファスちゃんは私たちと契や(むぐっ!)……くしているんですから!」
「別にその位いいじゃない」
「………!」
「…………………!!」
遮音結界、形成完了。
「……まあ、よくわからんが、こういうわけだ」
時々飛び出るソフィアの『うっかり発言』を防ぎつつ、結界を張ってやる。
「どういうわけなんだ?やっぱり痴話喧嘩なのか? そうとしか聞こえなかったぞ」
「確かに言い訳のしようもないんだが……」
聞くだけなら、俺の放課後の所有権を争っているようなものだ。
それぞれのファンクラブのメンバーもさぞ誤解なさることだろう。実際、クラスのやつらはすでに臨界点を突破しているっぽい。
「本部に連絡だ! ルーファスの野郎! 今日こそは許さねえ!」
「暗殺部隊の要請だ! ターゲットは相当強い! 選りすぐりのメンバーを!!」
「他の組織に後れをとるな! 俺たちは毒殺でいくぞ! 科学班を呼べ!!」
なんて物騒なセリフが飛び交っている。どうも、それぞれの組織に伝令を飛ばしているらしい。
もしかしなくても俺、ピンチか?
(お前、人間界ではいつもこんな感じなのか?)
(……今日はいつもよりひどい方だ)
(ひどい方……で済むのか? これが)
(頼むから言わないでくれ、フレイ……)
事の原因の三人は遮音結界の中でまだ言い争いを続けている。
俺って、この三人とパーティーを組んでいる限り、不幸から逃げられんのではないだろうか?
数十分の議論の末、月、木はリア。火、金はソフィア。水、土はサレナ。日曜日は交代制と言うことで落ち着いたらしい。
……俺の意見は?