……俺の平穏な学生生活は終わった。
第18話「そして二学期の始まり」
校長の長い話のおかげで遅れに遅れた始業式。
なんとか、それを乗り切って、教室でHR。
「ったく、校長の話、長すぎるんだよなあ」
隣の席のアルが愚痴をこぼす。
「ま、あの人――じゃなくてエルフか――はそれが仕事だろう」
「つってもなあ……。まあ、愚痴っても仕方ないんだけど」
そういえば、こいつは結局宿題をやらなかったらしい。おそらく、どの教科の先生にもこってり絞られることになるだろう。
「……そういえば、ミリア先生、遅くないですか?」
逆隣のリアが言う。そういえば、いつも時間に遅れることはないのにやけに遅い。なにかあったんだろうか?
「ああ、それは転校生が来るからだろうな」
「……アル、なんだそれは?」
「俺も今日の朝知ったんだけどな。どうもこのクラスに転校生が来るらしい。それも二人」
……嫌な予感が。
「へ〜。そうなんですか?どんな人かわかります?」
「んにゃ。どうも女の子らしいが……」
「……それよりどうして二人もなんだ?一学期の俺も入れて三人だ。このクラス、そんなに人数少ないか?」
一応、俺も転校してきたのだ。そしてこのクラスに編入された。それなのに、どうしてその転校生とやらは二人ともこのクラスに来るんだろう?
「なんでも、本人が希望したらしいぞ」
嫌な予感がどんどん増大していく。いや……まさか、そんなお約束な。
……しかし、二人? 一人はなんとなく読者の皆さまもわかるかもしれないが……どうして二人?
「あっ!ミリア先生が来ましたよ」
リアの言葉に反応してそちらを見ると、確かにうちの担任ミリア・フォーティンがいた。
「おらー!お前ら騒がないでとっとと座れ」
先生が一声かけると、クラスの連中はすぐに静まりかえって自分の席に座る。
思えば、なかなか指導力のある先生だと思う。……性格は悪いがな。
「今日は新しい仲間を紹介する。ルーファスのやつに続く第二の転校生だ。なぜか二人いるが……入ってこい!」
その言葉を聞いて、廊下に待機していた二人の転校生が教室に入ってきた。
「……………………………………」
……開いた口がふさがらないとはこういうことを言うのだろう。
『おおおおっっっっっっっ!!!?』
男子がにわかに騒ぎ出す。転校生の二人ともが見目麗しい美少女ならまあ仕方のない反応だろう。
俺ともう一人だけ、顔が青ざめているやつがいるが。
「あ……な、なんで……。や、やめて、やめてくれ。ぐちょぐちょは……ぐちょぐちょはいやーーー!!」
アルは彼女にされた仕打ちを思い出したのか意味不明のセリフを吐きながら震えている。せっかく復活していたのに……本当になにをされたんだ?
だが、声が出せるだけマシだ。大体、そっちの方は俺は半ば予想していた。
そう、転校生の一人はサレナ。アルに救いようのない心の傷を作った王女様だ。
「あー、こっちはお前達も知っているかもしれない。この国の第一王女様だ」
「サレナ・ローラントです。よろしく」
と、サレナがにっこり笑った。……心なし、俺に向けて。その獲物を狙う蛇みたいな目を向けるのは止めて欲しい。
そして、もう一人。まったく、ちっとも、全然予想し得なかった人物がそこにいた。
俺はその人物をよく知っている。サレナと同じ金髪で、いつもニコニコ笑っていて、怒ると怖くて、どこかリアに通じるものを持つ、俺に異様に懐いているやつ(説明的口調)。
……どうしてここにいるんだよ。
「そんで、もう一人。……男子、そんな欲望にまみれた目で見るんじゃない。怖がっているだろうが」
「あ、あの……ソフィア・アークライトと言います。えっと、よろしく……」
さすがにたくさんの人間に相対するのはびびるのか、縮こまっている。
そこで、思考を放棄していた俺の脳細胞が活動を再開した。
一瞬でソフィアの所に移動し、その手をひっつかみ、
「先生!ちょっとトイレに行って来ます!!」
「あ、ああ。それはいいが、どうしてお前は転校生の手を……」
「それでは!!」
「あ、あのマス……」
「ちょっと黙ってろ!」
ここで、『マスター』などと言われたら言い訳のしようもない。とりあえず、強引に引っ張って屋上にでも行こう。
すべてはそれから聞く。
俺はそれでもまともだった学生生活がガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを自覚していた。
屋上に着いた直後、俺の鉄拳がソフィアの脳天に炸裂した。
「い、いきなりなにするんですか」
頭を抑えながら涙目でソフィアが抗議する。
「頭を叩くなんて……。私がお馬鹿さんになったらどうするんですか」
「心配するな。お前はもともと極上のお馬鹿さんだ」
「なっ……ひどいです。マスターはそんな風に思ってたんですね」
……だって、精霊界で迷子になるような精霊なんてお前以外見たことないぞ。
「それよりだ。……なんでお前がここにいるんだよ」
とりあえず、今一番気になっていることを聞いてみる。
「だから、転入してきたんですよ」
「いや……確かにそうなんだが……」
根本的なところでこいつはわかっていない。かといって、俺もなにがなんだかまったくわかっていない状態なのだが。
「……いいか、お前は精霊だ。ついでに俺と契約している」
「はい」
「そして、ここは学校だ。学校というのは人間の子供がいろんなことを勉強するために通う場所だ」
「それがなにか?」
「しかるに、お前がここにいるのは不自然だ。わかるな?」
「……?」
「『……?』じゃない!」
こいつ……。いくら人間に抵抗があんまりないとはいえ、精霊がこんな大多数の人間の前に出るなんて有史以来初めてじゃないだろうか?
……やっぱり馬鹿だからか?
「なんか失礼なこと考えてませんか?」
「その通りだ」
「……否定しないんですね」
「当たり前だ。……しかし、実際どうやって来たんだ?戸籍やらなにやらは」
と、俺が聞いたとき、
「それについては俺が説明しよう!」
呼んでもいないのにガイアが現れた。
「……はあ」
「なんだ、どうしたルーファス?」
「いや、お前が出てきた時点でろくでもない手段を使ったってことはわかったから、説明しなくてもいいぞ」
だから帰れ、と続けるが、どうもガイアが帰る気配はない。
「まあ、そう遠慮するな。ちゃんと説明してやる」
「……わかった。一応言ってみろ」
「うむ。まず、俺たち精霊がこちらの世界で戸籍を得たり、学校に通ったりするのは普通じゃできない」
当たり前だ。そもそも、精霊は普通人間の前に姿を現したりはしないのだから。
つまり、普通じゃない手段を使ったな、コイツ。
「そこで、普通じゃない手段を使わせてもらった。まあ単刀直入に言うと、俺が守護精霊をしているアルヴィニア王国の王に頼んだわけだ」
………………
「よろしく、と頼んだら快く引き受けてくれたぞ」
「……………」
「……………」
「……………」
「こらルーファス。リアクションはどうした、リアクションは。いつものお前ならでかい文字で『なにぃーー!?』とか言っている場面だぞ」
「ただ単に驚くのに疲れただけだ」
「それはいけませんね。今日は早めに寝てくださいね」
と、事の元凶のくせにあっけらかんとソフィアがのたもうた。
「はあ……」
もうすでにため息しか出て来ない。俺はどうしてこんなやつらと契約したのだろう。こんな、契約者に迷惑しかかけないようなやつらと。
「それでですね、夏休み中は大変だったんですよ。生活道具を集めたり、私の向こう二年間分の仕事を片付けたり」
「おう、大変だったな〜。精霊王総出で片付けていったんだぜ」
俺にとって、頭痛の種でしかないことを誇らしげに語る二人。
「ルーファスさん?」
ああ、この上さらに厄介なやつが……。屋上の扉からリアが登場……。
「おお、リアちゃんではないか」
「……? あなた、誰ですか?」
ガイアがフレンドリーに話しかけるが、突然知らない男に話しかけられたリアははてな顔だ。
「ああ、そう言えば君は俺たちのこと知らないんだったな。本来、人間に姿をさらしたりしないんだが……まあ君は特別だ」
「……ルーファスさん、この人なんなんですか」
「気にするな。ただの頭の可哀相な人だ」
「なーんだ」
「そこで納得するのか!? そんなんじゃなくて、俺様は大地の精霊王、ガイア・グランドフィル様だ。どうか遠慮なく敬ってへつらえ」
「………」
「……いい病院紹介しましょうか?」
うわ、リア、きつい一言だな。
「そりゃないなあ。俺のハートはものすごい傷ついたぞ。そーゆーわけで俺は帰るわ。ルーファス、ソフィアのことよろしく」
「こら、そーゆーわけってどういうわけだ! ちゃんとコイツを連れて帰れ!!」
俺はソフィアの首根っこを掴んでガイアに渡そうとするが、
「じゃ、さよーならー」
無視して行きやがった。
空間に穴を開けていったので、リアはぽかんとしている。
「も、もしかして、あの人本物の精霊王さんですか?」
「非常に納得いかないが、一応名目上はそうだ」
リアは頭を抱え苦悩する。この上、俺が猫のように掴んでいるやつが光の精霊王だと知ったらどういうリアクションを返すだろう?
前のドラゴンの一件の時も、薄目だったからソフィアの顔は見ていないそうだし、まだ気付いていないはずだ。
「ルーファーーース?」
王女様、登場。ガイアめ、サレナが来ることがわかったから逃げ帰ったのか。
「あたし、あなたと同じパーティーとやらに登録されたわよ。ヴェスリエントだっけ? パーティーの名前。ああ、そっちの彼女もそうだから」
………なんですと?
「わあ、じゃあマスターと学校でもずっと一緒ですね」
「……ルーファスさん、マスターってどういうことですか?」
しまった。ソフィアに呼び方を変えろと言うのを忘れていた。リアが怖い目で睨んでいる。
「あたしも興味あるな」
サレナはサレナで好奇心丸出しの目で見てくるし……
俺に安住の地はないのか?
こんな感じで、俺は二学期学生生活の第一歩を踏み出した。
……思いっきり踏み外した気がするけどな。
追記
結局、彼女らに全部説明するハメになった。
ついでに、教室に帰ったら美人の転校生二人を独占したとかで最近おさまってきていた嫉妬の視線が再発。
……これからいろいろ忙しくなりそうだ。
まあ、退屈だけはしそうにないが……。胃薬を調合する必要があるかもな。