「ん? おお、良也。こっちじゃこっちじゃ」
「あー、ども、マミゾウさん」

 里の茶屋。変化でまるきり人間にしか見えないマミゾウさんが、白玉団子をつつきながら茶を飲んでいた。

「すみません、ちょっと待たせちゃいましたかね」
「いやなに。儂ゃいつも大体暇しとるでな。気にせんでえぇよ。なに頼む?」
「なににしようかな。えーと……あ、すみません」

 店員さんを呼び止め、磯辺餅と番茶を注文する。

 そして、マミゾウさんの隣に腰を下ろした。

「ほっほ、傍から見るとデートに見えるかの?」
「さあ、どうでしょうかね」

 からかうようにマミゾウさんが言うが、僕は肩をすくめて適当に返事をした。
 確かに外見は妙齢の女性ではあるが、流石に根がお婆ちゃんなマミゾウさんにドギマギはしない。というか、割と毎回言われるので、もはや慣れた。

「なんじゃい。張り合いのない」
「はいはい。とりあえず、今日の分渡しときますよ」

 と、僕は毎度お馴染みの『倉庫』から、いくつか紙束を取り出した。

「おう、悪いの。わざわざ印刷してもらって」
「いえ、別に大した手間でもないですし。駄賃も貰ってますし」
「あんだけでいいのかい? どうせ幻想郷じゃ使わんし、向こうの株の権利、半分ほど譲ったろか?」

 マミゾウさんは、外の世界で築いた財産の大半を金とか美術品とかに替えてこっちに持ち込んでいる。
 しかし、それでも少なくない額の預金や有価証券や社債、国債なんかを、信頼できる人間に管理させているらしい。

 ……佐渡の団三郎狸と言えば、金貸しとしての逸話もある妖怪である。流石と言うか、酒呑み話に聞いたマミゾウさんの総財産は、ちょっと頭がクラクラした程だった。

 仮にマミゾウさんの持つ株の半分でも、配当金で遊んで暮らせそうだ。

「いえ、結構です」
「おんや、いいのかい? お前さん、そこまで欲のない人間じゃなかろうに。ほれ、金がありゃなんでもとは言わんが、色々できることも増えるんじゃないかい? 酒でも食いもんでも女でも、現世は他にも色々楽しみもあるし」

 ニヤニヤと、煙管を吹かし始めるマミゾウさん。
 魂胆が見え透いている。

「そうですけど、僕、絶対堕落します。そういうところを見て、楽しむつもりでしょう」
「おやおや。儂はそこまで意地悪ぅないつもりじゃけどなあ」

 口ではそう言いながらも、マミゾウさんも隠すつもりはないらしく、思い切り顔に『お、気付いたか』なんて書いてあった。
 普段は気のいいマミゾウさんだが、人間を食ったり陥れたりってのは、これ妖怪の性なのだ。人が金の力に溺れて破滅……なんて、いかにもである。

 とは言え、やられっぱなしってのも癪だ。

「マミゾウさん、昔懲らしめられて悪戯には懲りたんじゃなかったんですか。なんでも具合の悪そうなふりして人に背負ってもらって、そんでなんか背中でおしっこしろとか言われたんですよね」
「……儂が悪かったからその話はやめい」

 バツが悪そうに、マミゾウさんが視線を逸らす。

 いや、うん、気持ちはわかる。
 団三郎狸が男だったら、ちょっと変態っぽいけど人間の知恵者が悪い妖怪を懲らしめたって話でしかないが、マミゾウさんのことを知っていればこう、あれだよ。わかるだろ?

「磯辺餅と番茶お待ちどうー」
「あ、どうもどうも」

 運ばれてきた品を受け取り、僕はうまうまと食べる。
 それを横目に、マミゾウさんは僕の持ってきた紙束――ここ最近の、外の主要なニュースを印刷したものに目を通していた。

「ふむ。色々あれど、日ノ本はまだまだ平和なようじゃな」
「ま、そうですねえ」
「佐渡も……何事もなし、か」

 なお、佐渡のことが記事になってれば、それも持ってくるようにしている。
 なんだかんだで、佐渡ヶ島はマミゾウさんには重要な土地なのだ。

「東風谷辺りは里心が出るからって、あんまりこの手のは頼まれたりしないんですけど、マミゾウさんはどうなんです?」
「おいおい、良也。儂をお山の巫女みたいな小娘と一緒にするない」
「そりゃそうでしょうけど」

 長寿な妖怪のメンタルと、ちょっとアチョー入ってるとは言え人間の少女のメンタルとでは、そりゃ比べもんにならんだろう。

「それに、里心が付いたとて別に問題はない。そん時ゃ帰るだけだからね」
「あれ? そういうの、できるんです?」

 僕やスキマは割と自在に行き来しているし、宇佐見の奴が起こした異変では幻想郷の住人が外の世界に行くという珍事があったが、あくまでもこれらは例外だったはずなんだけど。いや、宇佐見ん時はマミゾウさんも外出てたけどさ。

「博麗大結界は厄介なもんじゃが、やりようはあるさね。妖怪界広しと言えど、化かす技術にかけて化け狸に勝てるやつなんざいない。結界を『化かす』くらいは、お手のもんじゃ」
「へー」
「なんじゃ、気のない返事をしおって」

 いや、すごいなー、とは思えど、下手に同意したらアレだ。同じく化け能力に定評のある狐系の不興を買いかねない。よく会うのは藍さんくらいだけどさ。

「じゃ、そのうち佐渡に帰るんですか?」
「多分、な。八雲のが作ったこの幻想郷は儂みたいなのにとっては居心地がいい。外はまあ、古い妖怪にとっちゃあ、あまり空気の良いところじゃなくなったんでな」
「幻想郷と比べりゃ、環境汚染酷いですからねえ」

 いや、一昔前に比べれば全然良くなっているはずだが、それより更に昔とは比べ物にならない。

「それだけじゃないんじゃが……まあ、ええわい。とにかく、ここはええ土地じゃが、儂の帰るべき場所ではない。それに、島にはまだ儂を信仰しとるものがそれなりにおる。と、それだけじゃ」

 言って、最後にふぅー、とマミゾウさんは煙を吹く。ゆらゆらと揺れる紫煙が、空に溶け込むように消えていった。

「帰るべき場所、ですか」
「ひひ、ちと恥ずかしいことを言ったかね」

 マミゾウさんはそう笑う。

「まあ、ちっとは参考にしとくれ」

 どっこいしょ、とマミゾウさんは立ち上がり、懐から財布を取り出した。

「あれ? マミゾウさん、誰から聞きました?」

 その言葉でピンときた。この人、僕が将来的な移住も視野に入れて、こっちに家建てようとしてんの、知ってるみたいだ。
 別段隠してたわけでもないが、そんなお喋りなやつに話した覚えもないんだけど。いや、輝夜とか意外とお喋り好きだが、あいつは引き篭もりだし。

「あの、月の薬師がな。儂んとこに来て、ちょっとな」
「永琳さん?」

 んー? なんだろ。確かに、前にお願いはしたが、マミゾウさんに話すことがなにかしらの方策に繋がるのだろうか。
 うーん、わからん。

 ……まあ任せときゃいいか。
 下手の考え休むに似たり。僕は思考を放棄して、ずず、と茶を啜るのであった。






























 その後。なんとなくマミゾウさんとの会話が心に残り。
 僕は、同じく外の世界からやってきた神奈子さんと諏訪子の見解も聞きたくて、守矢神社にやってきた。

 境内の掃除をしている東風谷に適当に挨拶をして、本殿でどっかりと腰を降ろしている神様方に話しかけた。
 折よく二人共揃っていたので、話をしてみると……カラカラと笑い飛ばされた。

「はっは、そりゃ外の文化が恋しいと思うことがないわけじゃあないが、私らは別に向こうへ戻るつもりはないねえ」
「だね。ちょっとずつこっちの人間や妖怪の信仰も集まってるのに、今更ね。早苗の努力も無駄になっちゃうし」

 と、こっちは完全に幻想郷に根を下ろすつもりのようだった。

「そ、そうなんですか」
「そりゃそうさ。まあ、私らも多少なりとも信者が残ってりゃそりゃ考えたかもだけど。ちっ、そう考えれば、その妖怪はやるね。やっぱり地元密着が鍵だったか……?」

 神奈子さんが考え込む。

「まあまあ。過ぎたことを言ってもしかたないさ。こっちはこっちで暮らしやすいし」
「それは、まあね」

 一方、諏訪子は別にああしとけばよかった、みたいな未練もないのか、あっさりとしたものだった。
 そうして、諏訪子はにっ、と笑って聞いてきた。

「ちなみに、そう言う良也はどっちだい?」
「ん? 僕?」
「そう。その妖怪の言葉を借りれば『帰るべき場所』ってやつさ」

 今の僕の帰る場所っつーと、どう考えても外で借りてるマンションなんだが……さて、将来はどうだろうね。

「うーん、よくわからないなあ。そりゃ、いつまでも外にいられないってのはわかってるけど、それならそれで適当にほとぼりが冷めた頃にもっかい外での生活始めてもいいかなって思うし」

 戸籍? ……まあ、なんとかなるだろ。こっちに引っ込む前に、なんとかできるコネを作っといた方がいいかもしれないが。最悪、ちょっと役所の窓口でこう、催眠的なアレで。

「あんたは変わらないね。相変わらず、現実と幻想の間をふらふらと。どっち付かずというか」
「そこはハイブリッドと言って下さい」

 神奈子さんに僕は断固として反論する。
 そんな、複数のヒロインに振り回されて誰を選ぶでもなく延々と連載を引き伸ばすラブコメ漫画の主人公の如き扱いは心外である。

 なに、全然例えになってない? 知ってる。

「はあ〜。言い方を変えても一緒だろうに。そういう男がしゃんとするきっかけって言えば、伴侶を得るってのが相場なんだが」
「あいにく、候補すらいません」

 そろそろ僕もいい年ではあるのだが、相変わらずその手の話は欠片も出てこない。
 うん、まあ生涯未婚率もかなり高くなってきてるし、いいんじゃないかな? 昔は実家に帰るごとに相手はいないのかって聞かれてたけど、そろそろ諦められつつあるっぽいし……

「でも、傍から見ると、良也の周りって女だらけだよねー。私含めて」

 女(笑)

「ていっ」
「いって!? 諏訪子、なんでいきなり蹴るんだよ!」
「いや、別にあんたに女扱いされたいわけじゃないけど、それはそれとしてムカついたから」

 ……本当にそんな顔に出ているんだろうか。僕って、結構ポーカーフェイスだと思うんだけど!

「ま、今更っちゃあ、今更か」
「神奈子さん、それ、僕が幻想郷と外の世界を行き来してるって件です? それとも、女っ気はあるのに相手の候補もいないって話のことです?」
「どっちもさ」

 あの、もうちょっとこう、歯に衣着せるというか、手心というか……

「まあ、あんたがこっちに家持つってのは、私としては結構なことだと思うよ。早苗含め、少なからず世話になってることだし、協力くらいしようじゃないか」
「……すみません、協力はありがたいんですが、なぜ急に?」
「ん? そりゃ、あの永遠亭の薬師が来て……ああ、まだ話してないのか」

 うわー、永琳さん、ほんとになに企んでるんだろう。
 マミゾウさんのみならず、神奈子さんにまで協力を依頼するなんて……

 この分だと、僕の知り合い周りには大体話が通っていると見てもよさそうである。
 どうしようとしているのか、まあいくつか想像はできるが……まあ、話してくれるまで楽しみにしていよう。

「さて、良也。話は終わりかい?」

 と、そこで諏訪子がパンパンとスカートについた埃を払いながら立ち上がる。

「え? まあ、うん。ちょっと聞きたかっただけだし」
「ほうほう、そりゃ良かった。で、神二柱の時間を割いてやったんだから、それなりの見返りは用意しているんだろうね?」

 え。

「ちょっとした世間話をしただけじゃないか」
「そうは言っても、アンタが問いをかけて、私達が答えた。ほら、立派に契約は成立していると思うけどね」

 僕はため息をつく。まあ、たまには守矢神社に奉納するのも良いだろうと、自分を納得させ、『倉庫』にある酒を取り出す。

「ほれ」
「あ、やった! 言ってみるもんだね」

 言っただけかい。

「今日は天気もいいし、このまま呑んじゃう? 呑んじゃう?」
「それ元々僕の晩酌用なんだから、僕も呑むぞ」
「お、いいねいいね。つまみがないのがあれだけど」

 そして、神奈子さんも当然のように加わるつもりのようだった。

 まー、あれだ。

 事あるごとにこうして笑顔で酒を酌み交わすことのできるこの場所は、うん。こっちに帰るってことになっても、悪い気はしないな。






 ――なお、神社で酒盛りなんぞしていると、当然のように掃除していた東風谷に見咎められるわけで。

 神様共々説教されることになったのだが。
 ……まあそれは語るほどのこどでもない。

 ないんだってば。
 諏訪子のやつに無理に進められてぐいぐい呑んだ結果、久方ぶりにご降臨あそばされたワイルド☆東風谷のことは忘れるんだ、僕!



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