「あいった! やったわね!」

 鈴仙がちょっと不覚を取り、妖精の弾を一発受けているが、そのくらいで怯むはずもなく、彼女は返す刀でその数十倍の数の妖精を叩きのめしていた。

「いやー……楽だなあ」

 わかっちゃいたが、実力者のすぐ後ろを飛んでると、本当に僕はすることがない。
 たまに鈴仙が仕留め損ねた妖精が逸れてこっちに来るが、流石にその程度にやられるほどやわではない。

 ……これ、なんだろう。コバンザメ? 金魚のフン? 虎の威を借る狐?

 と、とにかく。微妙に男のプライドが刺激される状況だが、仮にも命と引換えである。そのくらいは我慢しよう。だってさ、死ぬと痛いんだぜ?

「あ、霊夢たちが見えてきたわよ」
「うわぁ……わかってたけど、うわぁ……」

 先に行っている霊夢と東風谷が妖精の数を減らしているから、この第四槐安通路も割りとスムーズに進めていた。
 だから、そのうち追いつけるかなー、とは思っていたが、

「この! とっとと落ちなさいよ!」
「ああもう! 霊夢さん、一体何のつもりですか! まさか、この異変に乗じて私を亡き者にしようと――!?」
「その通りよ! 別に殺しゃしないけど、コテンパンにノして天狗に記事にしてもらって、アンタんとこの信仰を殺す気よ!」
「な、なんの恨みがあって……」
「逆恨みがあるのよ!」

 あ、一応自分でもわかってたんだ、逆恨みって。
 ……自覚があった上で突っかかるほうがよりタチが悪いことは言うまでもないがな!

 霊夢と東風谷は、お互いをメイン敵としてターゲッティングしながらも、前に進んでいく。
 しかし、流石の二人も自分と同じくらい強い奴と戦いながら並み居る妖精相手に無傷とはいかないようで、さっきからちょこちょこ被弾している。意にも介していないが。

「あーあ……なにやってんだか」
「鈴仙、もうちょい下がろう。巻き込まれるぞ」
「そうねえ。って、あれ?」

 鈴仙がなにかに気付いたように、耳をピクピクさせた。

「どうした?」
「いや、あれ」

 と、彼女が指差す方には……ええと、ナイトキャップを被った女の子?

 さっきからたまに見える夢の幻像じゃなくて、ちゃんとした実体を持っているように見える。

「あれ、獏よ。ここで一番危ないやつ。確か……ドレミー・スイートだっけ」
「獏っつーと、夢を食べるやつだっけ」

 これでも、有名所の妖怪については一通り覚えている。なにせ、いつどこで遭遇するかわからんもので。
 伝承によると獏は、悪夢を食べてくれる大変ありがたい妖怪なのだが、

「そう。夢の精神世界で、獏。これがどれだけ危険な組み合わせかわかるでしょう?」
「わからん」

 夢を食べるというけど、今の僕バリバリ起きてるし。というか、夢を食べられて、一体なんの問題が? 逆にぐっすり眠れるから嬉しいな、じゃないのか?
 ……だから、さ。溜息ついて『こいつ、わかってねぇな』って顔するのやめようじゃないか。

「わからないならわからないでいいから。ほら、隠れるわよ」
「はーい」

 ちぇっ、ちぇっ、とちょっと拗ねつつ、僕は鈴仙に従って息を潜めることにした。
 いや、この通路に障害物なんざないので、こう、あっちの視界からなんとなく逃れるだけだが。

「あらあら、夢が混線でもしたのかしら。だからって、夢の中でまで喧嘩とは仲が良いやら悪いやら……ひどい悪夢には違いないけどね」
「あン? あんた誰よ」

 霊夢霊夢。お前、女の子がしちゃいけないツラしてるぞ。また信仰が下がる。

「はて、どちら様でしょう。この夢のような世界で優雅に飛びつつ、ついでに商売敵を合法的に落とせるなんて、悪夢どころか私にとっては至極素敵な出来事ですが」
「……って、貴方達生身!? 人間が、この夢の世界で生身!?」

 ドレミーさんとやらがびっくりしていらっしゃる。

「いやはや……流石は幻想郷の巫女ーズ」
『まとめるなっ!』

 二人がハモってドレミーに抗議する。仲良いね、君たち。

「って、夢の世界だって? どういうこと、あの月からの侵略者の話によると、この先が奴らの都のはず」
「あ、やっぱこっちが元凶でいいんだ。なんとなく黒幕っぽい雰囲気だったのよ、この通路」

 東風谷はともかく霊夢ェ。なに、その黒幕っぽい雰囲気の通路って。相も変わらず、勘だけで突っ走ってんな。

「月の都、ね。なーるほど、そういう事ね。良いでしょう、その狂夢、私が処理しましょう……と、言いたいんだけど」

 ドレミーは、ちら、ちら、と霊夢と東風谷を順繰りに眺める。

「……二対一は卑怯じゃない? 夢を喰い、夢を創る私と言えど、数の差はちょっとねぇ」

 卑怯、という言葉に二人は反応した。

「まあ、あの妖怪の言うことも一理あるわね」
「そうですね。では、ここは私が」
「私がやるに決まってんでしょ」
「いえいえ。幻想郷の先輩たる霊夢さんにそんなことをやらせるわけには。ここは私にお任せください。せっかくの宣伝材料……コホン」
「あれは私が使うっつってんでしょ」

 あ、こいつら自分が妖怪退治して、自分トコの宣伝に使う気しかねぇ。

「まあいいわ。いい加減、埒が明かなかったし、ここで落とすか」
「それはこっちの台詞です。一刻も早く異変を解決しないと、と思って進むのを優先していましたが、霊夢さんを先に下した方が結果的に早くなりそうですし」
「ふん。もっと遅くなっても知らないわよ。それに、ここは夢の世界なんだってね……だから」
「はい」

 巫女二人が互いに霊力を滾らせ、一触即発の空気となる。張り詰めた空気。まるでラスボスとの決戦前のような、どこまでも間違った雰囲気で、二人は戦いの開始を告げた。

「楽しい夢になりそうね!」
「永い夢になりそうですね!」

 ……いい空気吸いすぎだ、こいつら。




































 鬼のいぬ間に、ではないが、夢の世界はすごく広いので、霊夢と東風谷の弾幕ごっこを迂回して進むのもそう難しい話ではなかった。

 ……とはいかず、あわよくばそのまま月の都へ、と考えていた僕達の前に、ドレミーが現れた。

「おっと、そう都合よくいくとは思ってなかったでしょ?」
「そうですね。まったく、都合がいいと言えば、貴方もそうです。兎しか使わない通路をわざわざ通せんぼして……」
「まぁねえ、わかるよねえ」

 うんうん、と鈴仙とドレミーが頷き合う。
 お互いの中では何かしらの同意が取れているらしいが、毎度のごとくさっぱりわからん。

「しかし、月の兎はともかく、そっちの貴方も生身だけど……あれ、どちら様?」
「はあ、土樹良也といいます、よろしく」
「……幻想郷の人間だよね?」
「外の世界の人間だけど、まあ休みの日とかはよくこっちに来るなあ」

 それがどうしたのだろうか。

「私、見たことないんだけど」
「僕も初対面だと思います」
「いやいや、そういうことじゃなくて。え? 貴方、もしかして幻想郷に来ている間は、一睡もしてなかったりする?」
「……割とよく寝る方だと思いますが」

 えー、まさかー、という顔をされた。
 ……なんだよ、僕が眠っちゃ駄目なのか?

「いや、幻想郷の辺りの夢の世界は私の縄張りなんだけど、貴方の夢を見たことないのよ」
「……どういうことですか?」
「ほら、人間……っていうか、生き物の夢ってみんな無意識下で繋がってるもので。人の意識は大きいから、普通見逃さないっていうか。……眠りが深すぎて一切夢を見ない人なのかな?」
「いや、夢は見るよ。ドレミーが見逃しているだけじゃないか?」
「そんなことはない。幻想郷の人間の夢は全部つまみ食いしてるんだから」

 マジ顔だった。
 嘘をついているわけじゃなさそうだ。まあ、こんなことで嘘をつくとは思えないし。妖怪って、割と嘘とか苦手な奴多いし。

 いや、実際の所、分かるよ、うん。想像はつく。多分、またぞろ僕の能力が悪さしてんだろう。みんなは繋がってるらしいが、そういう繋がりとかを無視するのが僕の力だ。

 でも、さ。それって要するに。
 ……い、いや考えないでおこう。

「……凄い勢いのボッチね」
「言うなよ!? わかっても黙ってる優しさをくれ!」

 と、鈴仙の思わず、といった感想に、今まさに僕が考えないでおこうって心の棚に上げた事実が顕になる。

 う、うん、そうだよね……そういうことだよね。全ての生き物が夢を通じて繋がっているのに、僕だけハブられてるとか。ボッチと表現するしかないよね。
 でも――口に出すことはないじゃないか!

「あ、ご、ごめん。つい、うっかり」

 流石の鈴仙も心無いことを言い過ぎたと思ったのか、フォローを入れてくれる。

 ちぇっ、いいもん。夢の世界で一人でも、現実世界じゃそれなりに友達いるもんね。
 と、僕は一通り拗ねてから、気を取り直してドレミーの方を見た。

「で、ええと……まあ、夢のことは良いとして。僕達、月の都に行きたいだけなんだけど、通してくれませんか」
「夢を喰い、夢を創る私にとっちゃあ良くはないんだけど……まあ今はいいさ」

 と、ドレミーが妖力を滾らせ、戦闘態勢に入る。

「今回の件は、私も仕事頼まれててね。都に行こうとする奴を夢に落とす程度は、まあついでにやってやらないとね。一眠りしたら、今のことも忘れていい気分で起きられるさ」
「生憎、私もお仕事なので!」

 鈴仙もそれに応えて臨戦態勢に入った。

「え、ええと、じゃ、僕は後ろで応援――」
「気が散るから、先に行ってて」

 と、鈴仙は僕を促す。

「い、いやどうせドレミーが通してくれないだろ? だから僕は……」
「あ、月の都に行きたいなら、ここを真っ直ぐ行って、白い夢が見えたら左よ」

 あれ!? ここで食い止める仕事してんじゃないの!?

「……ま、手伝いはしたけど、今回の件って私にとっちゃぶっちゃけいい迷惑だし。とっととなんとかしてくれるなら、それに越したことは」
「じゃあ、鈴仙も通してくれよ!」
「月の兎は流石に言い訳が効かないので」

 僕なら言い訳が効くってか。
 いや、誰かが何かを企んでいたとして、僕と鈴仙、どっちが邪魔をする力を持ってるかっつったら、そりゃ鈴仙だが。

 しかも、この先はドレミーがいたせいか、妖精っぽいの少ないし……

「あ、あの。やっぱ一人で行くのは怖いから、僕、終わるの待って……」
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと行け!」
「……はい」

 そういうことになった。うん、怒るのはわかるよ、自分が身体張ってるのに、男が一人グズグズしてたらそりゃ怒る。
 ……でも、やっぱ不安だなあ。



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