ドレミーの言う通り進むと、月の都への通路という話に嘘はなかったのか、あっさりと辿り着けた。
 永琳さん曰くの『侵略者』とやらのせいなのか、人っ子一人見当たらないが、ここは間違いなく、昔パチュリー作のロケットでやって来た月の都だ。

 うんうん、あの通りとか見たことるよ。

「……は?」

 ……あれぇ? 月と地球の間の三十八万キロの距離は、一体どこでどうショートカットしたんだ?
 前の月ロケットも大概だったが、今回のこれは輪をかけて酷い。日夜宇宙関連技術を開発している技術者の皆さんが知ったら泣くぞ、これ。

「……気にしてもしゃーないか」

 あまりに静かだったので、思わず独り言が漏れてしまう。
 小さな声だったはずなのに、それは思った以上に響いてしまった。本当に、誰もいない都市というのは、こんな感じなのか。なんとも物悲しい雰囲気だ。

 前に来たときは、穢れを厭うという月の民の街だから雑然とはしていなかったけど、それなりに活気っぽいものはあったってのに。

 月の都を、当て所もなく飛ぶ。
 そこかしこに待機している球体は、確か都の防衛装置だったか。月の防衛とかの仕事をしている依姫さんちに世話になってたので、こういったものの話は聞いたことがある。
 外敵が来たら――今まで殆ど来たことなどなかったらしいが――こいつらがレーザーとかぶっ放すらしい。

 排除する対象の判断基準はよく知らないが、今のところ僕を攻撃する気配はない。

「……うーん。で、なんだっけか」

 月の都をうろつきながら、永琳さんと話した内容を思い返す。

 と、言っても、あまり詳しく説明しても仕方がないと思ったのか、そんなに詳しい内容は聞いていない。
 月の都が侵略を受けているってことと、後は、今回の防衛計画の主導をしていると思しき人物への手紙、それだけだ。後は、そっちの人に従えとかなんとか。

 多分、その人は間違いなく都に残っているということだったが……さて、どうしたものか。

「月の都っつっても、広いよな……」

 このまま適当にブラついているだけで、その人に会える可能性は極めて低い。というか、屋内に入ってたら流石に探すの無理だし。

 だから無理でした、ごめんなさい! ってすると、永琳さんが怖い。

 ……仕方ないか。

「すぅ」

 若干の気恥ずかしさと、まあ誰もいないしいいやという思いつきで、僕は大きく息を吸い、

「えー! 稀神さん!? 稀神サグメさん! いらっしゃいませんかーーーっ!!?」

 その名を、呼んだ。

 ……それが何の合図だったのか。

「あ?」

 ギラリ、とただふよふよ浮いていただけの防衛装置が反応し、

「え、ちょ、ちょちょ?」

 無機質なその玉の中心に光る宝玉が、僕を見据えた……気がした。

























 ぷすぷす、と月の都の通路に、仰向けで大の字になって倒れている僕の身体から、焦げ臭い香りが立ち上る。

 ……あの装置のビームで攻め立てられて、死ぬかと思ったけど、実際すっげー痛いけど、スゴイだろ、死んでないんだぜコレ。
 流石は死穢をなんかものっそい勢いで嫌う月の民。そのあたりのさじ加減は抜群だ。

 身動きが取れないでいると、ふわ、っと誰かが僕の側に舞い降りる音がした。

「……んあ」

 疲労でもういっそ寝てしまえ、と目を瞑っていたが、そう近くに来られると気になる。

 目を開けて見上げると、なんかこう、妙な感じのスカートが目に入った。
 なんだろう……この、裾が矢印型になった変なスカート。無論、僕が気になったのはそのちょっと変わった衣装であって、その中をなんとか覗こうなんて破廉恥なことを考えていないことは言うまでもない。

 ……いや、反射的にちらっと視線がいったくらいは不可抗力ですよね?

「人間…………?」
「あ、はい。こんにちは。ええと」

 寝そべっているのも失礼なので、なんとか痛む身体に鞭を打って立ち上がる。
 しかし、そのまま踏み潰されなかったということは、この人はいい人に違いない――!

「どうも、土樹良也です」
「……………………」

 ほう、と口に出さず、仕草のみで了解の意を示す女の子。
 しかし、なんだこの子。片方だけ羽生えてて、なんかカッコいいぞ。片翼の天使、ありきたりだがいいよね。

「で、ええと。どちらさまですか?」
「………………」
「も、もしもし? 聞こえてますよね?」

 コクリ、と頷きを返された。

「え、ええと。それで、名前くらい教えて欲しいんですが」
「…………呼んだのは貴方」

 呼んだ? 僕が……? って、ああ。

「もしかして、貴女がサグメさん?」

 また頷かれた。無口にも程がある。

 つーか永琳さんもその辺の特徴とか教えといてくれればいいのに。白髪に片方だけの翼、そしてこの格好とか、どれか一つでも教えてくれたら一発でわかるだろうに。

「ええと、それで。僕、八意の永琳さんの知り合いなんですけど。ええと、聞いた話じゃ月が侵略? 受けているって聞いて。手伝えって言われたんですけど」

 言うと、サグメさんはスゲェ眉根を寄せて怪訝な顔になった。『え? こいつなんの役に立つの?』って、口には出していないが、そう思っているだろ。わかるぞ。

 し、しかしアレだ。永琳さんがこうして僕に依頼までしたということは、きっと、多分、なんかすることがあるだろう。うん、当の月の人にこんな顔されたら自信なくなるけど。

「あ、あー、そうそう。そうだ! 永琳さんに手紙預かってるんですよ」
「…………」

 『倉庫』に閉まっておいた封筒を取り出す。以前、依姫さんに渡したのと同じく、封蝋代わりに永琳さん特製の印が押されている。

「……………………」

 そして、相変わらず無言でその印……ええと、量子印だっけ? を解くサグメさん。
 昔見たのと同じく、それはするすると解け、空中に数字の一を描いた。

 サグメさんは中から便箋を取り出し、数枚のそれを瞬く間に読み進め、

「ふむ、これは確かに八意様の筆跡。しかし、私が喋っても運命に影響を与えられないなんて。珍しい人間ね」

 あ、やっと普通に話してくれた。
 あと、どうやら僕のことなんかもその手紙には書いてあったらしい。

「め、珍しいですかね? 普通……とはもう流石に言えないですけど、知り合いの霊力持ちの中じゃ最弱なんですけど」
「貴方の能力は強さ、弱さで測れるものではない。が、確かにそれを活かす知恵と力がいささか不足しているようね」
「初対面の相手に容赦ないっすね」

 この程度で怒りを覚えるほどヌルい経験をしてきたわけではないが、また無遠慮な人である。

「八意様からの策はもっともだけど、さて、果たして貴方の次の人間は、相応しい力を持っているのかどうか」
「……あのー、聞いていいです? 永琳さんの作戦って、一体どういうものなんですか。その辺、全然聞いてないんですけど」

 サグメさんは一人納得したり疑問を持ったりしているが、傍で聞いている僕はちんぷんかんぷんだ。

「ふむ……失礼。普段あまり喋らないもので、少々急きすぎました」
「はあ。そういえば、さっきは全然声出さなかったですけど、なんでです?」
「私の力は言葉で世界を転換させるというもの。これは少々使い勝手の悪い力で、必ずしも私の思い通りにはならないのです。口は禍の元、という言葉をそのまま体現しているものと思ってください」

 制御できない系?
 言葉を発すると制御できない力が溢れ出す……どっかのラノベのヒロインにそんなのいた気がする。

「なにか、私の力に思うところでも?」
「いえ、なんでもないです」

 うんうん、この人も例によって美人だけれども、そんなヒロイン的なムーヴは期待してないよ。ほんとだって。

「そうですか……そうそう、それで、八意様の策ですが、簡単に言うと二段構えの策となります」
「ほう、二段構え」

 飛天なんとか流は隙を生じぬ云々ってやつか。

「月に侵略者が現れたことは聞いているそうですね。彼奴は厄介なことに、我々の苦手とする生命の力を牛耳っています。生も死も拒絶する我々月の民ではどうしようもない相手なのですが……地上の人間ならば話は別です」
「はあ」

 相変わらず、というか……どうにも、この辺の理屈は僕には理解できないなあ。いや、穢れを嫌ってるのは知ってるけど、自分トコが攻撃されてりゃ、嫌でも迎撃するもんじゃないの? そーゆーのとは別の次元の話? ……うーん、輝夜とか鈴仙とかが普通に地上で生活してるんだから、穢れとやらを食らっても別に死ぬわけじゃないんだろうに。

 でも、これ口に出すとまた『わかってねーなこいつ』的な目で見られそうだから、言わないけどね。僕は学習する男なのだ。

「しかし同時に、必要以上の穢れを持っていては、純狐の術中に嵌まるのみ。そこで、穢れを表に出さない貴方に白羽の矢が立ったというわけです」

 純狐ってのは……まあ、話の流れからして、月の侵略者なんだろう。

「えっと、穢れてたら駄目なんですか?」
「駄目です。本来なら、穢れを除く薬を服用した人間を送り出したい、と手紙に書いてありましたが、恐らくその手は使えないだろうと」

 あ、あの薬ね。うん、やっぱ隠している効果あったのか。こりゃ間違いなくなんかの副作用もあるな。
 ……誰も飲んでくれなかったのは残当だろ。

「しかし、貴方が相対しても最低限の力を示さねば純狐は負けを認めないでしょう。そこで、力を示す役として幻想郷の生きのいい人間と元月の戦士を送り出すと」
「そいつらは今夢の世界でドンパチやってますけど。うち二人はお互いでやりあってます」
「……大丈夫よね? 全員落ちて来なかったら、そろそろ純狐の勝利になっちゃうんだけど」
「まぁ、多分」

 東風谷もそりゃ強いが、異変を解決に動いた霊夢にゃ勝てないだろう。ドレミーに足止め食らってる鈴仙も、まあちらっと見た感じ優勢だったし。

「貴方がもう少し強ければ万事解決だったのに」
「……僕が今より多少強かろうが、関係ないと思いますけど」

 例え今の倍強くても、月の人に対して喧嘩ふっかけて勝てそうな相手なんて、余裕で負ける自信がある。

「そこは少し勘違いね。私達と純狐の争いは知恵比べ。生死を厭う我々に、生命の力で持って攻めてきた純狐に対し、私達がどういう策を打つのか。それが勝敗を決めるのよ」
「つまり?」
「生命の力を厭わず、しかして穢れを持たない者が退治しに行けば、恐らく純狐は潔く負けを認めるでしょう」

 頭のいい人たちの戦い方は意味がわからんな!
 まあ、相手をやり込めた方の勝ち、っていうことなんだろう、多分。

「でも、その純狐とやらが素直に負けを認めるには、僕はちょっと力不足だと」
「そういうことよ。奇策では上を行っても、貴方一人ではちょっとね」

 いや、まあそれはいいんだけど。
 なんだろう、この釈然としない感じ。

 お前ら知恵比べなら囲碁でも将棋ででもやりあって、地上に迷惑かけんな、と思わなくもない。

「……ん?」

 と、そこで。
 サグメさんが、あらぬ方向……っていうか、僕がやって来た方向を見た。

「あれが地上の人間?」
「……げっ、魔理沙じゃん」

 パパパッ、と月の都の迎撃装置を、ド派手な弾幕で撃ち落としているのは、幻想郷の誇る普通の魔法使い、魔理沙であった。
 あれ? あいつ、ついさっきまで影も形もなかったくせに、いつの間にこんなトコまで。

「……次々来たわね」

 サグメさんの言葉通り、魔理沙の後ろから更に何人かの弾幕が見えた。
 遠くてよく見えないが、霊夢と、鈴仙か? 東風谷の姿は見えない。……多分霊夢に落とされたな。

「ちょっと! コラ魔理沙! 待ちなさいよ!」
「はっは、聞こえんなぁ! 月の都のお宝は私が全部いただくぜ。あばよ、鈍間ども!」

 声がデケェーよ。
 しかし、お陰で状況は大体わかった。

 魔理沙のやつ、よくわかってないが取り敢えず月に行けそうとりあえず来た感じだな。ついでに、せっかくだから良さげなお宝をかっぱらっちまおうって腹だ。

 うん、有り体に言って、こりゃ酷い。

「ふむ、八意様の策通りなら、彼女たちは通すべきなのですが、やはり私自身でその力を確かめるべきか」
「あ、そっすか」
「貴方は静かの海へ。私は、あの人間の力を試しましょう」

 静かの海ねえ。
 そういや、前来た時はそこに不時着したんだっけ?

「……あれ? 僕一人ですか?」
「あれらが力を示せば、遠からず合流できるでしょう」

 いや、多分一人でいっても、どうせそこらの雑魚敵に落とされるわけで。

 それだったら、ここで待機して霊夢とか魔理沙がサグメさんを倒すまで待ったほうが、

「おーい、良也ぁーー!」
「ん?」

 魔理沙が大声でこちらに呼びかけてくる。
 なんだ、とそっちを向いて見ると……奴はお馴染みのミニ八卦炉を構えていた。

 ……あ、防衛装置が密集している所狙ってて、その射線上に僕がいるわけか。あっはっは……

「避けろよー!」
「いや、わかってんなら撃つなよボケェ!?」

 文句を言いながら、僕は慌てて魔理沙のマスタースパークの軌道から逃れる。
 数瞬後、さっきまで僕がいた場所を大威力の砲撃が過ぎ去った。当たってはいないのだが、そいつの余波の熱気だけで、背中に嫌な汗が流れる。

「おっと、やっと生きている奴に出会えたか。丁度いい、色々聞きたいんだ」
「…………」

 で、その魔理沙は僕に謝罪の言葉一つなく、サグメさんに話しかけていた。

 ――先ほどの、マスタースパークのことを思い返す。
 更に、魔理沙の後ろからは霊夢と鈴仙もやってきているわけで。

 ……うん、逃げよう。悠長にここで観戦なんてしてたら、巻き込まれる。
 こんな危険地帯にいられるか! 僕は静かの海に行くぞ! ってなもんである。

 死亡フラグ? ……なんのことかね。



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