「あっはっは。人の家を不法占拠したらこうなるんですよ。理解できましたか?」

 と、僕と鈴仙が守矢神社裏の湖に到着してみると、調子に乗った東風谷が勝鬨を上げていた。

「うへぇ、やるじゃーん。強い強い」
「勿論です、現人神ですから!」

 ぶちのめされた思しき玉兎に、東風谷のやつはポーズまで取って応える。

「……あんた、なんで泣いてんの?」
「え、い、いや。なんでもない。い、今更東風谷の変貌っぷりに涙を流す訳ないじゃないか」
「語るに落ちているけど……あの子、外の世界じゃ普通だったの?」

 もはやかなり昔のことである。
 東風谷早苗さんは僕がバイトしていた塾の生徒であり、塾の中でもひときわ真面目で成績優秀。見た目も可憐で、恐らく恋心を抱いていた男子はかなりの数に上っていただろう。

 僕も、別に恋をしていた訳ではないが、いい子だなー、こういう子と付き合えたらいいなー、なんてちょびっとだけ思っていた。

 それが幻想郷に来て数年でご覧の有様だよ!

「ほほう、この先が敵の首魁の本拠地に続いていると」
「そうだよー、第四槐安通路……って、言ってもわからないか」

 その東風谷は、玉兎の話を聞いて、先に進み始める。
 なにやら空間の歪みらしきものに突っ込み、

「あ! あの緑巫女め! 私を差し置いて異変解決するつもりね」

 ……と、その時、後ろから凄い勢いで紅白の巫女が飛んでいく。

「まさか、異変を解決して、うちの信仰を奪い取ろうと――! そうはいかないわよっ!」

 邪魔! と、東風谷にやられて満身創痍の玉兎をお札乱舞で蹴散らし、東風谷に続いて通路とやらに入っていく霊夢。

 ……仲良くしろよ……お前ら。

「鈴瑚も踏んだり蹴ったりねえ」
「あれ、知り合い?」
「まあ……顔見知りってところかしら」

 ふーん、と相づちを打ちながら、その鈴瑚とやらに近付く。
 あっちも気付いていたようで、よーう、とお気楽に手を降った。

 ……あれ、なんだ。あの手に持ってるの……串に刺さったお団子?

「いや、久し振りですねえレイセン。地上に行ったとは聞いていたけど」

 もぐもぐ、と鈴瑚は挨拶をしてすぐさま団子を頬張る。

「そうね。たまにテレパシーで声は聞こえていたけど、顔を突き合わせるのはいつ振りかしら」
「さぁ……んぐ。……で、貴方もこの先に行くんです?」

 懐から二串目を取り出す鈴瑚に、鈴仙は突っ込みを入れることもなく、肩を竦めた。

「ええ。生憎と、地上に逃げてもお仕事からは逃げられなくてね。お師匠様からの命令よ」
「そりゃまた大変だねぇ」
「まあ、住めば都よ。地上人も良いやつはいなくもないし」
「そこのそいつとかです?」

 人に串を向けるんじゃない。

「違うに決まってるでしょ」
「なぁんだ。てっきりレイセンに男が出来たのかと……ちょ、ウェイウェイウェイ。私、今ボロボロだから、弾向けないでよ」

 ボロボロの癖に団子食う余裕はあるんだな……
 しかし、それにしても鈴仙め、旧友に対する照れ隠しとはまた可愛いところが……いや、待って。ちょっと妄想に浸っただけなのに、なんでそんな狂気の瞳向けてくるんスか。

「どーも、こんにちは。土樹良也です」

 誤魔化すように、僕は鈴瑚に挨拶する。

「これは丁寧に、月の兎やってる鈴瑚です、っと。ああ、お兄さん、どっかで見たことあると思ったら、一時期月にいた人でしょ?」

 む、確かに。レミリア発案の月旅行に行った時、霊夢と共に月の都の綿月家に滞在していた。その際、外出もしたので、そこで見られたのだろう。地上人、ってことでかなり注目を集めていたし。

「ん、まあ一応。よく覚えてるな」
「茶屋で綿月の依姫様と、団子二つ食ってた巫女と一緒だったよね。あの巫女、良い食いっぷりだったから覚えてるよ」

 それで覚えてんのかよ!

「相変わらず団子好きね。仕事中にそんなに食べてるの、上司に見つかったら怒られるわよ」
「あー、大丈夫大丈夫。今、地上の方は私ら兎に任されてるから。んで、私は地上部隊のトップだし」
「トップだからこそ、示しを付けるべきでしょうに。月の兎は変わらないんだから」
「アンタは真面目だね〜。私なんて仕事なんてとっとと放り出して、こっちにでも移住しようかと考えているくらいなのに」

 マジか。いや、まあこの団子っ子は置いといて、うさ耳付きで危険度も高くない妖怪が増えるというのであれば、僕的にはオールオッケーだ。
 もう一人のレイセンみたく、大人しい子とかいたらいいなぁ。後、できれば大学生以上に見える子で……

「……ねえレイセン。この人間、なんか笑い方が不気味なんだけど」
「また変なことでも考えてるんでしょ。地上の男は破廉恥だから、こっちに住むつもりならその点は注意することね」
「えー、マジでー?」
「あの、鈴仙さん? 適当なことは言わないでもらえると……あ、無視ですか、そうですか」

 ことこの手の話題について、鈴仙の僕に対する信用度はゼロである。
 なんでかなあ、言うほどセクハラしてないと思うんだけど。

 ……アレか。自分ではそんなつもりがなくても、相手にとっては嫌なことがあるとか、そういうやつか。職場の注意喚起のポスターに書いてあったな。

 しかし、仲良いなあ。やっぱ昔の友達と久し振りに会うと話が弾むのか、何時になく鈴仙が饒舌だ。

「……でも、鈴瑚。確か、月の兎の就業規則には、裏切り者の排除が書かれていたと思うんだけど」

 ふと思い出したように鈴仙が呟き、鈴瑚から僅かに距離を離して警戒態勢を取る。
 ……って、おいおい、意外と物騒だな。玉兎って、依姫さんの部隊からして、非常にぬるい組織だと思っていたんだけど。

「いやいや、こんな消耗した状態でレイセンとやりあう気なんてないよ。命令を受けてるって言ってたけど、どうせ月に行くんでしょ? そっちからどうぞ」
「そ。ありがと。第四槐安通路って言ってたわね。久し振りだなあ、ここ使うのも」

 そして鈴仙はというと、一応ここまで一緒に来た僕のことを無視して、とっととその通路に向かってしまう。

「って、待ってくれよ! 置いてかないでくれ!」

 近くに実力者がいると、死ぬ危険がグンと下がるんだから!

「下から近付かないでよ」
「なんで……あ、スカートについては相変わらずなんか中は見えないから。……ちっ」

 スコーン! と鈴仙の弾丸が僕の額を叩いた。

「いってぇ!?」
「……ふん」

 そのまま、鈴仙は通路に入ってしまう。ちぇー、と思いながら僕はその後を追いかけ、

「……なんか、レイセン変わったなあ」

 そんな鈴瑚のぼやきが、妙に鮮明に聞こえた。



























「うわ、なんだここ」

 入った場所は、妙にふわふわした空間だった。

 なんて言うんだろう、現実感がないというか。まるで幻か何かのように、周りの風景が入れ代わり立ち代わり変化し、遠近感も上手く掴めない。

 ……そんな中で、入ってすぐのところにいた鈴仙だけが、確固とした実体を持って存在している。
 あ、一応待っててくれたんだ。

「まったく。ここはあまり生身の人間が来る所じゃないわよ」
「なあ、鈴仙。なんなんだここ? こう、変じゃないか?」

 この違和感を上手く表現できない自分の語彙の貧困さを嘆きたくなるが、鈴仙もそれなりに長い付き合い。その程度は察して、説明をしてくれた。

「ここは夢の中。基本的に兎しか使わないけど、月と地上はこういう精神の世界によって繋がっているのよ」
「夢? 精神の世界?」
「心の弱い人間がここに生身で入った途端、他人の夢に自我がやられて昏睡してしまうけど……」

 んー? 別にそんなことはないんだけど。

 僕は意志薄弱って程じゃないが、んなところに放り込まれて全然平気ってほど我が強いわけではない……と、思う。
 でも、なにも変わらないんだよね。周りが変で、目がチカチカするけど。

「相変わらず、その力はよくわかんないわね……」
「あ、やっぱこの能力のせい?」
「多分」

 今まで僕を助けたり、助けなかったり、あるいは逆に窮地に追い込んだりしてくれた僕の能力だが、今回は有利に働いているらしい。

「ま、通路から蹴り出す手間が省けてよかったわ」
「蹴り出すつもりだったんだ……」
「気絶でもしたらね。さて……」

 鈴仙が前を向く。
 通路の先には、妖精がひしめいていた。

「……こんなところにもいるんだな、妖精」
「妖精はたいがいのところにいるわよ。月の都にはいなかったけどね」

 マジでどこにでもいるのな。
 外の世界でも、実体化できるほどの力は持ってないけど、いるにはいるみたいだし。

「じゃあ、頑張ってくれ鈴仙。僕は後ろで応援している」
「ちょっと、手伝いなさいよ」
「あの数だと、僕じゃ無理っぽいし……」

 先に霊夢と東風谷が入ったので、減ってはいるんだろうが、もう僕的には万歳して降参したい数が揃っている。

 そして、基本、弾幕を使う僕たちは『共闘』ってのが出来ない。無理にやっても効率が悪い。
 だから、協力する場合は、基本的に途中途中でスイッチする形となる。

 ……で、相方が不意に落ちたりすると、滅茶苦茶大変なんだよね。大体、連動して落ちちゃう……らしい。

 結論として。僕が鈴仙に協力するのは無理、というか、逆に邪魔。

 そりゃ、さっきの霊夢みたく、僕だけを先に出して『落ちるか強いやつが来るまで頑張れ!』ってするならともかく、鈴仙は口ではなんだかんだ言っても、そこまで鬼畜ではない。
 ……そう、実力者との戦いを僕を無視して始めて、巻き込んじゃってもいいや的に弾幕撃ちまくるあいつより全然優しい。いや、あいつがおかしいんだが。

「はあ……ったく」

 そんな僕の信頼を裏切らず、鈴仙は前に出る。

「突っ切るから、遅れないでよね」
「おう。わかってるわかってる。あ、応援しようか、応援。フレーフレーって」
「テンション落ちるからやめて」

 はい。



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