さて、今回の異変にもまた関わると決めたからと言って、すぐに動く必要はない。 今まではそんな暇もないことが多かったが、今回はまだ時間がありそうだ。 と、いうわけで準備である。 不足しているスペルカードを書いたり、食べ物や飲み物を『倉庫』に放り込んだり、草薙のレプリカと守矢神社のお守りを身に付け、念のため……あくまで念のために、下着等の着替えも用意しておく。 「今回は良也さんもやる気満々ねえ」 「しみじみ言いやがって……お前が永琳さんの薬飲んで行けば、僕行く必要ないみたいなんだけど」 そうやって博麗神社の自室で準備をしている僕を見て、霊夢の言葉に、僕は渋面を作って答えた。 こいつももうすぐ異変に出かけるのだが、僕のように準備している様子はない。 博麗の巫女として、いついかなる時でも万全の妖怪退治が出来る体勢を整えているのだ……なんて言うと誤解をしそうだが、こいつの場合、そもそもからしてまともに戦いの準備なんてしないのである。 まあ、準備万端整えるような霊夢らしからぬ行動をしたら逆に弱くなりそうな気もするから、こいつはこれでいいのだろう。 「私だって、多少は健康に気を使っているのよ。こんな怪しい出処の薬なんて、頼まれたって飲みゃしないわ」 「……まあ、それもそうなんだけどさ」 「良也さんが飲んで、毒味してくれるならいいんだけど」 いやいやいや、と僕は手を高速で振り、丁重に辞退する。 永琳さん曰く、『弾幕とかを避けやすくする』紺珠の薬だが、どうせ言ってないだけで副作用でもあるんだろう。僕が飲んでも死なないかもしれないが、死ぬより苦しい目に遭う羽目になるかもしれない。 前、胡蝶夢丸ナイトメアの治験やった時は、マジ死ぬかと思ったし。 「ひ、一人分だからなー、僕が毒味したら、お前の分がなくなるだろ?」 「そうね。というわけで、これはいらない」 ぽい、と僕の部屋をゴミ箱か何かとでも思っているのか、霊夢が和紙で包まれた丸薬を放り投げる。 「……まあ、後で返しておくよ」 その辺に捨てたら生態系に影響が出そうだし、燃やしたりしたら爆発しそうだ。 人間が服用する薬で、まさかそんなことがあるはずがないのだが、ないと言い切れない辺りで僕の永琳さんへの信用度を察してもらいたい。 「で、良也さん、私の後を付いてくるんだって? 勝手にすればいいけど……むしろ、良也さんが先に行けばいいじゃない」 「いやいやいや。そんなことしたら、僕落ちるって。お前が蹴散らして、妖精が少なくなった隙を狙わないと」 「私を都合よく使おうって根性が気に食わないわね」 「べ、別に僕が付いていこうが付いていくまいが、お前行くんだろ? なら、どっちにしろ変わらないじゃん」 「気分の問題よ」 そっかー、気分かー。 そりゃ面白くないのは分かるが、こちとら死活問題(文字通り)なのである。なんとか説得、いざとなれば追加の賽銭も辞さない覚悟で交渉しようとし、 「でも、ま。良也さんがただ死ぬのを見ても、別に私、面白くないしねえ。じゃ、一死するまでは頑張ってもらうってとこでどう?」 「どう、って……あっさり、僕が一回死ぬこと前提なのは、ちょっと……」 「大丈夫大丈夫。強いやつが出てきたら後退するから。それに、月の連中が原因だからか、幻想郷の妖精はそれほど騒いじゃいないし」 ……霊夢に話したら、もしかしたら異変解決をブッチするかもしれないからと、永琳さんの目論見が、実際には月の都を守ってもらおうって腹であることは話さないことになっている。 そういや、今更なんだが月の都を救うって……この後月に行くってこと? 前はパチュリー作の月ロケットで行ったけど、今回はどうするんだろう。 「ほら、そうと決まったらさっさと行きましょう。良也さんが前に出るんだから、先に行って頂戴」 「え? それいつ決まったんだ?」 「今」 てい、と霊夢が僕を蹴り出す。 ……いや、もう準備は出来たからいいんだけどさ。 マジで僕が前に出んの? 「おおおおおおーーーー!!」 全力で弾幕を放ちまくりつつ、妖精を蹴散らしていく。 異変が本格的に始まったのか、先程妖怪の山を去った時に比べ妖精の数は圧倒的だが……霊夢の言葉通り、まだなんとか僕に対処出来る数ではあった。 ここまででスペルカード二枚使ったが。 「五月蝿いわねえ、いちいち叫ばないでよ」 「つってもな! こう、声を出したほうが、沢山弾出せるじゃん!?」 「そうなの?」 そうなんです。 声でもなんでも、己を奮い立たせることは大きな意味を持つ。特に霊能の世界においては顕著な効果を発揮するのだ。 「ふーん、面倒ね」 なお、こいつを始めとして、僕の周りはそういう次元にいない連中ばかりである。 「それはそうと、その月の兎がいたって場所はまだ? 暇だからもう帰りたくなってきたんだけど」 「お前なぁ!?」 人に前線を押し付けておきながら! しかし、改めて言われてみると、目の前の妖精の対処にいっぱいいっぱいで気付かなかったが、さっきの……ええと、清蘭と出会った場所はそろそろである。 妖怪の山にももうすぐ付くし…… 「むっ! 貴様、また来たか!」 「あ」 噂をすれば影、というか。 霊夢が話を出した途端、清蘭が現れた。 「へえ、こいつね。まあ、下っ端ってことだし、一発景気良くぶっ飛ばしておこうかしら」 「『こちら清蘭! 好戦的な地上人二名と遭遇した! これより浄化活動に入る!』」 「いや、僕を霊夢と一緒に……のぅわ!?」 清蘭の放った弾幕。こっちに向かってくる幾つもの弾の寄り集まった大きな塊と、周囲に撃ち放たれる槍のようなそれ。 霊夢は、それをわかっていたかのように避けるが、僕の方はギリギリもギリギリだ。まずは大きな弾の集合を躱すが、全方向に放たれている槍への対処が疎かになり、服を掠める。 「あっぶね!?」 反撃――は、止めとこう。 霊夢が霊弾で攻め立てている。余計なヘイトを溜めて、攻撃がこっちに来てもたまったものじゃない。 それは良いのだが……こう、清蘭と霊夢の弾幕に攻め立てられ、頑張って避けていると、先へ、先へと進んでしまっている。具体的には、より妖精が騒がしい妖怪の山の方に。 「……こりゃ東風谷んとこで避難させてもらったほうが良いか」 立ち止まるのは自殺行為だ。それなら、多少無理をしてでも、安全圏に逃げ込んだ方がいい。 そう判断して、僕は一路守矢神社へと飛ぶのだった。 「あれ、先生。なにやってるんですか、鳥居にもたれかかったりして」 守矢神社。雲霞の如き妖精たちの群れをなんとかかんとか突破して辿り着いたここで、僕は連中の弾幕に翻弄され、ついでに一回墜落死してボロボロになった身を横たえて休憩していた。 そして、その僕に気付いた東風谷の第一声がコレである。 「ょぅ、東風谷……満身創痍の僕に、もうちょっと優しい言葉をかけてくれてもいいんだぞ」 「まったく、だらしないわね」 「……鈴仙も一緒か」 顔をあげるのも億劫なので、声でしか判断していなかったが、どうやら東風谷と一緒に鈴仙もいるらしい。 「そうよ。月のみんなを追い返すなんて、面倒なことに協力してくれそうな人間……と言えば、彼女を当たるのは当然でしょう」 「こうやって私を見込んでくれたんですよ! いや〜、頼りにされるとちょっと弱いんで」 チョロッ! 東風谷、こんなにチョロかったんだ。 「……で、鈴仙も心配はなしか。薬師だろ、一応。怪我人だぞ、僕」 「あのね。全身ボロボロの癖に、傷口がシューシュー言ってどんどん治ってるびっくり人間に対する薬は必要ないの。知らなかった?」 「ひどくない?」 「ひどくない」 死なないとは言っても、痛いものは痛いのに! 昔より痛覚は鈍くなっているが、痛いのは嫌です。 あ、治った。 「あー、しんど」 「もう治ってるし……」 「治っても、気力は消耗するんだよ……。それで、霊夢と東風谷と鈴仙で異変解決に行くのか?」 「あの魔法使いにも頼んだわ」 魔理沙もか。 ……もう過剰戦力だから帰っちゃいたい。でも、永琳さんとの約束を破るとか、後が怖いしなあ。 「とりあえず、ここの湖に月の前線基地があるみたいだから、これから私達は行ってくるわ」 「まったく。うちの敷地に勝手に基地を作るだなんて」 「気付いてなかったのかよ」 ぷんぷんと怒っている東風谷だが、それは気付かない方も悪いぞ。 「と、灯台下暗しという言葉もありまして」 「まあ、月の兎は逃げ隠れは得意だからね。テレパシーが五月蝿いから、私は気付いたけど」 「そ、そういうことなんですよ、先生! まったく、私が鈍いわけじゃないんだから、勘違いしないでくださいね!」 ぷいっ! と東風谷が拗ねたように顔を背ける。 ……惜しいなあ、『勘違いしないでよね!』って、典型的なツンデレ台詞で、昔の東風谷なら今みたいに全く関係ないシチュでの発言でも嬉しかったのに。 今はまったくと言っていいほど嬉しくねえ。 「はぁ……じゃ、頑張ってきてくれ。僕も少ししたら行くから」 「え、来るの? また物好きね」 「先生も毎回異変に参加していますからね。何て言うんでしたっけ……マゾ?」 「違ぇ!?」 東風谷の適当な知識に該当する言葉がなかったのか、あらぬ風評被害を受けている! 「こう……その、永琳さんに頼まれたんだよ」 「お師匠様が?」 月の都が襲われているってことを話さなければ大丈夫、うん。 「…………」 「さて、それでは私はインベーダーを始末してきます! いやぁ、燃えるシチュエーションですねえ」 始末って。 ノリノリだな、東風谷。 しかし、考えてみると、地球外からの侵略者に対し、その侵略者の故郷からの亡命者の力を借りて撃退する、って書くと、確かに王道っぽい。 ……実態とは全然違うけど。 「無理すんなよー」 奇跡パワーマシマシで飛び去った東風谷を見送りつつ、鈴仙の顔を伺う。 「鈴仙は……やっぱ、昔の仲間とやりあうのは嫌か」 「いや、そんなんじゃなくて」 ……強がっている風というわけでもなく、素の反応だった。 「あのお師匠様が良也に頼むって、なんかおかしいなって思っただけ」 「そ、そうだなー。僕も、なんでかわかんない」 いや、本当になんでだろうね。誰かが紺珠の薬を飲めば別に必要ないという話だったが……あ、鈴仙は? と、聞いてみると、鈴仙は露骨に嫌な顔をして、 「紺珠の薬? ……成分分析してみたら、ちょっとヤバそうだったんで、飲んでないけど」 「おおう……」 「お師匠様には内緒ね。まあ、四人も動けばなんとかなるでしょ」 僕も普段ならそう思うんだけど、永琳さんが……いや、まあもういいや。ぐだぐだ考えるのは性に合わん。行くって決めたんだし、行けばなんとかなるだろう。 「んじゃ、僕もそろそろ行くけど、鈴仙も一緒に行くか?」 「そうね。さて、誰が来ているのか……」 鈴仙と二人、連れ立って飛ぶ。 ……さて。本当にどうなるんだろうね。 | ||
| ||
前へ | 戻る? | 次へ |