「……ん?」 守矢神社に行った帰り道。妖怪の山の神社参拝ルートに沿って飛んで降りていた僕は、奇妙な光景を目にした。 山の麓に広がる森。その森の一部が、ポッカリと荒野になってしまっている。 「弾幕ごっこの余波……ってわけじゃないよな」 基本的に平和な決闘ルール(あくまで基本)である弾幕ごっこでは、こんな風に周囲に被害を出すのは普段はご法度だ。それは『美しくない』という理由で、やった側の敗北になる。 これも、場合によっては臨機応変に変わったりするのだが……異変が起きたわけでもないのに、ああもあからさまな痕があるのはおかしい。というか、なんか破壊痕って感じでもない。 僕は、興味本位からその荒野に近付くことにした。 まあ、どうせどっかの妖怪かなんかが家でも作る材料にするため伐採したんだろうと、楽観的に考えながら飛び、 「……なんだ、あれ」 その荒野の端っこに、なんか鉄の蜘蛛がいた。 いや、蜘蛛っつーか……あれ? 多脚型の機械? で、その蜘蛛はというと、森の木に取り付き、なにやら駆動音をさせると……その木は、まるで時間を早送りしたかのように枯れ、砂のような粒子となって跡形もなく消えてしまう。 「え、なにやってんの」 その一本では終わらず、鉄の蜘蛛は二本目、三本目と、同じように枯死させていく。 ……いやいやいや、訳がわからない。 燃料や建材にするため切るならともかく、ただ枯れ落とすことになんの意味が。 幻想郷で機械、イコール河童の仕業だろうが……森を枯らして、一体河童になんの得が。なにで聞いたのかは思い出せないが、森とかがなくなると川にも影響あるんじゃなかったっけ? 「んー」 実際なにをしているのか、もうちょっと詳細に観察しようと、僕はその蜘蛛の側に降り立った。 「やっぱ機械だな、うん」 黙々と、木々を枯らし続けるその蜘蛛を見て、僕はそう納得する。 しかし、この造形、河童の趣味じゃないなあ。どっちかというと、外の世界のものに近い。あれだ、なんか宇宙関連で使ってた機械に、どことなく似ている。 しかし、これ動力どうなってんの? バッテリー? 河童ってそこまで電気実用化してたっけ? ……と、色々と気になることはあれど、ここも天狗の領域外とは言えお膝元と言える森だから、放置してもそのうちなんとかなるだろうと立ち去ろうとした直前。 「『こちら清蘭。地上探査機に興味を持った地上人を発見した。対応の指示を願う』」 「ん?」 なにやら、誰かに報告するような口調で喋りながら、一人の人影が飛び込んできた。 「兎?」 果たして、やって来たのは頭にうさ耳を生やした妖怪だった。 まあ、幻想郷では珍しくもない妖怪兎だ。 ……でも、基本臆病なタチの妖獣である兎の変化が、思い切り人前に来たのはちょっと不可解だけど。 「そこの地上人! 即刻、我らの地上探査機から離れなさい」 「あ、はい」 兎のものだったかー。なんだろう、最近の兎は河童と提携でもしているんだろうか。 「う、やけに素直ね。地上人ってのは、野蛮で好戦的なやつらだと思っていたんだけど」 「その誤解を招いたのがどこの誰だか想像が付き過ぎるけど、とりあえず僕を同類にしないでくれ」 妖怪が認識する人間のモデルと言えば……って、地上人? 「もしかして君、月の兎なのか。その言い方」 「あら? 気付いた? そう、その通り。我らこそ、この幻想郷の地を浄化する命を受けた月の兎の調査部隊(イーグルラヴィ)よ!」 「はあ、浄化」 「……もうちょっと興味持ちなさいよ」 いや、知らんし。 「んー、なんか月の都の人が穢れだとかなんだかとかいう、よくわからんものを嫌っているという話は聞いたことあるけど。なんでわざわざ幻想郷にまで」 「さあ? 月の貴族様の別荘でも作るんじゃないかしら。私ら下っ端はそこまでは聞かされないわよ」 「別荘ねえ。まあ、僕はいいけど……この辺を縄張りにしてる妖怪と喧嘩になるぞ」 さっき、天狗が上通ったのに、なぜかスルーしてたけど。 「さー、でも大丈夫じゃない? 穢れ多き地上の民なんかに、私らが負けるはずないし。さ、ほら行った行った。仕事の邪魔するなら、浄化するよ。……なんか穢れが感じ取れないけど」 「はいはい。僕は忠告したぞー」 去る途中、月の兎の……ええと、自分で清蘭とか言ってたっけ? 彼女のことを見る。 ……見るからに雑魚妖怪その一って感じで、この妖怪の山周辺の海千山千の強者達の相手はできそうにない。 さっきはああ言ったものの、知ってしまったからにはリンチされるのを見過ごすのも、まあ、あれだ。 さて、一応永琳さん辺りにお伺い立てとくか。月のことだし、あの人なら上手く取り計らってくれるだろう。 「と、いうわけなんですけど」 「そ。それはどうも、気を回してもらってありがとう」 丁度、永琳さんは休憩中だったらしく、永遠亭に訪ねてきた僕を応接間に通して茶まで供してくれた。 ……なんだろう、別にいつもは邪険にされているというわけではないのだが、こんな風に歓待されるのは珍しい。 しかし、今月の兎のことを話したのだが、別に驚きらしきものは一切なく――いや、永琳さんがこの程度で慌てるはずもないのだが、こう、とっくに知っていたことを再度確認した、程度の、そんな感じだった。 「でも、うちはもう地上の民だからねえ。月の者達に積極的に味方する理由は特にないのよね」 「……たまに、月の使者のリーダー姉妹が遊びに来ていますが」 「個人の親交と集団としての付き合いを一緒にしては駄目よ」 さらり、と永琳さんが躱す。 「しかし、聞く限りあまり良くはないわね。兎は所詮使いっ走り。幻想郷を浄化するなんて大事業、裏には大物が関わっているはずよ。良也が見つけたってことは、そろそろ勘のいい人間は気付く頃なんでしょうね」 「……勘のいい、人間」 霊夢を筆頭に、幾人かの顔が思い浮かぶ。 「つまり、異変ってことですか。帰り道、いつもより妖精が騒がしかったですけど」 「そういうことになるのかしらね。でも、月の者は、私が言うのも何だけど手強いわよ。いつもの異変と思ってかかると、痛い目を見ると思うわ」 あの霊夢が敗北とかするシーンはまるで思い浮かばないが、頭の良い永琳さんの推測のほうが多分正しいだろう。いや、うん、それでもあいつが敗北とか、ねーよって感じだが…… 「ふむ……鈴仙」 「はい、お師匠様」 応接間の前で控えていた鈴仙が、永琳さんの呼びかけに応え姿を現す。 「こんなこともあろうかと作っておいた薬があるわ。私の薬棚の、上から三段目、紺色の壺。紺珠の薬って言ってね……まあ、弾幕とかを避けやすくするものよ」 「はあ、そうなんですか」 「月の民を追い返しに掛かりそうな人間に、適当に配ってきて、飲ませてあげて頂戴」 こんなこともあろうかと……? 「あと、ウドンゲ。貴方もそれを飲んで、月の民を攻めなさい。一人でも多いほうがいいでしょう」 「わ、私もですか!? その、確かに私は地上の兎になりましたけど、一応、古巣相手にカチコミはちょっと……」 永琳さんはにっこり笑う。こう、理不尽な威圧を鈴仙にかけながら。 「ちょっと……なに?」 「うう……わかりましたよ、わかりました。いってきま〜す」 はあ、まったくお師匠様は……と、鈴仙が愚痴を零しながら、指示された通り動き始める。 「ほら、駆け足!」 「はーい!」 ぱんぱん、と永琳さんは手を叩き、鈴仙を急かす。今度こそ、鈴仙はダダダ、と大きな足音を立てて離れていった。 「……で、腑に落ちていないって顔ね」 「そりゃまあ……。なにが、こんなこともあろうかと、ですか。そんな都合のいい話があって……いや、稀によくありますけど、永琳さんはそういう偶然みたいなことってしなさそうだなーって」 この事態に対応するための薬があるということは、永琳さんは何らかの意図を持って用意したはずなのだ。 それがなんなのかは僕程度の知識では到底思い当たらないが……恐らく、わざわざ茶を出してくれた辺り、なにか僕にも関係しそうな気がする。 「流石に痛い目によく遭う人間は用心深いわね。それともあの子達と違って大人だからかしらね」 「まあ……霊夢達みたく、考えなしに突っ込んでもなんとかなったりしませんので」 なお、考えても考えなくても、死傷率にそれほど差がないという事実に対しては目を逸らす。 「あの子たちは無邪気というかなんというか。ま、いいわ。実は、月の侵略を追い返すってのは建前でね。本当は、逆に月の都を侵略者から守ってほしいのよ」 「侵略者ですか? もしかして、またぞろスキマがいらんことを?」 「あの妖怪なら、そう心配することはないんだけどねえ。今回は別件。月にとっては因縁深い相手よ」 永琳さんはそれで、と続ける。 「そいつが月の都を攻めているから、行き場のなくなった月の民が地上に遷都しようとしているの」 一時期、僕も月に滞在していたから、あの都の技術力はよく知っている。 文明的には外の世界より上。オカルト的な力については、なんかスゲーってこと以外よくわからんが、それでも幻想郷からの侵略を本拠地でなら安々と返り討ちに出来るのだから、相当なものだろう。 「それで、月の人間が移住しないとって考えるほどの相手に、僕になにをしろと?」 「いえいえ、別に倒してくれとか、そういうことじゃないの。紺珠の薬を彼女たちが素直に飲んでくれれば、貴方が行かなくても大丈夫なんだけど……」 いや、永琳さん、そりゃ誰も飲まねえよ。 そう言うってことは、自分でも怪しい薬だって自覚はあるんでしょうに。 得体の知れない薬を渡されて素直に飲んだら不老不死になった僕が言うんだから間違いないぞ。別に恨みはないが、事前に一言言っておいて欲しかった。 「まあ、一人くらいは飲んでくれるかもだし。でも、保険として、ねえ? 貴方が異変に付いて行くのはいつものことじゃない」 「そりゃいつものことですけど!」 まるで僕が自ら進んで異変に関わりたがる変人であるかのようなレッテルを張らないで欲しい。 違うよ? 違うからね? 今までのはマジで成り行きだから! 「勿論、タダとは言わないわ」 「つっても、普通に命の危険もありますし」 「死なないでしょ」 「お陰さまで」 「報酬は先払いしているようなものよねえ、考えてみると」 蓬莱の薬って、昔作った余りを輝夜が適当にペッ、と渡してくれた覚えがあるんだが。あれを報酬に数えるのは無理がある。 「はいはい、冗談よ。ただ、それ以外だと、お礼は……お金はうちも現金収入はそれほどでもないし。てゐが溜め込んでそうだけど」 「いや、知り合いから現金を渡されるのもそれはそれで居心地悪いですからいいです」 「なら、なにか薬でも作る? 時の権力者が欲しがるものといえば、不老不死の薬以外だと精力剤なんかが多いけど」 いや、身体が若いから困ってません。……相手はいないけどな! 「媚薬でも欲しい? こう、お酒に一滴混ぜるだけで……的な」 「……いや、いりません」 「ちょっと考えたわね?」 い、いや! そりゃそんなウ=ス異本に登場しそうな薬の存在を聞いたら反応しちゃうよ! 「困ったわね……まさかウドンゲや姫様を好きにさせるわけにもいかないし」 「今わかりました。永琳さん、僕をからかってますね?」 「あら、心外ね」 嘘つけ、目が笑ってるぞ。 コホン、と咳払いをして僕はちょっと脳裏に浮かんだイケナイ想像を追い出す。 「とにかく、別に礼なんていいですよ。普段から普通の薬は色々と頂いてますし。貸し一つってことで」 「貸し……ね。まあいいわよ」 「じゃ、そういうことで。元凶っぽい方向……要は霊夢が行った道を行けばいいわけですよね」 「そうそう。それでお願い」 それから、いくつか永琳さんから細かいことを聞き取った。 「じゃ、そういうことで」 「はい。じゃ、行ってきます」 すっかり温くなったお茶を飲み干し、僕は立ち上がる。 まあ適当に準備して、神社で霊夢の動向を伺って……まあ、あとはなんとかなるだろう。 我ながら楽観的過ぎるきらいがあるが、最悪でも死ぬことはないって点はありがたいものである。 不安半分、ドキドキ半分の心持ちで永遠亭を去り、一路博麗神社へ。 飛びながら、僕はふと呟いた。 「しかし、永琳さんに貸し……か」 言ってから気付いたが、これ、下手に金や薬をもらうよりよっぽど高い対価な気がする。 ……でも、永琳さんが了承したってことはそれだけとんでもない依頼ということなんだろう。 い、今更だけど、辞退したくなってきた……クーリング・オフって、効かないかな……? 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