「シクった……」

 目が覚め、起き上がって周囲の状況を見て、僕はそう呟いた。

 ここは魔法の森。来たのは昼過ぎだったのだが、空を見上げるととっくに太陽は落ちてしまったらしく、空は真っ黒だった。

 今日は魔法薬の作成に使う薬草を採取しに来たのだが……得体の知れない茸が出した胞子をうっかり吸ってしまい、急激に眠くなったところまでは覚えている。
 時計を見ると、夜の八時を回っている。たっぷり六時間は眠ってしまっていたらしい。即効性かつ持続時間も長い、催眠作用のある胞子。……えらく物騒な代物である。

 ただ、これが瘴気が溢れ、妖怪も近寄りたがらない魔法の森以外だったら、とっくに通りすがりの妖怪に美味しくいただかれてしまっていただろうから、その点は不幸中の幸いである。
 魔法の森じゃなきゃこんな目に合わなかったという事実にはアイをクローズする。

「……腹減った」

 折り悪く、『倉庫』に菓子の一つも残っていない。
 博麗神社に帰ってから、晩飯の支度――霊夢は時間に遅れるような奴の分を残してはくれない――をして食べるまで、空きっ腹を抱える羽目になってしまった。

 と、僕が切ない思いを抱えていると、がさがさと森の草むらが揺れる音がした。

 ……この魔法の森で生き物? と僕が疑問に思っていると、果たして現れたのは白黒の衣装を着た普通の魔法使い。

「お、なんか聞き覚えのある声が聞こえたかと思ったら、やっぱ良也だったか。こんな時間にどうしたんだ?」
「……いや、ちょっとな」

 魔理沙に事情を説明すると、こいつは遠慮なく笑い始めた。

「あっはっは! 素人が不用意に魔法の森を歩くからだ。まあ、良かったじゃないか。全身が腐り落ちるような毒じゃなくて」
「……そんなもんもあるの?」
「あるかもしれないし、ないかもしれない」

 適当ふかしやがって。

「なんなら、今度から魔法の森の道案内を引き受けてやろうか? 知り合い価格で三割増しにしといてやるから」
「金取るのか。しかも値上げすんのかよ」
「絞れるところから絞るのが私の流儀だ」

 ひでえ。

「ふん……今度から気をつけるからいらん」
「そうかい」

 冗談だったのか、魔理沙はそれ以上言うことなく、軽く肩をすくめた。

「……そういや、魔理沙はなんでこんな時間に? なんか荷物も多いし」

 魔理沙はリュックを背負っていたが、パンパンに膨らんでいた。
 幻想郷基準で言えばもう夜も遅いというのに、茸の採取でもしていたんだろうか。

「ん? 良かったら、良也も付き合うか? ほら、これだよ」

 と、魔理沙はリュックの脇に取り付けていた筒状のものを見せる。

 ……ちょっと型は古いが、望遠鏡か、これ。

「私のスペルカードは星をモチーフにしたのが多いだろ? 新しいのを考える時は、天体観察してインスピレーションをもらうわけだ」
「お前、たまにパチュリーとかのスペルカードパクってなかったか?」
「おう、他人のスペルカードからもよくインスピレーションをもらってるぜ」

 お前、インスピレーションと言いたいだけなんちゃうかと。

「しかし、天体観察ねえ」
「この時期は流星群がよく降るからな。そいつを見上げながら魔法を考えるのは、乙なもんさ」

 ふーん。
 面白そうだけど、僕は今腹が減ってるんだよなあ。

 と、考えていると、ぐ〜〜〜、と非常に素直な僕の腹が鳴り、それで魔理沙も察したようだった。

「あ〜、なんだ」

 クックック、と笑いを隠せない様子で、魔理沙が提案する。

「天体観察する時は、私、外で飯食うんだが……分けてやろうか」

 お願いします、と僕は頭を下げるのだった。




























「よ、っと」

 いつも天体観察をしているというちょっと開けた場所に付くと、魔理沙が背負ったリュックから七輪を取り出した。

「……七輪なんて持ってきてたのかよ。重いだろうに」
「そうか? まあ、ちょい嵩張るが、こいつで茸炙って食うのが最高だからな」

 道中、茸をむしってたから、多少は察していたが……よくリュックに入ったな。
 なお、取った茸は魔理沙の帽子を袋代わりにしてたっぷりと詰めており、それは僕が持たされていた。

「いや、荷物持ちがいて助かったよ。サンキュな」
「どーいたしまして」

 七輪には炭ではなく、お馴染みのミニ八卦炉が据えられる。んで、魔理沙は茸を次々と並べ始めた。
 すぐに良い匂いを放ち始めるそれに、僕はずび、と涎を飲み込む。

「ほい、良也。握り飯だ。とりあえず、そいつでも食ってな。腹減ってんだろ?」
「おう、サンキュ」

 魔理沙が更にリュックから取り出した特大のおにぎりを手渡された。
 彼女の性格ゆえか、大分大雑把に握られたものだったが、空きっ腹を抱えた僕には充分なごちそうだ。

 塩味だけのおにぎりがガツンと胃に溜まり、空腹で萎えていた気力が腹から湧いてくるのを感じた。

「よし、食ったな? まあ、別に催促はしないが、礼については『期待』してるからな」
「……わかったよ」

 その言葉が催促でなくてなんだというのか、こいつは。

「でも、流星群か。魔理沙、そういうの好きなんだな」
「まあな。流星は願い事が叶うし、見た目も綺麗だし、新しい魔法も思い浮かぶし、一石三鳥だろ? 年に一回くらい、香霖や霊夢と一緒に見る集まりも開いてるんだ」
「んなことしてたのか」
「名付けて流星祈願会さ」

 へへ、と魔理沙はどことなく嬉しげに言う。
 基本、顔の広い魔理沙だが、付き合いの長いあの二人は、やはり特別な存在なのだろう。特に森近さんとか、魔理沙が子供の頃(今もそう見えるが)は霧雨道具店で修行してたとかで、身内同然っぽいし。

「良也もまあ座れよ。上見てみな、今日は雲もなくて、星がよく見えるぜ」
「んじゃ、ちょいと失礼して」

 魔理沙に倣って地べたに座り、空を見上げる。

 空を飛んでいる時とかも思うが、やっぱり幻想郷の夜空は外の世界とは格段に見える星の数が違う。
 それを改めて眺めるというのも、成る程、確かに魔理沙の言う通り乙なものだった。

「お」

 ふと、夜空に一筋の光が瞬く。流星だ。
 流れ星が見えている間に願い事を三回言えば叶うと言うが……全然考えていなかった僕は、口を開く暇もなく、

「金金金」

 そして、となりの魔理沙はそう呟いていた。

 って、おい。

「ちょっと待て、俗っぽすぎるだろ。こう、もう少し流れ星にかける願い事ってのは、ロマンチックなもので……」
「おいおい、良也。私を見くびるなよ。今の流星はちょいと気付くのが遅れたから、簡単に言えるのをチョイスしただけだ。私の願い事は百八個まであるぜ」

 ……偶然の一致だよな。某テニス(?)漫画のネタっぽいが、百八って煩悩の数でもあるし、そっちとかけた魔理沙流の冗談に違いない、はずだ。
 極力気にしないことにしよう。

「まあ、金はあって困るもんじゃあないが、私にとっちゃそう優先度が高いもんでもないしな」

 そう言う魔理沙に、別に嘘は感じされない。まあ、その気になれば魔法の森で自給自足できるしな、こいつ。

「んじゃ、本命の願い事はなんなんだ?」
「そりゃ勿論、魔法を強くするのが一番だ。しかし、省略しても三回唱えるのは結構難しくてな。流れ星も、願い事言うのは二回くらいに負けてくれんもんかね」
「そりゃお前、流れ星に願い事を三回唱えると叶うってのは、そんなのほぼ無理だから言われていることだぞ、多分」
「夢のないやつだなあ。良也、お前も願い事の一つや二つあるだろ?」

 え? そりゃまあ……人並みに欲望くらいあるよ。
 金なら魔理沙に言う通りあって困るもんじゃないし、僕ももうちょっと強くなりたい。早く新刊が出ないかなーって思う漫画やラノベもあるし、仕事が順調にいきますようにってのもいい。

 しかし、そうだな……僕が真剣に願うことといったら、

「へ、平穏無事な生活、かな……」
「そりゃお星さんでも難しいだろ」

 そうして絞り出した僕の願い事に対し、魔理沙はノータイムでそう返した。

「な、なんでだよ。ありがちで、ささやかな願い事じゃないか」
「いやいや、好き好んで妖怪の前に行く奴の平穏なんざ、そうそう守り切れるもんか。……ああ、結果的に死にゃしないんだから、そういう意味じゃ大丈夫なのかも知れんが」

 勿論、僕的には大丈夫ではない。
 いや、多少は予想していたけれど、していたけれど!

「人事を尽くして天命を待つって言うだろ。お前さん、自分から妖怪の巣に向かってるくせに、んなこと願うのはムシが良いってもんだ」
「なんかボロクソに言われている気がする……」
「はっはっは。だけどまあ、私はいいと思うぜ? 平穏なだけの生活なんて、スリルが足りないしな」

 別に僕はスリルを求めているつもりはないんだけどなあ。……そう思っているのは僕だけなのかもしれないが。でもせっかく仲良くなったんだから遊びに行くくらい別に良いじゃないか。

「って、今また流れたな」
「おっと」

 そんな風に話していると本日二つ目の流星が流れていた。
 当然、次なる願い事など言えるはずがない。

「茸もいい塩梅だ。ま、願い事も言うだけ言って、のんびりしようや」
「だなぁ」

 星に本気で願掛けする程、僕も子供ではない。
 言って叶ったら儲けものってくらいに考えておいたほうが全然いい。

「お、美味い」
「だろ? この時期の茸は味がいいんだ。醤油だけのシンプルな味付けがいい」
「酒は……」
「今日はない。新しい魔法を考えるんだ。酔うわけにゃいかないからな」

 そんなもんかあ。
 ま、たまにはこういうのもいいか。

 三つ目、四つ目の流れ星が見えて、さてそろそろ僕もなにか言うだけ言ってみるか、と改めて願い事を考えてみる。

 魔理沙に言われたからというわけでもないが、平穏な生活っていうのは確かにちょっと無理くさい。
 もうちょっとこう、ええと……いいお酒が呑めますように、ってことで、

 ――今っ!

「酒酒さ……ああ、駄目か」

 二回目を言う途中で消えてしまった。
 流れ星は一秒くらいで消えてしまうので、やっぱり難しい。流れ星に気付くまで少しだけタイムラグもあるし。

「うーむ、もっと強い魔法が使えるようになりたい、を省略して『も』を三回唱えるってことで勘弁してもらえないかな」
「横着しすぎだろ」

 しかし、別に信じてはいないとは言え、一回も達成できないというのはそれはそれで悔しい。

 滋味溢れる茸をもにゅもにゅしつつ、あ、と僕はふと思いついた。

「そうだ」

 時間加速使っちゃえばいいんだ。

「お、なんか思いついたのか?」
「うむ。僕、少しだけど三倍くらいに時間を加速できるから、それを使う」

 これで流れ星が見える時間が約三秒。短い願い事なら、三回言うのも現実的な範囲になってくる。
 ずーっと使えるわけじゃないから、タイミングは図らないといけないけど。

「……お前、さもいいことを思いついたように言うが、物凄い勢いで能力を無駄遣いしてるからなそれ」
「だって、他に使い道も今までなかったし……」

 精々一分くらい相対時間三倍で動けたからと言って、弾幕ごっこじゃすぐバテて緊急避難以外に使い物にならんし、他の用途にもイマイチ使い勝手が悪い。
 だから、極短い時間だけ使えばいい流れ星への願い事というのは、実にこの能力にマッチするのだ。マッチしたからなんだという話ではあるが。

「まあ、お前がいいならいいけどさ。じゃ、次のやつでやってくれよ。私も範囲に入れてな」
「おう」

 魔理沙に了解の意を伝え、じっと次の流れ星を待つ。

 そして、













 後日。

「……なあ良也。やっぱズルっこは駄目だったんじゃないか? 一向に願い事が叶う気配がしないぞ」

 魔理沙は、しばらく新しい魔法を生み出せず、スランプに陥り、

「……うん。あれは今後封印しようと思う」

 僕は僕で、財布を落としてしばらく安酒を呑む羽目になった。

 ……ズルをしてバチが当たったわけではないと思うが、またタイミング悪いなあ。



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