金曜の夜。上等の酒を持ってやってきた僕は、オカルトボール異変を解決しようとしていた人妖達とともに、博麗神社の片隅で小さな酒宴を催しながら宇佐見を待ち構えていたのだが、その晩彼女は来なかった。

 来たら、幻想郷に軟禁して泳がせつつ、華仙さんや魔理沙、神子さん辺りがボコにした上、最後に霊夢がオカルトボールとともに外に叩き返す手筈となっている。
 なお、マミゾウさんがこっそり付いて行って、マジヤバな連中と遭遇しそうになったら化かして宇佐見の針路を逸らすらしいので、安全安心である。

 宇佐見のことは、たっぷり脅すつもりらしく、酒宴ではああしよう、こうしようと物騒な相談が繰り広げられていた。
 ……自業自得ではあるが、一応僕は自分のできる範囲で弁護してやった。多分、無視されるが。

「でも、宇佐見が来るまで暇なんだよなあ」

 と、そんなことを話した翌日の夕暮れ。
 博麗神社の縁側で茶を喫しながら、僕はぼけーっと日が落ちかけている空を見上げていた。

 まあ、宇佐見のあの様子からしてあまり時間をかけるとは思えないので、今日辺り来るだろう。それまではここで待機していればいい。

「暇なんだったら、掃除の一つでもしたらどう? まだ日が明るい内に」
「その台詞は霊夢、お前にそのまま返してやろう」

 僕の隣で同じく茶を飲んでいる霊夢の言葉に、僕は呆れ果てながら答える。

「あのねえ。私はこうして、異変解決のために英気を養っているの。怠惰に過ごしているだけの良也さんとは違うのよ、まったく」
「左様か。結構なことじゃないか」

 適当に聞き流しながら、お茶のおかわりを入れる。

「聞く気ないわね?」
「割と」

 大体さー、多分、博麗神社も戦場になるんだから、今掃除しても果てしなく無駄になりそうな予感がするんだよねー。
 いや、単にこいつにいいように使われて掃除するのが嫌なだけだが。

「はあ。まあいいわよ。宇佐見とやらに罰としてやらせるから。外に放り出す前に箒とちりとりを押し付けないとね」
「……あいつはそういうのはやらないと思うが」

 なんか宇佐見は、掃除当番とかも要領よくサボってそうな生徒だ。うちの学校にもそういうのがいるのでわかる。

「良也さん。私は『やらせる』って言ったのよ?」
「……そうですか」

 宇佐見に拒否権はないらしい。まあ、掃除程度で霊夢が溜飲を下げるならば安い買い物ではあるのだが。宇佐見はその辺の機微はわかんないだろうしなあ。
 ……なんか、最終的に僕がやる流れになりそうだ。

「それにしても、なんで外の世界の人間がこっちに来たがるのかしらねえ」
「それは僕も思う」
「良也さんが思う資格はなさそうだけど、実際謎よね。外の世界はこっちより美味しいものがたくさんでしょう?」

 霊夢は僕が持ってくる菓子とか酒とかを味わう機会が多いので、そのことはよく知っている。真っ先に出てくるのが食い物な辺りは……まあ言っても仕方あるまい。

「宇佐見は面白そうだから、とかなんとか言ってたけどな」
「面白い……そうかしら?」
「どうだろ。傍目で見てる分にはオモロイのかもしれんが」

 僕はまあ、死んでも死なないので楽しむ余裕もないではないが、死んだら普通に死ぬ人にとってこの幻想郷の騒ぎが面白いものかというと……必ずしもそうではないと思う。
 宇佐見は大分感性がこっちよりだとは思うが、少し話した感じだとまだ突き抜けてはいない。

「ま、もううちのシマにちょっかいかけられないよう、厳重にシメてやるつもりだから、そんなこと考える余裕はなくなると思うけどね」
「お前、イキイキしてんなあ」
「だって、今まで影ばっかがこっちに来てて捕まえられなかった奴をようやく引っ捕らえることが出来るんだもの」

 パンッ、と闘気溢れる霊夢が手の平を拳で叩いて気合を見せる。宇佐見……これ、やっぱお前詰んでるわ。

「しかし、面白いこと考えるわねえ。外の世界のパワーストーンを使ってこっちへ干渉するだなんて。まあ、私の立場的に絶対に許しちゃおけないことだけど、外の世界と繋がった幻想郷というのも、話のネタとしては興味が……」

 うん? 唐突に、霊夢が沈黙した。

「どうした?」
「いや、今なんかこう、私の勘になにか引っ掛かった」

 ?

「なんだ、宇佐見がもうすぐこっち来るとかか?」
「そういうのじゃなくて、もっと危険なもの。これ、見逃したらちょっとまずいわね」

 なにかを確信した顔つきで、霊夢がすっくと立ち上がる。
 ……いつも思うが、勘でそこまで察する霊夢はちょっとおかしいと思う。こういうのを虫の知らせと言ったりするが、霊夢に知らせている虫は気合入ってそうだなあ。

「ちょっとオカルトボールを宿した奴らに話を聞いてくる。オカルトボールって、本当に外の世界のパワースポットの石だけだったのか確認しないと」
「んん?」
「良也さんは外の世界で待機。その外の世界の人間を追い詰めた後、多分オカルトボールで一時的にそっちに逃げるから、そん時は捕まえといて」
「いや、いいけど……」

 答えるのを聞くやいなや、霊夢は飛び立った。

 なんだというんだろう?
 しかし、霊夢の勘に従って悪いことになった試しはない。僕は頭に疑問符を貼り付けながらも、荷物をまとめて外の世界へ帰ることにするのだった。




























「おや」
「あ」

 幻想郷から外の博麗神社に出ると、丁度荷物を下ろした宇佐見に出くわした。

「なんだ、今来たのか」
「うん、ついさっきね。これから腹ごしらえをして、幻想郷に行くところ。せんせは?」
「僕は……家に帰るとこだ」

 ふーん、と宇佐見は興味なさそうに相槌を打って、言葉通りに食事の準備をし始める。手慣れた感じで、鞄の中から小さなレジャーシートを取り出して地面に敷き、小さな弁当箱と水筒を開く。
 弁当はサンドイッチ。水筒の中身は、香りからして紅茶のようだ。

「足りるのか、それ。随分少ないけど」
「ちょっと、せんせ。ここは私の意外な女子力に驚くところじゃない?」
「あ、自分で作ったのか」
「一応ね」

 ふふん、といい気になる宇佐見。

「いや。基本、幻想郷の女子は、みんな獣を仕留めて血抜きするところから料理できるから、別にあんまり驚かない」
「そ、それって女子力って言うの?」
「……言わんな」

 宇佐見に指摘されて、そりゃそうかと思い直す。

「それでせんせ。あんまり見られると食べにくいんだけど」
「ああ、悪い悪い。……じゃ、僕は帰るけど、引き返すなら今が最後だぞ」
「はいはい、さよーならー」

 ……やっぱ駄目か。

 さて、あの意地悪い妖怪共にいじめられて、宇佐見はどこまで持つのやら。

 霊夢の勘に引っ掛かったというなにかも気になるが、それよりも宇佐見の今後に幸あれと一応祈ってやり、僕は博麗神社を後にするのだった。
































 んで、博麗神社を囲む山を超え、人目を忍んで適当な駅の側に降り立ち、電車で自宅のある街まで戻ってきた頃。
 携帯の着信音が鳴り響いた。

「っと、宇佐見か」

 ナイスタイミングである。追いつめられたら外の世界に逃げるという霊夢の予見は確かだったようだ。

「はい、もしもし。宇佐見?」
『あ、せんせ! 助けて! 私はちょっとイタズラしただけなのに、幻想郷に軟禁されて四方八方から虐められるのよ!』

 こいつ。僕の親切な忠告を散々無視しておいてこの言い草である。
 しかし、あの自信家の宇佐見がこうなっているとなると、宇佐見絶許同盟は余程念入りに心を折りにいっているらしい。

「あのさあ……いや、いい。で、逃げてきたのか?」
『そう! オカルトボールの力を使って一時的に……でも、このままじゃ三十分もしない内に戻されちゃう!』

 要は、以前の妹紅と同じような状態というわけだ。
 オカルトボールによって外の世界に滞在できるのはそう長くない。そして、強制的に戻されたら、また攻撃される、と。

「……はいはい。とりあえず、合流するぞ。今は……また飛んでんのか」

 感知の網を広げてみると、相変わらず隠す様子が欠片も見当たらない霊力が上空にあることに気付いた。
 はあ、と僕は溜息一つ。人目のない路地裏に潜り込み、隠蔽の魔術をかけた上で飛び上がって、宇佐見の元へ向かう。

 ややあって、ほんの一、二時間前の元気な様子から一転して憔悴した様子の宇佐見を発見した。

「よう」
「せんせ!」

 ひゅー、と宇佐見がやって来る。

「ええと、せんせの近くなら、幻想郷に引き戻されないのよね? あの妹紅さんって人が言ってたけど」
「らしいな。まあ、半径五メートルってとこだが」

 一時的ならそれ以上に能力の範囲を広げられるが、普通の場所で維持しようとするとこのくらいの広さとなる。

「うーん、まあ、ひとまず時間を気にしなくて良くなったのは幸いね。対抗策を考えないと」
「……あー、お前が心底反省して、以後幻想郷に関わりませんって誓うなら、なんとか僕が身体張って取り成してやるが……」

 霊夢達の落とし所としても、そんなところなのだ。宇佐見がもう幻想郷に近付かないのであれば、わざわざ外の世界に来てまで宇佐見を攻撃することはない。

「えー、でも。せんせはあの連中のこと知らないからそんな悠長なこと言えるのよ。こんなか弱い女の子を寄って集って……碌な連中じゃないわ」
「お前がそれ言うのか……」

 オカルトボールの噂に踊らされてこっちに来ただけの妖怪に喜々として殴りかかったの、君ですよね。まあ、相手もきっとノリノリで受けて立ったのだろうけど。
 あと、連中の碌でもなさなら、絶対に僕の方がよく知ってるから。

「でも、なんだかんだ生きてるし、大きな怪我もしてないじゃないか。大丈夫大丈夫。謝ればなんとかなるラインだ」
「なんか、せんせの『大丈夫』が大分アテにならなくなってきたんだけど……この前もらった地図で、安全ってなってた里でも襲われたし」
「? 誰に」
「八尺様と口裂け女よ! ほら、この二人」

 と、スマホの写真を見せられる。怖がってる割に写真を撮る暇はあったらしい。

 ……で、八尺様は一輪さん。里に出る口裂け女は、昨日会ったこころだ。

「大丈夫だって。この人は仏道に入った妖怪だから無駄な殺生はしないし、こっちは口裂け女のフリした面霊気だから」
「ほら! あれを大丈夫って言うせんせはもう信用出来ない!」

 ……えー。

「いやいや、聞けよ宇佐見。今、都市伝説に扮してみんなを脅かすのが流行ってるらしいんだよ。普段はいい人……妖怪なの」
「都市伝説……? 本当に?」
「本当」
「……変なのが流行ってるのね」

 あれ? 僕はこの都市伝説の流布も宇佐見の仕掛けた異変の一部かと思っていたんだが、どうやらそうではないらしい。
 じゃあ、偶然なのかな? タイミング良すぎる気がするけど、僕は霊夢ではないのでこれが怪しいのかどうかなどわからない。

「と、とにかく。いつまでもせんせの側にいるわけにもいかないし、でも戻ったら囲んでいびり殺されそうだし。……こうなったら、オカルトボールの力を開放するしかないかも」

 懐からオカルトボールを取り出し、それを見つめながら宇佐見が考え込む。

「力を開放だって?」
「ええ。幻想郷の他の人にやらせるつもりだったけど、こうなったら一か八かよ。妖怪に取り殺されるくらいなら、オカルトボールの力を開放して、私自身が結界を破壊する鍵となってやるわ!」

 うわ、なんか一人で盛り上がり始めた。だから、別に殺されはしないと何度言えば……

「……ていうか、大丈夫なのかそれ」
「どうなるかはわからないわ。ホントに死ぬかも。でも、幻想郷の結界を壊すという崇高な使命は果たさないといけない。せんせ、私の墓標にはなにも刻まなくてもいいわ」

 記録ではなく、記憶に残ればそれでいいの、などと滅茶苦茶浸った台詞を言い放つ宇佐見。
 ……………………えーと、

「見つけたわよ!」

 僕が宇佐見の唐突ないいかっこしいな台詞に白けていると、霊夢が勢い込んでやって来……うわ、霊夢までこっち来やがった!? ビルを背景に飛ぶ巫女姿ってすげぇシュールだ!

「くっ、まさか私が幻想郷に戻るまで待てなかったとでも?」
「違う! 私は貴女を保護しに来たのよ。そのオカルトボールには罠が仕掛けられてる! 力を開放するのをやめなさい」

 霊夢が珍しく必死な表情で宇佐見に言う。
 なんか、オカルトボール使われたら不味いことになるらしい。この巫女がここまでマジになる以上、本当に洒落にならんことなのだろう。

 ちら、と宇佐見の手に握られているオカルトボールに視線を送る。
 成る程、成る程。

「そんなこと言って騙す気ね。でも、残念。もう私は決心したのよ。私はオカルトボールの力を開放して、幻想郷の結界を破壊してやるわ」

 と、宇佐見は言って、手に持ったオカルトボールを霊夢に見せつける。それは今まさに力を解放せんとギュインギュインと胎動しているが、まだ開放されてはいない。そして、宇佐見は側にいる僕のことなど、アウトオブ眼中だ。

 ……行けるな。

「追い詰められたら鼠だって猫を噛む! 追い詰められた女子高生を舐めないで――」
「よっ、と。霊夢パス」

 口上の途中、僕は宇佐見の持つオカルトボールを奪い取り、霊夢の方向に投げた。

「…………え?」
「あ」

 宇佐見が呆けた声を上げ、霊夢もきょとんとしながらも自分の方に飛んできたオカルトボールをキャッチする。

「あ、月の都のオカルトボールだ。封印しちゃいましょ」

 霊夢がキャッチしたオカルトボールに札を貼り付け懐にしまう。

「せ、せんせ?」
「まぁ、なんだ。宇佐見、無防備にボールを取り出すお前が悪い」

 危険物になりうるものが目の前にあるのだ。そりゃあ対処できるやつに放り投げたくなるのが人情である。

「う、裏切り者ぉ〜〜〜!!」

 人聞きの悪い。























「まあ、それはそれとして。もううちにちょっかいかける気が起きないよう、念入りにボコるって誓いは果たさないとね?」
「……霊夢。程々にしろよ。頼むから、頼むから」
「仕方ないわねえ。今日の殊勲者の良也さんに免じて、十分の九殺しで勘弁してあげるわ」
「僕に免じる前はどこまでやる気だったお前!?」

 冗談よ、と霊夢は笑って宇佐見に仕掛ける。

「さあ、悪夢の夜の始まりよ!」
「こ、こうなりゃやけだぁ!」

 二人がぶつかり合う。
 僕はそれが他の人に見咎められないよう、焼け石に水の結界を周囲に張り巡らせるのだった。



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