今日も今日とて残業である。
 昨日、一昨日と、宇佐見の奴と幻想郷の人妖との戦いに巻き込まれたりして、少し急ぎの仕事が後回しになってしまっていた。

 明日実施する小テストの問題が、まだ作成できていない。

 他の先生方が帰った後も、一人でパソコンに向き合って作業だ。
 一通り作成は終わったが、この後誤字、脱字、間違い等のチェックがある。アルファベット一つ間違えているだけで別の単語になってしまったりもするので、念入りにチェックしなくてはいけない。

 しかし、その前に小腹が空いた。
 昨日妹紅と散々飲み食いしたので、朝昼と軽く済ませたからなあ。

 ……腹が減っては戦はできぬ、と、僕はこんなこともあろうかと買っておいたカップ麺を机の引き出しから取り出し、備え付けのポットに向かう。
 湯を入れ、割り箸を重し代わりに。

「そろそろかな」

 三分の待ち時間のところを二分で開けるのがジャスティスだ。
 おもむろに蓋を開け、さあ食べるぞと向き合い、

「こんばんは、せんせ」
「うぉおあ!?」

 突然後ろに気配が現れ、肩をぽん、と叩かれた。

 誰も居ないはずの職員室。すわ幽霊か、と振り向き、

「……宇佐見?」
「うん。へー、こっちの学校の職員室って、こんなんなんだ。せんせは今日は居残り?」

 果たして、そこに立っていたのは宇佐見だった。人を驚かせておきながら悪びれもせず、興味深そうに職員室を眺めている。

「僕は残業だよ。一体いつの間に来たんだ」
「ちょっとテレポートで。そりゃ、前言ったみたいに外国までは無理だけど、ちゃんと集中する時間があれば町内くらいの距離はね」

 そりゃすげぇな。能力範囲に連動するため、極めて短距離しか移動できない僕のテレポートとは比べもんにならん。

「いや、でも、他の先生がいたらどうするつもりだったんだよ」
「移動先の知覚くらいはできるわよ」
「そうかい。……で、何の用だ?」

 多分、宇佐見は事あるごとに口を挟む僕のことを微妙にウザがっているはずだ。なにか理由でもなければ、わざわざ会いに来ないと思う。

「そうそう! さっきね、可愛いのに会ったの!」
「はあ?」
「こう、ちっちゃくてね。お椀に入った女の子! ほらほら、写真も撮ったんだ!」

 と、スマホの画面を見せられる。

「……針妙丸じゃねえか」

 あいつまでこっちに来たのか。

「あ、せんせ、やっぱ知ってるの!?」
「まあ、最近知り合ったやつだけどな。打ち出の小槌を持った小人族。あの有名な一寸法師の末裔らしいぞ?」

 へー! と、宇佐見はしきりに頷く。

「っていうか、お前は止めても聞かんな。幻想郷の連中に会いに行くのはやめろっていったろ」
「そんなこと、私の知ったことじゃあないわ、せんせ。それより、この子、幻想郷のどの辺りにいるとか知ってる?」
「……知ってどうする」
「是非ペットにしたいわー。こんなに可愛いんだもの。三食昼寝付きで部屋の中のお散歩は毎日一時間の待遇でどうかしら? 受けてくれると思う?」

 いや、どう……って。

「あ、あのな宇佐見。針妙丸は、確かに小さいけど、それ以外は普通の妖怪なんだぞ?」
「妖怪をペットにって、悪くないわ。最近は不思議な時計で妖怪をペットに出来るゲームが流行っているじゃない。今時の女子高生としては、流行りに乗らないとね」

 ゲーム脳だこれ! 後あのゲームの妖怪はペットじゃなくて友達だから!

「いや、あのな。普通に話の通じる相手をペット扱いすることに疑問はないのか?」
「そうねー。ま、我が家に迎え入れるかどうかはともかく、可愛いからもう一度会いたいわ」

 ま、まあそういうことなら。

「で、どの辺に生息しているか教えてよせんせ。というか、幻想郷の地理とかわかんないから、そっちもついでに。影を向こうに送った時も、イマイチその辺把握できなくて」
「……そういや、マミゾウさんからもらったパワーストーンで幻想郷に行くって話だったな」
「ええ。一応、行けるってことだけは確認が済んでいるわ。今度はしっかり準備をして向かうつもり」

 止めても無駄だろうし、マミゾウさんにも『邪魔するな』と警告されている。
 ……ひとまず、その中で出来る限り便宜を図ってやるか。

「待ってろ。今、簡単に地図書いてやる」

 コピー紙を一枚取ってきて、ささっと幻想郷の概略図を書いた。
 勿論、正確なものではないが、位置関係は合っている。

「まず、結界を超えたら向こうの博麗神社に出ることになる。んで、人間の里がここで、霧の湖、魔法の森、迷いの竹林、妖怪の山。あ、こっから先は冥界とか三途の川……死後の世界な。後は博麗神社に空いてる穴から地底に行けて、妖怪の山のてっぺんからずーっと上に行くと天界に行ける」
「おー、まるでRPGのマップみたい」
「……で、危険なところを教えておくぞ? 絶対、絶対近付くなよ? いいか、これはフリじゃないぞ。マジ殺意高い連中もいるんだからな?」

 一通り教えたのは、そういった場所に行かないよう言い含めるためでもある。
 例えば、妖怪の山。守矢神社の参道以外に足を踏み入れようものなら、縄張りを荒らされた天狗によってこの世から排除される。

 僕の必死の説得がなんとか功を奏したのか、宇佐見はしぶしぶといった態度を隠しもせず、

「あー、はいはい、わかったわよ。せんせの言うことを尊重します。危険なトコには近付きません」
「信じるぞ? 信じるからな?」
「疑い深いなあ」

 ったく。

「後、いつ頃幻想郷に行くのか教えてくれ。僕も一緒に行く」
「やだ、せんせ。女子高生をデートに誘うだなんて、そんなに職を失いたいのかしら」
「んなわけあるか!」

 こ、こいつは。

「教えないわよ。教師同伴だなんて、まっぴらごめんだわ。それじゃね、せんせ。地図は感謝するわ」
「あ、こら!」

 止めようとするも、宇佐見は僕の書いた地図を手にさっと身を翻し、次の瞬間にはその場から消えた。
 見ると、窓から見えるグラウンドに宇佐見の姿がある。短距離テレポートだろうが……そこから少し集中の時間を置いて、宇佐見がこちらに向けて手をひらひらと振る。そして、今度こそ宇佐見の姿はこの学校から消え去った。

 家に帰ったのか……

「くそ。こりゃ待ち伏せだな」

 流石に、幻想郷に行くのは休日だろう。金曜の夜から博麗神社に張り込んでいれば捕まえられるはずだ。
 そのためにも、休日出勤なんて羽目にならないよう仕事は済ませて……

「って、あ゛」

 ……宇佐見が来る前、食べようとしていたカップ麺の存在を忘れていた。

「う、宇佐見め」

 八つ当たり気味に宇佐見の名前を呟き、僕はでろでろに麺が伸び、ぬるくなってしまったカップ麺を啜るのだった。
 ……不味い。


































 んで、決めた通り金曜の夜、速攻で博麗神社まで来た。
 宇佐見がまだ行動していないのは確認済みである。幻想郷には電波が届かないので、携帯に電話を掛けて繋がればこっちにいるとわかる。

 まあ、宇佐見には用もないのに電話をするなと文句を言われたが。

「で、霊夢。今どうなってんだ」
「どうって……その、例の外の世界の人間のこと? 私は影しか見たことないんだけど、良也さんは向こうで会ってるのよね」
「それ」

 うん、と頷く。先日のマミゾウさんの様子を見るに、なにかしらこっちで企んでいるんだろうが。

「そう大したことじゃないけど……要は、こっちに引き込んで、みんなで懲らしめてやろうって、それだけよ」
「引き込むって、あのマミゾウさんが持ってきたパワーストーンでか」
「そ。なんでも、マミゾウが渡したのは配下の化け狸が化けた石らしくてね。あれで幻想郷を行き来するんじゃなくて、あれが合図した瞬間にこっちに引き寄せるわけ」

 と、すると、幻想郷に来ることはできるけど、出ることはできないわけか。

「……危なくないだろうな?」
「殺しはしないし、後に引くような怪我もさせないわよ。あくまで、これ以上幻想郷にちょっかいをかけないようにするための脅し。私はこれでも人間の守護者だし、外の人間が死んだら面倒なことになるからって妖怪連中も同意してるからね」
「ならいいんだけどさ」

 んー、まあ、宇佐見はかなり増長しているようだし、危ないことにならないのなら、多少お仕置きされた方がいいかもしれない。
 霊夢が一枚噛んでいるのなら、そう悪いことにはならないだろう。

「良也さんもご苦労様ね。その、宇佐見って言ったかしら? 随分な人間みたいね」
「……いや、お前が言えたことじゃないけどな」
「なによそれ」

 膨れっ面になる霊夢。
 はは、と僕は笑って、持ってきた酒瓶を取り出した。こいつはちょっとばかりいい酒だ。

「ま、もし宇佐見のやったことに怒り心頭な奴がいたら、こいつで懐柔を測る気だったが……そういうことなら呑んじまうか」
「あら、気が効くじゃない」

 霊夢は一転機嫌を直して、

「それじゃ、この件に関わってる連中に声を掛けてくるわ。良也さんはその間につまみの用意でもしといて」
「はいはい」

 告げて飛んで行く霊夢を見送って、僕は台所に向かう。

 宇佐見の奴も、こっちに来るなら来るで、手土産でも持って友好的な態度で来てくれればいいんだが……どうだろう、望み薄かなあ。
 と、考えながら台所の食料を点検し、

「……足りないなあ」

 色々と不足していることに気が付いた。
 霊夢め、味噌や塩の備蓄が切れつつあるし、野菜等も飲み会するにはちと物足りん。

 ……仕方ない、里の居酒屋で持ち帰り頼んでくるか。
 そう考えた僕は、置き手紙を書き起こし、一路人里まで飛ぶのであった。


























「はて」

 夜の人里は人通りが少ない。ちらほらと居酒屋の明かりが付いている他は静かなものだ。
 ……でも、普段ならもうちょっとこう、酔漢がそこら辺を千鳥足で歩いているんだが、

「うーん?」

 まあ、そういうこともあるのかと、特に気にせず持ち帰りもやっている焼き鳥屋に向かうことにする。
 と、

「ねえ」
「ん?」

 後ろからかけられた声に振り向く。
 飛んでいる僕の後ろからということは、どこぞの妖怪か、と思っていると、

「アタシ、キレイ?」
「……何やってんだ、こころ」

 果たして、マスクを着けた面霊気が、威嚇するように両手を上げて浮いていた。

「アタシ、キレイ? って聞いているのよ」
「いや……綺麗だとは思うが、それがどうかしたか?」

 別にこころに限らず、人型の妖怪は美女・美少女揃いである。……理不尽なことに。
 しかし、はて。何故わざわざそんなことを聞くんだろう。付喪神としてイマイチ自意識が希薄なこころに、美容を気にする女心が生まれたのだろうか。

 いや待てよ……マスクをして、この質問。そして先週来た時、幻想郷では都市伝説が流行ってた。って、まさか、

「ふふふ……これでもかぁ〜〜!」

 ばっ、とこころがマスクを取り去る。
 そして、口の端に指を引っ掛け、イー! と口を横に伸ばす。

 ……口裂け女のつもりだろうか、これ。妙に可愛いんだが。

「あー、はいはい、綺麗綺麗」
「……? あれ?」

 綺麗じゃない、と言えば口裂け女に斬り殺されるということだったが、マスクを取っても綺麗と言い続ければどうなるんだったっけ?
 こころもイマイチ対応がわかってないらしく、うーん、と首を傾げ、

「確か……キレイじゃない、と言われたら斬り殺して……キレイ、って言われても……斬り殺す?」

 おんや? なにやら話が不穏な方向に。

「まあいい。取り敢えず死ねい!」

 すちゃ、とこころがどこからともなく薙刀を取り出す。

「死んでたまるか!? ええい、ポマード! ポマード! ポマード!」

 口裂け女の都市伝説を演じている以上、この呪文で撃退できるはず!

「ふふふ……無駄だ! 何度もポマードと言われるうちに耐性が付いたのだ!」
「あれ、それってアリなの!?」

 都市伝説を元にしてるくせに、なにそのファジーな対応!? いや、都市伝説だからか!?
 ええと、ええと、他になにか、なにかないか……と、天啓のように対処法が降り立った。

「ならこれだ! 口裂け女は飴が好物!」

 ポケットにあったキャンディを、こころにひょいとパスする。べっこう飴ではないが、まあ良いだろう。

「ん?」
「いいか、飴をプレゼントされた口裂け女は、相手を殺すのをやめて友好的になるんだ」
「そうなんだ? そっかー、そういえば飴がどうとか、本に書いてあったなあ」

 よし、騙された。
 この分だと、どうせ詳しく知らないまま演じていると思ったら、やっぱりだった。

 本当は夢中で舐めている間に逃げるんだけどね。

「で、こころ。なにやってるんだ」
「口裂け女」
「……質問を変えよう。なんで人を襲う都市伝説を選んだんだ。能楽師は人間を襲わないだろ」

 こころは能に集まる感情を食ってる妖怪だ。要は、普段は無害な妖怪であり、人を襲ったりはしない。

 僕の指摘に、こころは困惑の面を付けて考えこみ、

「はっ、そういえば私は面霊気だった。これが驚愕の表情」

 こいつ、思い切り暴走してやがったな。

「……勢い余って本当に人間殺すなよ」
「大丈夫。私はあくまで演目『口裂け女』を演じているだけ。視聴者は傷つけないわ。面霊気、嘘つかない」

 今ひとつ信用ならんな!

「ま、まあ、頑張れ。僕は買い物があるから」
「うん」

 大丈夫なんだろうか。









 なお、後日、『アタシ、キレイ? もしくは飴玉をよこせ!』と微妙に勘違いしたこころが宇佐見に襲いかかったらしいのだが。
 ……まあ、いつも飴を常備している僕にとっては被害がない方向に行ったので、問題はない。



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