東深見高校一年、宇佐見菫子。 この学生が、今幻想郷を襲っている異変の首謀者だという。 立ち去ろうとする華仙さんを引き止めて詳しく聞き取った情報によると、不思議な道具と超能力を使う、眼鏡を掛けた小柄な女の子、らしい。 「……まさか、本当にいるとは」 電話を置き、僕は呆然と溜息をついた。 異変が起こっているという話も、その女の子に出会ったというのも、華仙さんが言っているだけ。 もしかして担がれているのか、と思い、今日改めて東深見高校に連絡をとった。 昨晩、そちらの制服を着た女生徒が、夜間学生が出歩くのを禁止されている繁華街にて見かけた。容姿の特徴はこんな感じ、と言った風に。 そうすると、もしかするとうちの宇佐見かもしれません、という話が、向こうの知り合いの先生からもたらされた。 「うーん……」 件の宇佐見とやらは、学校でも結構な問題児らしい。 成績は優秀なものの、周囲から孤立しがちであり、学校の空いている部屋を利用して非公認のサークル活動を行っている。 そのサークル『秘封倶楽部』では、どうやらオカルト系の怪しげな物品を集めているらしく、学校側もなんとかしたいのだが、今までどうにも手を出しあぐねているとか。 呑み友達の先生の愚痴っぽい話を聞き、放課後、本人かどうか確認しに行ってもいいかと聞いてみたら、特に問題ないらしく許可された。 「……はあ」 まあ、うちと東深見高校は近所の私立校同士だし、部活間の練習試合とか研修会とかイベントとか、割と親密に連携しているから、大丈夫だとは思っていたが。 ……どうなるかね。外の世界の人間にも関わらず、幻想郷に手を出しているような相手って。 華仙さんの話によると、それなりに大きな力を持っているらしい。そんな相手をもし怒らせて学校で暴れられたら―― 「ええい!」 ぴしゃり、と僕は頬を叩いて気合を入れる。 相手は高校生で、そして僕は教師である。 例え物凄い力を持っていようが、学生相手に尻込みしてどうする。 なんとしてでも、日本の一女学生が幻想郷等に関わることを阻止せねば。そうしないと、その宇佐見とやらの将来が危うい。 もし幻想郷のトンチキどもにいらん影響でも受けでもしたら…… 想像するだけで嫌だ。 「あ、教頭先生。ちょっといいですか」 職員室に戻ってきた教頭先生に話しかけ、放課後、東深見高校に向かう旨を報告する。 昨日の見回りの件を絡めると、すんなり許可はもらえた。 ……さて、頑張らないと。 「こっちです、土樹先生。宇佐見さんは放課後はいつも、秘封倶楽部とやらの部室にいますんで」 「どうも、榊先生。……ああ、そうだ。話は変わりますけど、来週の飲み会、僕が幹事になったんで。こっちの参加者の取りまとめ、お願いしていいですか?」 「ああ。そうですね、わかりました」 ふんわりと笑う榊先生は、僕と同じ英語教師で、今年新任の若い女性だ。 研修で幾度か一緒になったのと、うちの高校と東深見で月一でやってる飲み会で、お互い若手なので幹事をよく任される関係上、割と親しくなった。 雑談をしながら、例の宇佐見とやらがいる部屋に向かう。 「こちらです。ここ、昔はなにかの部活が使ってた部屋なんですが、廃部になった後は空き部屋になって。今は宇佐見さんが占拠してます」 と、案内された部屋の入り口には、立派な木製の板に『秘封倶楽部』と書かれた看板(?)があり、ダンボールが幾つか積まれている。 そして、扉にはコピー紙らしきものが貼り付けられており、魔法陣が書いてあった。 「……そういえば、聞き忘れていたんですけど、その宇佐見って生徒、無理矢理追い出せないんですか? 学校の部屋を占拠って」 「それがその、こちらの部屋は特に使う予定もありませんし。無理に追い出すのも……揉め事になっても、困りますし。それに、ここだけの話」 と、榊先生は声を潜めて、 「最初、宇佐見さんがここを勝手に自分の部室にした時、体育の先生の一人がカンカンになって追い出そうとしたんですけど。なぜか、なにもせずに帰ってきたんです。どうしたんですか、って聞くと、扉の前まで行ったら、怒るまでもないと思い直して戻ってきた、って」 そ、そりゃ。 「その先生、こう言っちゃなんですけど、規則に凄く厳しくて、怖い先生なんです。それが意見をあんなに簡単に変えるなんて、ちょっと考えづらくて。ここ、オカルトっぽい道具ばっかりですし」 「本当になにかあるんじゃないか、ってことですか」 「い、いえ。私は信じていませんけどね。何度かここに来てますけど、なにもありませんし」 榊先生はそう言って笑うが……これ、思い切り本物の結界張ってあるんだよね。 物理的な障壁ではなく、意識に作用するもの。敵意を感知して、それを逸らし沈静化させるものだ。そのための魔法陣をデカデカと張り出しているので、僕にも読み取れる。まあ、こっちじゃわざわざ結界の効果を隠すまでもないだろうが。 しかし、こりゃ当たりっぽいな。 「じゃ、入りますね」 榊先生は意を決して、扉をノックする。 「はい? どちら様ですか」 「宇佐見さん。入りますよ」 「あれ、榊先生?」 中にいたのは、本当に普通の女子高生だった。 華仙さんの言った通りの特徴。眼鏡の小柄な女の子だ。ここの制服につば広の帽子をかぶり、妙にアンティークな椅子に腰掛けている。 「あら、榊先生。そちらの男性はどちら様ですか?」 「こちらは、近所の高校の先生よ。その、貴方のような女生徒が昨日、繁華街でうろついているところを見たって仰ってて」 「ふーん」 探るような視線。 「土樹先生、彼女で間違いありませんか?」 「すみません、何分、一目見ただけでして。少し、彼女と話をさせてもらっていいですか?」 「はい、勿論」 よし、と僕は宇佐見の方を見る。 「こんにちは、宇佐見さん。僕は土樹といいます。昨日、貴方が幻想郷――」 「!!?」 一気に宇佐見の顔が驚愕に彩られる。 ……確定。 「というお店の前を歩いているところを見たんだけど、間違いないかな?」 「そ、れは」 動揺は榊先生にも伝わったようだ。 「……榊先生。ちょっと、込み入った話になると思うので、少し二人きりで話したいんですけど……」 は? と、榊先生が不審そうな顔になる。 そりゃそうだろう。わざわざ自分を遠ざける意味がわからないはずだ。 しかし、僕としても榊先生の前で色んなあれこれを話す訳にはいかない。 「すみません、お願いします」 とは言え、榊先生はどちらかというと押しが弱い人だ。弱点につけ込むようで悪いと思ったが、少し強引にお願いして榊先生に退室してもらった。 榊先生がいなくなると、宇佐見は傍らにあったマントを颯爽と着込み、不敵な笑みを浮かべる。 「……成る程。また幻想郷からやって来た人ね。教師に扮して来るなんて、また手のこんだことを。……で、早速やる?」 「は? いや待て。落ち着け」 宇佐見から、幻想郷的とりあえず弾幕ごっこな空気を感じ取り、僕は慌てて彼女を制する。 「?」 「僕は正真正銘高校の先生で、幻想郷へはたまに遊びに行くだけだ。後、僕は弾幕ごっこはやるつもりはない」 「え、ええ〜〜!?」 宇佐見が声を上げる。 「嘘! 私でも幻想郷にはまだ自由に行き来できないのに!」 「いや、嘘って言われても……学生時代から、割と好き勝手に行ってるんだけど」 「ずるい! どうやってるの? ねえ」 「どうやって……どうやってるんだろう……」 改めて聞かれると困る。多分、僕の能力のお陰でなんかうまいことなっているんだとは思うが、考えてみれば詳しい理屈は考えたことがなかった。当然、誰かに教えることなど出来るわけがない。 「と、とにかく。宇佐見が幻想郷にちょっかいかけてるってことは、華仙さんから聞いた」 「華仙?」 「君が昨日やりあった仙人だよ」 「へえ、あの人そんな名前なんだ。しかも仙人」 へー、と感心したように頷く宇佐見は、こう、見た感じは本当に普通の女子高生だ。制服のせいもあるかもしれないが。 「んで、その絡みで来たんだよ。幻想郷には触れないほうがいい。あそこは本当に常識の通じない奴が多いから。華仙さんは例外的に理性的な人だったけど、近いうちに痛い目に遭うぞ」 「それこそ望むところよ! 面白いことになりそうだって、オカルトボールをばらまいて正解だったわ!」 うわー、この子、立派に『あっち側』の性格っぽい。 「あの仙人さんや魔法使いさんと戦ったのも楽しかったしね」 「……魔理沙か」 「知ってるの? 確かにそう名乗っていたわ」 「友達だよ。色々世話になってて、世話もしている」 ネットにアップされてたあの写真、本物だったんだな。二人の姿だけがブレていたのは、この子が結界でも張っていたか、あるいは幻想のものゆえに映らなかったのか。そんなところだろう。 「……大体、異変を起こす目的はなんなんだよ」 「目的? つまらないことを聞くのね。面白そうだからやってみただけで、特に目的なんてものはないわよ」 うわー、ますます幻想郷的な人材だ、この子。 しかし、まだ高校一年生。これから、人生の軌道修正をするのは不可能ではないはずだ。 「いや、あのな、宇佐見。なにもあんな連中に喧嘩売らなくても、面白いことなんていくらでもあるだろ? ほら、友達と遊んだりさ」 「友達? いないわよ、そんなの」 ……あ、そうだ。電話で聞いたじゃないか、宇佐見は孤立しがちな生徒だって。 ぼっち、か。僕も、どちらかと言うとマイノリティーな趣味を持っているから、宇佐見と同じようになっていてもおかしくはなかった。なんだかんだで同好の士に出会えたりしたから、寂しさとは無縁だったが、友達が出来ない可能性も十分あったはずだ。 「……大丈夫だ。同じ高校生なんだから、思い切って声をかけりゃ気が抜けるほどあっさり仲良くなれるさ」 「なんか勘違いされてるみたいね……」 疲れたように宇佐見が肩を落とす。 「あのね、私は自分からあいつらと離れたの。普通の人達は、普通の人達同士で仲良くやればいい。私には必要のないものだわ」 うーわー。 駄目だこの子。『特別な私、孤高でかっこいい』系女子だ。なまじ本当に特殊な力を持ってるから始末に終えない。 「いや、あのね。そう嫌う必要はないと思うぞ。必要ないってハナから切り捨てるのはどうかと……」 「……貴方、本当に普通の先生ね。ガッカリだわ。幻想郷とこちらを行き来するなんて、よっぽど面白い人だと思っていたのに」 「そりゃあ、魔理沙なんかと比べられたら、僕はそんな面白い人間じゃないと思うが……」 どうしたもんだろう、と僕は溜息をつく。 とにかく、僕の目的としては宇佐見に幻想郷から手を引いて普通の学生生活を送ってもらいたい。 一方で、宇佐見としてはそういう『普通』に価値は感じておらず、特別な存在である幻想郷にちょっかいをかけることに面白さを見出している。 経験上、こういう子は本当に痛い目に遭うまで中々直らない。ましてや、今日初めて会った僕が口でなにかを言ったところで、恐らく意味は無いだろう。 ……一旦引くか。あまり二人きりでいて、待たせている榊先生に勘ぐられてもアレだし。 「……とりあえず、今日はそろそろ帰る。あ、連絡先だけ交換しよう」 「構いませんけど。でも、他校の学生と番号交換するなんて、土樹先生……でしたっけ。大丈夫なんです?」 「だ、大丈夫。多分。宇佐見が他言しないなら」 赤外線を通じて、お互いの携帯番号とメールアドレスを登録する。 「……後、本気で危ない奴と会ったら、僕の名前を出してくれ。相手によっては、もしかしたら手を引いてくれる可能性が若干だけどあるかもしれない」 「向こうで土樹先生がどういう立ち位置なのか、気になってきました」 「ちょっと友達が多いだけ。ヒエラルキーは低いよ」 いや、ほんとにね。 「じゃあ、僕は帰るけど。もう一回忠告しとくけど、幻想郷に手を出すのは、本当にやめとけよ」 「はいはい、ご心配ありがとうございますー」 言葉だけは丁寧だが、まるで聞く気がねえ。 ……はあ。なんか今回、凄く疲れそうな予感がする。 | ||
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