都会のビルの間を飛ぶ。 昔と違って、隠蔽系の魔法も多少は上達しているので、バレたりはしないはずだが、それでも都会の上空を飛ぶのは緊張する。 普段ならこんな迂闊なことはしないのだが、今回は仕方ないと割り切る。 「……よう、宇佐見」 ビルを背景に、仁王立ちしている宇佐見を見つけた。大体、予想通りの位置だ。 「あら、せんせ。どうしてここがわかったのかしら?」 「お前、全然隠そうとしてないだろ。探そうと思えば、いくらでも方法はある」 外の世界で活動しているからか、宇佐見は自分の魔力を隠そうともしていない。 僕のダウジングは、ちょっとした妖怪が自分を隠そうとしたら引っかかったりしないのだが、バッチリ反応があった。 「ところでせんせ。もうちょっと上に来てくれる? 女子高生を下から覗き見しようだなんて、懲戒免職になっても知らないわよ」 「……見るわけねぇだろ」 しかし、あらぬ疑いをかけられるのも嬉しくないので、言われるままに高度を上げる。 「で、宇佐見。お前ここでなにしてんだ」 「夜空の散歩よ。だって、もうオカルトボールは幻想郷にばら撒いてしまったから、することないのよ。こうして、あっちからの来訪者を待っているの」 「つーことはだ。僕の忠告は無意味だったわけか」 「そういうこと。回収しようにも、私はまだ幻想郷に行けないしね。影を送っても、オカルトボールの回収なんてとてもとても」 影? 「影ってなんだ?」 「こう、一時的なら向こうに行けるのよ。ほんの短い間ね。でも、ちゃんとした形で行ってみたくて……で、私は頑張ってるわけなんだけど、せんせは幻想郷にどうやって行っているのかしら」 「言ったろ。自分でもよくわかんないって。……こっち側の博麗神社には行ったか?」 「一応ね」 結構調べはついているらしい。 「あそこに、博麗大結界の境界があって、そこに触れて『あっちへ行こう』って思うと、僕は飛べるんだが」 「なんか変な力が働いているのはわかったけど、そんなことはなかったなあ。なにか鍵みたいなものがあるのかしら」 「ないない。僕もなんで向こうと行き来できるかわかんないくらいだし」 「じゃあ、やっぱり当初の予定通りオカルトボールの力を使うしかないわね」 ……だから、そもそも幻想郷に行こうと考えなければいいのに。 いや、僕が言っても説得力がないかもしれないが、外の世界の方が便利で楽しい物も多いよ、実際。 「っていうか、オカルトボールって一体なんなんだ」 「ネタバレする気はない……って言いたいところだけど、知った所でどうしようもないからいいか。あれはね、こっちのパワースポットの力ある石を集めて加工したものよ。揖夜神社とか、ナスカの地上絵とか、ピラミッドとか、ストーンヘンジとか」 「ず、随分多いな」 「ふふ、そこはちょっとテレポートでね」 ……いや、そこまで遠い場所までテレポートは出来ないだろ。 僕が疑いの目で見ていると、宇佐見は視線を逸らし、 「親が旅行好きで」 「余計な見栄張んな」 まったく。 と、僕が呆れていると、 「あ!」 「ど、どうした? 突然宇佐見が叫ぶ。あらぬ方向を向いて、じーっとそちらを観察している。 ……んー? なんだ、なんか変な感じが、 「あっちに、また幻想郷から誰か来たみたい! ちょっと行ってくるわ!」 宇佐見は待ちきれないとばかりに飛んで行く。 「って、待て待て! 僕も行く!」 僕も慌てて追いかけた。 しかし……さて、誰が来たのだろうか。 「ふーむ、こっちの空気は懐かしいのう。しかし、いやはや。改めて比べてみると、こっちの進歩はえらいもんじゃ。どちらが良いかはわからんがね」 と、煙管をふかしながら、のんびりと周囲を見渡しているのは、マミゾウさんである。 元々はこっちに住んでいたため、なにか感じ入るものがあるのか、その口調はいつになく感傷的だ。 「んで」 そして、すぐにいつもの調子に戻り、こちらを見る。正確には、僕の隣を飛んでいる宇佐見をだ。 「お前さんが、今回の騒動の首謀者ということで間違いないかね」 「ええ、そうよ! 私は宇佐見菫子! よろしくね、尻尾の生えた妖怪さん。その尻尾は犬かしら?」 「現代っ子め。これは狸の尾よ」 「狸! 昔話でよく悪役にされている動物ね。知っているわ。そういえば、有名なアニメ屋が映画を作っていたわね。平成狸……なんだったかしら?」 「あの映画は儂も見たが、あれは好かん。なぜ儂が死んだことになっているんじゃ」 マミゾウさんが、まったく関係のないところで憤慨する。 「いや、マミゾウさん。話がズレてます」 「おっとっと。良也に指摘されるとは、儂も耄碌したもんじゃわい」 と、マミゾウさんが居住まいを正す。 「あれ? せんせ、この妖怪さんとも知り合い?」 「まあな。この人は、化け狸のマミゾウさんだ。幻想郷でも、新参だけど結構大物だぞ」 「こりゃ。結構とか言うでない。儂はまごうことなき幻想郷屈指の大物じゃぞ」 確かに佐渡の団三郎狸と言えば妖怪界ではビッグネームだが、某酒呑童子疑惑の鬼とか九尾を持った妖狐とかかぐや姫とか旧壱万円札の人とか、力量については僕程度では計れないが、知名度で言えば分が悪いのではないだろうか。 「まあ、ともあれじゃ。お主も困ったことをしてくれたのう。お陰で幻想郷は大騒ぎじゃぞ。まあ、大抵の連中は騒ぎを楽しんどるが」 「やっぱり? それはよかったわ。私も頑張った甲斐があるというものよ」 宇佐見が褒められたと勘違いして胸を張る。マミゾウさんもその反応にやや呆れ顔だ。皮肉もわからないらしい。 「……良也よ。この娘っ子の目的はなにか知っとるかね」 「いえ、特にないそうです。とりあえず面白くなりそうだからとか」 「それはまた。才能があるのう」 そんな才能は嫌だ。あっても現実世界になんの益もないぞ。 「ちょっとせんせ。それじゃ私が考えなしみたいじゃない」 「……前目的がないって言ってただろうが、というツッコミは置いといてやる。考えとやらがあるなら言ってみろ」 「あれは言葉の綾よ。幻想郷にちゃんとした形で行くことが私の目的。……ほら、立派な目的じゃない」 「その後は?」 「自由行動」 ほぼノープランじゃねぇか! 呆れ果てて言葉も出ねぇよ。 「なるほどのう。そういうことなら、この土産はぴったりじゃな」 と、マミゾウさんがソフトボール大の球体を取り出す。 「そ、それはまさか」 「そう。これは幻想郷のパワーストーンじゃ。お主の作ったものは、外の世界のパワースポットの石が材料じゃろう? これで、同じようにオカルトボールを作れば、幻想郷との行き来は自在になる。どうだ、欲しいかね?」 「欲しい! 頂戴頂戴!」 「ならば、この儂に勝ったらくれてやろう」 ニヤリ、とマミゾウさんは『計画通り』とでも言い始めそうな悪い顔で、宇佐見を挑発する。 「えー、ケチンボねえ。でもいいわ。やっぱり、幻想郷の流儀はそうなのね」 「おう。弁えているなら話は早い」 二人が戦闘体勢に入る。どちらも不敵な笑みを浮かべ、力を滾らせ始め、 「ちょちょ、ちょーーーっと待った!!」 それがぶつかり始める寸前、僕は二人の間に割って入り、大声でストップをかけた。 「……なんじゃ、良也」 「なによ、せんせ」 いいところに水を差された二人が不機嫌になって聞いてくるが、いやいやいや、これは僕の立場としては止める他ない。 「あの、マミゾウさん。こっちの宇佐見が駄目なことやっているのは、僕からも謝りますし、なんとか説得してやめさせます。だから、その、学生相手に弾幕ごっことかは勘弁してあげてくれませんか」 マミゾウさんに言い、今度は宇佐見の方に、 「宇佐見。まだマミゾウさんが本気になっていない内に、本当にやめとけ。怪我じゃ済まないんだぞ。妖怪って、普通に人間喰うからな? オカルトボールの回収なら、やり方教えてもらえば僕がやるからさ」 宇佐見がぶつかり合ったのは現時点では魔理沙と華仙さん。魔理沙は人間だし、華仙さんは仙人だから、戦いになって負けたとしても、そう酷い目に遭うことはないだろう。 でも、マミゾウさんは妖怪だ。妖怪の中では比較的温厚な部類に入るが、何の気なしに人間を喰いにかかることがないとは言えない。外の世界の人間に対して彼女がどう対応するかは未知数だ。 「せんせは知らないから心配するけど、大丈夫よ。こんな古典的な妖怪に、現代の人間の技術と私の超能力が負けるはずがないわ」 駄目だ! 宇佐見の方は、完全に自信過剰になってる! 質の悪い中二病が超能力を持っていることで絶妙にブレンドされて、変な全能感に陥ってる感じだ! 「良也よ。お前はすっこんどけ」 「ちょ、マミゾウさん。お願いですからタイムを! こうなったら、はっ倒してでも言い聞かせますんで!」 ええい、体罰がどうとか五月蝿い昨今だが、この場合は致し方がない。ビンタの一つでも…… と、僕が宇佐見に向かおうとした、まさにその時である。 「おい」 苛立ったようなマミゾウさんの声に、僕は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、その場から動けなくなる。 視線だけをマミゾウさんに向けると、彼女は今まで見たことのないほどぞっとする表情で、気を落ち着かせるように煙管を吸っていた。 一度ふかして、じろりと僕を睨む。 「のう、良也よ。儂はこれでもお主の事をそれなりに気に入っておる。しかしな、そこな娘は少々"おいた"が過ぎる。あまり聞き分けのないことばかり言うておると……」 口調だけは優しいが、全身から立ち上る鬼気がマミゾウさんの怒りを表している。 「……煮て喰うぞ?」 ……マミゾウさんの。高い妖力を持つと言われる狐狸妖怪の中でも、随一の力を持つ人の、本気。 指一本動かせない僕に、マミゾウさんはゆるりと近付いてくる。 「…………」 こ、怖い。マジ怖い。今までこういう状況で僕が抵抗できたことはない。 ……が、しかしだ。今は後ろに宇佐見がいる。可愛げは全然ないし、そもそも別の学校の生徒ではあるが……一応教職に預かるものとして、見捨てることはちょっと出来ない。 大体、一度死んだらアウトな宇佐見と無限蘇生可能な僕。僕の個人的心情を抜きにすれば、どちらが矢面に立つべきかは自明の理だ。 嫌だけど。ホント嫌だけど。やるしか、ない。……やだなぁ。後で覚えとけよ、宇佐見。 と、ゆっくりと近付いて来るマミゾウさんに対し、至近距離での不意打ちを食らわせようと、そろりとポケットの中のスペルカードに手を伸ばし、 いざ攻撃に移るその直前、宇佐見に聞こえないような小声で、マミゾウさんが囁きかけてきた。 「……ま、悪いようにはせんから、おとなしゅう見とれ」 ぽん、と肩に手を置かれる。 え、と聞き返そうとすると、今度は腹に手を差し伸べられ、下方に押されながらゼロ距離の妖弾を喰らわせられた。 「ごっふ!?」 そのまま吹き飛ばされ、手近なビルの屋上に叩き付けられる。 「それはそれとして、儂に不意打ちを仕掛けようなど千年早いわ!」 なんかマミゾウさんが言っているのが聞こえるが、思い切り後頭部を打ち付けたせいで意味がよく理解できない。つーかこれ、死ぬ。 「ちょ、せんせ!?」 「大丈夫じゃ。少々小煩いので大人しくしてもらっただけじゃからな」 「なんだ、それなら大丈夫ね」 いや、大丈夫じゃない。今死んだ。 その後、なんやかんやでマミゾウさんと宇佐見の戦いが始まったらしいことはなんとなく察したものの、 それを最後に、僕の思考は暗転するのだった。 なお、件のビルの屋上に、僕の血痕が残ってしまい、 翌日、結構な騒ぎになってしまったらしいのだが。 ……本当にごめんなさい。 | ||
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