「と、言うわけさ。どうにかならんもんかね」 「そんなこと言われてもなあ。なんで私がそんなことまで面倒見てやらないきゃいけないのよ」 と、幻想郷にやって来るなり、そんな風に会話している二人を見つけた。 片方は……ええと、確か、雷鼓さん。打ち出の小槌の異変によって付喪神化した和太鼓の化身であり、今はドラムに乗り換えたというロックな人だ。 んで、その雷鼓さんの頼みを、すげなく断っている方が霊夢である。 ていうか、なんの相談なんだろう? 「あ、良也さん。丁度いいところに。あんた、良也さんに頼みなさいよ。無駄に顔広いわよ、あの人。無駄に」 「無駄に、を強調すんな。……で、なんだ?」 「詳しいことはそっちから聞いて」 はー、やれやれと、空になったらしい急須片手に、霊夢は台所の方へ向かう。 ……もうこれで、霊夢の中では終わった話になったらしい。 「あの、ええと。こんにちは」 「ああ、こんにちは。で、聞いてくれるの、頼み」 「……とりあえず、内容を聞いてからで」 例えば、弾幕ごっこを申し込まれたりしても、僕は断固として断る選択肢しかないので。まあ、それなら霊夢は『妖怪が調子に乗ってるわね』とか言って喜々としてボコりそうなので、ないとは思うが。 「ああ。うん。何かというと……私、ライブがしたいんだよ」 「はあ」 そりゃ楽器の付喪神なら当然の欲求ではある。 「でも、メンバーが足りないのよ。弁々と八橋入れても三人。まず、ボーカル出来るやつがいないし。……まあ、本当は私――というか、うちの使役者(ドラマー)はロックやりたがってんだけど、あの二人和楽器だからね。そこは妥協するよ」 そりゃ、琴と琵琶じゃなぁ。雷鼓さんだけでやろうにも、ドラムのみのロックなんて、ロックじゃなくてドラムという名の堕天使だし。 「ええと、つまり?」 「もう二、三人、なんでもいいから楽器できる奴と、後歌を歌えるやつを紹介して欲しい。曲は、まあ適当に合わせるさ。こちとらプロだからね」 ぷ、プロなんだ。いや、多分、全世界の誰よりも依代の道具の扱いについては卓越しているとは思うが。でも、ドラムと琴と琵琶を歌と合わせるのは難易度高くね? いや、音楽素人の僕の私見だが。 でもまあ、それはともかくとして、お願いごととしては別に大した話ではない。 「あー、じゃあ、適当に渡りつけときます。今も楽団やってる霊がいるし。後、歌なら言われんでも歌ってくれる妖怪が」 「お、本当かい? そりゃありがたいね。私、外の世界の魔力を使って強さはそこそこだけど、なんせ成り立てなもんで。知り合いがいないんだよね」 にしては随分と人格が落ち着いている気がする。 多分、付喪神としてはともかく、道具としては長生きなんだろう。 さて、それはともかく、音楽系の連中、と言えばだ。 まずはプリズムリバー姉妹。コンサートに参加したことは何回かあるが、あんま話したことはない。しかし、その辺りはなんとかなるだろう。あの連中も、演奏が生き甲斐みたいな奴らだし、言えばホイホイ頷いてくれそうだ。 ボーカルはミスティアと響子。こっちも多分、歌えるからと誘えば二つ返事。 うーん……ああ、後、ちょっと畑は違うが、確か能楽って太鼓とか叩くよな。こころ……前やった心綺楼の演目での謡も綺麗だったし。いいや、同じ付喪神繋がりだし、呼んじゃえ。 「ふむ……なんか楽しくなってきた」 「お、そりゃいいね。音楽は楽しんでこそさ」 よし、じゃ、ちょっと頑張ってみるか。 雷鼓さんと話してからしばらく経ったある日。僕は、人里の入り口で二人の妖怪と向き合っていた。 「どうも。九十九弁々です。一応、はじめましてよね?」 「ああ、こんにちは。土樹良也です。よろしく、弁々」 琵琶を持った少女と会釈を交わす。 異変の時、遠間で弾幕ごっこをしているのは見たことがあるが、ちゃんと話すのは今日が初めてだ。 「ええと、異変の時、一回会ったわよね?」 「おう。八橋だよな」 そして、一緒にいる八橋は、まさにその時に知り合った。 異変の真っ只中ということでロクに話しもしなかったが、逆さ城のことを教えてもらったりしたのでよく覚えている。 「雷鼓さんから手伝ってこいって言われたんだけど」 「私達、なにすればいいの?」 と、言われたので、『倉庫』から紙の束を取り出す。 ――結局、雷鼓さんの頼みを引き受けた後、その足で思いついた面々に声をかけに言ったのだが、全員が即時了承だった。 音楽、ということになれば全員ノリノリだったし、変わった催しとなればなおさらだった。 んで、それはいいのだが、どうにも話が大きくなりすぎてしまった感がある。 そもそも、プリズムリバー姉妹のライブは人間妖怪問わず大人気であり、ミスティアと響子のコンビもゲリラライブでそこそこの知名度を持っている。ついでにこころも、前に博麗神社でやった能楽が意外なほど好評で、次がないかと待っていた人も多い。 ――そんな連中が、揃ってコンサートを行う。人の口に戸は立てられないもので、誰に宣伝したわけでもないのに日程や内容を聞かれることが多くなってきた。 いや、戸が立てられないというか、間違いなく霊夢から魔理沙辺りに話が行って、そこからはもうお察しという流れだろうが。 そして、もうせっかくだから大々的にやっちまおうと雷鼓さんの鶴の一声で、協力すると約束してしまった僕も走り回っているわけだ。 「えー、そんなわけで、土樹菓子店協賛、秋の付喪神コンサートのチラシ。天狗に百部刷ってもらったから、頑張って配っていこうか」 と、応援に来てくれた九十九姉妹に取り出した紙束――チラシを三等分して渡す。 「了解。でも、いいの? 随分とお金かかったんじゃ。私達道具には必要ないけど、人間はなにするにしてもお金が要るんじゃないの?」 「いや、大丈夫。コンサートの独占取材させるってことで、知り合いの天狗に割安でやってもらった」 ネタ提供とかで幾つか貸しもあったし、射命丸にとっても久々のビッグニュースということで、割と交渉は上手くいった。 ……まあ、それでも多少の出費はあったが、僕がこっちのお金溜め込んでても、使い道ないし。 たまには散財するのもいいだろうと、ぱーっと使うことにした。 もう何年も菓子売りやってて、博麗神社の僕の部屋のタンス貯金、割とアレな状況だったし。 お金は十分だからもうやめますー、とは言えない状況なんだよね。結構ファンいるし、なんだかんだで商売楽しいので。 「ま、僕は菓子店と平行して配るから、二人は道行く人に適当に配ってくれればいいよ」 「了解。じゃ、行こっか、姉さん」 「うん」 二人が出立する。 しばらくすると、どこからともなく琵琶と琴の音色が聞こえ始めたから、恐らく宣伝も兼ねて演奏してるんだろう。 どこか、普段の里より騒々しくなっている。チラシを配り終えた頃には、浮ついた空気が漂い始めていた。 ……こりゃ、相当人集まるな、と。僕はこの時点で半ば確信していた。 博麗神社。境内にて。 ライブ会場となるここでは、現在、ステージ建設の真っ最中だった。 「よー、良也。報酬の件は忘れないでおくれよ」 「約束約束」 「嘘ついたら酷いよ?」 「するか、んなおっとろしいこと」 ライブ会場の設営には、萃香に協力を募った。 鬼のこいつに頼みごとなど、引き受けてくれるかどうか不安だったが、こいつはこいつで騒がしい催しは大好きだ。 交渉の結果、酒三樽と半にて手伝ってもらえることになった。 かつて、天子の奴が起こした異変の後始末で、博麗神社を立派に再建した実績は伊達ではない。 萃香の分身であるチビ萃香達が木材を組み上げ、みるみるうちにステージが出来上がっていく様子はまさに圧巻だった。半日と経たない内に素組は完成してしまっている。 同じく、その様子を見守っている雷鼓さんは、関心したようにしきりに頷いていた。 「しかし、こんな短時間で作ったとは思えない立派なステージだね。こいつは演り甲斐がありそうだ」 「当たり前だよ。この私が作ってんだから。大体、長く使うならともかく、こりゃ一日、二日もちゃいいんだろ? 基礎もいらないんだから、このくらい楽勝さ」 いやでも、外のライブ会場の参考写真一つでここまで見事に作り上げてくれるとは思わなかった。 「リハはいつできるかな?」 「もう一時間くらい待ってくれ」 「そうかい。なら、それまで音合せでもしとくよ」 と、雷鼓さんは他のライブ参加メンバーが雑談しているところへ歩いていく。 やはり、音を生業とする妖怪同士、気が合っているのか、交友が始まって大して時間も経っていないのに、もう仲良くなっている様子だった。 軽く音をかき鳴らし、意見を活発に交している。普段は好き勝手歌っているミスティアや響子も、共演者に合わせる程度の事はできるらしい。 「でも、なんでまた博麗神社でやるんだい? とてもじゃないが、神に奉納する曲にゃあ聞こえないが」 「いや、客が集まるだろうからって、霊夢がな……」 参拝客寄せくらいにしか思っていないらしい。 「ふーん。あの巫女の考えそうなこった」 鬼にまでこんなこと言われてる。 「んで、ステージはもう少しでできるけど、出店とかはどうすんだい?」 「そこまではいいよ。メインは演奏だし、呼ばなくても里の商店が集まりそうだし」 相当な客が来るだろうと、既に五つ程の店舗から出店の打診が来ている。儲けに敏いことだ。 準備とか自前でやってくれるなら僕としても全然構わないので、内容被りがないように調整だけして後は丸投げだ。 「そうかい。じゃ、私も楽しみにしてるから、頑張ってくれ」 「ま、後頑張るのはあっちの連中だけどな」 雷鼓さん達の方を指して、僕は笑った。 ……さて、どうなることやら。 なお、コンサートは成功裏に終わった。 集まっているメンツがメンツなので、もはやなんという種類の音楽なのか判然としないハチャメチャなコンサートだったが、集まった人達はみんな楽しんでいる様子だった。 まあ、僕の交友関係にある妖怪が都合五十人くらい来たおかげで、集まった人間客は当初顔を引き攣らせていたが、後半は誰も気にせず歌に酒にと酔いに酔ったので、結果オーライであろう。 なお、この時一緒にライブをしたメンバーは後々もよくつるむようになり。 協賛した僕は、第二回はいつやろうか、なんて相談されるようになるのだが。 ……まあ、それは別の話である。 | ||
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