僕が人里で開店している菓子屋は、自分で言うのも何だがかなりの人気店だと思う。

 しかし、大分長いことやっており、物珍しさも薄れてきているので、毎度毎度満員御礼というわけではない。
 半日もしないうちに売り切れることは確かなのだが、ぽっかりと客の来ない時間帯もあったりする。

 今日が、丁度そんな感じだ。

「んー」

 今日は日差しが強い。喉の渇きを覚えた僕は、クーラーボックスからコーラのペットボトルを取り出し、キャップをひねる。
 プシュ、と炭酸の抜ける小気味の良い音。飲み口に口をつけ、一口嚥下すると、乾いた身体に甘い液体が染みわたる。そのまま、二口、三口と飲み進め、存分に喉を潤し、

「……んぐ?」

 正面にある家の影。そこから覗く首に、ふと視線が向いた。

 ……あれ? あの子、首が半分以上見えてるのに、その下にあるべき身体がな……い……?
 な、な、ななな、生首が飛んどるーーーー!!?

「ぶっふぉっっ!?」

 思わぬ出来事に、思い切り僕はむせてしまう。
 その拍子に口の中にあった炭酸が一気に膨張し、しかし吐き出すまいと口を閉じた結果、鼻から一気に噴出する。

「がはっ! ごは! げぇええ……」

 商品にかけまいと、余所を向いて咳き込む。
 っていうか、痛い! 鼻と喉が痛い!

 ごふ……げふ……ふっ、ふっ、ふぅ……

「な、なんだ、今の」

 口元を拭いつつ元の方向を見ると、もうさっきの生首は見当たらない。
 ……ゆ、幽霊……かな? モノノケには慣れているのだが、やっぱりああいう視覚的に来るのはビビるなあ。

 いやしかし、あの顔。どこかで見たことあるような……というか、このシチュエーション、前もあったような。
 少し遠目で、しかも一瞬しか見えなかったから確かではないが、そう……あれは、

 と、名前が出てくる直前、さっきと同じ物影から今度はちゃんと首と胴体の付いた人影がひょいと現れる。

 ……あ。

「や。土樹。買いに来たわよ」
「い、いらっしゃい、赤」

 現れたのは、前の異変で名前を知った赤蛮奇だった。呼びにくいので、赤と呼ぶことを許してもらった子だ。
 前々からたまに僕の菓子店に顔を出す子で、異変で知り合う前は普通の里の子供だと思っていたのだが、実は妖怪である。

「そういえば、思い切り咳き込む声がしたけど?」
「……いや、赤、さっき首だけでこっち来てただろ。それで、びっくりしてだな」

 そして、彼女の正体はなにを隠そうろくろ首である。
 首が伸びるタイプではなく、首と胴体が解離するタイプ。地獄先生ぬ〜◯〜に出てきた飛頭蛮のイメージだ。……もううちの学生とかには通じないかなあ。

「ああ、あれ? この前の異変で、私が妖怪だってみんなに知れたから。動くの億劫な時とかは、あれで済ませるようになったのよ。通りをちょっと覗くくらいだったら、首だけで十分だし」

 別に積極的に隠していたわけでもないだろうが、やはり妖怪となると里では暮らしにくいこともあるだろう。多分、それで赤はわざわざ自分から吹聴しないようにしていたんだろうが、打ち出の小槌に端を発する前の異変では、彼女は里の近くで首を振り回して暴れていた。
 そりゃ、異変で外出する人が少なかったとはいえ、目撃者は多数だったろう。

 納得はしたが、コーラを三分の一くらい無駄にしてしまった僕としては文句の一つも言いたい。

「……ビビるから、ああいうのはやめてくれよ」
「なにを言うかと思えば。あんたね、私は妖怪よ。人間をビビらせてナンボなのよ。そう、人間は誰だって私を怖がるわ」
「誰だって……?」
「……訂正するわ。極一部の人間以外は誰だって私を怖がるわ」

 うむ、それなら頷ける。

「で、なに買う?」
「ちょっと待ってよ。今見ているんだから」

 なら、ごゆっくり、と僕は赤に告げて、残り少なくなってしまったコーラを飲み干す。

「そういや、赤。最近、草の根妖怪ネットワークのメンバーも増えてきたんだけど、赤も参加しないか?」
「なにそれ?」
「なんていうのか、穏健派というか……人間を積極的に襲ったりしない、ゆるい妖怪の集まりでな。たまに集まって、お茶とか、弾幕ごっことかやってる」

 弾幕ごっこの方は僕は不参加だが。

「そんなのあるんだ」
「まー、あまり知られてはいないと思う」

 ていうか、ただの友達の集まりにそれっぽい名前を付けただけだし。
 異変を起こしたり人間を襲ったりしないので、知名度は著しく低い。参加しているメンバーとその知り合い連中くらいじゃないかな、知ってるのは。

「そんな肩肘張るようなモンでもないし、どうだ?」
「誘いはありがたいけど、私は他の妖怪と馴れ合う気はないわ。静かに暮らしたいんだから、邪魔はしないで」

 と、にべもない返事を受け、僕は肩を竦める。
 別に、無理して誘うようなことでも無かろうが、赤ってば、この調子では友達は少なそうだな……

「ん、そっちのポッキー頂戴」
「あいよ」

 代金を受け取り、ポッキーの箱と小さい子向けのおまけである飴玉を一個渡す。

「ありがと。それじゃね」
「ん、毎度あり」

 僕は赤を見送って。

 しばし、商売の続きに励むのだった。





























「あら、良也さん。商売繁盛のようでなによりね」
「? 霊夢、お前なんでここに?」
「私が人里に来ちゃいけないのかしら」
「いや、んなことはないけどさ。

 珍しいこともあるものだ。小鈴ちゃんの店とかにはたまに訪れているようだが、霊夢が僕の菓子店に来るのは実は初めてじゃないか? そもそも、こいつ買わねぇし。僕に貢がせるし。

「ちょっとね。思うところがあって」
「……なんだよ。少し聞かせろ」

 その言葉になにか不穏なものを感じて、僕は霊夢に尋ねる。
 というか、霊夢はいつもの巫女服ではあるのだが、袖のところから御札の束が見え隠れしており、右手にお祓い棒、左手に封魔針と完全武装だ。多分、懐にはスペルカードも隠してる。

 まるで、異変に立ち向かう時のような出で立ち。
 ……嫌な予感がする。

「ほら、この前の異変で、普段は大人しい連中が暴れていたでしょう? 私も暇じゃないから、今まではそんな奴らは無視してたんだけど……今後、ああいったことがないよう、そういう妖怪もとりあえずシメとかないとなあ、って思い立ったのよ。ついさっき」

 ヒデェ理由であった。

「いや、お前な。あれは打ち出の小槌の副作用で、みんなの本意じゃないってわかっただろ?」
「でも、一度でもやったんだったら、二度目、三度目がない保証はないでしょ? 一度痛い目を見れば、そういうことも考えなくなると思うの」
「霊夢。いいか、世の中には疑わしきは罰せずという言葉があってだな」
「? 疑わしいんだったら、取り敢えず罰しておけばいいじゃない」

 駄目だ、会話が通じねえ。

 どう霊夢を説得したものかと悩んでいると、先程店を訪れたろくろ首が霊夢の背後から歩いてくるのが見えた。

「良也? これ、美味しかったから売れ残ってたらもう一つ……あら、これはこれは。博麗神社の巫女じゃないですか」
「おや、そういうあんたはこの前ぶっ飛ばしたろくろ首。丁度いいわ、あんたから退治することにしましょう」

 と、戦闘態勢を取る霊夢に、赤は流石に面食らったようだ。

「え? いきなりなによ。今日はあんたに喧嘩売る気はないんだけど」
「そうね。でも、前みたいに暴れられたら、みんなが迷惑するでしょう? その前に私が退治しようって、大変合理的な考えだと思わない?」

 ……少なくとも、僕は思わん。

「ふぅ、人間の増長もここに極まれり、ね。巫女とは言え……いえ、巫女だからこそ、もう少し妖怪を恐れるべきじゃないの?」
「なにそれ。なんで妖怪退治屋の私が妖怪を恐れることになるのよ」

 わけがわからないという様子で口を開く霊夢。

 ……いや、戦う相手に恐れ知らずで突っ込むのは、凄まじい敗北フラグだと思うんだが。でも、こいつ勝つしなあ、何故か。

「ま、妖怪に乗っ取られたってもっぱらの噂の神社の巫女じゃ仕方ないのかしら。もしかして、本物の巫女と妖怪が入れ替わってない?」
「ちょっと。人聞きの悪いこと言わないでくれる? 博麗神社は神聖なお社だし、私は正真正銘人間の巫女よ」

 と、霊夢が断言し、

「え?」
「良也さん。なにか疑問でも?」

 あまりに実情からかけ離れた言葉に、思わず僕が呟くと、霊夢が滅茶苦茶いい笑顔で問いかけてくる。

「……いや、なんでもない」
「そう、賢明ね」

 もし僕が賢明じゃなかったらどうなっていたんだろう。

「つーか霊夢。本気でやめとけって」
「良也さんこそ。なんで妖怪退治を止めるのよ」
「いやそれは……」

 う、うーん。冷静に考えると、確かに妖怪は人にとって恐れの対象で、それを退治することは人里の人的には正義……なんだろうな。
 でも、僕としては、罪もない妖怪を問答無用で退治するのはやめて欲しいんだが。

 と、僕が悩んでいると、赤が呆れたように溜息を付き、霊夢に行った。

「もし襲って来たら、今度の町内会で、なにもしてないのに博麗の巫女に退治されたって言い触らすわよ」
「え、なにあんた。妖怪のくせに町内会に参加してんの?」

 その言葉が聞き捨てならなかったのか、霊夢がびっくりした様子で赤に聞いた。

「一応ね。里の一角に家持ってるんだから、そりゃ地域の集まりにくらいは参加するわよ。人間と馴れ合うのは嫌だけど、自分から摩擦を生んで面倒事に巻き込まれるのはもっと嫌だもの。暮らしやすくするためには、多少の面倒も仕方がないわ。里に住んでる妖怪は、大体は人間とそのくらいの付き合いはあるわよ」
「そ、そうなの……」

 霊夢が動揺する。
 ……人間の集まり、ねえ。霊夢には縁のない話だなあ。

「ウチの町内会、里でも結構大きい方なのよね。私、おじいちゃんおばあちゃんには結構人気あるし。博麗神社はやっぱり駄目だ、命蓮寺や守矢神社に行ったほうがいいよ、って私が言えば……」
「や、やっぱりって何よ。失礼ね」

 と、霊夢は反論する声も弱々しい。

 赤は『里に住む妖怪』ではなく、『里の住人』として霊夢に応対している。そして、ちゃんと住人として認められている以上、手を出したら霊夢は総スカンを喰らうだろう。その間に、他の宗教に信仰を取られる、と。

「もういい? 良也」
「あー、ポッキーは売り切れたな。こっちのアルフ◯ートはどうだ? 焼き菓子とチョコの組み合わせって意味では同じだけど」
「うーん、ま、いいか。それ頂戴」
「どうも」

 勝ち誇った顔で、赤がお菓子を購入し背を向ける。

「………………」
「………………なによ」

 悔しそうな霊夢に、僕はぽんと肩を置く。

「まあ、これに懲りたら、もう少し里の事情にも興味をもつようにしろよ。な?」

 いや、まさか僕も、妖怪が普通に町内会にまで参加しているとは思わなかったが。

「っさいわねえ」
「はいはい。ほら、もう店仕舞いだから、どっかで呑もう。奢るからさ」

 マジで!? と一転して明るい顔になる霊夢。
 実に現金なやつだ。









 なお、向かった酒場でも、注意してよく見てみれば妖怪と普通の人間が当たり前のように酒を酌み交わしていたりして。
 妖怪は人間を襲うものだという建前は、割と崩壊気味なんじゃないかなあ、と僕は疑問に思うのであった。



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