幻想郷にやって来た。

 霊夢は留守にしているのか、それとものんきに昼寝でもしているのか、見える範囲に気配はない。

 ぐるり、と居間や神社の裏手を探してみても見つからなかった。

「……ま、腐るもんでもないけど」

 霊夢に頼まれて持ってきた外の茶葉を、適当にちゃぶ台の上に置く。
 そのちゃぶ台の上には、なにやら新聞が無造作に置いてあった。

「片付けくらいしろよな」

 部屋の隅にあるカゴに片付けようと僕はその新聞を取り上げ、何気なく一面を見る。
 と、

「あん?」

 一面には、見たことのある妖怪の写真が掲載されており、『不可能弾幕で天邪鬼をやっつけろ!』のテロップが踊っていた。
 詳しく読んでみると、要は幻想郷の秩序を乱そうと目論んだ不埒な天邪鬼――正邪をいっちょみんなでシメてやろうぜ? ってことらしい。

 そのために不可能弾幕。つまりごっこ遊びじゃない異変仕様のガチモードでやります、という説明書きがある。

「ふーむ」

 しばらく僕が仕事で来ていないうちに、なんか色々とあったらしい。
 読み込んでみると、打ち出の小槌の魔力が残った道具を駆使して、正邪がかなり粘っていることが書いてある。

 この新聞の日付は結構前だが、その時点ではまだ正邪は生き残っているらしい。
 ふむ……結構な騒ぎになっているようだし、このまま出かけるのは危険かもしれない。

「ふむ……」

 霊夢が見当たらないとなると、今どうなっているのか聞くには針妙丸が適任だ。前の異変で正邪と組んでいたことだし。

「針妙丸ー?」

 博麗神社の縁側に面した庭に設置してあるスクナハウスに話しかける。
 中でごそごそする気配がすると、ややあってがちゃりと玄関が開いた。

「〜〜んー、なにー? その声、良也?」
「おう、久し振り。寝てたのか? そりゃ悪かった」

 昼寝していたらしく、いつもより薄手の着物に身を包んだ針妙丸が、目をこすりながら出てきた。
 ふあ、と特大の欠伸をひとつして、針妙丸が宙を飛んで縁側の方に来る。

「んにゃ、もうよく寝たからいいよ。ふぁ」
「飛べてるってことは、結構力戻ってきた?」
「まあまあね。こないだ正邪とやりあったとき、小槌の力使ったけど、普通に弾幕勝負するくらいなら問題ないみたい」
「そうそう、そのことそのこと。これなんだけどさ、今どうなってんの? 人里行く途中で巻き込まれたら嫌だからさ」

 と、先程の新聞の一面を針妙丸に見せる。

「ああ、それ? 風の噂によると、ま〜だ逃げ回ってるみたい。小槌の魔力を宿した道具にもかなり習熟してるみたいだし、このまま逃げ切るんじゃないかな。ていうか、もう誰も追っかけてないし」
「い、いいのか?」

 ここまで大々的に指名手配されているんだ。逃したらよくないからやってるんじゃないかと思ってた。

「んー、平気だよ。時間は掛かっても、小槌の魔力はそのうち戻ってくるし。そもそも、私を騙したやつを大義名分を持ってボコれるからお尋ね者にしただけだし」
「大義名分?」
「新聞にも書いてるだろ? 幻想郷の秩序を乱したからさ」

 ……この幻想郷に秩序などという高尚なものが存在していたとは、僕は寡聞にして知らないが。
 スキマとかが色々言っていたが、人喰い上等、揉め事は弾幕で解決しろ、っていうのは僕は秩序とは呼びたくない。

「ま、頑張ってたみたいだけど、悪あがきさ。この先アイツの味方をする奴は誰もいないだろうからね」
「へー」

 ……こんなこと言っているが、騙されたらしいとは言え、主犯の言うことではない気がする。

 っていうか、新聞によると結構な強者も出張ってるみたいだが、まだ捕まっていないのは結構すごいぞ。……ああ、こんな名目だと、各人本気度は違うか。

「里に行くなら平気じゃない? さっきも言ったけど、今はもう誰も追ってないし。みんな正邪を追っかけるの飽きたんだよ」
「飽き……それもひどい話だな。まあ教えてくれてありがと」

 僕は針妙丸に礼を言い、ポケットにあった飴玉を渡す。

「……そういや、食べれるか?」

 どう考えても針妙丸の口に含むことは出来ないサイズだ。

「ごめん、割って」
「はいよ」

 包装の上から割って、、改めて針妙丸に渡した。

 針妙丸は気合を込めて包装を剥がすと、自分の手の平と同じくらいの大きさの飴玉の欠片をぺろぺろ舐め始める。

「……相変わらず、エコでいいなあ」

 飴玉一個で相当持ちそうだ。前一緒に酒飲んだ時も二合でへべれけに酔ってたし。……逆によくあの身体で二合も入ったもんだと感心したが。

 そんな感想を抱きつつ、僕は博麗神社を後にするのだった。












































 人里で菓子を捌き終え、適当に知り合いのところに顔を出してからの帰り道。

 今日は神社で一杯やろうと、お酒とつまみも購入して帰途に付いていると、いきなり後ろから霊力の気配が襲いかかってきた。

「うお!?」

 半分くらい勘で躱す。

「だ、誰だ!? なにをする!」

 と、振り向いてみると、そこには仁王立ちした正邪がいた。
 噂をすれば、というか……

「せ、正邪? いきなりなんの真似だ」
「む? ああ、良也、だったか。まあいい。用件はそいつだ。食い物と酒を置いて行け。そしたら見逃してやろう」

 僕のこと半分くらい忘れてやがる!
 いや……まあ、仕方がないか。あの逆さ城でほんの少し話しただけだったしな。

「いや、ていうかなんでんな強盗じみた真似を……」
「人里にまで私の手配の回状が回っていて、買い物も出来んのだ。飯はなんとでもなるが、酒はなあ」
「幻想郷中の妖怪からフルボッコ喰らったとは聞いたけど」
「ふん。追いかけられたが、全て返り討ちにしてやった。まあ、しばらくは潜伏して、また下克上を目指すさ」

 ……そんなにまで追っかけられて、まだ志が折れていない根性は買うが、無駄だと思うけどなあ。なんか服もボロボロだし、相当いじめられたんだろうに、よくもまあそこまで言えるものである。

「はあ、まあいい。呑みたいっつーなら、どうだ。その辺で一緒に一杯」
「おう、話がわかるじゃないか」

 妖怪が手配してても、別に僕には関係ないし。個人的には正邪に含むところもないし……酒を一緒にするくらいいいだろう。

 と、眼下の森の、ちょっと開けた所に降り、買い物袋から一升瓶と、『倉庫』からぐい呑二つを取り出し、片方を正邪に投げ渡す。

 日本酒の瓶を開け、正邪に向けた。

「ほれ。まあ呑め呑め」
「おう、いい心がけだ」

 微妙に鼻につく言い方だが、そのくらいで怒っていては幻想郷の妖怪とは付き合っていられない。
 無視して僕は自分のぐい呑にも注ぎ、乾杯を……もう呑んでやがる。

「はあ。ほら、つまみ。焼き鳥だから箸はいらないな」
「うんうん、美味いな、これは。欲を言えば、冷めていなければよりよかった」
「温め直してもいいけど、面倒だからなあ」

 早速手を伸ばした正邪に負けまいと、僕も串を確保して口に運ぶ。
 甘辛いタレの味が鶏の旨味と合わさって、なんとも酒に合う。間に挟まった葱もいい仕事してる。

「そういや、大丈夫だったのか? 色んな奴に追っかけられたらしいけど」
「うん? ふん、あんな連中の弾幕、ちょちょいのちょいだ。魔力を宿した不思議道具も持ってるしね」

 その一つらしいお地蔵さんを見せ、正邪は笑い……って、地蔵!? なんで地蔵!? つーか今どっから取り出したそれ!?

「こいつらはとてつもない力を持ってるんだ。今からでも幻想郷をもう一度ひっくり返しに行ける。それなのに針妙丸め、日和りやがって」
「ふーん」

 僕の記憶によると、正邪は針妙丸を立てているっぽかったが、今の言動からするとそんな感じはしない。
 ……猫被ってたのか。まあ、天邪鬼だしなあ。

「そうだ。お前は、下克上の志を理解していたな。どうだ、今からでも私と組まないか?」
「僕が肩入れしても、なんの役にも立ちそうにないからパスする」

 正直、まだ惹かれるものがなくもないが、流石に正邪単独に協力するのは気が引ける。この性格からして、割とあっさり切り捨てられそうだし。

「ふむ、そうか……」
「そうだよ。まあ、陰ながら応援くらいはしておく」

 言って、ぐび、と酒を一口呑む。

「それなら、仕方ないな」
「ん?」

 正邪が立ち上がった。まだ酒は残ってるし、つまみも残ってる。なんなんだろう、と思ってると、正邪がこっちに一歩近付いた。

「な、なんだ?」

 その様子にちょっとただならぬものを感じて、僕は少し腰を浮かせて聞く。

「さんざっぱら追い掛け回されて、腹が減っているんだ」
「な、なら、まだ焼き鳥も酒も残ってるぞ」
「ああ。それも勿論いただく。……だが、妖怪に最も滋養になるのがなんなのか、お前は知らないか?」

 もしかして:人間

 それに思い当たると同時に、僕はばっ、とその場を飛び去っていた。

「待て待て!」
「待つかい!」

 正邪の弾幕をなんとか躱しながら、僕は一直線に神社の方に向かう。

 れ、霊夢だ。こういう時は霊夢だ!

「っていうか、酒と飯奢ってやったろ!? なんで襲ってくるんだよ!」
「天邪鬼に見返りを求めるとは愚かな奴め!」

 ぎゃぁ! そういやそうだった! 現代じゃ妖怪の名前っつーより、ひねくれ者の代名詞になるほど性格悪いんだった、『天邪鬼』は!
 っていうか、嫌われる理由よく分かるよこれ!

「くっ、落ちろ!」
「ほっ、よいやさ!」

 それでも、疲弊しているのは本当らしく、僕でもなんとか避けながら進むことができている。
 で、でも、絶対に神社まではもたない。

「このぉ、ええと、雷符か! 『エレキテルショック』!」

 懐にあったカードを一枚適当に取り出し、カードに刻まれた内容をチラ見して発動。
 パリパリ、と小さな音を立てて、大気中を紫電が走り、

「ビリッとした!」
「ですよね!」

 ……うん、僕の雷系、下手に外の世界の物理知識があるせいか、大気の電気抵抗のせいで遠くまで届かないんだよね。

 っていうか、こういう時は速度のある火か風! あるいは目眩ましの光! ええと、

「もらったぞ!
「〜〜〜!?」

 カードを取り出し、これじゃないこれじゃないと探しているうちに、正邪に距離を詰められてしまった。
 この距離だと、もう躱せない。

「ぐあ!?」

 正邪の放った弾幕に僕は撃墜され、ひゅる〜、と落下する。そして、追いかけてくる正邪の姿。

 ……とうとう、僕の妖怪に食べられていない記録も崩壊か、と絶望的な気分になり、

「おおっとぉ! なんだなんだ!? お尋ね者が、人間を襲って!」

 間に割り込んできた白と黒の影が間に立ちふさがった。

「むぁりさあぁぁあああああ!?」
「よう、良也! お前、よく私の目の前で落っこちてるな!」

 そりゃお前が僕のピンチに駆けつけることが多すぎるんだよ! アリガトウ!

「さぁて、この前はやられちまったからな。リベンジのため、探してたんだぜ天邪鬼」
「ふん、人間の魔法使い風情が! お前も私の下克上の糧にしてやる!」

 そして始まる二人の対決。

 僕はいそいそと距離を取り、二人の勝負を見る。

 ……いや、魔理沙に加勢したいところだが、アイツの場合、下手に手伝ったら『邪魔すんな』って言いそうだし。

「ははは! どうした、動きが悪いな!」
「くぅ、腹さえ減ってなければ! やむをえん、撤退だ!」

 そうして、程なく勝負は決する。
 ……まあ、そりゃそうだ。僕程度にある程度逃げられるほど弱ってるんだもの。魔理沙に敵うはずがない。

「っし、良也。終わったぜ」
「……おう。酒、あるから、神社ででも呑むか?」
「お、いいねいいね」

 さっきまで正邪と呑んでていた所に寄って、飲みかけの酒を回収する。
 その間に、さっき喰らった傷は治った。

 しかし、

「……ふむ」

 よし、うちの菓子店も正邪は出禁にしよう。
 僕はそう決めて、魔理沙とともに博麗神社に向かうのだった。

 ……っていうか、こんなんじゃ味方も作れんだろうに、どうやって下克上する気なんだか。



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