「……はっ!?」

 目が覚める。
 幸いにも頭は無事だったのか、ここに至るまでの記憶ははっきりしていた。

「っと、どうなった……?」

 逆さ城の床に倒れ伏した僕は、まだ痛む身体を起こし、上を見上げる。
 どうやら、まだ墜落してからそう時間は経っていないようで、まだ上空では針妙丸達と霊夢達の勝負が続いている……が、

「……わかっちゃいたけど、もう仲間割れしてんのか」

 本来、下克上の弱者対強者の構図だったはずなのだが、いつの間にか強者側の三人がお互いを攻撃し始めている。
 妖怪である針妙丸と正邪の方がチームワークが上ってどーゆーことだ。人間は本来群れる生き物のはずだろ。……今更か。

 ……下手に僕がいなくなって、人数的なバランスが崩れたからああなったんだろう。多分、きっとそう。そんな、最初からお互いの背中を狙う気満々だったなんて、そんな馬鹿な。

 んで、戦況であるが、人間側は霊夢一強だが、意外とその霊夢に針妙丸達も食らいついている。いつもの光景と言えばいつもの光景だが……

「ふむ」

 この状況を見るに、僕が起きたことは上の連中は気付いていない様子。
 落とされた恨みもあることだし、背後に回って挟撃してやろうかしら。

「って、あ゛」

 考えているうちに、正邪が落ち、ついでに魔理沙と咲夜さんも落ちた。
 ひゅるる、と効果音が聞こえてきそうな見事な落ちっぷりで、こちらに落下してくる。

 僕が受け止める暇もなく、そのまま三人は床に追突し、目を回している。

「……でも生きてるんだよなあ」

 妖怪の正邪はともかく、魔理沙と咲夜さんはあの高さから落ちてなんで無事なんだろう。
 僕は頬をかき、どうしたもんかと悩む。

「くっ、一旦引くか!」
「あ、こら待ちなさい!」

 ……針妙丸は逃げて、霊夢はそれを追いかけていった。
 三人は気絶してるし、僕もあっちに行ったほうがいいかな……

「あ、その前に」

 魔理沙と咲夜さんについては報復が必要だろう。
 よし、魔理沙の奴には額に『肉』の字を書く刑に処してやる。少し探せば墨くらいあるだろ。まあ、見つからなくっても、魔理沙については割とどうでもいい。

 んで、咲夜さんは……ふ、普段空飛んでるくせに、全然中身が見えない、そ、そのスカートの中をちらっと、お、拝ませてもらおうかな。
 いや、決してこれは助平心でやっているわけではない。意識のない女性に卑怯な真似を、という意見も勿論あるだろうが、この溢れ出る純粋な、そう、純粋無垢な知的好奇心を抑えることは人間の本能的にできないのだ。

 さ、さて、それでは……

「……ん?」

 時に。
 咲夜さんの妖剣は、針妙丸が付喪神にしたものであり、何故か勝手に相手を攻撃してくれるのだという。
 魔理沙のミニ八卦炉も勝手に動いていたからして、それと同じように付喪神化している疑惑が濃厚だ。

 まあ、なにが言いたいのかと言うと、

 ……ミニ八卦炉と妖剣が、主が気絶しているにも関わらず、勝手に宙に浮いて僕をロックオンしていらっしゃる。

「あはは……いやその。べ、別にその二人に不埒な真似をしようとしたわけじゃないですじょ?」

 いかん。動揺が隠しきれず語尾に現れてしまっている。

 ゆらぁり、とミニ八卦炉さんと妖剣さんが近付いてくる。

「こ、これはまた……失礼しました―!!」

 脱兎のごとく僕は飛び上がる。それを追いかけ、二人……というか、二器? も追いかけてくる。

「うおおおーーー!?」

 八卦炉が火を吹き、妖剣が僕を突き刺さんと飛んでくる。
 僕は悲鳴を上げながら、妖精の少ない方――霊夢と針妙丸が向かった方角へ、全力で逃げるのだった。












































「打ち出の小槌よ、我に更なる力を与え給え――!」
「打ち出の小槌だかなんだか知らないけど、ちょっとパワーアップしたくらいで私とやろうなんて甘いのよ!」

 霊夢、それどっちかっつーと悪役の台詞。

 と、二人に追いついた僕は、ミニ八卦炉に炙られてチリチリになった髪の毛と妖剣にチクチク刺されて穴だらけになった服という出で立ちでそんな感想を漏らす。

 あの打ち出の小槌とやらの力は本物らしく、先程まで二人がかり(魔理沙と咲夜さんもいたから実質四人?)で戦っていた霊夢に対し、針妙丸は一人で一歩も引かない戦いぶりを見せている。

 しかし……やっぱり霊夢、さっきより強くなってね? 気のせいだと思うのだが、もしや僕が勝手に妄想した異変を解決出来るレベルまで自動的に……が、やっぱり事実だったのだろうか。

「って、どうしよ」

 今は相当距離を取っているから巻き込まれることはない。

 しかし、一応僕は針妙丸に味方した身の上。ひとまず、この異変が解決するまでは協力する義務がある。
 一度した約束を勝手に反故にするのは、妖怪との付き合い上基本的にタブーだ。いや、人間相手でも勿論よくはないが、連中、特に契約とかには五月蝿いんだもの。
 んで、一度壊してしまった信用というのは、再建するのがこれが中々難しい。

 ……ふむ、口を挟んでみるか。

「霊夢ー!」

 二人が弾幕勝負しているところまで届くよう、声を張り上げる。

「良也さん、追い付いてきたの!?」
「良也!」

 声を上げ、ひとまずこちらに注目させ、思いついた策を暴露する。
 すぅ、と大きく息を吸い込み、声を発した。

「霊夢、次から賽銭増やすから、針妙丸は見逃せ!」

 ザ・買収である。
 霊夢が賽銭に拘っているのは周知の事実。今まで、僕が霊夢を動かして来たときは、大抵賽銭を絡めて説得している。

 まあ、半ばヤケクソかもしれない。まさか金で自分の義務を放棄するわけがないだろう。

「……、生憎と、異変解決と妖怪退治は博麗の巫女としての義務なのよ! 多少の賽銭ごときでやめてあげるわけにはいかないわね!」
「今悩んだだろ!?」

 霊夢のやつ、今絶対頭の中で算盤を弾いていた。

「多少じゃなくて多大な賽銭だったら、良也さんの意見を考慮にいれることも吝かじゃないわ!」

 ――効いたよ、オイ。
 でも、ぜってぇ考慮に入れる『だけ』だ。そのくらい僕がわからないとでも思うたか。

 『賽銭はもらう』、『異変も解決する』、『両方』やらなくっちゃあならないってのが『博麗の巫女』のつらいところだな、とか考えているに違いない。

「ん?」

 と、その時霊夢が悪い顔をする。

「そういえば、打ち出の小槌って言ったら、金銀財宝を出したって話もあるわよね」
「え?」

 思い切り自分の手元の小槌に目を付けられ、針妙丸が動揺する。

「そういう秘宝を欲しがるのは魔理沙なんだけど……ま、まあ、話の種に手に入れてみるのも悪くないかもね」

 目が銭マークになっとる!?

「こ、この宝は小人族にしか使えないから手に入れても無駄だよ!」
「チッ」

 舌打ちし、その後あからさまな溜息を付いて、霊夢が針妙丸を睨む。

「まあ、良也さんは止めたいみたいだけど、あんまり良くない予感がするからね。ちょっとふざけてみたけど……止めさせてもらうわ」

 あかん、実はガチだった。

 でも、霊夢の予感がそういう反応を示しているということは、本当に悪いことが起こるのか?
 う……そう言われると、悩んでしまう。でも、約束が……ええい、

「霊夢! 僕は今回こっち側だから、加勢させてもらうぞ!」
「りょ、良也! よぉし、巫女程度、なにするものぞー! 打出の小槌よー!」

 悩んだものの、初志貫徹――異変側に加わった時点で貫徹していないという意見は却下だ――することにして、僕は針妙丸の側に付き、二人で霊夢を迎え撃つ。

「上等よ!」

 そして霊夢は、次なるスペルカードを取り出し、



 ――まあ、結局は、僕達の敗北だったのだけれども。






























「うー」
「それがアンタの本当の姿ってわけね」

 と、一寸というほどではないが、それでもお人形サイズに小さくなった針妙丸を見て、霊夢が言う。

「はあ、しんどー。二人がかりは卑怯よ、卑怯」
「……しっかり勝っといて言うか」
「言うわよ、そりゃ」

 僕も服をボロボロにしながらも、今度はなんとか気絶もせずに済んだ。まあ、後ろから二人に比べればしょっぱい弾をチマチマ撃ってただけだし。

「もう夜も明けたわね。さ、帰って酒でも一杯引っ掛けて寝ましょっと」
「ああ、それなら昨日僕が持ってきてた向こうの酒があるから、それにするか」
「あら、いいわね」

 っと、

「針妙丸? もしかして今飛べないのか?」
「うー、力を使い果たしてるからね。打ち出の小槌ももう品切れみたいだし」
「良也さん、運んであげたら? 一応、味方だったんでしょ」

 言われなくてもそうするつもりである。

 一応、針妙丸のお椀も相応のサイズになって一緒にあるので、そいつに乗ってもらって運ぶとしよう。
 僕はお椀を拾い上げて、針妙丸に向ける。

「針妙丸、ほら、乗れ」
「ありがとー。でもいいの? そっちの巫女のねぐらなんて危ないわよ」
「大丈夫。異変が終わったら、基本霊夢はその後まで引きずったりしないから」

 もうこいつは、帰った後の酒のことしか考えていない。僕にはわかる。

「そうなんだ……っと、良也。打ち出の小槌も持ってって」
「了解」

 転がっていた打ち出の小槌を拾い上げ、今度こそ飛び上がる。

 帰り道、どこかふらふらになっている魔理沙と咲夜さんとすれ違う。

「お、いたいた」
「もう終わったのかしら?」
「ええ、無事私が解決したわ」

 霊夢が胸を張って言うと、二人はなんか悔しそうにする。

「ちぇっ、ミニ八卦炉の調子もいいし、今度こそ私が解決してやるって思ってたのに、先越されたか」
「はあ。私もちょっとやってみたかったのに」

 ……敵側だった僕が言うのも何だが、この三人が協力すればもっと簡単に終わっていたんだけどなあ。
 いや、協力なんぞ出来る三人じゃないことはわかっているが。

「それはご愁傷様。私達は帰って異変解決おめでとう宴会をするつもりだけど、二人も来る?」
「お、いいな。ご相伴に預かるぜ」
「お供いたします」

 ん? あれ、そういえば。

「なあ、二人共。正邪、どこ行った?」

 あの戦いで一緒に気絶してた正邪だけが見当たらない。

「あの天邪鬼か? 糞、次の手だ、とか言いながら逃げてったが」
「まあ、消耗していましたし、すぐどうこうはないでしょう」

 逃げたかー。もしかして、まだやるつもりなんだろうか。

「針妙丸はどうすんの?」
「そりゃもしかして、この後も下克上やるかって話? いいよもう。私達は負けたんだから。降参降参」

 ふむ。

 まあ、僕が協力すると約束したのは針妙丸とであって、正邪の方に協力する義務はないので、僕もいいかな。
 つーか、いい加減疲れたし。

「そんじゃ帰るかー」

 ふあ、と僕は欠伸を噛み殺して、博麗神社に向けて飛んで行くのだった。

 んで、帰ってからの宴会。
 身体が小さいと少量の酒でも十分呑めるとあって、微妙に針妙丸が羨ましくなったのは秘密である。







 なお、この日、逆さ城から逃げた正邪だが、後日幻想郷中の妖怪からフルボッコを喰らったらしい。
 なにしたんだろう……



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