さて、針妙丸と意気投合したはいいものの、この後の行動についてはまるでノープランだ。

「針妙丸。僕も今回の異変については協力したいと思うんだけど。なんかすることある?」
「ん? 今のところはないね。この打ち出の小槌の力を持ってしても、今回の願いは中々骨が折れるらしくて、まだ叶ってはいないんだ。だから、今は待つだけー」

 打ち出の小槌、ねえ。
 一寸法師でお馴染みのお宝。知名度という意味では、日本でも有数の道具だろう。

 一寸法師の身体を大きくしたという話はよく知られているが、本質としては願い事を叶える道具だ。某七つの球を集めることで出てくる龍程のチートではないみたいだけど、そんな伝説のお宝をなんで一妖怪が持っているんだろう。
 ……まあ、幻想郷ではうらぶれた古道具屋の店主や僕みたいなガッカリ外来人が神剣を持っていたりするので、おかしな話ではないかもしれない。

「あ、そうだ。正邪を紹介するよ」
「正邪?」
「良也と同じく私の同士さ。小人族の歴史を教えてくれて、打ち出の小槌を使うようアドバイスしてくれたのも正邪だ」

 ほう。

「妖怪、だよな?」
「天邪鬼って言ってたねー」

 ……天邪鬼?
 人種……じゃない、種族で相手を色眼鏡で見るのは良くないことだが、天邪鬼っていうとひねくれ者の代名詞。種族だけを聞くと、イマイチ信用出来ないように思える。

「へえ、そうなんだ……」

 しかも、針妙丸が今回の異変を起こしたのも、その正邪とやらの言葉に従ってのものらしい。
 思い切り協力を表明しておいて今更だが、なんか一気に胡散臭くなってきた。

「じゃ、案内するよ。ついてきて」
「了解」

 飛んで行く。僕一人の時と違い、逆さ城の中の妖精たちはビビって近付いてこない。やっぱり城の主と一緒だと違う。

「小人族が弱いって話だったけど、針妙丸が今すごい強くて大きいのも打ち出の小槌の力か?」
「そうだよ。世界自体をひっくり返す前に私がやられたら意味ないからねー」

 世界をひっくり返す、ねえ。
 どうにもこう、天邪鬼が関わっているって聞いてから、腑に落ちない点が気になってくる。

 今は、弱者が強者を下す世界にするという願い事が叶う途中。
 なら、弱い妖怪が多少強くなってても別に変じゃない……とは思うんだが、元々強い奴が弱くなってないんだよなあ。時間差で叶ってくるのかもしれないが、どうにも気になる。

 それに、わかさんや影狼さんとかが微妙に凶暴化していたのも、願いの一部なんだろうか? でも、針妙丸の口振りからして、それは予想外だったみたいだし。

 妖怪とか人間(笑)な奴らと違って、僕は必死こいて知恵を巡らせないと死んでしまう身――巡らせても死ぬときゃ死ぬが――としては、異変側に付く以上、色々と考えてしまう。

「どうしたの?」
「いや、弱い妖怪が強くなるんだったら、僕も少しくらい強くなってもいいんじゃないかなー、と思って」

 適当に誤魔化す。今更、実はこういうところが気になっていますー、とか言って、針妙丸に敵対されたら死ぬし。

「うーん、良也は人間でしょ。弱者も強者も、結局は妖怪同士の話だからね。人間の立ち位置は変わらないかなー」
「そういうもんか」

 まあ、強者の立場に立つ妖怪が変わるだけでも多少マシになるだろう。強くなったらそのうち性格が変わって元の木阿弥になるかもしれないが、それは考えないようにして。
 ……でも、やっぱりそれは、異変が上手く行ったら、なんだよなあ。

「お、正邪いた。あそこにいるあの子だよ」

 と、針妙丸が前方を指す。

 空中に佇んでいる女の子。頭には、申し訳程度の小さな角が生えており、こっちを見つけると近付いて来る。

「針妙丸? 何故人間と一緒にいるのだ」
「あ、こっちの人、私達の理想を理解してくれて、協力してくれるってさー。良也っていうんだ」

 どうも、と正邪とやらに頭を下げる。

「土樹良也です」
「ふん。まあ、味方になるというのなら人間でも構うまい。鬼人正邪だ」

 なんかちょっと横柄な態度だが、人間に対する妖怪なんてこういうのがデフォなので気にはならない。
 そういう意味で言うと、針妙丸は天然っつーか、なんか緩い感じだ。小人族ってみんなこうなのかな。

「しかし、味方になると言うのなら、その程度ではいささか心許ないな。針妙丸よ、こやつも打ち出の小槌の一振りで強化してやれば良いのではないか?」
「あ、そうだね」

 と、針妙丸は帯に挟んでいる小槌を手に取る。

「打ち出の小槌よ、この良也を強くしたまえー。えい!」

 そうして、小槌が振られ、

「……なんか強くなった気がしないんだけど」
「あれー、おかしいなー」

 全く意味がなかった。
 ……んん? 針妙丸は小槌の力で強くなったらしいんだけど、妖怪以外は対象外とか?

 あ、いや、そうだ。能力解除しないと、願いを叶えるとかそういう系は僕効かないのか。意識的に解除しないと、寝てる時含めて常時展開してるから、すっかり失念していた。つーか、これ解除すんのいつ以来だっけ……

 もはや呼吸するのと同じような扱いになってる能力を解く。

「針妙丸、悪いんだけどもう一度……」

 ――不意に殺気!?

「うお!?」

 意識の外から飛んできた何かを、ギリギリで移動して躱す。

「って、なんだなんだ!?」

 その何かは、更に連続で飛んできた。
 適当にランダム移動して、半分偶然で全て避けることに成功するが……飛んできたこれって、ナイフか?

 ……あ゛、ナイフっつーと。

「さ、咲夜さん!?」

 飛んできた方向を見ると、案の定、瀟洒なメイドさんが軽く腕組みして空中に佇んでいた。ここまで相当妖精をヤって来ただろうに、その佇まいにいささかの乱れもない。

「御機嫌よう、良也。さて、貴方はそちらの妖怪達と結託して、何を企んでいるのかしら」

 じろり、と睨まれる。
 カエルに睨まれたヘビの如く僕が硬直していると、横の針妙丸が口を挟んだ。

「ん、そっちの剣は私が試しで付喪神にしたやつじゃん」
「え、そうなの?」

 針妙丸の言葉に、咲夜さんはふーん、と手持ちの剣を掲げる。

「これ、中々便利に使わせてもらっているわ」
「あれ? 返しに来てくれたんじゃないの?」
「この剣、割と気に入っているのです。よからぬ心が湧く困った剣ですが、切れ味は良いので」

 咲夜さんがうっとりした目で件の剣を眺める。その目はなんかちょっと正気を失ってるというか、あの、その反応って、思い切り妖刀魔剣の類に魅入られた人のそれじゃありませんか?

 僕は若干引いてしまうが、妖怪からするとどうでも良いことらしく、正邪がその状態の咲夜さんにあっさりと話しかける。

「……ところで、メイドよ。付喪神を持っているということは、我々レジスタンスに賛同してくれるということでいいのか?」
「あら、レジスタンス?」
「そうだ。この幻想郷をひっくり返す理想を掲げた者達だ。我ら力弱き者達の屈辱の歴史を今こそ塗り替えるのだ!」

 正邪が断言すると、咲夜さんはあらあらとちっとも慌てていない様子で――妖剣の切っ先を正邪に向けた。

「残念ですが、既に私は一勢力に仕えるもの。レジスタンスなんていう怪しげな連中に与するわけがないでしょう」
「そうか。我らの理想が理解できないか」
「ええ、さっぱり。……時に、そちらの男性はこのレジスタンスとやらの仲間になったという理解でいいのかしら」

 ビクリ、と咲夜さんに視線を向けられて、僕は硬直する。

「いや、あの。その、なんと申しますか、これは高度な政治的判断を必要とする案件でありまして。えー、僕としては今の幻想郷の強者達に、ちょっと位意趣返しをしてもいいんじゃないかなー、と愚考する次第で……」
「そう、お嬢様に謀反を起こすなんて、貴方にしては中々の度胸ね。お嬢様が聞いたらきっと喜ばれるわ」
「いや、別にレミリアに敵対するってわけじゃなくてね!?」

 なんで感心されてんの僕!?
 後、レミリアに知られたら『ほら、逆らってみなさいよ』とか言って、嬉々として虐殺しに来るからやめて!

「次の宴会のいい話のネタが出来ました。さて……それでは、そのためにも、レジスタンスなどという無知蒙昧な輩は叩き潰して差し上げましょう」
「吹いたな。ならば貴様も弱者の屈辱を味わうといい! 三対一で勝てると思うなよ!」

 正邪が叫び……って、あれ、僕も含まれてる!? あ、いや、味方するっつったから当たり前だった!
 で、でも、これって……いいのか?

 一触即発の空気に、我ながら滅茶苦茶及び腰になりながら懊悩していると、咲夜さんの背後から凄まじい速度で箒に跨った魔法使いが飛んできた。
 その魔法使いは僕達と咲夜を交互に見比べて、うーんと少し唸ると、

「事情はよくわからないが、多勢に無勢はちぃっと卑怯なんじゃないか? 咲夜、この私が助太刀してやるぜ!」
「別に貴女の助けなんて不要だけど」
「まあそう言うな。このミニ八卦炉も暴れたがっているんだ。まぜろよ」

 ニィ、とイイ笑顔で言う魔理沙に、僕は顔を引き攣らせる。

「そ、そういうことなら、僕は見学にしとくよ。ほら、これで二対二の尋常な勝負に……」
「あら、なんかおそろいね」

 と、気配もなく突然巫女が現れる。
 こ、こいつどこから出てきやがった。ついさっきまで近くにはいなかったはずなのに、相変わらず神出鬼没な奴め。

 そして、この僅か数分のうちに異変解決者が三人も揃うという出来過ぎた展開。お前等、実はどっかで出待ちしていたとかじゃないだろうな。

「これで三対三ね。良也、そう心配しない。大丈夫さ。この打ち出の小槌があれば負けやしないから!」

 これだけの異変を起こしたものらしく、人間が三人寄り集まったところで、と針妙丸は笑うが……無理! 咲夜さんと魔理沙の二人ならチャンスも十分あったが、異変の時の霊夢だけは駄目だって!
 こいつ、異変の時はそれを解決出来るレベルに自動的にレベルアップしてんじゃないかってくらいバグってんだもの!

 そう……方法はわからないが、強制的に成長するんだ……! 異変を解決できるレベルまで!
 しかも、ゴ◯さんと違ってノーリスク。

 なんて、ネタを挟んでる場合じゃねえ。

「しかし……なんだ。なんで良也があっちにいるんだ?」
「そのことなんだけど、二人共ちょっとお耳を拝借」

 咲夜さんが、さっきの話を知らない二人に事情を説明する。ふーん、と霊夢も魔理沙もあまり興味なさそうにしている。

「私にはよくわからん感覚だが、良也も思い切ったもんだ。正直見直したぜ」
「そうねえ。良也さんも、やるときはやるのね。ま、気概を見せたところ悪いけど、異変を起こす側に回ったからには叩き潰させてもらうけど」

 でーすーよーねー! そして咲夜さんといい、この二人といい、なんで敵対して再評価されてんの僕!?

「みんな知り合いなんだ?」
「……うん」

 尋ねてくる針妙丸に、ガクリと項垂れるように頷く。は、はは……

「顔見知りで戦いづらかろうが、相手は強者! さあ、弱者として立ち上がるのだ、良也!」
「あの、正邪、ちょっとタイム。せめてさっきの打ち出の小槌とやらの力を借りるわけには」
「そのような暇はない! かかってくるぞ!」

 正邪が叫ぶ。あ、見たらもう向こうの三人はスペルカードを取り出してた。

「くっ、こうなりゃやけだ!」

 僕もスペルカードを取り出し……人間の女の子に本気の攻撃って、とちらっと頭をよぎった隙に、三人がかりの弾幕の物量に文字通り押し潰された。
 なお、躊躇するまでもなく、攻撃する暇はなかった。

「りょ、良也ー!?」

 針妙丸が墜落する僕に悲鳴を上げる。

 ふ、ふふ……そっちの一応友達のはずの三人は全然気にしていないのに、針妙丸は優しいなあ。やっぱ、弱者が上に立ったほうがいいよね、絶対。

 とか考えながら、僕は意識を失うのだった。



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