針妙丸の起こした下克上の異変が終結して約一週間。 どうも、打ち出の小槌は鬼の道具だったらしく、普段弱い妖怪が力を得て凶暴化したのは、大きすぎる願いの代償としてばらまかれた凶暴な魔力のせいだったらしい。 まあ、そっちも段々収束する気配を見せつつあり、なんとか一息をつくことが出来たようだ。 「結局、なんでも願いの叶う道具、なんて都合のいい代物じゃあなかったわけだ」 「まぁねー。正邪の言うとおりほいほい振ってたけど、代償はちょっとキツいな〜。しばらく大きくなれなさそう」 と、溜息をついているのは針妙丸である。どうも、正邪は代償のことを知ってて針妙丸に小槌の使用を促した節がある。今は逃げてるみたいだけど、そのうち問い詰めないとなー、と針妙丸は言っていた。 ……まあ、そっちは今はいいんだけど、いい加減突っ込んだほうがいいのだろうか。 「なあ、針妙丸。"それ"、居心地いいか?」 「いいわけないよー。でも、この中にいないと虫やら鳥やらに抵抗できないしさあ」 と、博麗神社の縁側に置かれている虫カゴに入っている針妙丸が不平を漏らす。 ……いや、別に霊夢が虐めているわけじゃない。僕も最初はすわ現代社会の闇が幻想郷にまで!? と勘違いして霊夢に突っ込みを喰らったが、これは針妙丸の身の安全を守るための処置なのだ。 今の針妙丸は本当に人形サイズしかなく、打ち出の小槌の代償で小人族としての僅かな力も振るえない状態であるため、真面目に小動物にも負けてしまうのだ。 「うー、まあ、もうしばらくの辛抱さ。小槌の魔力もだいぶ回収出来てきたし」 「そっか。じゃあ、これはいらないかな」 と、僕はとぼけるように言って、空間の裏側に作った『倉庫』からあるものを取り出す。結構でかいので、庭に置く。 先週、異変が終わった後。針妙丸がしばらく小さいままであり、その間は博麗神社に厄介になる(拘束とも言う)と聞き、外の世界に帰る前にアリスに頼んで作ってもらったものだ。今日幻想郷に来て即取りに行った。 「りょ、良也……なに、それ」 「なにって、ドールハウス……ぽいの。人形作りが趣味の魔法使いがいてさ。針妙丸の背丈に合わせて作ってもらった」 見た目は普通の家をそのままサイズダウンしたようなものになっている。 なお、1DKながらも中はちゃんと生活できる本格派だ。凝り性なアリスが各所に魔法を仕込み、キッチンと風呂とトイレも普通に使えるように拵えられているらしい。また、人形用の日用雑貨も詰め込まれている。 ぶっちゃけ、電化製品がないことを除けば僕が今住んでるマンションより豪華だ。 まあ、代償としてこっちのお金や外の資料本等を要求されたが、このクオリティからすると端金である。 「ちょっ、入れて入れて」 「はいはい」 虫かごを開け、手を差し出す。 ぴょん、と手の平に乗った針妙丸をアリス製ドールハウスの玄関に運んだ。 「おー、すごいすごい!」 中に入った針妙丸がきゃいきゃいと騒ぐ。気に入ってもらえたようでなによりだ。 「一応、外側も魔力強化されてるから、ちょっとやそっとじゃ壊れたりしないぞ。別んところに運ぶときは僕に言え」 「はーい。ありがと、良也。うわー、大きくなれるまでの間に合わせじゃなくて、そのまま住もうかなー」 「常設するなら、霊夢に許可取っとけよ。勝手に捨てられても知らないぞ」 博麗神社の敷地内に得体のしれないものがあれば、妖怪がなにかしら良からぬことを企んでいるのではないかと疑うのが霊夢である。 僕の方から言っておきたかったんだけど、アリスのところから帰ってきたら出かけていたんだよなあ。 「そいや聞いてなかったけど、霊夢どこに行ったか知ってるか?」 「んー、なんかほら。あっちの空見てみ」 ひょこ、とドールハウス……もとい、少名ハウス? の玄関から顔を見せた針妙丸が、とある方角の空を指差す。 「ん?」 針妙丸に言われるままに視線を向けると、なにやら嵐っぽい雲がもくもくと渦巻いている。 ……ん? つーか、あれ、自然現象じゃなくて魔力が渦巻いてんじゃね? 「なあ、針妙丸。僕にはあの雲、先週の逆さ城の周りにあったのと、同じように見えるんだが」 「そうだよ。私が起こした異変の影響かもしれないけど、今は小槌の魔力の回収期だから、私なんにもしてないっていうかできないしねー。理由がわからないからって、霊夢は見に行ったんだ」 「もしかして正邪か?」 あの天邪鬼は、まだ下克上の野望を捨て切れていない様子だったが。 「うーん、どうだろ。わかんない」 「……まあ、霊夢のやつが動いたんだったら、すぐに解決するだろうけど」 さて、そうすると、多分あの嵐の中にいる誰かをボコって帰ってくるんだろうから、ねぎらいの茶の一杯でも淹れておいてやるか。 空の魔力嵐が散り、砂粒くらいに見える辛うじて紅白と分かる影がこっちに飛んでくるのを見て、僕は急須と湯呑を用意して出迎えの用意をしてやった。 針妙丸はようやく安眠できる場所が確保できたので、早めの昼寝だ。やっぱ虫カゴの中じゃ熟睡できていなかったらしい。 んで、ようやっと霊夢が帰ってきたわけだが、なんか連れがいる。 「はぁ、ただいまー。ったく、手間ぁかけさせて」 「あはは。まあ、新しく手に入れた魔力、試したいと思っても悪くはないでしょ?」 「悪いわよ。具体的には私が無駄に労働して疲れる」 と、和気藹々といった感じで帰ってきた霊夢と、その隣の知らない人。 んで、その知らない人は、太鼓に腰掛けており、その背後には六角形の板っぽいのがなんか棒で組み合わさった……ええと、なんかどこかで見たことある造形…… ――あ、ドラムだこれ。ほら、バンドとかで使うやつ。 「……霊夢、そちらのドラムを背負った女性は一体どこのどちらさんで」 「あ、良也さん。お茶用意してくれたの? ありがと」 僕の質問は無視して、霊夢は縁側に用意されていたお茶セットに手を伸ばす。 「ああ、自己紹介くらい自分でするわよ。堀川雷鼓。よろしくお願い」 「はあ、どうも」 僕も名前を名乗り返し、それよりも、と一番気になっていたことを尋ねる。 「ええと、雷鼓さん? その明らかに幻想郷にそぐわないドラムは一体……」 「これ? 小槌の魔力に支配されないように、和太鼓からこっちに乗り換えたのよ」 いや、意味がよくわからない。 「……和太鼓?」 「ああ。もともと私は和太鼓の付喪神でね。打ち出の小槌とやらの魔力で強くなったはいいけど、このままじゃあ凶暴な心に振り回されてしまうから、和太鼓の方は捨てて新しい力としてこれを手に入れたの」 すげぇ。いや、理屈はよくわからんが、付喪神がそのアイデンティティそのものである依代を捨てて別の道具に乗り換えるとか、前代未聞じゃないか? 「本来、勝手に回収されるべき小槌の魔力を変なやり方で置き換えられたもんだから、わやになってたのよ」 「それは悪かったわよ。でも、私達だって折角手に入れた心と体を、異変が解決したからって取り上げられるのは勘弁だからね」 はあ、とこれみよがしに溜息をつく霊夢だが、雷鼓さんもそこは譲れないところなのか、断固として反論する。 しかし……ああ、そっか。霊夢のお祓い棒とか魔理沙のミニ八卦炉とか、小槌の魔力で付喪神化したものでももう元に戻っているのも多い。 と、いうことは、体を持つ程に影響を受けた付喪神とは言え、同じくいつかは元の道具に戻るということで……そりゃ、人格を確立しちゃったらそれを捨てるのは嫌だろうな。別件だが、こころなんかがモロにそうだったし。 「付喪神と言えば、異変の時、琴の妖怪も会ったけど……」 もしかして、八橋は元の道具に戻ってしまったのだろうか。 「ああ、九十九姉妹の妹のほうね。あの二人含めて、見かけた奴には取り敢えず同じ呪法教えといたから、もう別の魔力に換装していると思うわ」 「ほんっと、妖怪が増えていい迷惑よ」 妖怪退治が仕事である霊夢はそう言っているが、僕としては多少なりとも話をした相手が消滅の憂き目に遭っていなくてほっとした。 しかし、今回の異変は色んな所に影響が起きてるなあ……流石は昔話でも有名な打ち出の小槌である。 「でも、和太鼓に琴に……八橋の姉って琵琶だったっけ。なんか楽器が多い気がするな……」 「そうね。今度セッションしてみるのも面白いかもね」 セッションて。今はドラムなのに、ミスマッチ過ぎる。 ……あ、いや、雷鼓さんが和太鼓からドラムに華麗に転身したことから考えて、あの二人もベースだかギターだかに乗り換えてるとかないよな。そうすると後はキーボード辺りが出てくればバンド結成も何とかなりそうな気がする。 「まあ、時間はあるのだから、色々楽しいことでも考えてみることにするわ。演奏される側も楽しくはあったけど、道具だって自分の意志で色々したいもの」 「そうしてください。……できれば、喧嘩とかはしない方向で」 「さて、どうしようかしら。道具の楽園を作るんだったら、人間は邪魔ねえ」 と、雷鼓さんが言うなり、背後に忍び寄った霊夢が針を直接ブッ刺した。 「ここで調伏するわよ」 「あたた……いやね、もう。一度負けたんだから、そんなすぐ反抗する気はないわよ」 言外にそのうちなんかやらかすと言っているが、霊夢は今やってなければ特になにも言う気はないらしい。……それでいいのか。 「ったく。付喪神に成り立てだから、色々教えて欲しいって言って来たくせに」 「ごめんごめん。あ、お茶もらってもいいかな」 ああ、雷鼓さんはそういう用件で来たのか。 そして、お茶……と、霊夢がこちらに目配せしてくる。 はいはい、淹れてくればいいんでしょ…… 「ところで良也さん。庭にあるあのでかいのは一体何?」 「いや、針妙丸の家。アリスに頼んで作ってもらったんだけど、置いてもいい……よな?」 「妖怪のくせに生意気ねえ。ま、好きにすればいいけど」 お前、そうは言うけど虫カゴはいくらなんでもあんまりだったと思うぞ…… | ||
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