パパパッ、と空に光が瞬く。
 どっかの妖怪と霊夢の弾幕ごっこらしき光だ。

 異変で妖精たちが活発化する中、流石に弾幕ごっこに巻き込まれて消滅するのは嫌なのか、二人の周囲は妖精の空白地帯になっている。

 そろそろ僕の処理能力の限界を超えつつある妖精の大軍から逃げるため、僕はその弾幕ごっこに近付く。

「こ、この辺なら大丈夫……かな」

 弾幕ごっこの余波が届かない、しかし妖精も少ないというラインを見極めて恐る恐る近付き、ふぅ、と一息つく。
 どっちかがスペルカードを発動すれば、一気に安全圏が変わってくるが、今のところは大丈夫のようだ。

 さて、と霊夢の相手をしている妖怪を見る。なにやら琵琶を持った女の子。
 初めて見る顔だが、けっこう強い。霊夢とそこそこやりあえている。まあ、なにか切り札でもない限り、多分順当に霊夢が勝つだろうが……

 などと見物していると、こちらに近付いて来る影があった。派手な弾幕に気を取られ気付かなかったが、こっちも妖怪っぽい。

「ええと、こんばんは?」
「ありゃ、まだ人間がいたんだ。まあいいや、私の相手をしてくれない?」
「嫌だ」

 速攻で断る。やる気満々の様子だったその女の子は気勢を削がれたようにコケを入れる。
 いや、いきなりそんな風に言われて、はいやりましょうなんて言う人種は……知り合いには結構いるが、少なくとも僕は違う。

「ちょっとちょっと。私は人間と闘って倒すのが夢だったのよ。あっちは姉さんに譲ったんだから、貴方は私の相手をしてくれてもいいじゃない」

 すげぇ。一から十まで自分の都合だ。こっちの意志は無視か。まあ妖怪はそんなもんだけど。
 しかし、こっちは琴を持った妖怪かあ。霊夢とやりあってるの琵琶の妖怪の関係者かな。和楽器繋がりで。

「いや、あのさ。相手をしようにも、僕弱っちいし。闘いになんないから。ほら、あっちの竹林の方に今白黒の魔法使いがいるから、そっちとやったらどうだ?」

 さり気なく魔理沙をけしかけることにする。そろそろ影狼さんを倒してこっちにやってくるところだろう。

「貴方、弱いの?」
「そうだよ。姉さんって、あっちの妖怪? 同じくらいの強さなら、僕は手も足も出ないぞ」

 一枚目のスペルカードをギリギリブレイクできるかどうか。二枚目は百パー超えられない。

「ふーん、つまんないの」
「そうそう。だから竹林の方、な? そっちは百戦錬磨の魔法使いだから、勝ったら箔が付くぞ」

 失望された感じだが、そんなことは日常茶飯事なので気にしない。そもそも強い奴が偉い的な蛮族的価値観は、文明人たる僕には相容れないのだ、うん。妖怪は基本強さが基準だから困る。

「ま、私もちょっと前までは大人しい道具で弱かったし。仕方ない、見逃してあげましょう。この下克上の世界でも、人間は上を目指せないからねえ」

 もともと上にいる奴もいるけどね。そこで大暴れ中の巫女とか。
 ……って、んん?

「下克上の世界……って、なんだ? 今回のこの異変のことか?」
「そうよ。普段大人しい妖怪ほど強い力を得られるの。ほら、あっちの空に逆さのお城が見えるでしょ? あそこから力が溢れてきているのよ」

 もう夜なので見えにくいが、確かに雲の隙間に建築物らしき影がある。
 ……どっから出てきた、あんな城。

 よくよく思うが、この幻想郷。閉じられた世界のくせに、異変のたびにほいほいと隠された建物が出て来すぎだ。どこに隠れてんだ、一体。

「どこの誰かは知らないけど、ありがたいことだわ。これからは道具の天下ね」
「あー」

 霊夢が動いている以上三日天下になりそうだが、情報をもらった身の上、そこには言及しないでおこう。

「じゃあ、私は行くわ。闘える人間があっちにいるのね」
「そう。教えてくれてありがとう。ええと……」

 そういえば、名前を聞いていなかった。

「この琴の付喪神、九十九八橋よ」
「あ、僕は土樹良也っていいます、よろしく」
「そう。まあ、私達道具が世界を支配した暁には、せいぜいこき使ってあげるわ」

 それは無理じゃないかな〜、とは思ったが、口には出さずに八橋を見送った。

 さて、まだ霊夢と八橋の姉とやらとの弾幕ごっこは終わらないようだし、あの逆さ城とやらに行ってみるか。
 ……そろそろ、弾幕ごっこが過激化してきて、安全圏がなくなりそうだし。





































「おおおおお!?!?」

 逆さ城は異変の中心だけあって、妖精の数が多い。なんとかかんとか城の中までは辿り着いたのだが、柱とかを障害物にしつつ、逃げ回るので精一杯。
 もはや、自分が城のどの辺にいるのか完全にわからなくなっている。端的に言うと迷子だ。

「こ、ここどこだ? で、出れる、かな?」

 もう自分がどっちに来たのか覚えていない。そして、後ろを見ても前を見ても妖精妖精妖精。

 一巻の終わり、このまま異変が解決するまでこの城の中で死に続けるのか? と不安に思ったその時。

「あっれー、誰? こんなところに、人間?」

 と、一人の妖怪が現れた瞬間、妖精たちは波が引くようにいなくなっていく。

「ど、どおも」

 なんかお椀を帽子に見立てて被ってる女の子。
 変な格好だが、それに突っ込みを入れると多分命がない。

 なんかやたらと強い力を感じるし、多分この異変の首謀者か、そうでなくても首謀者の側近かなんかだ。多分。

「何か用?」
「いや、用っていうか……。その、巷を騒がしている異変の元凶がここって聞いて。その、野次馬根性?」

 本当は友人に影響する異変を起こされたので、文句と一発くらい霊弾を叩き込みたかったのだが、今の僕にそんな余裕はない。妖精の相手で疲れ切っている。
 と、とりあえず少しお話して、それからどうするか判断しても遅くはあるまい。ほら、もしかしたら悪い人じゃないかもしれないし?

「あら、好奇心で来たのね」
「そ、そうそう。なんでこんな異変を起こしたのかなー、とか。気になって」
「そう。なら教えてあげる。我ら小人族がどれだけ虐げられてきたのかを!」

 ? 小人族?

「小さくないけど……」
「そうよ。それがこの秘宝『打ち出の小槌』の力なのよ! この力で、私は世界をひっくり返す! 弱者が強者を下す世界に!」

 ………………なんだろう。
 その、聞くだけならば、実に魅力的な話だぞう?

 いや、別に普段やられていることの仕返しをしたいとは(ちょっとしか)思っていないが、普段なにかといじめられることが多いので、それが少なくなるんだったらいいかなー? と思ってしまった。

 い、いかんいかん。これは罠だ。甘言を弄して僕を引き込もうとする罠だ。僕にそんな価値が有るのかは一旦置いておいて。

「そ、それで? 小人族が虐げられてきたって……」
「やっぱり身体が小さいと、必然的に力も弱くってね。味方はいなくて、基本的に利用するだけされて捨てられるのが常。そんな歴史よ。だから、この打ち出の小槌の力で、私達に屈辱を与えた幻想郷の強者どもを追い落としてやるの!」
「なるほど……」

 嘘を言っているようには見えなかった。
 その『幻想郷の強者』は多分僕の知り合いも含まれているだろうし、僕は友人としてあの人達はそんなことをする人じゃない! とか反論するべきところかもしれないが、

 ……あいつらはそーゆーことやる。僕はそのことをよっく知っている。

「気持ちは……その、よくわかるよ」
「わかってくれる!?」
「うん。いや、僕もさ。普通の人間よりはそりゃ強いけど、周りはみんな僕より強い連中ばっかりで……いや、気のいいやつもいるよ? でも、色々と痛めつけられることも多かった」

 いや、うん。楽しいことも多いんだけどね? それは事実なんだけどね? こっちもこっちで、事実なんだよなあ。

「実はさ。この異変の影響で、知り合いがちょっと好戦的になったりしたから、それについては思うところもあったんだけど……」
「そんな影響が……。それはごめんなさい。でも、弱者が強者に勝とうとしたら、多少は必要なことじゃないかしら?」
「そうかな……」

 そんな気がしてきた。

「そうよ」
「そうか!」
「その通りよ!」

 うん、なんか段々その気になってきたぞ。

 この子の言う通り幻想郷がひっくり返ったら、と考えてみる。
 もしかしたら、色々と僕に都合のいいことになるかもしれない。具体的には月当たりの死亡回数が減るかもしれない! かも、しれない! ……まあちょっとくらいは期待してもいいよね。

「人間とは言え、自分の意見に賛成してもらえるっていうのは嬉しいものね」
「土樹良也だ」
「少名針妙丸よ、良也」

 僕と針妙丸は、ガッチリと握手した。



 ふ、ふふふ。ははははは! 今回ばっかりは僕はこっち側だ! さあ、異変を解決せんとするものよ、来るがいい!
 ……あ、いや、今の冗談。勢いで言っただけ。やっぱり来ないで。



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