竹林は、一応内緒ではあるのだが、現在月のお姫様が住んでいる。
 まあ、月都万象展等を開いたりして、本当に隠す気があるのかどうかは疑問だが、多分一般には知られていない……はずだ。

 しかし、それでもわかる妖怪にはわかるのか、永夜異変以降、迷いの竹林は所謂月に支配される種族が良く住み着くようになった。月に祝福された地……そんな風に言われることもある。

 そして、僕の知り合いである影狼さんもまた、居心地の良いこの迷いの竹林に住み着くようになったとのことだが、

「あれ、良也なの? あーあ、空飛ぶ人間が来て、すわ妖怪退治屋かと思ったのに」
「……あ、あれ?」

 妹紅の家に酒と弁当を届けた後、影狼さんに咲夜さんに喧嘩を売るという暴挙をしたわかさんの最近の様子を聞くべく、酒を早く飲みたいのをぐっと堪えて慧音さん達と一旦別れた。
 そして、迷いの竹林で暴れる妖精を適当にあしらいながら影狼さんの家に向かっていると、当の本人と空中でばったり出くわしたのだ。

「影狼さん?」
「なに? 挨拶くらいしなよ。こんばんは」
「こ、こんばんは」

 っかしいなあ。
 と、僕は空に浮かびつつある満月を見やる。

「しかし、良也も剛毅だねぇ。こんな妖精の暴れる満月の夜なんかに出かけるなんて」
「あ、いや。こう、成り行きというかなんというか」

 里に避難した後は出歩く気はなかったんだけど、タダ酒に釣られたというか。

「それより、影狼さん? 満月の日は出歩きたくないんじゃありませんでしたっけ」

 影狼さんの種族は狼男――ならぬ、狼女。そのため、よく知られている通り、満月の光を浴びることで獣化する。
 毛深くなるわ、変身が解けた後抜け毛が酷いことになるわで、影狼さんは満月の日は窓を閉め切った家に閉じこもっているのが常だ。

「まあそうなんだけど……でも、これって異変よね?」
「多分、そうなんじゃないかと……」

 幻想郷の住人は、みんなこの妖精の暴れっぷりから察していることだろうと思う。

「ということは、妖怪退治屋も出動しているわけよね」
「ええ。ついさっきも、ろくろ首の妖怪が霊夢にボコられているのを見てきたところです」

 そして、穏健派に属する影狼さんからすると、ますます出歩きたくない状況になったと言える。
 しかし、次なる影狼さんの言葉は全く逆だった。

「やっぱり! それじゃ、私も是非とも相手してもらわないと。こういう時でもなければ、私みたいな単独行動してる妖怪は無視されるからねえ〜」
「あれ!?」

 わ、わかさんに続いて影狼さんまで!?

「ちょっ、ほ、本当にどうしたんですか、影狼さんまで! 普段なら連中に喧嘩を売るようなことしないでしょう!?」
「たまには妖怪扱いして相手して欲しいって思うの、そんなにおかしいかしら? それに、私まで、って?」
「ここに来る前、わかさんもなんかハイテンションで……なんか勢いで、湖の側にある屋敷の物騒メイドに弾幕ごっこ吹っ掛けてたんですよ」

 恐らく、わかさんは咲夜さんには敵わないだろう。あの人、ぶっちゃけ妖怪の中じゃ弱いし……

「あのわかさぎ姫が? なにかの間違いじゃなくて?」
「ええ。酒でも入ってんのかな、とも思いましたけど、そういう酔い方する人じゃないし。んで、影狼さんもでしょ? なんかおかしくないですか、これ」

 ふむ、と流石に思うところがあるのか、影狼さんが考えこむ。
 と、無意識なのか、幻想郷の獣人にはつきもののケモ耳――影狼さんのは当然狼の耳――がピコピコ動いた。

 あ、なんか可愛い。

「うーん、確かに、言われてみればいつもより力が充実しているし、変といえば変ねえ。私は自分の意志で出てきたと思ったけど」
「もしかして、みんなが暴れたくなるような異変なんですかねえ」

 ここまで、普段は大人しいのに好戦的になっている妖怪が三人だ。霊夢達の道具が勝手に動き出すのとは別にそういうのがあるのかもしれない。
 でも、慧音さんとか挨拶しかしなかったけど妹紅とかは普段通りだったよな。妖怪みんなに影響するわけじゃないのか?
 ……あ、妹紅は僕と同じだから一応人間(?)だった。

「あれ?」
「ん?」

 影狼さんがなにかに気付き、僕の背後に視線をやる。
 なんだ、と思って振り向くと、遠くの方から赤い光――炎が断続的に瞬きながら、こっちに近付いている。

 飛んで火にいる夏の虫とばかりに、妖精たちはその炎に向かい、呑まれて消滅していっている。

 この迷いの竹林で炎ってーと、妹紅が暴れ……いや、違う! アレは……

「おっとと、やれやれ、また竹林を燃やしちまった。まあ、妹紅のやつがいつも焼いてるから大丈夫なんだろうが」

 と、竹林の一角を焼き飛ばしながら、僕と影狼さんの近くまで出てきたのは魔理沙だった。手に持つミニ八卦炉から立ち上る熱気が空気を歪ませており、なんかアカン雰囲気を醸し出している。

「あら、貴方。噂の魔法使いじゃない。私を退治しに来たのね? ねえ、そうよね?」
「あン? あー、ええっと。良也。この退治されたがっている妖怪、お前さんの知り合いか?」

 魔理沙が影狼さんの隣にいる僕に気付いて困ったように尋ねてくる。

「そ、そう。ちょ、影狼さん? さっき、なんか変だって話しましたよね? ここは様子見を……」
「さあ、どうするの? 私を退治できるかしら、貴方に!」

 聞いてねえ!?
 駄目だ。異変の影響かなんか知らんが、とっても良い目になってる。

「ふむ、友達の知り合いを焼くのは心苦しいが仕方ないな! なんかよく燃えそうだし、このミニ八卦炉の火力を試してやる!」
「ちょ、魔理沙!?」
「良也、弾幕ごっこに無粋はナシだぜ! 喧嘩を売られて逃げ帰ったら、私の沽券に関わる! さあ、丸焼きにしてやる!」
「出来るものならやってみなさい! 今宵は満月、そしてこの月に祝福された地! 当てることすらできないよ!」

 こいつらいい空気吸い過ぎぃ!

 で、でも駄目だ。力が充実しているとか言ってたけど、影狼さんの実力じゃ魔理沙には敵わない。

「そ、その……魔理沙! 頼むから、火力の調整をミスってくれるなよ!?」
「ふっ、大丈夫だ良也。私の火力はいつでも最大! マックスだぜ」
「違う! 消し炭にしたりするなよって言ってんだよ!」

 なんか、さっきからミニ八卦炉の制御がイマイチ上手く行ってないっぽいし!

「…………チッ、わかったよ」
「今、舌打ちしたか!?」

 なんか魔理沙もおかしいぞ!? 弾幕ごっこは大好きだが、故意にやり過ぎる奴じゃないのに。
 もちろん、こいつの場合、ついうっかりやり過ぎることは多々あるわけだが……

「気のせいだ! ていうか、そいつの側にいたら巻き込まれるぜ、良也」

 うお! ……と、僕は慌てて影狼さんから距離を取り、それと同時に魔理沙の八卦炉から放たれた火砲がさっきまで僕がいた空間を埋める。
 っていうかアチッ! 服の裾、燃えてる!

「み、水よ!」

 水魔法ですぐに消火して、何度か見たことのある弾幕より数段強力な力を操る影狼さんと、八卦炉の火力を好き放題に撒き散らかしている魔理沙から、這々の体で僕は距離を取るのだった。





































 妹紅の家に行って、今日の呑みは遠慮する旨を伝えて、僕は飛び立った。先に始めといてくれって言っておいたので、とっくに出来上がっていた慧音さんと妹紅を後に、僕は飛び立つ。

「さて、と。どこの誰なんだよ……ったく」

 まあ、放っておいても霊夢辺りがすぐに解決してくれるってことは疑っていない。疑ってはいないが……わかさんと影狼さんという友達二人に、ついでに常連客の赤。
 悪いことをしたわけでもない知り合いにこうもちょっかいを掛けられては、僕としてもいい気はしない。

 え、霊夢と魔理沙の道具の件? いや、あの二人は……普段から、割と悪いことしてるし……因果応報っつーか。

 と、とにかく。ここまでの規模の異変を起こす輩に僕如きがなにが出来るとも思わないが、抗議と、まあ霊弾の一発くらいは当てておかないと、どうにも腹の虫が収まらない。わかりやすく言うと激おこぷんぷん丸である。もう古いか?

「……なんか、慧音さんの言ってたこともあながち間違いじゃない気がしてきた」

 考えてみると、ここ最近の異変では自分から関わりにいったことが結構ある。
 今回のこれも、酒でもかっ食らって忘れりゃいいとも思うが……

 いかんな、異変に巻き込まれすぎて感覚が麻痺してるか、僕?

「やっぱ帰……」

 と、後ろを振り向く。

 …………………………

「うわぁ……」

 なんか、後ろを見るとザ・妖精の群れである。前方にいる妖精も相当な量だが、後ろは目算で倍くらいいる。
 なんでこんなに前後で妖精の量が違うんだ! と叫びたくなるが……あ、ずーーーっと前の方に、なんか見覚えのある弾幕をぶっぱしてる巫女がいる。アイツ、ついさっきここ通ったんだ……それでか。

 っていうか、ちんたらしてたからデカイ集団に追いつかれた! んで、撃ってきた!

「う、うおおおおお!?」

 背後に向けて全力の弾幕を展開しながら、僕は前方へ撤退する。

 ……なにか、こう、致命的なまでに判断を間違えた気がする。



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