「はっはっは、流石私の作ったお面。なかなかやるじゃないか。しかし、私にはやはり敵わないな、うん」
「うう〜〜」

 と、そんな言葉に意識が覚醒する。
 むくりと上体を起こすと、空はまだ真っ暗闇。

 そんな中、空中に仁王立ちになって勝ち誇っているのは神子さんだ。そして、泣き顔の面を付けてぐすぐす言っているのはこころ。

「……うーわ、ボロ負けしてる」

 こころ、負けっぱなしだなあ。
 まあ、仕方ない気もする。今の感情が暴走している幻想郷では、どれだけ信仰を集めたかによってその人のパワーは大きく変動する。
 派手に信仰稼ぎをやってる宗教関係の連中には、余程人気を集めないと対抗は難しいだろう。

 マミゾウさんに言われてやっと気付いたほどの鈍い僕であるが、意識して探ってみると神子さんに集まっている信仰力がこころのそれをはっきりと上回っているのが感じ取れた。
 そりゃそうだ。こころ、里の人達に露出してないし。……勿論、変な意味ではなく、人前に姿をあまり表していないという意味だ。

 っと、妙なこと考えている場合じゃなかった。

「神子さーん! そのままこころを滅ぼしたりしないでくださいよっ!」

 ちょっと墜落死していた体に活を入れ、無理矢理飛び上がる。
 もし、神子さんが更に追撃をかまそうとしたら、盾となる所存だ。なんだかんだで丸一日付き合っているのだ。見捨てたら寝覚めが悪い。

「む、良也。起きたか。しかし滅ぼすだって? 私は倒すとは言ったが、滅ぼすなどとは言っていないぞ。物騒な」

 ……へいへい、どうせそんなこったろーと。焦った僕が馬鹿みたいじゃないか。
 しかし、それはそれとして、

「ついさっき僕に出したレーザーは物騒じゃないとでも言う気ですか」
「無論だ」

 ……いや、論議しようぜ。
 したら僕きっと勝つから。あのレーザーが物騒だってのは、一般人の皆々様方から見れば一目瞭然。大衆を味方につけることが可能だ。

「それはまあ置いておいて」
「……置かないでくださいよ」

 こちとらデスカウンターが一つ回ったのだから。そう適当な扱いでは困る。

「なんだ、置くんじゃなくてブン投げた方が良いか?」

 僕は無言で神子さんに道を譲った。

 神子さんは、こころに近寄って、面の一つを手に取る。

「ふむ……成る程。戦って、だいたい分かった。希望の面、しかと作りなおしてやろう」
「……本当か?」
「嘘をついてどうする。私は必要ならば虚偽も弄するが、無意味な嘘はつかん」

 そういえば、飛鳥時代に地位を放り投げて偽装死をしたんでしたっけね、貴女。

「それでは、しばらく待っていろ。一式揃いならばともかく、面一つ程度、一晩も必要ない。希望、という題材であれば、うってつけの顔があるしな」

 と、神子さんは言って、ぐいっと空間の裂け目を広げる。
 ……いくら幻想郷が『緩い』からって、そうぽんぽんと仙界への入り口を開けないで欲しいんだけど。いつか落っこちる人が出てくるぞ。尻もちついたりするかもしれない。

 などと心配していると、こころがふらふらと地上に降りていった。

「どうした、こころ?」

 不安になって追いかけてみると、こころは路上に転がっていた一升瓶を掴みとる。
 中身は……まだ四半分くらいは残っている。

「酒! 飲まずにはいられないッ!」
「おおおーーーいい!? いきなりどうした!?」

 なんかラッパ呑みで、ぐいっと一気にいきやがった!?

「やったー! 希望の面が手に入るぞ〜、嬉しいなあ」

 喜びの面。

「っていうか、どういうことよ! 結局私は空回りだったってぇの!?」

 怒りの面。

「今までの苦労は一体……。疲れたし、痛いし、眠いし……ああ、心が折れそう……」

 哀しみの面。

「でも、まあいっかー。おら良也、お前も酒呑め!」

 楽の面……から酔っ払いの面に変わり、絡んできやがった。

 ……要は、どう感情を表現して良いか、素でわからなくなりやがったな。
 わかる。なんかこう、天から降ってきたように解決しちまったもんだから、やり場がないんだろう。正直、僕だって、今回の異変は『解決してやるぞー』って意気込んでいたのに、凄い肩透かしを食らった気分なのだ。

 こーゆー時は、確かに呑むに限る。
 酔い潰れてこの時間まで眠っていたことは、とりあえず脇に置いといて、

「こころ、こっちにつまみあるぞ」
「よっしゃー! 呑むぞー!」

 その夜、僕とこころはなんか妙なテンションで飲み明かした。



























「……なにをやっておるのだ、お主たちは」
「うえっぷ、おはようございます、神子さん」
「おはようございますです」

 翌朝。まだ里の誰も起きだしていない時刻。
 神子さんに小突かれて、僕とこころは体を起こした。

 こころは、昨日すさまじい勢いで呑んでいたため、無表情ながら顔が青い。お面も、なんかすごい苦しそうな表情の面をつけている。

 僕も僕とて、そのこころに付き合ってハイペースに呑んだし、ここ二日色々と呑みっぱなしなせいでちょっと調子悪い。
 水……水……あ、井戸がある。

「まったく、急ぐだろうと、私が徹夜してお面を作ってやっていたのに」
「あ、完成したんですか?」

 手近な家の井戸を借りて水汲みをしながら、神子さんに振り向く。
 神子さんは、うむ、と一つ頷いて、懐からお面を取り出し――って、

 それを見て、僕は思わず手を滑らせ、中途半端にあげていた釣瓶がガラガラガラドッシャン! と音を立てた。

「ぬお!? こら、良也。水桶を落とすな。壊れたらどうする」

 仕方ないだろ! なにそれ、なにそれ!?

「これは……」
「うむ、私の顔を模したものだ。希望といえばこれ以上のものはないだろう。さあ、遠慮せずに受け取るがいい」

 こころがお面を受け取る。
 神子さん曰くの『希望の面』――というか、僕の目から見ると、神子さんがアニメに出てて、そのお面ができたらこんなんだろうなー、と思うような造形のそれを、こころはしげしげと観察する。ひっくり返したり、近付けて見たり、遠ざけてみたり。
 その姿は、さながらお宝を鑑定する質屋さんである。

 そうして、こころはわなわなと震え始めた。

 よーし、いいぞ。流石にこれには怒ったか。
 うん、ここは僕も怒っていい場面だと思うな〜。

「こころ、言ったれ言ったれ」

 煽りながら、改めて井戸の水を汲み上げ――

「……か、完璧だ。この希望の面は完璧過ぎる!」

 なにィ!?
 って、あ゛! また手を滑らせちゃった!

「ええい、またか良也! 井戸に何か恨みでもあるのか!」
「不可抗力です! ていうか、こころ! そのお面のどこが完璧なんだ!?」
「この造形……希望の集まり具合……完成度……前の希望の面より、道具として完璧に優れている……」

 驚愕の面を貼り付けっぱなしで呟くこころ。
 ……マジで?

「そうだろう。私としても、過去に作ったものより良い出来になったと思っている。遠慮無く持って行くがいい」
「ありがたく」

 しかし、神子さんとこころの間には謎の同意が形成されているっぽい。
 ……あれか? これは僕の審美眼が節穴なだけか? 面霊気でお面のエキスパートであるはずのこころや、聖人たる神子さんが認めるほどのものが、あのへんてこなお面にあるのだろうか?

 じー、と神子さん曰く『希望といえばこれ以上のものはないだろう』という新・希望の面を観察する。
 うーん、うーん、うん、うん……うーん?

 ……いやいや、ねーよ。

「こ、こころ? 本当に、その面でいいのか? 今からでも、こいしから元の面、取り戻しに行かない?」
「いや、新しい希望の面がある以上、今後はみんなの希望はここに集まる。元の希望の面は、今蓄積してある分を使い切ったら、普通の面に戻るだろう」
「ええ〜〜」

 露骨に嫌そうな声になってしまう。だって、アレだぜ?

 そんな声を聞きとがめた神子さんが口をとがらせる。

「ええい、良也。なにが不満だというのだ」
「……僕がなにを不満に思っているのかわかっていない時点で、色々末期だと思います」
「なにおう?」
「いや、いいんですけどね……」

 こころがこれで良いと思っているのだったら、僕が口を挟むのもなあ。
 いや、納得は行かないが。全然納得はしてないが。大事なことなので以下略。

「すぐに解決、というわけではないが、これで感情の暴走も収まっていくだろう。感謝する」
「なに、元はといえばお前は私が作ったお面が変化したもの。この程度の尻拭いは当然よ。ではな」

 ……あ、そういえば、こころ、なんか感情の暴走が少なくなっている気がする。
 満足気に去っていく神子さんをこころと二人で見送る。

「ん〜〜、さてっと」

 伸びをする。
 釈然とはしないが、この異変はこれで解決だろう。

 っと、

「そういや、なんかマミゾウさんが希望の面を取り戻したら来いって言ってたよな?」
「うん。今の我々は全ての面が揃ったおかげで、自我が消えそうになっている。……あの狸を探して、本物の自我を手に入れてみせる」

 我々って言ってる時点で、確かになんか自我が薄れてる感じだな。

「そっか。そっちも手伝おうか」
「いや、これは我々の問題。良也にそこまで付き合わせるつもりはない」

 ん〜、まあ、明日からまた仕事だしなあ。今日も一日潰れたら困る。
 ……ここはお言葉に甘えておくか。

「ん、わかった。来週また来るから。じゃあな」
「ああ。さようなら」

 感情の安定してるこころは、ちょっと勝手が違うなあ。でも、感情がすぐ変わるのはやりにくいので、こっちのがいいか。

 こころに別れを告げ、博麗神社を目指すことにする。

「そうそう、良也」
「ん? なに?」

 名前を呼ばれて顔だけで振り向く。

「いや、その。助かった。……ありがとう」
「どーいたしまして」

 なにが出来たわけでもないしな。……いや、本気で。感謝されるのが申し訳ないレベル。

 しかし、去り際。本当にちょっとだけど、こころの素顔の表情が変わった気がしたのは……いや、気のせいだな。









 僕は、次の週来た時にはきっと異変も解決していているだろうと思っていた。
 そして、晴れて自我を得たこころに祝い酒でも奢ろうかと、ちょっといい酒まで持って来たのだ。

 それがまさか……あんなことになるとは。



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