「さて、っと。こころ、元気かねえ」

 僕は、外の世界の博麗神社の鳥居の前で、そう呟く。
 先週、希望の面を巡る異変を共に解決した面霊気の彼女は、あの後どうなったんだろうか。

 新しい希望の面とやらを手に入れて、ただのお面に戻ろうとしていたこころは、マミゾウさんのところに行ったはずだが……
 まあ、どうせなるようになってるだろう。本当にあのままお面に戻ったとか、そういう心配はあまりしていない。

 さて、そうすると、この前の異変の解決祝いもやっていないし――ということで、僕は酒を持って来た。
 こころのやつを見つけて、こいつでささやかな祝いでもしようと、そういう魂胆である。

 あの表情豊かなポーカーフェイスが、どのようなお面を見せてくれるのか。
 僕は楽しみにしながら、僕は博麗大結界をくぐる。

「あれ? 良也さんじゃない」
「おう、霊夢。よっす」
「おはよう。……あれ? お酒?」

 目敏い奴め。

「こりゃ駄目だぞ。今日はこころと呑むって決めてんだ」
「こころ……って、あの面霊気か。良也さん、あれと知り合いなの?」
「そうだよ。先週こっち来た時、異変を解決しようって頑張ったんだ」

 ああ、と霊夢が頷く。

「あれ、良也さんも一口噛んでたの。おかげさまで、喧騒も収まりつつあるわ」
「ていうか、まだ収まってないのか」

 博麗神社の境内を見ると、先週より数は減っているものの、まだたくさんの群衆が集まっており、真ん中でやりあっている神子さんとにとりを囃し立てていた。

「まあ、原因のあいつが落ち着いたんだから、もう二、三日の話ね。賽銭は儲かったけど、騒がしくて敵わないから、こういうのはこれっきりにして欲しいわ」
「……お前は参拝客に来て欲しいのか、来て欲しくないのか、どっちなんだ」
「参拝はして欲しいけど、静かに、お賽銭だけ入れて帰って欲しい」

 アカン。

「……もういいよ。僕はこころ探してくる。どこにいんのかな」
「あ、良也さん、これこれ。今朝の新聞だけど」
「ん? 新聞……って、はあ?」

 今日の日付の新聞の一面に、なにやらこころが載っていた。
 記事を読むに、一輪さんを弾幕ごっこでノしたらしい。

「……なにやってんだ、あいつ」

 少なくとも、希望の面を手に入れる目的以外では、戦いを吹っ掛けたりはしなかったのに。
 なにがあって弾幕ごっこに参加したんだ?

「うーん」

 でも、情緒不安定なやつだったからなあ。もしかしたら、虫の居所が悪かったとか、そういう理由かもしれん。
 なら、酒でも供せば機嫌も直ろうというものだ。

「今日は、こいつ暴れてるらしいわよ。さっき来た時、にとりがやられたって言ってた。ったく、また感情が暴走してるのかしら? あいつ。更生したって聞いたのに」
「なにやってんだ、ホントに」

 ったく。探すのも面倒だけど、一応適当に見て回るか。

「んじゃ、霊夢。僕は行くわ。情報サンキュ」
「あら、それならそのお酒、私にも味見させてよ」
「……今度、別の酒持って来てやるから、我慢しろっての」

 やれやれ。


















 この最近の騒ぎでも、やはり一番賑わっているところといえば、人里である。
 なんでんなことをしているのかは知らないが、こころが弾幕ごっこを吹っ掛けて回っているというのであれば、数多の対戦相手が集まっている人里をまず当たってみるべきだろう。

 ……そして、僕は意外と運が良いのか。

 里に到着してみると、魔理沙の奴と弾幕勝負をしているこころを、いきなり発見した。

「はっはっはっ! 流石、最近人気急上昇中のことだけはある! なかなかやるじゃないか!」

 と、魔理沙がテンションマックスで叫びながら、星の魔弾を撃ちまくる。

「最強〜、最強〜。お前の最強を、私に寄越せ!」
「おおっと、私の最強は、そんな安売りしていないぜ! 欲しけりゃ力ずくで奪ってみな!」
「言われなくても!」

 不敵な表情の面を付けたこころが、扇子をぶん回す。危ういところでひらりと上空に免れた魔理沙が、打ち下ろしの箒攻撃。こころのお面が盾のようにその攻撃に立ち塞がりガード。
 そして、仕切りなおすように距離をとった二人は、それぞれ大砲を打ち合い、掻き消し合う。

 びりびりと、大気が震える衝撃。一歩も引かない二人に、観客のボルテージは高まり、その感情の高鳴りが二人の力になる。

 ……さて、と。

「おっちゃんおっちゃん、焼き鳥と熱燗頂戴」
「おう、土樹じゃねぇか。今日は菓子売りはなしかい?」
「今日は、あいつと呑もうと思ってたから」

 くい、とこころを指さす。

「へえ……っと、おまっとさん」

 これこれ。
 この屋台の焼き鳥は、甘辛い味付けが好きだ。
 んで、安酒ではあるけど、この味付けに妙に合う熱燗で一杯やると、得も言われぬ幸福である。

「おー、こころー、がんばれー」

 魔理沙の言通り、妙にこころを応援する声が大きい。
 その声に混じって、僕も無責任に野次を飛ばすのだった。
















「勝利! やったやった!」
「ちっくしょ〜〜、負けた!」

 結局、こころは後半押され気味だったものの、序盤のリードを守りきり、魔理沙のスペルカードを全てブレイクした。

「これで最強の称号が五つ! ふふ……うー」
「おい、どうした?」
「なんだか、体がだるい……」
「もう五回もやってるんだろ? そりゃ疲れだ」

 五回……異変の時の妙にブーストのかかった霊夢は、道中数千の妖精をぶっ飛ばした上で、実力者の五、六人くらいは当然のようにノしたりしているのだが、やはりあれは例外なんだろうな。

「これが疲労の表情!」
「……やめてくれ、見てるこっちがげんなりする」

 妙に脱力しているお面に変えたこころは、確かに見てるだけで疲れそうだった。

 と、そこで僕は二人に手を上げながら近付く。

「よう、二人共」
「おう、良也じゃないか」
「良也」

 あれ? と挨拶をした魔理沙が首を傾げる。

「なんだ、こころのやつと知り合いだったのか」
「まあ、ちょっとな」
「この希望の面を手に入れるため、力を貸してもらった」

 こころが言うと、魔理沙が感心したように笑う。

「へえ。なんだ、良也も異変解決に興味が出てきたのか?」
「いや、今回はたまたま巻き込まれただけで。まあ、知っちゃったからには放っておくのも……」

 それに、最終的に役に立ったかと聞かれれば微妙だし。
 希望の面を作ったのは神子さんだったしなあ……って、そうだ。

「こころ? そう言えば、希望の面はちゃんと手に入ったのに、なんで今更弾幕ごっこなんかやってんだ?」
「おいおい、良也。なんかとは失礼な。幻想郷の伝統ある決闘方法になにか文句でもあるのか?」

 むしろ文句しかない。僕が何度弾幕ごっこに巻き込まれて死に至ったことか。大体、一体どの程度の伝統があるというのか。明治くらいだろ、幻想郷自体ができたの。

 んで、こころは僕の問いかけに、神妙な顔(お面)になって話し始める。

「あの狸から教わった。私が自我を手に入れるためには、他人の表情や感情を学ぶ必要があると」
「ふんふん」
「そう、あの狸は言った。闘いを通じて、色んな人間の感情を見ろと!」
「あれ!?」

 途中まで納得のいく話だったのに、急にわけわかんない方向に話がぶっ飛んだぞ!?

「な、なんで闘いを通す必要が……」
「そりゃお前、この幻想郷でなにかしようってんなら、まずは弾幕ごっこだろう」

 魔理沙が訳知り顔で断言する。
 ……いや、断言されても困る!

「ねぇよ! 普通にお話ししたりさ、遊んだり、本読んだり。ほら、いろいろあんだろ!? なあ、こころ?」
「んー」
「あ、そうだ。酒持って来たんだよ、酒。希望の面が手に入った祝いに、こいつで一杯やらないか? 酒呑んで、話したり笑ったりすれば、人の感情なんですぐ――」

 駄目だ駄目だ駄目だ。このままでは、こころまで幻想郷の弾幕面に囚われてしまう――! フォースの暗黒面よりタチ悪ぃぞ、これは。

「お酒もいいけど、良也……私と、最強の称号を賭けて勝負だ!」
「いやーー!?」

 どうしてこうなった! どうしてこうなった!

「お、今度は土樹がやるみたいだぞ」
「こころー! がんばれー」
「土樹も負けんなー!」

 ああ! 観客の皆さんが、既に観戦モードに入っていらっしゃる!?

「あのな、こころ! 僕は、自分で言うのもなんだが、最強とは程遠い男だぞ!」
「ショボい最強も悪くない」
「矛盾してるだろ!?」

 こころが構える。

「おおっと、酒は私が預かっておいてやる。瓶が割れたら勿体無いからな」

 ひょい、と僕が持っていた日本酒の紙袋を取り上げ、魔理沙は観客の元へと飛んでいった。

「ま、待てこころ……」
「いざ尋常に勝負だ!」




















「……ひでぇ目にあった」

 扇子で叩かれ、薙刀でぶっ叩かれ(峰打ちだった)、弾幕で蹂躙される。
 僕が落ちるのに、五分はいらなかった。

 そうして、気絶した僕が目覚めてみると、夜。
 ……そして、何故か上空では、こころ対霊夢&神子さん&聖さんの宗教三人組が戦っていたりなんかしちゃって。

「……もういい、寝よ」

 なんかもう、どうでもよくなって、僕は適当に転がっていた酒瓶の残りを一気に煽って、不貞寝した。














 なお、後日。
 博麗神社にて、こころによる能楽が催された。

 演目の題は『心綺楼』。

 感情が暴走したあの異変のことを面白おかしく演じた一幕であり、
 ……登場人物の間抜けな青年は、意外と重要な役どころを担っていた。



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