「負けちゃったぁ〜〜」

 と、泣き顔のお面に変えて、ふらふらとこちらに飛んでくるのはこころである。
 その後ろでは、こいしが勝鬨をあげており、周囲の観客の皆さんはますますヒートアップ。マミゾウさん曰くの信仰の力がこいしに集まっていく。

「ほっほ、お疲れさん。ほれ、こころとやら。お主もこっちに来ぃや」

 ひょいひょい、とマミゾウさんが手招きする。
 こころは、僕とマミゾウさんの間に降り立ち、体育座りをして顔――いや、お面に手を当てる。

「めそめそ」
「口で言うなよ……ほらほら、お酒だぞー」

 マミゾウさんの徳利から盃に目一杯注いで差し出すと、くいー、とこころは一気した。
 そして、お面を酔っ払いの面に変え……こんなもんまであるのか。一体いくつあるんだ、こころのお面は。

「ういー、ひっく、てやんでえ、べらぼうめえ」
「初めて聞いたぞ、そんなこと本当に言うやつ」

 しかし酒に弱いというわけではあるまい。酔っ払いの面のせいで、酔っているように振舞っているだけだ。

「ふむ、見れば見るほど不安定じゃなあ。お前さん、成り立てかいな?」
「……希望の面がなくなるまではじっとしてた。成り立ち自体は、ずっと昔」
「ほうー、足りないのは経験のほうじゃったか。……しかし、折角手に入れたその自我、本物の希望の面を取り戻したらなくなってしまうかもしれんぞい」
「な、なんだってー!!?」

 こころが驚愕の面を――おい、ちょっと待て。どこで仕入れた、そのネタ。

「ふふん。想像してみい。希望の面を取り返して、完璧な道具に戻った自分を。どうなると思う」

 もの思いに耽るようにこころが面で顔を隠す。そして、十秒ほど『閃いた!』とでも言いたいような笑顔のお面に変え、またすぐに悲しみの面に変える。
 せわしねえ。

「なんてことだ! また物言わぬ面に戻ってしまう!」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
「では、私はどうすれば良い。感情を司る者として、この状況を放っておくわけにはいかない。でも、折角自由に動ける体と自我を手に入れたのに、それを捨てろと言うのか」
「くっくっく、そうさのう」

 あ、マミゾウさんがなんか意地悪い顔になってる。

「まあ、まずは希望の面を手に入れて、感情の暴走を止めるのが先決、というのは変わらんよ。その後のことは……さて、儂は、タダで教えてやるほどお人好しではないぞい」
「アンタ人じゃなくて妖怪でしょうが」
「ええい、良也。余計な茶々を入れるでない」

 だってねえ。意地悪しなくてもいいじゃん、と思うんですよ?

「言っておくがの。儂はこやつの味方をしたいと考えておる」
「さっきと言ってること矛盾してません?」
「タダではない、と言っただけじゃ。そうじゃのう、希望の面を手に入れたら、儂の所へ来い。弾幕ごっこで、白黒つけようじゃあないか」
「なんだってそんな面倒なことを……」
「お前さんは、様式美というものをわかっておらん」

 ええ〜? 僕が空気読めてないって流れ?

 と、僕が憮然としていると、こころは決心したかのように固い表情のお面を付け、

「わかった。希望の面を取り戻した暁には、よろしく頼む」
「うむ。……しかし」

 と、マミゾウさんは僕とこいしを見比べる。

「……なんスか?」
「いんや、意外になんとかなるかものう」

 なんのこっちゃ。

「いや、お前さん、割と百面相じゃから」
「……すみませんね、いい年こいてポーカーフェイスもできないで」
「ほっほ。なにを言う。儂からすればまだまだ青い青い。そのくらい脇が甘い方が可愛らしいじゃろう」

 可愛いて。仮にも二十代も半ばの男に言う台詞ではない。……まあ、マミゾウさんからすれば、四十にも届かない人間の男なぞ、そんなものかもしれないけど。
 ……って、いやいや、僕が百面相なのと、なんとかなるっての、どう繋がっているんだ?

 マミゾウさんは、僕のそんな疑問を察したのか、ニヒ、と一つ笑って立ち上がった。

「さぁて、ほんじゃあ儂はちょいと失礼するぞい。その酒はくれてやるから、弾幕ごっこの見物でもしておるがええ」
「はーい」
「酒だ、酒を持てい!」

 酔っ払いの面に変えたこころに、僕は黙って酒を注いだ。





























「……はっ!?」

 しまった、また酔い潰れてしまった。
 いや、仕方ない仕方ない。だって、テンションアゲアゲな里の皆さんが、次々と酌をしてくるんだもの。断ろうものなら『俺の酒が呑めねえのか!』などとテンプレな絡み方をされてしまう。

 よかった、三連休で。まだ解決してないのに帰るのは、こう、奥歯に何かが詰まったのようなもどかしさがあるし。

「あ、おい、こころ起きろ」

 僕のすぐ近くで同じく寝ていたこころに声をかける。
 ……寝顔の面を付けてやがる。ある意味、徹底したやつだ。

「うーむ……はっ!?」

 びっくりの面で起き上がるこころ。

「眠ってしまっていたのか」
「はい、おはよう」
「おはよう。しかし、さて……」

 ぐるりと周囲を見渡すこころ。……あ、なんか落ち込んだ表情の面に。

「私の感情の暴走のせいで、こんなことに……うう……」

 あー。

 時刻は深夜。初めてこころと会った時のように、感情を全て無くした人で溢れている。

「……しかし、危ないなあ」

 火の始末とか忘れていたら、人間がこの状態になった時点でアウトだ。
 他にも、妖精とか妖怪とか入り込んだら……マジで早めに解決せんとヤバいかもなあ。

「こころ、頑張れ。僕も頑張って手伝うから」
「うん。やってやる、やってやるぞ」

 おお、やる気出とる。

「よし、そうと決まればとっととこいしを探すぞ。いつものあいつなら無理だけど、無駄に目立っている今ならダウジングで見つけられるかも」

 そして、今の時間なら寝ているだろうから、レッツ空き巣である。
 こいしには悪いが、里がピンチなのだ。それに元々はこころの持ち物だし。今度プリキ○アの仮面でも持って来てやるから許せ。

 そんなプランを立てつつ、適当な重りと糸がないかなー、と探していると、

「おお、本当に昼間の里とは全然違うな。あの媼の言った通りであったわ」

 上空から、なにやらこう、カリスマ溢れる声が響き渡った。
 なんぞ、と見上げてみると、なんか深夜なのに全身から輝きを発しているかのようなスゲー人が……ていうか、神子さんである。

「なんだ、良也じゃないか。ふむ、で、そちらが噂の面霊気か」

 神子さんは、しげしげとこころを観察し、『む、これは……』と意味ありげに呟く。

「神子さん? なんの用ですか?」
「なに、ここに来る前に媼――ああ、化け狸に会ってな。里の異常と、その原因について教えてもらったんで、来てみたのだ」

 マミゾウさんか。あの人、どういうつもりなんだろう。

「それはそれは、どうもごきげんよう」

 と、スカートをついと摘んで、こころがお辞儀する。

「はっはっは、私はいつも機嫌が良いぞ。しかし、お面の付喪神と聞いたが、これは驚いた。秦河勝のお面ではないか」
「はたの?」

 こころの苗字と同じ? そんで河勝……人名っぽいな。聞いたことないけど、神子さんが知ってるってことは、もしかして同時代の人?

「おうさ。希望の面が喪われて感情が暴走しているという話であったな。私が解決の糸口でも『聞いて』やろうかと思っていたが、これなら話は早い。私が喪われたお面を作ってやろう」
「え!?」
「ふっ、そもそも貴様……河勝の面を作ったのは私だ」
「え、え、え……? 私、の、作者?」

 ちょっと待って、意味分かんない。

 え? 作った? 神子さんが、お面を? ふーん、スゲェ器用なんだなあ、とかありえないほどの偶然だなあ、なんて絶賛思考は空回り中。
 ええと、ええと……うん。ようやく、事態を把握した。

 なんだ、万事解決じゃん。……と、思いきや、

「しかし、その前にお面に憑いたお前を倒さねばな」
「〜〜っ、ちょ、神子さん待った!」

 なんか聞き逃せない台詞が!? 付喪神が憑いていたら、新しいお面は作れないの!?

「ふむ、良也。邪魔する気か」
「いや、こころを倒すって……もうちょっと穏便に行かないんですか」
「ふっ、まあ良い。前座にはなろう。さあ、行くぞ!」

 ええー!? 説得の言葉もガン無視していきなり弾幕を仕掛けてきたぁ!?

 神子さんの持つ、なんか……棒? から何条ものレーザーが放たれ、僕を貫く。

「ぐはぁ!?」

 幸いにも、体を貫通はしなかったものの、そんなのに僕が耐えられるわけもなく、見事にふっ飛ばされた。

「……すまん。まさか前座にもならぬとは」

 落下する僕を見て、神子さんが謝罪する。

 ……そういやあ、僕この人の前で戦ったことってなかったよ!
 でも、見てわかってください、僕の貧弱さ。

 ブラックアウトする意識の中で、僕はそう頼み込んでいた。



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