なにやら嫌な予感が膨らみつつも、希望の面を持っているというこいしには会わないといけない。
 僕じゃ本物かどうか判断がつかないので、こころも伴って、人里に向けて飛んでいた。

「……本当に、その妖怪が持っているのかい?」
「さあ……ナズーリンが言うには、白い子供のお面だったそうだけど」
「それだぁ! 私の希望の面ンンンン!」
「……はいはい、落ち着こうな」

 なんとなく、こころの扱いもわかってきた。
 こころは、感情が暴走しているとは言え、決して暴力的な妖怪じゃない。比較的。

 要は表現が大げさなだけ。嬉しい時にはちゃんと嬉しいって感情が出てくるし、怒ったときは怒りの感情が出てくる。ちょっとそれが極端で、少しの振れ幅でくるくる違う感情が表に出てくるだけだ。

 ……だけ、とは言ったが、やっぱり面倒臭いな、これ。

「しかし、仏教で悟りを開いて感情をコントロールする、とか言ってたけど、全然できてないな」

 やっぱり、希望の面が必要なんじゃないか。

「む」

 僕の言葉に、琴線に触れるものがあったのか、こころは一瞬怒りの面をつけるものの、すぐにくるりと別の面――平常時の面に付け替える。

「……見ての通り。ちゃんと気を張ればコントロールできるようになった」
「ほうほう」

 ……気を張ってないと駄目って時点で割と悟りの境地とは程遠い気がするが、しかし無闇に怒りをぶつけられないようでなによりである。

「……でも、こころって全然表情変わらないな」
「?」

 あ、混乱の面。

「わわ、私は、感情を司る妖怪。無表情だなんて、そんな馬鹿な」
「だって、全然表情筋が動いてないぞ」
「ふっ、私の表情はこのお面……あれ? 私がお面でお面が私で……?」

 混乱の面が、なんかぐるぐる回転しとる。

 ……なんか付喪神としても安定していないやつだなあ。

「まあ、いっかー」
「……いいけどな」

 楽の面に変わったこころは、悩み事を全て放り投げた。
 しかし、本当にこれでいいんだろうかね。どーにも、見ていて不安になるんだけど。

「っと、もうすぐ着くか」

 目的地の人里の姿が見える。
 それなりに離れているのだが、里の喧騒はここまで届いており、まだこころの感情の暴走による影響がなくなっていないことがわかった。

 そして、里の中央の広場。
 なにやら飾り立てられた弾幕ごっこの会場では、その姿がなにやらはっきりくっきり見えるこいしと、

「マスタァァァーーー、スパァァァアッーーーク!」

 七色の砲撃をぶっぱしている魔理沙の姿があった。

 ……ていうか、魔理沙のやつ、フットワーク軽すぎ。昨日から何回あいつの弾幕ごっこ見てるかわかんねぇぞ。






























「やったー、勝った勝ったー」
「くぅぅ〜、くっそぉ〜」

 んで、僕とこころが到着する頃には、二人の決着は付いていた。
 勝者はこいし。ぼろぼろの風体の魔理沙は辛うじて箒に捕まって、ふらふらとその場を去っていった。

『こーいーしー、こーいーしー!』

 などと、里のみんなが囃し立て、それに答えるようにこいしはぴこぴこと手を振って応える。

 ……ほ、本当にみんなに見えてるよ。なんで?

「あれー? 良也じゃん」
「よ、よう、こいし」

 なんかアカン、と近寄り難いものを感じた僕は、自然に群集に混じろうとしたのだが、こいしは目敏く僕を見つける。

「そうだっ! 良也もやろうよ。そして、私の人気の糧になってね!」
「イイイ!?」

 ちょ、ちょっと待て! 弾幕ごっこは、可愛いor美人な女の子(子を付けるべきでない連中もいるがそれは置いておいて)がやるからこそ絵になるわけであって!
 こ、こんな見世物的な場で、僕みたいなむさい男が弾幕ごっこなんぞしても、盛り上がりゃしないだろう!

「おー、土樹もやるのかー」「おう、やれやれー」「骨は拾ってやるぞー」「りょ、お、や! りょ、お、や!」

 ぎゃあああーーー!? 中途半端に名前が売れているモンだから、里の人達が囃し立て始めやがった!?
 ――い、いや、これそれだけじゃない。なんかこう、僕を見ている人達の目がおかしい! 目の焦点があってない。アレだ、漫画的表現で言うと、洗脳されてる目だ。グルグルしてるやつ。

「……へい、こころちゃん?」
「感情がちょっと暴走してるね」

 あ゛あ゛〜〜〜、もう!!

「ふふーん、いっくわよー」
「ま、待てこいし! お前弱い者いじめは……」

 あ、駄目だ、すでに僕の言葉など耳に届いていない。
 こいしはうきうきしてポーズを取ると、なんの前触れもなく弾幕を撃ち放った。

 無意識のプロたるこいしの、前動作の一切ない無拍子的な弾幕術。

 僕は呆然と目の前に迫ってくるハート型の弾幕を眺めて、

「ふう……」

 諦めのため息を尽きた後、両腕をクロスさせ、来るべき衝撃に備えた。






















「あー」

 うん、一回死んだな、墜落死。幸いなことに、あんまり痛みはなかった。即死だったっぽい。まあ、元々、致命傷を負ったときは殆ど痛みを感じなくなっているんだが。やはり、何度も死んでると肉体も『あ、こんくらいなら大丈夫だわ』と覚えるものらしい。

 しかし、こいしめ……それはそれとして、後でさとりさんに言いつけてやる。

 そして、里の人達……改めて思い知ったが、本当に暴走している。いくら僕とはいえ、人が一人死んだのに何事もなかったかのようにこいしとこころの二人を注視してんだもん。

「あれー、貴方のお面、どこかで似たようなもの、見たことあるような気がするな〜」
「ふん、しらばっくれて。貴方が私の希望の面をちょろまかしたことは、まるっとお見通しよ」
「希望の面……? はて?」
「隠すとためにならないぞ! 早く希望の面を出せ!」
「……あー、あー! 思い出した思い出した。そうそう、なんかこう、白い子供みたいなお面を拾ったんだったわ」
「それだ! それが私の希望の面だ!」

 さて、弾幕ごっこの前に口上はつきものだ。
 それぞれのセンスが問われる口上は、この騒ぎの中でも健在で、里の人達は弾幕ごっこ本番だけでなく、前口上も小気味良い寸劇のように楽しんでいる。
 命蓮寺で魔理沙がやったやつみたいなのだ。

 しかし、この二人のやりとりはあまりにも意味不明で、不評のようだった。

「よーわからんが、さっさとやれやれー」「ゴーゴー、こいしー」「こいしちゃーん!」

 そうすると、元々人気を勝ち得ていたこいしの方に応援は集まった。
 なんかよーわからん力がこいしに集まっていくのを感じる。

「……なんだこれ」
「これは信仰のパワーじゃよ」

 と、思わず呟いた言葉に答える声があった。
 誰だろう、と振り向いてみると、人間モードのマミゾウさんだ。

 マミゾウさんは『よう』を軽く手を上げて、手に持った徳利を口につけ、中の液体――酒だと思われる――をゴクリと呑む。

「ぷはっ、昼間っから呑む酒はまた格別じゃのう」
「……ズルいですよ、マミゾウさん。僕にもください」
「ん? おお、おお。構わんぞい。ほれ」
「ういっす」

 ぽい、と投げ寄越された盃をキャッチし、マミゾウさんの酌を受ける。
 なんか始まったこころとこいしの弾幕ごっこを横目に見ながら、僕は盃の中身を半分ほど一息で飲み干す。

「はあ〜〜、ったく。こいしの奴め。注目されるのが嬉しいか知らんけど、相手は選べっつーの」
「はっはっは。見とったぞ。まあ、ご愁傷様じゃ」
「ほんっとそうですよ。……で、信仰がどうしましたって?」

 さっきの言葉の意味を問うと、マミゾウさんは、うむ、と頷いた。

「本来、神にしか扱えない信仰の力。しかし、感情が暴走して力が抜けやすい今なら、その力を普通の人妖も集められるという寸法じゃ。そのため、より観衆の人気を集めたほうがこの弾幕ごっこを有利に進められる。
 見てみい」

 言われて二人の弾幕ごっこを見てみると、確かにこいしの方が押しているようだった。

「っていうかマミゾウさん。この異変のこと、よく知ってるんですね」
「皆の感情が暴走しとる件か? まあ、たまたま夜中に感情がなくなっとる人間と、その中心にいたあの妖怪を見かけたもんでな」

 と、こころを指差すマミゾウさん。

「ていうか、儂はお主があれと一緒にいることの方が驚いた。なにがあったんじゃ?」
「ええと、実は」

 マミゾウさんにこれまでの経緯を話す。

 すると、マミゾウさんは神妙にうむ、と頷く。

「そういうことじゃったか」
「ええ。そういうわけで、こいしの持っている希望の面を取り返したいなあ、と」

 しかし、このまま弾幕ごっこが推移すると、こころの負けは必至。こりゃどう取り返したもんだか……

 って、あれ? 今気付いたが、こころのスカート。笑い顔とかの文様が描かれている、と思ってたが……あれ、模様じゃなくて、穴じゃね? なんか足見えてるぞ。
 ……別に、スカートの上の方まで空いているわけじゃないし、異様に短いスカートとかは外の世界で見慣れているんだが、しかし隠された足がチラチラすんのはちょっと滾るもんがあるよね。

「おい、良也。人の話を聞いとるか?」
「は、はい!?」
「お主なあ……いや、なにも言うまい。若い男じゃしな」
「………………」

 い、いや、それは逆にツッコミ入れられないほうが居心地が悪い。

 こほん、と誤魔化すように咳払いをして、改めてマミゾウさんに向き直る。

「ええと、それで。なんですか?」
「聞いていなかったようじゃからもう一度言うが……その、希望の面とやら、取り返すのは少し待ったほうが良いやもしれんぞい」
「はい? なんでですか」

 里の人たち。今はお祭り騒ぎで収まっているが、これが続くと感情がなくなるとか。
 マミゾウさんは妖怪だから人間のことは気にしていないのかもしれないが、妖怪にとっても、感情のない人間ばかりになると張り合いがなくなると思うんだが。

「あやつは付喪神であろ? 今は一式揃いの面が欠けたことでそれを取り戻そうと動いておるが、取り戻した後……恐らく、誰のものでもない面に宿るあやつは、物言わぬ道具に戻るじゃろうなあ」
「ええ?」

 『付喪神とは、そういうもんじゃ』と言い切るマミゾウさん。……そりゃ、僕よりン倍の時を生きている化け狸界のトップスリーの見解に疑義を挟む余地などないのだけど、

「あの、知り合いに一人で動いてる化け傘がいるんですけど」
「ああ、あれか。あれはまた別」
「そ、そういうものなんですか」
「そーゆーもんじゃ」

 そうなのか。
 ……うーん、里のみんなの感情が失われるのも問題だが、それを解決してこころがいなくなるっつーのもね。知り合ってまだ一日だけど、それはどうにもすっきりしない終わり方だ。

 ……しかし、

「まあ、どうにかなるでしょう」
「ほう。して、そのこころは?」
「……それ、こころとかけた駄洒落ですか?」
「混ぜっ返すでない」

 怒られた。

 ……ええと、別に改めて聞かれるようなことでもないんだけどな。

「いや、単なる経験則って言いますか。この幻想郷で異変が起こったところで、最後には収まる所に収まりますよ。んで、こころが道具に戻るってのは、どう考えても『収まる所』じゃありません」
「脳天気じゃなぁ」
「だからってなにもしないわけじゃないですけど……」

 なんていうのかね。妖怪とか妖精とか幽霊とか人間(笑)とか……サツバツ! とした世界ではあるのだが、異変が起こっても、そういう後味の悪いことにはならない気がする。

「ほうほう、成る程。こちらに来てまだ日の浅い儂にはわからんことじゃな。興味深い」
「はあ、そうですか」
「ふむ……この分じゃと……ん? なんじゃ良也?」

 なにやら考えこむマミゾウさんだが、その前にしてもらわないといけないことがある。ちょいちょいと肩を叩いてこちらに意識を向けさせた。
 そして、空になった盃をアピールする。

「いや、おかわりください」
「……好きに呑めばええじゃろう」

 マミゾウさんは、呆れたように徳利ごと投げて寄越した。



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