さて、こころの希望の面を探す、と決めたが、アテもなく探す事はできない。
 こころから、希望の面とやらがどのような形をしているのかを聞き出したが、それだけで見つかれば苦労はない。

 しかし、僕はともかく、僕の人脈……もとい、妖怪脈を侮るなかれ。

 探しものと言えば、ピッタリの能力を持っている奴が知り合いにいる。

「っと、見っけ。ナズーリン、おはよう」
「ああ、良也か。おはよう。君も弾幕ごっこ目当てかい? 生憎、今日は聖は説法をする予定で、一輪が代打を務める予定だよ」

 早朝の命蓮寺。
 寺の敷地で、縁日を思わせる屋台の準備が勧められている中、僕は目当ての鼠耳を見つけ、声をかけた。

「いやいや、ちょっとナズーリンに用があってさ」
「私に? さて、なにかな。見ての通り忙しいんだけどねえ」

 命蓮寺の屋台は、ほとんどが里のテキ屋の皆さんの出店だが、一応ここんちもちゃんと店を出していた。
 ここぞとばかりにお守りや数珠、お経に、里の職人とでも提携したのか毘沙門天の宝塔を模した置物に毘沙門天饅頭などというものまで。

「……ようやるわ」
「ま、賽銭だけじゃ現金収入に乏しいからね。こういう時に稼いでおかないと。
 んで、なんの用だい?」
「ああ、実は……」

 僕はナズーリンに事情を話す。

 里でばったり出くわした、秦こころという妖怪。彼女が探し回っている希望の面。そして、それがこの騒動の元凶ということを。

「ふむ、つまりは私の鼠に希望の面とやらを探して欲しい、と」
「要はそういうことだ」

 鼠による人海戦術による失せ物探しの能力。これこそがナズーリンの力である。
 彼女はその力で寅丸さんの落とした宝塔やら財布やら鍵等を探し当てている。いささか落とし主が偏っている気がしないでもないが、その能力は折り紙つきだ。

「ふぅん、まあ、売店の売上がなくなるのは痛いけど、里の人達の感情がなくなるのも困る。協力するに吝かじゃないんだが」
「だが……?」
「いや、確認したいんだが、良也。お前さんの言う面霊気のこころってのは、あの女かな……。最近、聖の説法をよく受けに来るんだが」

 と、ナズーリンが指差す方を見ると、

「……なんでいんの?」

 相変わらず、無数の表情のお面を浮かべながら、聖さんに熱心に話しかけるこころがいた。
 と、そこで向こうもこっちに気付く。

 とてとて、とこころはこっちに近付き、お面を疑念の表情に変えて、

「……なんでこんな所に? 希望の面を探しているはずじゃ。……お願いよぅ、探してよぅ」
「………………」

 ダウナー系か、今は。お面に感情を引きずられるのも本当に大変なんだな……

「こころ。ちょっとお面を変えようか」
「あっれー、良也じゃん。ぐうぜーんっ。ここに希望の面はないと思うよー!」
「いや、物探しが得意な奴がいるからな、ここには」
「本当ですか」
「ああ、あの子……ナズーリンがそうだ」
「そっか、いっちょヨロシクぅ!」

 なんかナズーリンは呆気に取られている。どうも、説法をよく聞きに来る、とは言っても、直接話したことはなかったようだ。

「あ、ああ。できるかどうかわからないけど、やってみよう。しかし、良也。つくづく君、妙な知り合いが多いね」
「ナズーリン。その言い方だと、命蓮寺の皆さんが、その『妙な知り合い』に含まれていないかのような誤解を招くぞ」
「はっはっは、言うね」
「言わいでか」

 確かに、人外連中の中じゃ良識派に含まれるが。……しかし、まともか? と聞かれると首を傾げざるを得ない。
 特にほら、聖さんの『誠にナントカ』は、かなり言いがかりも含まれてるし。

「良也さん。いらっしゃい」
「あ、どうも聖さん」

 聖さんもやって来た。

「ところで、こころさんとお知り合いで?」
「ええと……ちょっと、昨日」

 酔い潰れて、目が覚めたらなんか近くを歩いていたことを話す。

「まったく……仏門でない貴方に禁酒しろとは言いませんが、適量は見定めてください」
「はーい」

 なお、こう言っている聖さんは生粋のザルである。
 ……勿論、呑んでるのは般若湯ですよ?

「そういう聖さんこそ、こころとはどこで?」
「布教活動をしている最中に、ちょっと。困っている妖怪がいたようなので、お力になろうと」

 ほう、流石妖怪を救う、という大義を掲げている聖さん。

「……でも、あの時は痛かった」
「救うためにも、まずはおとなしくなっていただかないと」

 その時を思い出したのか、泣き顔のお面に変わっているこころ。どうやら、説法(物理)を喰らったらしい。
 ……ああ、そうだ、こういう人だった。大人に見えて、力に訴えかけることにまるで躊躇いがないんだよ、この人。

「まあ、そういうわけで、仏の道を説き、感情のコントロールを学んでもらおうかと」
「ふふん、私は感情を司る者。悟りを開くのも時間の問題」
「……ん? あれ? それなら希望の面はいらなくないか?」

 仏教によって感情をコントロールできるなら、感情の暴走もなくなり、希望の面も必要ないということにならないだろうか。

「き、希望の面は、ほら、多分、必要かなー、なんて思ってる。ええと、リスク回避、とか」
「はいはい、既に鼠は走らせてる。なんか妙な力を持ったお面、でいいんだろ?」
「そうそう」

 ナズーリンの言葉に、こころがコクコク頷く。その様子を見て、聖さんが手を叩いた。

「ああ、成る程。私自身の力で彼女を救済するつもりだったので思いつきませんでしたが、ナズーリンに力を借りるという手もありましたね」
「聖さん……」

 抜けてるところもあるな……この人。

























「……ほうほう、『守矢神社の風祝VS秋姉妹。土着神を吹き飛ばす現人神の神風』ねえ」

 説法を受けるってのも性に合わないし、命蓮寺の境内には見世物の舞台が整っているとは言え僕が進んで弾幕ごっこなぞするわけもなく。

 僕は、この騒ぎのお陰で日刊どころか一日四、五回くらい発刊されてる天狗の新聞を読んでいた。
 早めに開店した屋台で購入したたい焼きをウマウマと食べつつ、東風谷が豊穣の神様として慕われている秋姉妹の妹の方を弾幕で叩き潰している写真に見入る。

 ……楽しそうだなあ、東風谷。これは布教活動という彼女の本分を全うしているからとか、そーゆーんじゃなくて、弾幕ごっこが心底楽しいって顔だなあ。
 いや、今更彼女になにか言うつもりはない。もくもくとたい焼きを食べ進める。

 なお、僕はこしあん派だ。
 むう、このたい焼き、しっぽまでぎっしり餡が詰まってる。……中々やるな。

 と、悦に入っていると、ぶわっ、と強風が突然巻き起こった。

「やあやあ、我こそは霧雨魔理沙なりぃ! 命蓮寺の住職にリベンジに参った! いざ、看板をかけて勝負したれい!」

 ……なんか来た。

 うおおおー! と、命蓮寺で弾幕ごっこを心待ちにしていた人達が騒ぎ始める。

 どうも、魔理沙は戦い方が派手なので大人気のようだ。
 芝居がかった物言いは、きっと魔理沙なりのファンへのサービスだ。

「……む」

 あ、聖さんが説法中で、挑戦者の相手を任されている一輪さんが戸惑ってる。
 あの人、真面目だからどう返したものか悩んでいるんだろう。

 なんか、観客の皆様はワクワクした目で返しを期待しているし。

「え、ええと――雲山!」

 少し困ったようだったが、一輪さんは機転を利かせて背後の入道に声をかける。

 ぶん! ぶん! と雲山の巨体が二度、三度と空に拳を叩きつけ、その威力を観衆に知らしめる。
 そうして格好をつけた後、一輪さんは魔理沙を指差した。

「ふっ、愚かな! 仏教に二度も負けたいようね。聖が相手するまでもない、この一輪と雲山が相手だ!」
「へっ、相手にとって不足はねぇ。さあ、行くぜ!」

 弾幕ごっこの前のお約束の口上も終わり、魔理沙の魔弾と雲山の拳がぶつかり合う。

「おおー」

 ぱちぱち、と僕はやる気のない拍手を送る。
 どーも、他の観客のテンションについていけない。この騒ぎが、こころの能力の影響による感情の暴走だというのなら、それが効かない僕がついていけないのも当然といえば当然だが。

 ……違うよ? ノリの悪い奴なんかじゃないよ?

「やあ、良也」
「あれ、ナズーリン。店番はいいのか」
「ああ。弾幕ごっこが始まると、終わるまでは誰も出店なんて見ないよ」

 まァそうか。

「ときに、希望の面らしきもの、見つけたよ」
「! 本当か」
「ああ。……しかし、どうも、なんと言ったらいいのか」

 ナズーリンが言い淀む。

「どうかしたのか?」
「いや、それが。どういう経緯か、その希望の面とやら、地霊殿の主の妹……こいしが持っているようなんだ」
「はあ?」

 いや、よくわからない。
 別に、こいしが何かを拾っていることはいいんだが、

「……なんでこいしが持ってるのに、鼠が見つけられているんだ?」

 あいつ、無意識で動いていて殆ど誰にも気付かれやしないのに。

「うむ、そこは私も気になる。……おや?」

 と、そこで射命丸の奴が命蓮寺にやって来た。新聞をばらまきながら、魔理沙と一輪さんの弾幕ごっこを激写しまくる。
 ……この状況、鴉天狗にとっては余程(部数の)稼ぎ時なんだなあ。

 こっそり風でも操っているのか、正確に手元にやって来た文々。新聞をキャッチし、その表紙に目を落とし、

「……こいしが一面を飾っとる」
「これは……」

 ほ、本格的におかしいぞ。
 こいしが写真に映るなんて。そしてなんか『謎の妖怪、里の人気急上昇』とか、書かれてる。里の人間も普通に気付いているってことだ。

「希望の面とやらが関係しているんじゃないかい?」
「……そ、そうなの、かなぁ」

 うう……なんか、面倒なことになりそう。



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