最近の幻想郷は、もうものすごく賑やかである。
 なんていうのか、ここ近年の異変続きに、人間の無力感というか閉塞感というのか、そーゆーものが蔓延しており……誰が言い出したのか『ええじゃないか』ってノリで毎日お祭り騒ぎだ。

 なんか、狂騒って感じがしなくもないが、まあそのうち収まるだろうと思っていた。

「……なんだこれ」

 そろそろ収まっているかなあ、と思いながら幻想郷にやって来た僕が見たのは――博麗神社の境内に、かつてないほどの人や妖怪が集まり、その中央で霊夢と魔理沙が派手な弾幕ごっこをやっている様子だった。
 集まった人々は、霊夢と魔理沙を応援している。聞く限り、その応援の声は半々といったところだ。

「さあ、魔理沙! うちの信仰のため、やっつけられなさいっ」
「へっ、そういうお前こそ、私の全く新しい布教活動に下りやがれ!」

 激しい弾幕ごっこに伴い、会場のボルテージも天井知らずに上がっていく。
 と、その辺りで魔理沙の星形魔弾が霊夢の顔面に直撃。

「っし、もらったぜ!? 恋符!」

 仮にも乙女の顔に直撃させたのに、悪びれの一つもせず魔理沙はスペルカードを取り出す。
 ……うわぁ。そこでマスパ使いますか。

 さしもの霊夢も、フラついているところにマスタースパークを喰らえば落ちる。
 観客を巻き込まないよう、角度に気を使った七色の暴力的な閃光が霊夢を包み込み、

「うう〜、もう。降参よ」
「へっ、私の勝ちだーーー!」

 巫女服をボロボロにした霊夢が白旗を上げ、魔理沙が箒を掲げて勝鬨をあげる。
 わー、と観客も総立ち、惜しみない拍手を魔理沙に送り、魔理沙はその拍手に応えて手を振る。

 ……あっれー? 弾幕ごっこってこんなんだっけ?
 確かに、色が綺麗で見物する人も多いけど、ここまでみんなが集まってわいわいがやがやするようなもんじゃなかったような。

「あら、良也じゃない」

 僕が呆気に取られていると、見知った姿が声をかけてきた。

「レミリアか。咲夜さんに……パチュリーまで出てきてんのかよ。こんにちは」
「ええ」
「なによ、私が外出するのがおかしいの?」

 レミリアは鷹揚に頷き、パチュリーはちょっと口を尖らせた。
 ……いや、パチュリーよ。そういう台詞は、せめて週に一回くらいは外出してから言ってくれ。

「ところで、聞いていいか。こりゃ一体何の騒ぎだ? この博麗神社にこんなに人が来てるの、初めて見たぞ……屋台まで出てるし」
「ああ、確かにね。ま、いいわ、教えてあげる」

 お、焼き鳥が出てる。こりゃ昼間から一杯ってのもいいかもしれんな。
 っと、それは後にしよう。珍しくレミリアが僕の質問にまともに答えてくれるみたいだし。

「ここのところ、人間どもが浮ついていたじゃない?」
「あー、うん」
「まあ、無力な人間が最近の異変に対してそういう反応するのは、無理ないと思うけどね。
 んで、誰が最初に言い出したのか、人心が乱れているところに付け込んで、一気に布教を進めようって霊夢とかが動き始めたのよ」
「霊夢……『とか』……つーと、守矢神社とか命蓮寺とかか」
「後は新参者の仙人もね。それで、悪乗りした魔理沙なんかも動いてて」
「ほうほう……って、いや、わからん。それが、どうしてこれに繋がるんだ?」
「そりゃ貴方。この幻想郷で注目を集めようつったら、弾幕ごっこでしょうが。勝ったら人気急上昇、負け犬は……ああなるのよ」

 あ、ここは博麗神社だっていうのに、観客の皆さんは賽銭箱に見向きもせず、魔理沙に向けておひねり投げてらぁ。
 ボロボロの服で賽銭箱に手を付いている霊夢が、少々……いや、かなり哀れを誘う。

 ……励ましの一つでも、とおもったが、話しかけるのはやめておこう。『良也さんをボコれば信仰回復ね』とか明後日の方向に論理展開して絡まれそうだ。

「ここだけじゃなくて、そこら中でやってるわよ。屋台も出てて面白いから、私も見て回ってるの」
「ふぅん。……で、フランドールと美鈴は留守番か」
「流石にフランをこの群衆の前に連れては来れないわ。美鈴は門番が仕事でしょ。主人の留守を預からずにどうするっていうのよ」

 ……いや、そうなんだけどさあ。
 絶対拗ねてるぞ。特にフランドール。
 ……機会があったら顔見に行ってやるか。

「良也。貴方も、菓子売りの宣伝にでもやってみたら? 魔理沙をやっつければ、その人気は総取りよ」
「……パチュリー、弟子を死地に送り込もうとするんじゃない。自分で行け」
「嫌よ。人に注目されるのは嫌いなの。――レミィ?」
「晴れの日中は動く気がしない」

 この機会に色々と恨みの積もってる魔理沙に意趣返ししようとしているのか、パチュリーはレミリアにまで水を向けた。
 さらりと躱され、『もう』と嘆息する。まあ、元々僕やレミリアが乗るとは思っていなかったんだろう。

「まあ、僕は、持って来た菓子を捌いてくるわ。荷物だしな。この分だとすぐ売り切れるだろ」
「ん」

 そう言って立ち去ろうとした僕に、レミリアが当然のごとく手を伸ばす。

「……一個は、フランドールの分な。咲夜さん、パチュリーも。あと、そこのメイド妖精さんもお一つどうぞ」

 里の子供用に常備しているキャンディを、レミリアに二つ、他のみんなに一つずつ配る。レミリア用の日傘を構えている妖精にも上げた。
 ……こういうコツコツした賄賂が、紅魔館に割と自由に出入りできるようにするための秘訣である。

 ――さて、これは里に行くまでもないな。
 土樹菓子店、博麗神社臨時店舗、開店である。
























 さてはて。
 これは一体どういう状況だろう。

 ぼけー、と真夜中の空を見上げて、僕は目が覚める前の出来事を思い返す。

 えー、まず、今日幻想郷に来て。
 レミリアと話して。
 博麗神社で菓子を売りだしたところ、五分で完売。
 この騒ぎで、どうせ知り合い連中も遊んでくれないだろ、と里に呑みに繰り出して、

 人里の中でやってた聖さんVS魔理沙(博麗神社から移動する際、僕を追い抜いていったらしい)という弾幕ごっこを見物していた萃香&勇儀さんの鬼コンビとばったり出くわして、

「……ああ、酔い潰れたのか」

 なんで里の大通りで寝ていたのか、ようやっと思い出した。

 そうそう、人里も凄いどんちゃん騒ぎで、路上にござを敷いて萃香と勇儀さん、呑みまくっていたんだよな。
 んで、僕も二人に勧められるがままに、カパカパ酒を呑んで――

 しかし、よう呑んだもんだ。場の空気に引きずられたか。
 と、僕は路上に転がっている酒瓶やら皿やら箸やらを呆れて見る。

 どこからか供される料理や酒を大いに呑み喰いし、太鼓や歌や腹踊りや水芸となんでもござれ宴会芸、そして何より里のど真ん中で繰り広げられる弾幕ごっこを大いに囃し立てる狂乱の祭りだった。

 幻想郷は祭り好きの風潮はあるが、ここまでの騒ぎはちょっと記憶に無い。

 ったく、今は……げ、二時かよ。……真夜中じゃん。

「くぁあ」

 あくびが出る。
 しかし、感覚的に夕方頃からこの時間まで潰れていたらしく、寝直す気にもならない。

 さって、どうすっかな。誰ももう寝てるだろうし……

「ん?」

 とりあえず立ち上がると、人影がいくつも立っていたことに気付く。
 察するに、僕と同じような立場だろう。昼間に潰れて、この時間に起きた、と。

「お、隆太じゃん」

 その影の中に、友達を一人見つけた。
 里の若者の一人、春画収集家の隆太。僕も奴のコレクションには力添えをしており、たまに猥談をやらかす、まあ悪友だ。

「おいっす、隆太。お前も酔い潰れたか?」

 ぽん、と肩を叩く。

 ……はて、反応がない。

 まさか立ちながら寝ているとか、そーゆー器用なことをしているわけでは――ないな。目、開いてる。でも、焦点があってない。

「おーい? 無視すんな」
「………………」

 むう、まるで反応がない。
 肩を揺さぶっても、視線も合わせない。

 まるで、人形になったようだ。普段は明るい奴なのに。
 これは……まさか……

「……さては、昼間はっちゃけすぎて、元気を使い果たしたか」

 反応する気力すらないということか?
 よくよく見れば、起きていると思っていた人達も、ぼうっとしてて生気というものが感じられない。こう、なんていうのか、グダってる。

 ……まあなあ。エネルギーを全て使い果たす勢いで大騒ぎしていたからなあ。反動で、こうなっていてもおかしくはない。

「さて、そうすると、暇だな」

 しかし、生憎と僕は早めに酔い潰れたおかげで、まだ元気が残っている。
 誰ぞ、話し相手でも、ときょろきょろしていると、まるで無人の村のように静まりかえった里の中を、ふらふらと歩く影が。

「ん?」
「……?」

 あ、目ぇ合った。

 そのお面を付け、さらに自分の周りに無数のお面を浮遊させている少女は、つかつか、と僕の方に歩み寄ってくる。
 ……あ、この気配、間違いなく妖怪だ。

「希望の……面」
「はい?」

 ぼそ、と呟くように、少女が何かを呟く。
 ……はて、聞こえん。

「ええと、なにかな?」

 内気な子なのかもしれない。促してみると、少女のつけているお面が別のお面――怒りを体現してるかのような憤怒の表情に変わり、

「希望の面はどこだぁ!?」
「っうぉ!?」

 うっわ、びっくりした!
 思わず後退する僕に、更に少女はお面を変える。今度は楽しそうな表情の……

「もう一度聞くけど……希っ望っのおっめんはどっこかしら♪」
「……ええと」

 ウキウキ気分で、質問を投げかけられた……の、か?

 次、怒りの面。

「おらぁ! とっとと希望の面の在処を吐きやがれ!」
「わけがわからない!?」

 一言話すごとに、なんか別人と会話している気分だ!

「ええ、と」

 と、とりあえずすぐ襲ってくるわけではないらしい。冷静に……冷静に、逃げる隙を伺いながら、話を聞くとしよう。

「と、とりあえず、あんた誰?」
「私は秦こころ。全ての感情を司る者です。
 ええと。だからぁ、そのぉ、感情を感じられない貴方がぁ、犯人っぽい? って思ってぇ」

 前半、デキるオンナ、後半、舌足らずな感じに。

「は、犯人って?」
「うっ、うっ……わ、私の、希望のお面、どこぉ?」
「ああ、泣かないで!」
「……だからてめぇが犯人なんだろコラァ!?」

 男は女の子の涙には勝てないよと思っていたら、今度はいきなり怒鳴られていた。

「……その、つまり、希望のお面っていうのを探しているの、か?」
「そうです。お陰で私の感情も暴走してしまって。更に、人々から希望という感情がなくなってしまって……。
 だから返してほしいな? なんてねー、ははは!」
「……そうですか」

 よ、よくわからんが……感情が暴走している、という話はどう見ても本当です。僕、ここまで情緒不安定な人に会ったの初めてだ。

「で、なんで僕が犯人に……」
「この! 希望という感情が失われた世界! ああ、しかしなんということでしょう! 面霊気たる私の目を持ってしても感情が見えない人間が一人! ……怪しい!」
「……あの、心が見えないのはですね」

 なんか臨戦態勢になりつつあるこころを宥めすかす

 さとりさんとかの精神に作用する系の能力は僕効かないんですよー、その割には顔や態度から内心読まれまくってるけどね―、という説明をし、

「成る程」

 んで、こころは意外と素直な妖怪なのか、僕の説明に一つ頷いてくれた。

「じゃあ、希望のお面はどこなのかな?」
「ぼ、僕に聞かれても」

 答えると、こころはがっくりと肩を落とす。

「ああ〜、このままじゃ、全ての人々から感情が失われてしまう。面霊気失格だ。この駄目妖怪、駄目妖怪め! 私なんて死んでしまえば……私は死にまっせん!」
「……本当に暴走してるんだな」

 傍から見てて、気の毒なくらい不安定だ。疲れるだろ、そんな気分の浮き沈みが激しいと。
 ……って、待て待て。なんか今、聞き捨てならないこと言ってたぞ。

「人間の感情がなくなるって?」
「ええ。私は感情を司る者。その私の感情が暴走すれば、周囲にも影響があります。……この、感情をなくした人々がその証拠」
「……これ、疲れてるだけじゃないんだ」

 いや、僕も少しはおかしいな、とは思ってたよ? どんだけ疲れてても、まるきり反応なしってのは……。まあ、寝起きだったから、ちょっと判断力が低下していてですね?

「まー、時々希望を持ってる人間がいたから、そいつを奪ったりしてたんだけどねー。所詮、対症療法だしねー」

 ……流石に、里の人達にまで影響が出ているとなると、由々しき事態だな。
 霊夢は動いていないのか? ……昼間の姿を思い返すに、動いていないっぽいなあ。

 ……あいつの場合、僕が言っても自分の勘が働かないと動きゃしないしなあ。逆説的に、霊夢が動いていないってことは、あいつが動く必要のない事態なんだろうけども。

 でも、僕は知り合いが巻き込まれるような異変が起こっていて、じっとしていられるほど堪え性がある方ではない。

「あーあー、わかったわかった。僕も少し探してみるよ。その希望の面っての」
「本当……? 本当……?」
「ああ。……で、その希望の面とやら、どんな形してるのかとか、聞いてもいいか?」

 さて……異変をズバッと解決……できたらいいなあ。



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