今日は永遠亭にやってきた。
 昨日、霊夢のやつが鹿を仕留めてきて、鹿肉を食べ過ぎたため、胃腸薬をもらいに来たのだ。美味かったとは言え、ニキロ近く食ってしまったのだ。

 ちなみに、同じくらいの量をぺろりと平らげた霊夢の方は、今朝の朝ごはんもお代わりしてた。あいつは一体どうなってやがるんだ。

「ごめんくださーい!」

 永遠亭の門前に着地して、大きく声を張り上げる。
 ややあって、ここんちの従者をやっている妖怪兎の一匹が門を開けてくれた。

「?」
「や、おはよう。永琳さんいるかな」

 妖怪兎は人型の奴だけでも数十羽はいるので、個人の識別はイマイチついていないが、向こうは僕のことをちゃんと知っているらしい。
 こくりと頷き、中に入るよう促してくれた。

「お邪魔します」

 中に入ると、相変わらず立派なお屋敷だった。永遠亭が開放されてから増築された永琳さんの診療所に向かい、トコトコと妖怪兎が歩いて行く。
 と、その診療所から見覚えのある顔が出てきた。

「おはよう、鈴仙」
「……朝っぱらから何の用?」
「いや、挨拶くらいしないか?」

 人の顔見るなり『げっ』って顔になるの、やめてほしい。
 いくらなんでも、その反応はないと思うぞ。

「……おはよう」
「うん。まあ、用事はアレだ。ちょっと薬貰いに来ただけだよ」
「また二日酔い?」
「いや、胃腸薬。昨日ちょっと食べ過ぎてさあ」
「不摂生は良くないわよ。暴飲暴食は肥満の元だし、病気になるわ」
「わかってるんだけど」

 今は若いからいいが、年を取ったらぶくぶくと……いや、そういや年取らないじゃん。
 じゃ、いいか。

「今、私の忠告、無視しなかった?」
「滅相もない」

 ……うん、少し体に気をつけることにしよう。

「ならいいけど……。あ、案内ご苦労様。もういいわ、こいつは私が連れていくから」

 鈴仙が言うと、妖怪兎はコクリと頷いた。

「ああ、そうそう。今日は例の畑仕事だけど、他の皆はどこに――」
「!」

 んで、鈴仙がなにやら話しかけると、耳をびくりと反応させて、ぴゅーっ、と逃げてしまう。
 脱兎のごとく、という言葉通り、その逃げ足は凄まじく早かった。

「あ、こらちょっと! またサボる気!?」

 鈴仙が制止の声を上げた頃には、彼女の姿は見えなくなっている。鈴仙は追いかけようとするが、一応客である僕がいることに気がついたのか『くっ』とうなだれた。

「あ〜、もう。地上の兎は怠け者ばかりなんだから」
「畑仕事、って言ってたけど」
「そ。最近、うちの兎が増えてきたから、畑を拡張しようってね。あの子たちの食料を作る畑なのに、まったくもう」

 ちなみに、永遠亭は竹林の中に畑を作っている。
 敷地の南側に竹を排除して、野菜とか薬草とかを作っているのだ。

 この竹林で畑など、すぐに竹に侵食されると思うのだが、そこはそれ、永琳さん特製の肥料によってなんとかなっているらしい。

「……というか、あの子達野菜食うの? 野生の兎なんだから、雑草とかでいいんじゃ」
「妖怪になると、グルメになるのよ。肉や魚も食べるようになるし」

 あー、動物と妖獣は、確かに単純に比較できるもんじゃないか。
 まあ、元が草食動物なので、わざわざ襲うと返り討ちのリスクのある人間を喰おうとする奴はいないらしいから、平和なもんだが。

「そうだ。貴方、土系統の魔法使えたわよね」
「……なんとなく先が予想できるけど、一応使える」
「手伝ってくれない? 薬タダにしてあげるから」

 ……えー。面倒臭い。
 でもしかし、数少ない鈴仙の好感度をアップさせるイベントが発生したようなので、僕は渋々と頷くのだった。



































「広げるのはここの畑ね。最低でも、倍くらいにはしたいのよ」

 と、案内されたのは永遠亭の裏の畑。
 畑の半分くらいが野菜類、もう半分は薬を作るために使う薬草畑だ。

「あ、そうそう。そっちの畑には入らないでね。吸うと毒になる花粉を出してる花があるから」
「毒!?」

 薬草畑を指差して、鈴仙が何気なく注意してくる。
 って、毒って!? く、薬を作るための草なんじゃないのか?

 確認してみると、そりゃそうよ、と真顔で言われた。

「薬も使いすぎれば毒だし、毒も使いようによっては薬になる。麻薬なんて典型かしら。適量なら麻酔に使えるけど、過ぎると中毒になるでしょう?」
「そ、そんなもんなのか」

 ……考えてみれば、その手の毒草の類は魔術師も使うんだったな。薬学はどうにもあのケミカルさと青臭さが苦手で、あんまり本腰入れていないんだが。

「ま、とりあえずちゃっちゃとやりましょう。まずは竹を伐採して、土地を広げないと」
「んじゃ、ま……『風符』」

 風魔法の篭ったスペルカードを取り出し、真空波で竹を切る。ずばずばずば、と実に景気よく竹が数十本単位で切り裂かれ、

「あ、馬鹿」

 にょきにょきにょき、と切った端から竹が伸びていった……!?!?

「は、はあああ!?」
「この迷いの竹林の竹の成長は早いって、アンタも知ってるでしょ」
「い、いや、そりゃ知ってるけど、こ、ここまでだったの!?」

 切ってすぐにニメートルくらいは伸びて、今はちょっと緩やかになってるけどそれでも伸びているってはっきりわかる速度だぞ?
 た、確かに輝夜と妹紅の喧嘩で根こそぎ燃やし尽くされ土地をぶっ壊されても、次の日には元通りになっている不可思議竹林だったが……

「先にこの薬を撒くの。まったく、片付ける竹が増えちゃったじゃない」

 ぶつぶつと文句を言いながら、鈴仙は巾着を取り出して中の粉を撒いた。

 すると、竹は成長を止め、見るからに元気がなくなる。

「環境破壊とか、大丈夫だよな? 土壌を汚染したり」
「師匠の作ったものよ。そんな不手際があるわけないじゃない」
「永琳さん、あれで意外と失敗多くないか?」

 いや、勿論永琳さんの天才っぷりを疑うつもりはないのだが、常人と感性が違うのか、時々とんでもないものを作ってしまうことがあるのだ。
 鈴仙も、反論を思いつかなかったのか、う゛、と言い淀む。

「だ、大丈夫よっ! き、きっと……今日のこれは、いつも使ってるやつだし。調合比変えた様子もなかったし……」
「……そうか」

 鈴仙の言うことだ。信じることとしよう。

 ひとまず、新たに生えた竹もさっきと同じように切り落とす。
 切った竹は竹炭にするらしく、鈴仙が運んでいった。見た目は高校生くらいの少女なのだが、そこは妖怪。数十本の竹を器用にロープで纏め、一気に運んでいった。

 ……うん、慣れて入るのだけれど、この絵面の違和感には毎度のことながらびっくりする。

「じゃ、お願いね」
「あいよ」

 竹の根も残っているので、少し大きめの力が必要だ。

 畑にする範囲の四隅に一枚ずつ土符を配置し、力を込める。

「土符『ノームロック』……〜〜〜〜んん、ぃよいしょぉ!」

 気分はファイ○一発。気合を入れ、一気呵成に土を持ち上げた。
 ていうか重い! マジで重い! 回数分けてやりゃよかった! 何トンあるんだこれ!?

 それでも、スペルカード四枚も使ったおかげで、なんとか宙に浮かせた土と空気を混ぜ、竹の根を分離して降ろす。

 降ろすときはもう限界だったので、降ろすというより力を手放して落とした。

 ぼんっ、と大きな音と軽い振動。土が飛び散り、

「うえ!? し、しまった……」

 水分を含んだ土を思いっきり被ってしまった。
 ちょ、ちょっと口に入っちまったじゃないか。うわ、ミミズ……

「……ちょっと」
「れ、鈴仙さん……?」

 んで、僕以上の被害を被ったうさぎさんが、何やらぷるぷる震えていたりしたりなんかしちゃって、

「……着替えてくる」
「ど、どうぞ」

 ドスの効いた声に、僕は頷くしかないのだった。
 ……そもそも、畑仕事をするのにいつものブレザーを着ていた鈴仙も悪いと思うんだが、そのへんどうなんだろう?


























 んで、その後の作業はまあ順調に行った。
 鈴仙が着替えついでに持って来た肥料を撒き、適当に土と混ぜる。目についた大きめの石なんかも取り除き、後は畝の形に土を盛り、

 んで、ここまで鍬も使わず魔法だけの作業である。
 土木系の作業と土魔法の相性パネェな。

 まあ、僕の腕じゃ、土壌改造みたいなことは出来ないので、そこら辺は一回撒くだけで作物に適した性質に土を改造するという永琳さん印の肥料頼りだが。
 ……本当、環境汚染大丈夫なんだよね?

「……貴方って、意外と器用ね」

 順調に作業する様子を見て、鈴仙が珍しく感心した様子で僕を見る。

「自分でもびっくりしてる」

 正直な感想だった。
 博麗神社の家庭菜園や里の仕事もちょろっと手伝ったことがあるが、あっちは草刈りとか収穫とかがメインで、開墾より繊細な作業だった。草刈りも、作物まで切ったりしないよう調整大変だったし。稲を切るだけならまだしも、実を取ったり掘ったりするのは無理だ。あれは手作業だった。

 まさか、開墾にここまでの威力を発揮するとは思ってもいなかった。

「鈴仙はこういうのできないの?」
「私じゃ狂わせることしかできないわよ。土を狂わせて、奇形の作物を作るのが関の山ね。今の畑を作るとき、弾幕で竹を根こそぎふっ飛ばしたくらいかしら」

 ……いや、うん。文字通り根こそぎだったんだろうな。竹が再生しないように。

 意外、といってはなんなのだが、妖怪連中って自分の得意分野においては無類の力を発揮するのだが、それ以外ではぶっきちょな奴が多かったりする。いや、勿論反則的な汎用性を持つ萃香とか、パチュリーみたいな学者肌もいるわけなのだが。

 この辺、生まれ持っての力だけで押しきれる妖怪と、知恵と手札の数で勝負しないと対抗できない人間の違いだ。魔法って生活支援の側面も多大にあったりするし。

 鈴仙が種を巻いた場所に、適当に水魔法で小さな雨を降らせながらふふふ、とちょっといい気になってみる。

「まさか、午前中に終わるとは思わなかったわ……」
「お疲れー」

 んで、三時間ほどの作業の結果、立派な畑が出来上がっていた。
 こっちの畑には、野菜類をドカンと植えるらしい。ちゃんと出来たら、お裾分けをしてくれると約束してくれた。

「後は……まあ、折角作ったんだし、どうぞ」
「お」

 と、差し出されたのはお弁当だった。
 昼食を作る暇はないかと、朝のうちに作っていたらしい、でかいおにぎりが三つとお茶。

 大分腹具合も落ち着いていた僕は、ありがたくその握り飯を胃に収めて労働の喜びに浸るのだった。













 なお、この一件が宴会を通じて他の面々にも伝わり、
 自前の畑を持っている紅魔館とか白玉楼とか守矢神社とか地霊殿とか命蓮寺とか仙界とかに同じく手伝わされることとなった。

 ……チクショウ。



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