「うん?」 『良也さん、留守をお願いね』との台詞を残して、なにやら出かけてしまった霊夢に代わり、博麗神社でぼけーっとしていると、 ふと、神社内に気配を感じた。 いや、霊夢のいない今、妖怪が遊びにでも来たら暇潰しにぶっ殺されそうなので、能力の範囲を神社に広げて警戒していたのだが……その感覚に、誰かが引っかかった。 「……誰だ?」 生憎と、『誰かが来た』ところまではわかっても、余程慣れたやつでもないとそれが誰なのかまではわからない。 が、多分強い妖怪だ。そして、体格は恐らく子供である。 ……んで、ここまでわかっても該当する妖怪に心当たりがありすぎるため、個人の特定までは至らない。僕の知らない相手である可能性もあるし。 「どうせ、ほっぽり出したら霊夢のやつ五月蝿いんだろうなあ」 仕方ない、相手をそーっと見極めるくらいはしておこう。見て、危険そうな相手ならば逃げりゃいい。 他の場所ならともかく、博麗神社なら僕の能力で逃げのアドバンテージくらいは取れるだろう。 慎重に、音を立てないよう縁側から表に出て、こそっと境内の方を伺う。 んで、そこにいたのは、なにやらふらふら境内を歩きながら、足元の草を引っ張ったりして遊んで(?)いる、某心を読む妖怪の妹だったりしたわけで、 「……なにやってんだ、こいし」 「あ、良也」 声をかけると、こいしは草を引っ張るのをやめて立ち上がる。ぱんぱん、と土を払って相変わらずどこを見ているのかわからない目で一応僕の方を向いた。 「こんにちは」 「おう。こんにちは。……で、博麗神社になんか用か? 霊夢なら、今いないけど」 「あれ? ここ神社だったんだ。適当に歩いてたら地上に出たのね」 まるで漫画かアニメの方向音痴キャラのようなことを言うが、こいしにとってはこれがデフォである。 無意識に任せるままふらふらと出歩く彼女に、さとりさんも手を焼いているそうだ。 ……まあ、地底が開放される前に比べると、彼女が目的を持って出歩くことも増えたそうなのだが。 「でも、よく気付いたわね〜。誰かに呼び止められるなんて、いつ以来かしら。前も良也だったかな?」 「たまたま気付いたからな。……なんだ、茶でも飲んでくか?」 「いいわね。いただくわ」 さとりさんには、たまに地底に行った時世話になってるし、あそこのお燐は癒しぬこだ。あそこんちのこいしに、茶くらい出しても罰は当たらんだろう。 ……茶葉を勝手に使ったことで、霊夢が物理的な罰を落としてきそうだが……いやいや、ここんちの茶葉の購入費用は僕も出している。流石の霊夢でも……でも霊夢だしなあ。 「? なに」 「んにゃ。茶菓子もサービスしてやろうかと」 考えまい。 とりあえず、戸棚に在庫があったはずの煎餅を出してやることにした。 縁側に座ってこいしとお茶を飲む。 ちなみに、こいしはいいとこ小学校高学年といった外見。外の世界では通報されそうな絵面だが、誓って僕にやましい気持ちはない。 「……ふう。地上のお茶は美味しいわねえ」 「そりゃよかったけど……そういや、地底のお茶ってどうなんだ? そんなに不味かった覚えはないけど……あんな太陽も差し込まないところで、どうやってお茶取ってるんだ」 「さあ?」 さあって。 地上と貿易でもしているんだろうか。……違うよなあ。 「はあー」 こいしは、お茶を半分くらい残して、空をぼけーっと見上げた。 なんというか、その姿はうっかりすると見失ってしまいそうなほど存在感がない。 路傍の石かなにかのように、そこにあるのにそうと認識できない。そんな妖怪なのだ。 ――僕だって、能力の範囲外に出られたら、見つけられなくなる自信がある。 「おかわり頂戴」 「……いつ飲んだんだ」 ちゃんと見ていたはずなのに、残っていた茶を飲んでいた姿を見落としていたぞ。 「ほれ」 「んー」 おかわりを注いでやる。 それを、またしてもこいしは自然極まりない動作で口に運んだ。 無意識での行動は、ある種仙道の到達点らしいが、確かにこの姿はそういった神聖なものを感じさせたりさせなかったりするかも知れん。 煎餅も、ナチュラルに僕の分も取ってるし……って、おい。 「こら、僕の胡麻煎餅を取るんじゃない」 「ええ〜? いいじゃない」 「油断も隙もないな……ったく」 そういやこいつ、前に一緒に茶を飲んだ時も、僕の羊羹を取ろうとしてたな。 「ちぇっ。よその食卓に入り込んでつまみ食いしても、気付かれたことなかったのに。やっぱり良也はやりにくいなあ」 お前はぬらりひょんか。 いや、あれはちゃんと家人に認識された上での話だからちょっと違うか? 「って、食卓? それって里か?」 いくらなんでも、妖怪が自分の飯がなくなったことにちっとも気付かないとは思えない。姉のさとりさんが認識されたことで、妹のこいしもたまに気付かれるようになったと言うし。 「うん。人里のご家庭の味は大抵知ってるかな」 「へ、へえ〜」 こいしはこう見えても、例に漏れず結構な力を持っている。 しかも、恐らく里の守護者である慧音さんも気付いていない。 ……意外と、人里って危うい均衡の上に成り立っているのかもしれない。 こいしは別に超危険な妖怪というわけではないが、無意識で行動するだけにノリでなにをしだすかわからんしな…… 「里は面白いのよ。あそこの子供たちとは、たまに遊んだりするし」 「遊んでるの!?」 「ええ。きっと大人になったら私のことは見えなくなるでしょうけどね」 そっと、瞳の閉じられた第三の目に触れて、こいしはなんでもないことのように呟く。 「……薄目開いてんだけど」 「!? な、なに言ってるのよっ。目なんて開いていないわ」 慌ててこいしは第三の目を隠すように手で覆う。 手をどけると、さっきのは僕の目の錯覚だったかのように、きっちり瞳は閉じていた。 ……ちなみに、薄目を開けた辺りでこいしの存在感がぐっと増したのだが、これは多分気のせいじゃない。 「いや、開いてたって」 「嘘っ!」 「……嘘ついてどーする」 なんか顔赤いんだけど。相変わらずなんで恥ずかしがっているかさっぱりわからない。 「っていうか、別に目なんだから、閉じたり開いたりするのって普通じゃないのか……? 瞬きくらいするだろ」 「あのね。この第三の目を普通の目と一緒にしないでくれる? そんな簡単にはできないわ。これは覚って妖怪の能力の象徴みたいなものなんだから」 そーゆーもんかねえ。確かに、さとりさんの第三の目が瞬きしているところは見たことないけどさ。 「確かに、興味深いことは増えたし、見たいと思うことがないわけじゃないけど。でも、私はこの目を開くつもりはないわ」 「そっかー」 へー、ほー、ふーん。 でも、とっても強がっているように見えるのは僕の気のせいでしょうかね? 随分昔のことだが、さとりさんも色々言ってたしなあ。 「でもほら、さとりさんも、心を閉じたままはいかんぜよとか言ってたし。ちょっと開いてみない?」 「お姉ちゃんはそんな変な口調じゃないんだけど」 「気にするな。今、僕しかいないし。僕、心見えないらしいし。ちょっと開くくらいいいじゃん?」 う、うう〜、とこいしは唸る。 なんだろうね、僕よりずっと年上の筈なのに、反応が子供っぽい。フランドールもそうだけど、妖怪の妹キャラってこんなのなのかね? 口ではなんやかんや言っているが、第三の目を開いてみたい、と思っていることは明白だった。 「じゃ、じゃあ、ちょっとだけね?」 うお! マジか! まさか頷くとは思わなかった。 まあ、下手に家族の目の前よりも、あまり付き合いのない人間の前のほうが、こういうことはやりやすいのかもしれない。家族の前だと、気恥ずかしいことってあるよね。 ちゃんと後でさとりさんには報告しとこう。 「ん、んん……」 徐々に、徐々に開いていく。 薄目と半目の間くらいにまで開いたところで、目に見えてこいしの雰囲気が変わった。これは、どこかさとりさんに通じるところがある。 もう少しで半目になる…… 「良也さん? と、こいしじゃない。なにやってんの?」 「え? きゃあああああああ!?」 んで、後ろから突然かけられた声に、ばっ、とこいしの第三の目が閉じた。 「……なに、その素っ頓狂な悲鳴。なんか変なことでもやってたの?」 「へ、変なことってなによ!?」 それは、帰ってきた霊夢だった。なんとタイミングの悪い。 誤魔化すように大声で言い返すこいしに、霊夢は面倒くさそうに頭をかいて、 「いや、良也さんが狼に……なるわけないか」 「それは、僕の人格が信頼されているって解釈でいいんだよな?」 「ええ、ある意味ね」 「どういう意味だよ!? いや、言わなくていい、大体分かる!」 「自分で聞いておいて。まったく」 『で』、と霊夢は改めてこいしを見た。 「本当はなにやってたの? まさか、うちの神社で不穏なことをやろうとしていないでしょうね? 地底が侵略してくる、とか」 「す、するわけないでしょ」 「そう? でも、なーんか変よ、あんた。いつもよりくっきり見えるっていうか。あと、キャラもちょっと違わない?」 あー、第三の目を開きかけた影響かな。 不審そうな霊夢の視線から逃れるように、こいしは目を逸らす。 「良也さん」 ……流石に、ここで説明するのはデリカシーが無い。僕は沈黙する。 んで、ますます訝しむ霊夢。 と、そこでこいしが霊夢を指差した。 「そ、そうよ。今日は、弾幕ごっこを挑みに来たの」 うわ、誤魔化すにしろ、もう少しなんかあるだろっ!? 強引ってレベルじゃねえ。 「ふぅん? 成る程、そういうことね」 でも、あっさり納得したァ!? どういうことだよ! 幻想郷では通じるのかそれ!? 上空に飛び上がる二人に、僕は内心ツッコミを入れながら、速やかに避難を始める。 もはや、言っても聞くまい。巻き込まれないうちに逃げるのだ。 しかし、さて。……さとりさんには、どう報告したものか。 | ||
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