「……ん?」

 里で菓子を売り捌き、博麗神社に帰ってくると、なにやら母屋から姦しい声が聞こえる。
 姦しい、ということは、複数人が集まっているということで……つまり厄介な奴が来ている可能性もあり、僕は気配を消して母屋に上がる。

 厄介な奴――スキマとか――が来ていた場合、速やかにフェードアウトする心算だ。

 そろー、と居間を覗きこみ、

「あれ? 先生」

 果たして、僕の下手糞な隠形を一瞬で見破ったのは、東風谷だった。
 奥には、霊夢と魔理沙もおり……なにやら、ちゃぶ台の上に色とりどりの布? を広げていた。

「良也さん、おかえりなさい」
「邪魔してるぜー」

 博麗神社に来ると三回に一回は出てくる白黒はともかくとして、東風谷がいるのはそれなりに珍しい。
 いや、同じ人間で力を持っている者同士、それなりに仲はいいんだけど、でも東風谷の場合、霊夢や魔理沙と違って仕事熱心だから。

 さてはて、そんな人間の中の人外三人娘が集まってなにをしているのかというと、

「……なんだ、それ」
「? リボンだけど」

 見て分からないの? という風に霊夢が言う。
 いや、それはわかるのだが、

「いや、なんでちゃぶ台の上に広げてるんだ?」
「おう、ちょっと交換会でな」
「???」

 いや、意味がわからない。
 と、今気づいたが、三人のそれぞれの背後には、丁寧に折りたたまれた服がある。

 さっぱり事態を把握できず、僕が首をひねっていると、東風谷が苦笑してフォローを入れてくれた。

「先生? こちらは外の世界みたいに服がたくさんあるわけじゃないんですよ?
 同じようなのばっかりだと飽きも来ますし、たまにこうして融通しあっているんです」
「……ほう」

 要するに、古着の交換か。
 確かに、幻想郷だと、既成品の服なんて売っていないから、自分で作るか里の職人に依頼するかでしか服は手に入らない。
 新しいのを買うのは余程特別な日くらいなので――お洒落をしたい年頃の娘さん的に、互いに交換し合う事で回しているのか。

 へえ、初めて知った、幻想郷女子の事情だな。

「……あれ? でも、お前ら全員、いつも似たような服なような?」

 うん、間違いない。
 この娘たちが違う衣装を来ているところなんて見たことない。せいぜい、春秋と夏と冬で、生地の厚さが変わったり、冬だとマフラーとかするくらいだったような?

 ……だっていうのに、素直なことを言った僕を、三人は打ち捨てられた生ゴミを見るような目で見てきた。

「な、なんだよう?」
「良也……これでも私達、女だぜ? ちゃんと、いつも細かいところで拘っているんだ」
「そうよ。リボンなんか典型だけど、袖のところとか帯とか」
「私も、あの服は制服みたいなものですから、あまり弄れませんけど……ちょこちょこ私なりにお洒落してますよ? 家の中じゃ着替えますし」

 うーん……うん? うーん。
 ……えーー?

「……そうなん?」
「そうよ」「そうだよ」「そうです」

 三人が同時に、強い口調で断言なされた。

「気付きもしなかったって顔ね、良也さん」
「え、ええと……ごめんなさい?」
「いや、別に良也に見せるためにやってるわけじゃないから、別に全然いいけどな」
「でも、ちゃんとその辺り気をつけていないと、女性にモテませんよ、先生」

 おうっふ……旗色が悪い。
 異変解決の時なんか、お互い足を引っ張り合っているというのに、ここぞとばかりに連携して僕を責め立ててくる。いや、責めているわけじゃなく、僕が勝手にダメージを受けているんだけど。

 っていうか、東風谷が何気に一番酷いことを言っている気がする。

「……え、ええと。ぼ、僕はちょっとお茶でも淹れてくる! あ、霊夢、これ土産の茶菓子な。先に食うなよ」

 どうにもその場の空気に馴染めずに、僕は思わず逃げ出した。
 ――うん、仕方ないと思う。


































 僕がお茶を淹れてくると、三人の交換会はとっくに終わっていたらしく、やめろと釘を刺しておいたというのに土産の煎餅をポリポリ齧っていた。

「ったく、食うなって言ったのに」
「いいじゃない、これくらい」

 いいけどさ。そのくらいで目くじらを立てる程、僕は狭量ではない。うん。

「……東風谷、お前まで」
「え、ええと。お、お醤油の香ばしい匂いがですね、こう、漂って来まして」

 うん、いかにも美味そうな匂いだから気持ちはわかるんだけどさ。

 はあ、と僕はこれみよがしにため息を付いて、全員の分の茶を注いでやった。
 僕はずず、と一口啜り、胡麻煎餅も口に運んで、ほっと一息をつく。

 うむ……落ち着く。

「そういや、服の交換会とやらはもういいのか?」
「おう。この後、香霖ちに寄って、裾上げしてもらわないとな」
「……また、お前は森近さんに」

 自分でも裁縫仕事できるくせに。

 僕が呆れていると、なにやら東風谷が驚いていた。

「え!? あ、あの。魔理沙さん? 香霖さんって、香霖堂の店主さん……ですよね?」
「それ以外の香霖は、私ゃ寡聞にして知らないが」

 魔理沙があっけらかんと言うと、東風谷は顔を赤くして抗議した。

「だ、男性じゃないですかっ!」
「うん、あいつが女だとか言われたら、びっくりするな」
「わ、私の服、そりゃお洗濯はしてますけど……」

 あー、東風谷はまだその辺、常識的な感性の持ち主だったか。
 自分の汗が染み込んだ衣服を、顔見知りの男性に弄くり回されるのは、そりゃ恥ずかしいだろう。サイズもモロバレになるし。

「まあ、あの森近さんが、東風谷の――というか女性の衣服に、なにかしら良からぬ考えを催すとは思わないけどさ。魔理沙、少しは気をつけろよ?」
「面倒だなあ」

 やれやれ、と魔理沙は本当に面倒そうに言う。

「良也さん、おかわり」

 んで、霊夢はというと、マイペースに茶を消化していた。
 当然のように湯呑みを差し出して要求してくる霊夢に、無言で茶を注いでやる。

 でかい土瓶で淹れてきたのに、この分だとすぐなくなるな。

「しかし、裾上げ必要なんだな」
「当たり前だろ。私ら、全員サイズ違うんだから」

 そっかなー? 東風谷がちょっと高めくらいで、魔理沙と霊夢は殆ど差はないと思うんだけど。微妙に霊夢が高いか? でも誤差の範囲だと思うし。

「まあ、胸とか腰回りとかもあるか」

 正直に言おう。言ってから『しまった』と思った。

 デリカシーのない発言をした僕に、三人娘の冷たい視線が降り注ぐ。

「そ、そそ、それにしてもー、妖怪連中は、服ってどうしてるんだろうな」
「露骨に誤魔化して来たわね……」
「っさい。霊夢も気にならないか? ほら、ルーミアとか、この前僕が弾幕ごっこで服ボロボロにしちゃったのに、次会ったときは前とおんなじ服着てたぞ」

 レミリアとか、従者まで持っている連中はさておき、ああいう野良妖怪ってどんな風に生活しているのかが読めない。
 金は持ってなさそうだし、ああ見えてチクチク裁縫とかしているんだろうか? それとも食い殺した人間の服を奪――これは恐ろしいので考えないことにして。

「そんなもの、妖怪によって十人十色でしょ」
「ふーん……」

 気になるけどなあ。

「しかし、服……服ねえ。服買ってきて売るのもアリかなあ?」

 菓子も売れ行き好調なのだが、新商品を投入するのも悪くないような気がする。

「外の世界の服か? やめとけやめとけ。香霖とこに置いてあるのを見たが、ダサいのばっかりじゃないか」
「いや……森近さんとこの商品を外の世界のスタンダードにするのはやめて欲しいんだが」
「? えっと、私、あんまり香霖堂には行かないんですけど、どんなのですか?」

 一人わかっていない東風谷。

「いや、だからさ……幻想郷には、外の世界で幻想になったものが来るわけで。特に森近さんは、趣味なんじゃないかってくらいアレな服ばっかり拾ってきて……」
「アレ?」
「ほら、アレだよ……ブルマとか、旧スクとか、スケバンファッションとか。バドガールのもあったな……あれはビアガーデンとかじゃまだ現役だと思うけど」

 こんな感じに、妙にマニアックなものを取り揃えているのが香霖堂の外の世界ファッションのラインナップである。
 後は八十年代に流行った服もあったりするが、僕も世代から外れているのでよくわからん。

「へ、へえー」
「な? 凄いだろ」

 ぶるまぁとかは是非誰かに履いてもらいたいところだ。
 ……若干名、だまくらかして着せられそうな妖怪の顔が浮かんだが、碌な結末になりそうにないので、この件は保留しとくか。

「なんだ、要するに香霖堂のあれは外じゃ時代遅れなのか?」
「うん、まあそういうこと」
「ふぅん、だったら、少しは興味あるな。早苗の服の生地は、どれもさらさらで良い手触りだし」

 ああ、それはあるかもしれん。絹を使った高級品でもない限り、こっちの生地って基本的にごわごわしてるからな。

「霊夢は興味ないのか?」
「私?」

 我関せずと、黙々と茶を啜っていた霊夢に水を向けてみる。

 東風谷は、自宅ではあの白青の服じゃなく普通の服を来ているらしいし、魔理沙も多分そうだろう。
 でも、僕は一応博麗神社の軒先を借りているが、家ん中でも霊夢が巫女服以外を来ているのは寝間着しか知らないぞ。

 案の定、霊夢の横にある服が一番数が少ないし。

「そうねえ。外の巫女服はどんなの?」
「……お前、なにか巫女服に拘りでもあんのか」

 いや、今まで気にならなかったのが不思議なくらいだが、巫女服は普通、普段着にはしないよね?

「だって私、巫女だし」

 お前のアイデンティティ、それでいいのか?

 しかし、外の巫女服ねえ……

「いや、大してこっちと変わらないぞ? そういう宗教的なのはあんま変わったりしないと思う」
「そうなの?」
「ああ。一応、コスプレショップに売ってたりもするけど、そっちは……巫女服? って言っていいのかちょっと微妙だし」

 どういうものか想像がつかないらいし霊夢と魔理沙は首を傾げている。東風谷だけははは、と苦笑していたりするが。
 そういや、昔の話だけど、文化祭でコスプレ喫茶やってたっけなあ、東風谷って。

「どんなのがあるのよ。想像つかないんだけど」
「え? ミニスカとか?」

 このくらいの単語は、こっちでも通じる。
 思いきり、霊夢は嫌な顔をした。

「……外の世界の趣味は、やっぱり悪いわね」
「いやっ! 別に僕が好きだというわけじゃないからっ! なんでそんな目で見る!?」

 嫌いではないけどねっ。

「……この話は、これで終わりにしよう。なんか、無意味に僕が墓穴を掘りそうな気がする」

 思わず巫女みこナースとかについて言及してしまいそうだ。

「良也さんって、自分の墓穴を掘るのが趣味よね。墓地が開けるくらいに掘ってるし」
「そんな趣味を持った覚えはない」

 ひどい言いがかりである。むしろ、僕は色んな連中の掘った落とし穴に落ちる感じだ。

「それはそうと、良也はなんか衣装作んないのか?」
「は? なんだそれ」

 魔理沙の提案に、思わず聞き返す。

「いや、お前も魔法使いだろ。で、魔法使いっつーと、こう、それらしい衣装を来ているもんだろ」

 こ、こいつも由緒正しい魔女っ子スタイルにこだわりがあるのか。
 別に、自分でやる分には構わないけど、僕を誘うな。

「いや、僕はまあ、普通で……」
「なんでだ? 服なんて、簡単に魔術的意味を付与できるお気軽なアイテムだと思うんだが」

 あ、ああ。そういう意味か。

 うん、確かに身に付けるものに魔術をかけたりするのは普通にある。
 パチュリーが帽子につけてる三日月のアクセサリなんか、結構強力なマジックアイテムだったりするし。

 そんなに魔力なんかこもってなくても、例えば色彩を整えたりだとかで、魔法を補強することは割と簡単だ。

「うーむ、言われてみると、悪くない気がしてきた」
「だろ? なんか、良也はいっつも地味な服だから、この機会に着飾って見たらどうだ?」

 ……そうだな、うん。
 僕は、服に金かけるのなんて馬鹿らしい、と思う人なんだが、就職してそれなりにお金に余裕はある。たまには、そういうのも悪くないかもしれない。

 よし、やってみるか。












 追伸:僕に服飾のセンスが無いことを露呈しただけだった。



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