とっぷりと夜も暮れた頃、僕はフラフラになりながら博麗神社に帰還を果たした。

「ただいまー」

 靴を脱ぐのも億劫で、適当に脱ぎ散らかして母屋に上がる。
 居間まで行くと、霊夢が食事の準備をしているところだった。ついでに、なんか魔理沙もいた。

「あら、おかえりなさい、良也さん」
「おう、良也。お邪魔ー。今日の夕飯は、私が取ってきた茸がメインだぜ」

 普通に迎えてくれる二人。いやさ、ありがたい。ありがたいんだけど、

「あの、二人共? 今の僕の様子を見て、言うのはそれだけか?」

 我ながら、こう、酷い有様だった。
 服はボロボロ。手足や顔は擦り傷だらけ。一発いいのが当たった背中は、見えないけど多分広い範囲で火傷でもしてる。

 ……まあ、後小一時間もすれば全部治るんだけど。

「そういやひどい格好だな。なんだ? 弾幕ごっこに負けたのか」
「……いや、ルーミアに食われかけた」

 普段はちゃんと会わないように気をつけているし、もし遭遇しても光符で目を眩ませてスタコラサッサなのだが、今日はちょいと油断した。
 気がつくと、至近距離にまで近付かれていて、大口を開けているところだった。

 想像してみて欲しい。夜、帰りを急いでいる途中、ふと横を見ると大口を開けた幼女が腕にかぶりつこうとしている。
 ちょっとしたホラーだ。

 マジでビビって、即全速力で逃走開始。弾幕でボロボロにされながらも、なんとか光符『スタンライト』をかまして、無事逃げ切った。
 ……いやはや、初めて喰われるかと思ったよ。

 喰われても死なないだろうけど、ンコになってから復活するのはそれはそれで嫌過ぎる。万が一腹の中で復活して、ルーミアの腹を破って出てくるのも嫌過ぎる。
 いやもう、そんときは素直に肉体を破棄して別のところで一から蘇生するだろうけどね……。丸一日くらいかかるから嫌なんだよなあ。

「へえー」
「ふーん」
「興味無さそうだなあ、オイ」

 ポリポリと沢庵なんぞ食いやがって。それ僕が仕込んだやつじゃねえか。

「だって、食べられてないんでしょう? なら問題ないじゃない」
「良かったな、良也」
「……はあ、お前らに慰めを期待した僕が馬鹿だった」

 まったく、もう少し乙女らしい優しさを発揮してくれてもいいんじゃないだろうか?

「……いや、もう殆ど傷が塞がっている男を心配してもな」
「良也さんのそれ、大概よね」

 た、確かにもう大きいのを除いて傷は治ってはいるが! 痛覚も大分鈍くなっている蓬莱人体質ではあるがっ!
 普通、人が傷ついていたら、まず出てくるのは心配の言葉だと思うんですよ?

 はあ、無理か。

「とりあえず、着替えてくる……」

 服はそこかしこが破れているし、血塗れだ。もう血は出ていないようだし、着替えてこよう。























「はい、良也さん。大盛りでいいわよね?」
「おう、サンキュ」

 茶碗に山盛りに盛られた白米を受け取って、僕はわっしわっしと掻き込んだ。
 血を流しすぎて、どうも栄養が足りない。腹いっぱい食わねば。

「む……魔理沙、この茸、本当に食用か?」

 レインボウな色合いの茸の炭火焼を見て、持って来たであろう魔理沙に聞いてみる。何故か、霊夢と魔理沙の膳には乗ってない。
 そうすると、魔理沙は自信満々に親指を立てて、

「ああ。栄養満点だぜ!」
「……信じたからな」

 とりあえず箸で摘んで目の前まで持ってくる。
 匂いは……味付けに使われたであろう醤油の香りしかしねえ。

 ……ええい、ままよ!

「〜〜、んんんんんんんん〜〜!!!!??」

 口を抑えて、吐き出さないようにする。
 不味い! 不味い不味い! なんかもう……不味い!

 噛まずに飲み込もうとしても……胃が受け付けてくれない! 『いやいやいや! これはムリっす』と白旗を上げて、胃液で押し流そうとしてる。
 ええい、主人の言うことを聞け、胃!

 ……とまあ、数十秒の格闘の後、なんとか飲み込むことに成功した。……うえ、まだ気持ち悪い。

「……魔理沙」
「私は嘘は言っていない。確かに食用で、栄養満点だ。だが、味は死ぬほど不味い」
「あっそう……」

 しかし、この不味さはもはや毒と変わらない気がする。
 ったく、食事一つとっても油断ならんな……。

 まあ、しかし、今日の罠はこれ一つだったらしく、そこからは和やかな夕飯が進む。
 今日あったことを話し合いながらの食事は、普段は一人暮らしの僕にとって中々楽しい時間だ。魔理沙の下らない失敗談に笑い、霊夢のお茶飲んでいるだけの一日にツッコミを入れる。

 んで、ご飯のおかわりを二回、味噌汁を一回おかわりした辺りで、魔理沙がふと思いついたように僕の方を向いた。

「そういやさ、良也」
「ん?」
「ルーミアに喰われかけたって話だけど……」
「それがどうかしたか? ……まあ、ちゃんと気を付けてればあそこまで近付かれる前に逃げられたかな」

 痛恨のミスである。
 ちょっと最近、妖怪に襲われることが少なかったから危機感が薄れていた。

 ワンミスで死んでしまう里の人たちと違って、僕はこの辺の危機管理意識が足りない。うむ、褌を締め直しておかないといけないな。

「うーん、良也、ちょっと思ったんだけどさ」
「なんだ?」
「いっぺん、ルーミアをボコったらどうだ? あいつも、手を出したら痛い目に遭うって覚えれば、そうそうちょっかいかけてきたりしないだろ。事実、私はあんまり襲われたりしないぜ」

 どうだ? と、まるで名案を出したかのように魔理沙がドヤ顔になる。

「ええと、ちょっとなにを言っているのかわかりませんね」
「なんでだ? ほら、ええと……抑止力ってやつだ」
「そういう話ではなく」

 わかんないかなあ? 魔理沙ってば、僕の実力の程はよく知っているだろうに。

「そんなん、返り討ちにあっておしまいだって。まあ、ちゃんと気をつけてれば、目眩ましして逃げるから。平気平気」

 わざわざ怪我をしに行く趣味は僕にはない。
 だっていうのに、魔理沙の言葉に霊夢も頷いていた。

「良也さん、これは悪くないと思うわよ? 大体、良也さんはいつもいつも逃げ腰すぎ」
「そ、そうは言うけどな、霊夢……」

 えー、なんで霊夢も賛成するの?
 僕が怪我をしてルーミアのやつに美味しく喰われても良いというのか! ……別にどうでもよさそうではあるがっ。

「おいおい、良也。お前、私の見立てだと、今なら低級妖怪くらいなら十分互角以上に渡り合えると思うぜ? いつまで被食者側にいていいのか」
「そうねえ。弱いとはいえ、妖怪に勝てば、他の連中の見る目も少しは変わりそうなものだけど」

 ぬ。むむむ……

 確かに、悪くない案に聞こえてきた。
 互角、ってことは、僕も怪我をしたりする可能性が非常に高い。でも、一度だけ我慢して、運良く勝てれば……
 ルーミア以外にも、空を飛んでいて目立つ僕を喰おうとする有象無象の妖怪は少なくない。そんな連中からは今まで逃げの一手で生き延びてきたのだが……自分たちと同格の妖怪が負けたと知れれば、無闇に僕に襲いかかることも少なくなるだろう。

 それになにより、普段付き合っていて、僕を軽んじている連中にも一石を投じることができる。

「うーん」

 でもさあ、怪我したら痛いんだぜ?

「まったく、良也はビビリだな」
「そうね。弱虫でチキン野郎ね」
「それなりに力持ってるくせに。なあ?」
「しかも不老不死なのに。これは私も擁護できないわね」

 ……く、クックック。

「いいさっ! やってやろうじゃないか!」

 決して、僕は弱虫ではない!
































 ……まあ、なんていうのか、安易な挑発に乗ってしまった感があるが、夕飯の片付けを済ませた後、僕はルーミアを探し求めて夜空を飛び回る羽目になった。

 普通なら、女の子に喧嘩売るなんて御免なのだが、あの宵闇の妖怪に対しては色々と恨みも溜まっている。一度くらい反撃しても罰は当たらないだろう。
 成人男性が、見た目小学生の女の子に喧嘩を売る、という絵面的に格好悪いのはとりあえず置いておくとして、

「魔理沙、覚えているわね? 勝った方が向こう一週間のご飯奢りよ」
「へっ、私の予想が外れるなんてことはないさ」
「ふふん、良也さんとの付き合いはアンタより深いの。私の勝ちに決まっているわ」

 ――なんで後ろの見物人どもは、堂々と賭けなんてしているんでしょうねぇ!?

「お前ら、賭けてんじゃねぇよ!」

 文句を言うと、僕の後ろを付いてきている霊夢と魔理沙は、不満そうな顔になる。

「あのねえ、負けた時食われるの嫌だから付いてきてくれ、って言ったの良也さんでしょう?」
「そうだそうだ。私達に夜更かしさせやがって。お肌が荒れたらお前どう責任取るつもりだ? 賭けくらい容認しろ」

 う、ぐぐぐ……確かにそうだけど。

「大体、タイマンに用心棒を連れて行くなんざ、ちょいとヘタレが過ぎるんじゃないか、良也?」
「いや、言わんとする所はもっともなんだが、ホント、喰われるのだけは勘弁して欲しいっていうか……」

 そこを付かれると弱い。
 でも、殺されたことはあっても喰われたことがない、というこの線は僕は守っていたいんだよ。

「お、いたいた」

 今日は良い月夜だ。明るくて、遠くまで見渡せる。

 さっき僕が襲われた辺りを探していたら、すぐに夜空をふらふら飛んでいるルーミアを発見した。
 向こうも、同時くらいにこっちに気付く。

「あれ? さっき逃げてった奴じゃない」
「よ、ルーミア」

 気軽に挨拶を交わす。ちなみに、霊夢と魔理沙は、こいつに警戒されないよう地上に降りて隠れていた。

「アンタいい人間ね。わざわざ襲われに来てくれるなんて。ちゃんと襲われてくれる人間は貴重よ」
「……好き勝手言ってんなあ」

 霊力を高めながら、仕掛けるタイミングを図る。

「あ、ちょっと待ちなさい」
「?」

 と、ルーミアはごそごそとポケットを漁り、あるものを取り出し――って、あれ!?

「じゃじゃーん。さっき落ちてるのを見つけたのよ、これ。これでアンタの眩しいのも効かないからね」
「さ、サングラス……」

 なんっつータイミング……。これで、逃げるときに『スタンライト』を使うという、僕の常套手段が効かなくなった。
 いや、目に入らなくてもこいつの場合、光自体に弱いのだけど……多少弱体化するくらいになってしまう。

 どうせいつもふわふわしてるルーミアのことだから、遠からず落としてなくすだろうけど……今日に関しては負けたら本気で霊夢たちの助けを借りないとバリボリと喰われてしまう。

 いや、逆に逃げる選択肢が取れなくなったんだったら腹も据わった。

「さって、苦節……ええと、アンタを襲ったのって何回目だっけ?」
「今日の帰り道で、十三回目。これが十四回目」
「よく覚えているわね。えっと、じゃあ十四回目にして、ようやく貴方のことを食べられるわね」

 僕は、周囲に霊弾を浮かべる。数は三十発。ルーミアの闇弾もスタンバイ完了していた。

「生憎、今日は今までのリベンジに来たんだ」
「臥薪嘗胆かあ。でも、肝を苦いっていうのは理解できないわね。肝っていうのは甘いのよ?」
「ああ、確かに。良いレバーは、なんていうか甘い感じだなあ」

 よし、こいつに勝ったら焼き鳥屋でレバー食うか。

「貴方の肝は良い肝かな? 試させてくれる!」
「酒呑み過ぎてるから、多分脂肪肝だよ! 脂っこいぞ!」

 そうして、僕とルーミアの、初のガチ勝負が始まった。

































「うおおおおおおおおおお!?」

 だああああああ! やっぱり無理無理無理無理!

 必死でルーミアの弾幕を躱しながら、僕は必死で弾をばらまいていた。当たっているのかどうかすら定かではないが、滅茶苦茶でもとりあえず撃っとかないと、近付かれて掴まれて終わりだ。

 しかし、僕が成長しているというのもあながち間違いではないらしい。
 ルーミアのスペルカードの一枚目『ナイトバード』はブレイクした。二枚目の『ディマーケイション』を必死こいて避けているわけなのだが、感触からしてもう少しでこっちもブレイクだ。

 野生の妖怪は、総じてスペルカードの枚数は少ない。
 今のスペカを打ち破れば、こっちの勝利も見えてくる!

「って、げっ!?」

 余計なことを考えていたら、目の前に弾幕がががが!!
 さ、避けきれ――

「っんの、曲がれ!」

 空間を曲げて、弾を逸らす。何度も使えない切り札的な回避方法だが、なんとか――って、まだある!

 連続で曲げるのはキツイ。しかも大きい弾だから、軌道を変えても当たる。僕はどうしようかと一瞬迷ったが、ふと背負っているものを思い出して思い切り振るった。

「はっ、はっ」

 ……ガチの勝負なら、と一応持って来た草薙の剣の神威に払われ、僕の目の前にまで迫っていた大玉が掻き消える。
 でも、やっぱこの剣弾幕ごっこに向いてないっ! 続く小さな弾は全部払いきれない!

「うう〜〜、いい加減落ちろぉ!」
「嫌だっつってんだろ!」

 ルーミアの苛立ったような声に、僕は反論する。

 自分に当たる弾を把握するので精一杯でルーミアの様子を見る余裕はないが、声からしてそれなりに弱ってる! 僕の霊弾もいくつかは当たってたんだ、良かった!

 と、そこで高密度の弾幕が途切れる。スペルカードの効果時間切れだ。

「! もらっ」
「もう、私はお腹ペコペコなんだから早く倒れて! 夜符『ミッドナイトバード』!」

 スペルカード連続ぅ!?
 くっ……しかし、取り出したこっちのスペカも喰らえ!

「氷符『マイナスC』!」

 氷弾がいくつも生まれ、ルーミアに殺到する。
 このスペルカードは、意外とエグい。氷で、透明だから視認しにくい。昼ならまだしも、月が出ているとはいえ夜ならばそうそう躱せまい!

 結果は確認すること出来ないけどな! 避けるので精一杯! 当たっていることを信じて!

 しかし、次の弾幕やべぇ! 草薙の剣は振ってる暇なさそうだし。

 僕の『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力の残リソースは、空間歪曲ニ回、時間加速二倍なら十秒ちょっと、短距離テレポ一回! 思い切り概算だけど! ノリで増えないかな!

 幾つかの弾に被弾しながらも、僕は必死で二枚目、三枚目のスペルカードを繰り出し、

「あ……」

 ボロボロになりながらも、ルーミアのスペルカードを破った。
 どうやら、さっきのが最後だったらしく、密度の薄くなった弾幕の向こうに、服がビリビリになってるルーミアの姿を認める。

 ……やっぱ殆ど傷はないんだよなあ。おかしくね?

 理不尽なものを感じつつ、僕は最後に残っていたスペルカードを取り出す。

「これで、」

 残っているのは火符。攻撃力も高いし、光も含んでいるからルーミアにはよく効くはずだ。
 間違いなく、これであいつは落ちる。

「終わ――」

 でも、ああ、しまった。
 ルーミアの姿を確認する前に、とっとと使っときゃよかったのに、

 ――ぼろっぼろになった女の子相手に攻撃っていいのん? なんて思考が脳裏をよぎり、

「あ」

 まあ、なんだ。一瞬固まった隙に、ルーミアのスペルカードの補助もない通常弾幕に、包み込まれたのだった。


























「賭けは私の勝ちね、魔理沙」
「ぐ……くっそう」
「私の言ったとおりでしょう? 良也さんは、勝ちそうになるけど、最後にヘタレて負けるって」
「普通に負けるって予想した私の負けだよ。約束通り、来週の飯は私持ちだな」

 ……地上に落ちて、ルーミアに美味しく頂かれそうになったところを助けてもらっておいてなんだが、

「お前ら、僕が勝つとは思ってなかったのか!」
「だって」
「なあ?」

 霊夢と魔理沙が視線をかわして苦い顔になる。

「そりゃ確かに良也さんの力量は上がっているけど」
「すまん。お前が弾幕ごっこで『勝つ』ってイメージがどうしても沸かなかった」

 それで、魔理沙は真っ先に僕の負けに賭け、次いで勝つ方に賭けるつもりのない霊夢が、より縛りの厳しい負け方に賭けた、と。
 ……泣いてもいいかな?

「でも、驚いたぜ。はは、あと一歩だったじゃないか」
「その一歩を踏み出すのに、あとどれくらいかかるか、魔理沙賭ける?」
「止めとくよ。賭けになりそうにない。勝敗が決まる前に私達の寿命が来そうだ」

 ハッハッハ、と無責任に笑う二人。


 納得のいかないことも多々あったが、
 ……とりあえず、反撃されると認識したルーミアが僕を襲う頻度が減ったので、良しとしておこう。



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