それは、何の気なしに幻想郷を散歩している時の話であった。

「あ、こらっ。ちょっと待ちなさい。――ええい、いい加減にしないと斬りますよっ!?」
「………………」

 なんて物騒なことを言いながらこちらに飛んで来るのは、刀を二本とええと、虫取り、網? を携えた妖夢であった。
 彼女はなんか追いかけっこしている。追っているのは幽霊だ。

「ふっ!」

 と、幽霊を射程内に捉えた妖夢は、剣技の振り方そのままで虫取り網を一閃する。
 無闇矢鱈に鋭いその一撃をたかが幽霊が躱せる道理はなく、妖夢の追っていた幽霊はその網に囚われてしまった。

「ふう……さて、大人しくしてください。さ、逝きますよ」

 んで、網から開放されると、幽霊は渋々といった態度を隠そうともせずに、妖夢の後ろに付いていく。
 見ると、同じような幽霊が二、三十匹はいたりなんかしちゃって。

 ええと……なにやってんだろう、あの子は。

「ええと、妖夢?」
「あ、良也さん。どうもこんにちは」

 今まで気付いていなかったのか、慌ててこっちに振り向き妖夢がお辞儀をする。

「ああ、こんにちは。……で、なにやってんの? 幽霊狩り?」
「狩りって……人聞きの悪いことを言わないでください。これは現世に遊びに来た幽霊を連れ戻しているだけで」
「……そういや、そんなこともやってたっけ」

 あー、確かに以前どっかで聞いた覚えがある。
 元々、幻想郷は幽霊も普通に見かける土地だ。しかし、死者は冥界にいるのが当たり前。そのため、妖夢が幽霊を連れ戻している、という話を聞いたことがある。

「ええ、まあ定常業務ですね……。やってもやっても追いつかないのですが」
「そこら中にいるからなあ……」

 流石に真昼間の人里では見ないが、夜になるとどこからともなく出てくるし。昼でも、廃墟とかお墓とかに行けば三、四匹はすぐ見つかる。
 普段どこに隠れているのか、異変なんかで活性化すると妖精もかくやという数が出てくるし。

 ……そりゃあ、追いつくはずがないだろう。

「私が百返す間に、二百は冥界から出ていっていますからね」
「……不毛な」
「紫様がちゃんと現世と冥界の境界をきちんと修復して下されば、数は減ると思うんですが」
「異変で薄くなったんだっけ? まだ直してないのか」
「閻魔様に言われて、一応直してはくださったんですが。でも、以前と比べるとザルです」

 ふう、と溜息をつく妖夢。

「なので放っておくわけにもいかず。仕方なく、この人魂灯と人魂網を持って駆け回るしかないのです。
 人魂灯は以前教えましたよね。こっちの人魂網は捕らえた幽霊を捕まえた人についてこさせることができるのです」
「へえ〜」

 そりゃまた便利な冥界グッズだこと。夏の暑さに幽霊を捕まえて涼むにはちょうどいいな。僕には必要ないけど、欲しがる人は多そうだ。

「あー、でも、また落としたりしないようにな」

 確か、前、人魂灯を落として、森近さんに拾われてしまったって言ってた。
 意外と妖夢はドジっ娘なのである。剣士のくせに、隙が多いというか。

「うっ……二度はしませんよ」
「あ、フラグ立った」
「なんですか、フラグって!?」

 意味は分かっていないのだろうが、しかしなんとなくは察したのだろう。妖夢は顔を赤くしながらツッコミを入れてきた。
 ……きっと、今度はその人魂網とやらを落として、また森近さんに面倒な対価を要求されるんだろうなあ。

「どうどう、落ち着け」
「……私は落ち着いています」

 妖夢は気を落ち着けるべく、二度、三度深呼吸をする。

「……はあ、でも、やっぱり私がどれだけ頑張っても、根本的な解決にはなりません。良也さんからも紫様に言ってくれませんか。ちゃんと境界を直してもらえるように。幽々子様はなにも言ってくれないんですよ」
「うーん、僕が言ってもスキマが聞くとも思えないし……」

 それになあ、

「その、境界とやらが直ったら、僕も冥界に行けなくなるかもしれないし。そしたら、白玉楼に遊びに行けなくなるじゃないか」

 今までの経験から、割とそれ系の結界は大丈夫な気もするが、実際になってみないとわからん。

「……いえ、その。気軽に冥界に遊びに来るのは、どうなんでしょう」
「妖夢もこっち来てるし、お互い様だ。まあ、そんなわけで、僕にとっては今の状況は非常に都合がいいんで、なにも言う気はない」

 妖夢に会えなくなったら、寂しいしな。なにせ、数少ない良識人だし、こっちでは一番古い友達なのだから。

「はあ……私から言って聞いてくれるかなあ」

 妖夢ががっくりと項垂れ、なにやら無謀な計画を立てている模様。
 というか、あのスキマが妖夢……というか、他人の言う事を聞くだろうか? 無理だと思うけど。今まで直していなかってことは、直す気ないってことだろうし。

 っていうか、妖夢から見たら、自分より僕の言う事を聞いてくれそうなのだろうか?

「まあまあ、僕も手伝えることがあったら手伝うって」
「……良也さんがどうやって手伝うんですか?」
「え、いやほら。幽霊見つけたら通……報……?」

 言いながら気付いた。あんまり役に立たないな。僕じゃ素手で捕まえようとして凍傷になるのがオチだし
 幽霊とは言え、問答無用で弾幕で蹴散らすのは気が引けるしなあ。そも、"連れ戻す"じゃないだろ、それ。雑魚幽霊は妖精クラスに柔いけど、人の魂は早々消滅するものじゃないらしく、しばらくすると復活するし。

「……はっはっは、まあなんだ……幽霊狩りに精を出す妖夢へのご褒美ってことで、もうそろそろ昼だし、飯でも奢ってやろう。手伝えないみたいだし」
「だから、狩りじゃないですっ」
「まあいいじゃないか」

 なんとなく情けなくなって、笑って誤魔化す僕であった。





























 奢ってやるぜ、と親指を立ててみたはいいものの、妖夢はちゃんと弁当を持ってきていた。
 ……いきなり出鼻を挫かれたな。

「……妖夢、実はピクニックがてら外で酒でも呑もうかと、日本酒があるわけだが呑むか?」
「あの、私お勤めの最中なんですが」
「だよな」

 奢ると言った手前、なにもしないのは年上(いや妖夢のほうが重ねた年齢は上なのだが)としての威厳が損なわれかねないのだが、流石にアルコールは駄目か。

「ま、まあ妖夢は成長期だし。もうちょっと食えるだろ?」
「はあ、まあ」
「じゃあ、ちょうどいいものがあるんで、それでもやろう」

 そろそろお昼にはするつもりだったらしく、僕と妖夢は手頃な空き地に着地して、適当に腰を下ろした。

「それで、ちょういいものってなんですか? 良也さんもお弁当を?」
「実はこんなのを持ってきている。本当は売り物にするつもりだったんだけど、食っちまおう」
「? なんですかそれ」

 妖夢に分からないのも無理はない。

「これはカップ麺というものだ。

 リュックから取り出したのは、有名なカップ○ードルだ。

「麺……蕎麦ですか」
「おしい。これはラーメンだ」
「ラーメン……はあ? えっと、なんかカラカラで干物かなにかみたいですけど」

 蓋を開けて見せてみると、予想通りの反応である。
 ふ、妖夢め、二十世紀日本の最大の発明の一つを篤と食らうがいい。

「これはお湯で戻すんだ。ってわけで、ちょっと待て」

 むん、と気合を入れて、魔法で水球と火球を一個ずつ作る。別属性の魔法を同時に使うのはそれなりに神経を使う作業なのだが、まあ一個ずつなら問題はない。
 それらをぶつけ、熱湯玉を作り、後はカップ麺の容器にゆっくりと注ぐだけ。

「あとは蓋をして三分待てば完成だ」
「随分と便利な食べ物なんですね」
「だろ? しかもこれがけっこう美味い。まあ、騙されたと思って食ってみろ」

 ほい、と妖夢にしょうゆ味のやつを渡す。
 自分の分はシーフード。一応、割り箸を持って来といてよかった。

「それじゃ、私も失礼して」

 妖夢もなにやら竹の皮に包まれた弁当を取り出した。
 包みを解くと、出てきたのはやたら馬鹿でかいおにぎり。一個が大人の握りこぶし二個分くらいあるぞ……それが三つもある。

「カップ麺のお礼ということで、一個あげます」
「えーと……どうもありがとう」

 ……まあいいか。おにぎり美味そうだし。
 三分までもう少し時間があるので、かぶりついてみる。

 む、具は梅干か。この梅干は妖夢の手製だな……うまうま。

 と、そろそろ三分だ。

「ほれ、妖夢。そろそろいいぞ」
「はあ……それじゃ、いただきます」

 蓋を取り、麺をおっかなびっくり口に運ぶ妖夢。ちょっと目を見開いて、ずるずる、と啜り上げる。

「ん、美味しいですけど、味が濃いですね」
「なら、おにぎりと一緒に食えばいい。ラーメンのスープと妙に合うから」

 僕は手本とばかりにおにぎりを食い、スープで流し込む。
 米と濃い味のスープが混じりあい、なんともジャンクなお味。だがそれがいい。

「……行儀は悪いですね」
「まあ、気にしないでくれ」

 ずずー、と豪快に音を立ててラーメンを食う。やっぱりこうじゃないとなあ。

 しばらく、ラーメンを啜る音だけが響く。基本、行儀の良い妖夢は、食事中のお喋りはあんまり好きじゃない。白玉楼だと、幽々子がガンガン喋るのでそんな感じはしないのだが、二人だけだとこんな感じだ。

「ご馳走様です」
「んー、じゃ、それくれ。僕の方で捨てておくから」
「はい。よろしくお願いします」

 丁寧にスープまで全部飲み干したらしい妖夢から、カップ麺の容器を受け取る。……塩分高いから、あんまり身体に良くないんだけどなあ。美味かったのかな、実は。

「どうも、珍しいものをありがとうございました」
「あー、気にしないでくれ。ちょっとした新商品で、こっちで受けるかはまだわからないから」

 軽いけど割と嵩張るし、持ってこようかどうか迷っていたのだ。基本、薄味文化な幻想郷でウケるかどうかは半分賭けだったし。
 でも、妖夢の反応からして、そう悪くなさそうだ。今度は多めに仕入れて売ってみよう。

「それでは、そろそろ私は失礼します。あ、幽霊が固まっているところがあったら、連絡下さい」
「あー、見つかったらな」

 手を振って、妖夢とお別れをする。

 彼女が見えなくなるまで見送ってから、ふと気付いた。

「……オチがない。珍しいな」

 幻想郷の女傑と会ったときは、大抵僕が痛い目に遭うのに。
 ……やはり、冥界との境界を完全修復されるのは困る。ああいう、会っても安心な子が一人くらいはいないと。

 僕は納得しつつ、後でスキマに賄賂を送って、直さないよう言っておこう、と心に決めるのだった。



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