「あら?」 「お」 ケーキでも食べようかと、里の成美さんの洋風喫茶に入ってみると、見知った顔が先客でいた。 「咲夜さん、こんにちは」 「ええ、こんにちは。貴方もおやつ?」 「はは……そんなとこです」 ぐるっと見渡してみると、どうやら席は空いていない。ここは持ち帰りもやっているので、霊夢あたりに土産で持って行ってやってもいいのだが…… 「席空いてないんで、ご一緒していいですかね」 僕の脳内で突如として巻き起こった巫女VSメイドの戦争は、メイド軍団が巫女軍団を包囲殲滅した。三秒で。 「どうぞ。私も一人は寂しいところだったし」 二人掛けのテーブル。片方の椅子の上に置いてあった荷物をどけて、咲夜さんが席を譲ってくれた。 ありがたく座らせてもらう。 「今日はレミリアのやつは一緒じゃないんですか?」 「お嬢様は今日は普通にお休み中よ。家事も大体片付けたし、今日の午後はオフなの」 「ちゃんとお休みあったんですね……」 「そりゃあ、あるわよ。私の場合、時間を止めて休憩してるから必要ないといえば必要ないんだけどね」 従者につい最近まで休日を与えていなかったどこぞの白玉楼の主にも見習わせたい。 でも、レミリアと幽々子のどっちがいい主かは微妙だけどな。 しっかし、 「……咲夜さん。何度か言ったと思いますが、僕が紅魔館に行くときもそんな感じの喋り方でいいですよ?」 休みの時の咲夜さんは大体こんな感じ。彼女、仕事モードの時の喋り方と普段とで全然違うんだもの。オンオフの切り替えが上手いっつーか、もっとストレートに裏表が激しいというか。別人を相手にしているみたいなんだよなあ。 射命丸なんかもそんな感じなのだが、あいつは基本的に僕の前では記者モードでしか出てこないから、あのキャラで固定されている。 「それは断るわ。職務についている間は、お客様への相応の態度というのがあるから」 「客の血を無理矢理絞りとるのが相応の態度というやつですか」 「その通り、あれが紅魔館流ですわ。というか、お嬢様にやれと言われて断るようなメイドはいません」 ひでえ。 忠臣だからこそ、時には諫言を呈することも必要なんじゃないかと思うんだけど。 ……言っても無駄か。どうせ、今までも無駄だった。 それはそれとして、 「なにか?」 「いや、休みの日までメイド服なんですね」 咲夜さんは、休みだとか言っていたくせに、いつものように丈の短いスカートのメイド服を着用していた。 「職務から離れていても、私が紅魔館のメイド長であることに変わりはないから」 とか言いつつ、くい、と紅茶を傾ける咲夜さん。 ……すげー、流石は瀟洒なメイド。異様にサマになってる。日本風家屋の立ち並ぶ里では、成美さんのお店じゃなかったらすごく浮いているんだけどなー、メイド服は。 ちなみに、人外連中の宴会の場合、服装は十人十色というかコスプレ一歩手前の連中ばかりなので、あまり目立たなかったりする。 「あのー、ご注文は?」 「っと、すみません。ミルクティーをポットで。あとチーズケーキ……と、ショートケーキも」 「はぁい。てんちょー、ご注文入りましたぁ」 ハイカラさんみたいな服装のウェイトレスさんが、厨房に呼びかける。 「よく食べるのね」 「甘いものは好きで……。そう言う咲夜さんはシュークリームですか」 「私もお菓子は作るけれど、やはり本職には敵わないからね。紅茶は……なんとか互角、かしら」 若干悔しそうに咲夜さんが零す。 咲夜さんの場合、料理とか意外にも掃除や洗濯や屋敷の修繕や侵入者の撃退や諸々の仕事をこなす万能ハウスキーパーだが、やはりその道の専門家には一歩譲るらしい。 それでも、この若さでそこまで万能なのは凄いと思うのだが…… でも、この人実年齢いくつなんだろうね? 止まった時間で動いているから、実際に生まれてから今までの時間以上には年食ってるはずだが。 「咲夜さん、これは好奇心なんですが、咲夜さんっておいくつですか……?」 会ったときは僕より年下だったかもしれないが、既に年上になってないか? 「さて、これで喉を一突きするとどうなるかしら」 「……死にます。死にますから、フォークを向けないでください」 「女性の年齢を勘ぐるのは紳士にあるまじき行為ですわ」 「わかりました。わかりましたから」 ……ちょっとした好奇心だというのに。 というか、なぜ幻想郷の女子は自分の年齢を言いたがらないんだろう。法律違反(飲酒)を気にしているわけでもあるまいに。 今回も、聞き出すことに失敗、と。気にするほど年食ってるようにも見えないけどなあ。 「お待たせしましたぁ。ミルクティーとチーズケーキ、ショートケーキです」 「お、来た来た」 「……それも美味しそうね」 「あーん、とかしましょうか」 冗談めかして言うと、無言でフォークを構えられた。 ……ちょっとした冗談に、ツッコミ厳しすぎると思う。 「さて、今日のおゆはんの材料を買っていかないと」 会計を済ませて外に出ると、咲夜さんはそう呟く。 ちなみに、紅魔館はある程度は自給しているが、足りない分は普通に里で購入していたりする。 「紅魔館の本日の夕飯は?」 「そうねえ。今日は和風にしようかしら。ご飯、おみおつけ、焼き魚に根野菜の煮物」 「……また美味そうだけど地味な」 基本、洋風の紅魔館にしては珍しい。 「私は和風のほうが好みだから。お嬢様だって、お米はお好きだし」 「へえ。僕は洋食食ってるとこしか見たことないけど」 宴会でも、あんまりそっちには手を出さない。 「お嬢様は外やお客様の前では格好を付けていらっしゃるからね」 「……ぶっちゃけましたね、また」 実はこのメイドさん、忠誠心あまり高くないかもしんない。 「っと、そうそう。血を忘れていたわ」 「……血?」 ずざざざざ、と距離を取る。いつでも逃げられるよう、体重は後ろにかけ、牽制の霊弾をすぐさま撃てるよう準備。 ふっ、ここまで警戒を露にしても、全然逃げられる気がしないのが難点だけどな! 「そこまで警戒しなくとも……。態々貴方からもらいませんよ、今日は。さて、どの人にもらおうかしら」 と、咲夜さんは手提げ鞄から注射器(!?)を取り出す。 「え……なにそれ」 「採血用の注射器。お嬢様は里との取り決めで、ここに住んでいる人を殺したり血を直接吸ったりしない代わりに、血液を提供してもらっているのよ」 「そんな取り決めあったの!?」 何気に初めて知る事実である。そっかー、たまに紅魔館で僕が提供した以外の血が出てくるから、不思議には思っていたんだ。 「……って、ん? ならなんで僕は遠慮なしにばかすか吸われてんの?」 「貴方、この里の人間じゃないでしょう。ああ、それはどこぞの巫女や魔法使いも同じだけれどね」 「そうだけど、そうじゃなく。ちゃんと別に血をもらえるなら、僕から吸う必要は……」 「やっぱり新鮮な方が美味しいらしいのよ」 困ったお嬢様ね、と言わんばかりに肩をすくめる咲夜さん。……えーと、困るんだったらあのわがまま吸血鬼を止めてくれれば、僕はとても嬉しいのだけど、止める気ないッスね。 「でも、献血程度っつっても、吸血鬼に血を上げる人間っているんですか? あんまり、いないような……」 と、言いかけていると、通りを歩いていた青年が咲夜さんの注射器に目をつける。 「あ、咲夜さんっ。今日も採血ですか! なら、是非俺のを――」 「馬鹿野郎! 俺がやってもらうんだ!」 「早い者勝ち――」 「なら俺だ!」 んで、あっという間に近くを歩いていた若い男が集まってくる。 「な、なんだなんだ?」 「あ、土樹! お前は引っ込んでろ」 「そうだそうだ」 「お前、前も鍵山様とお茶したそうじゃねえか! 羨ましいんだよ! だから譲れ!」 いや、里からの供え物を送り届けついでに確かにお茶を飲んだが、だからってなんで僕が引っ込まないといけない? 「ええと、そうですねえ」 僕が謂れなき暴言を受けていることをこれっぽっちも気にせず、咲夜さんは集った男達を順繰りに指さして、 「じゃあ、今日は貴方と貴方と貴方にお願いしようかしら。三人分もあれば、十分でしょう」 指名を受けた三人はグッ、とガッツポーズ。……なんだよ、一体? なんで血を採られるってのに、みんなこんな乗り気なんだ? 外の献血みたいにジュースをもらえるわけでもあるまいに。 と、思っていたが、すぐに理由はわかった。 「それじゃあ失礼しますね」 「は、はい……」 そそ、とした仕草で咲夜さんは男の一人の腕を取り、そっと長袖の服をまくり上げさせる。 そして、肘の裏側を何度か撫でて血管の位置を探り当て、 「少しチクっとしますよ」 「だ、大丈夫です」 注射器を、そっと突き刺した。 それなりに痛みはあるだろうに、僕の顔見知りでもある男の顔は緩みきってる。 ……そりゃそうだろう。手以外が触れているわけでもないのだが、多分あの位置だと髪の毛のいい匂いなんかも届いてるだろうし、手の触れ方がなんかこう、色っぽいっていうか。 注射器の中にドクドク入っていく血液の勢いが普通より強い気がするのは気のせいだろうか。あーあ、だらしない顔しちゃってまあ。 しかし、これで男連中が集まった理由はわかった。そりゃ誰だってそうする。血を集めるのに不足はないだろう、間違いなく。 「……はい、これで十分です。ありがとうございました」 そっと針を血管から引きぬき、咲夜さんは別に取り出した容器に素早く血を移し替える。 途中、ごにょごにょと呟いていたのは、多分時間を止めるかなにかして保存しているんだろう。……じゃあ新鮮なんじゃないか、ますます僕の血を吸う意味がわからん。 それはそれとして、一つ疑問が。 「あの、咲夜さん? 僕、未だかつてそこまで丁寧に血を取られた経験がないんですが」 大抵、ナイフでスパッ! ブバッ(血が噴き出る音)! ってなもんなのだが。もしくは直接噛み付かれるか。 「料理は味だけではなく、目でも楽しませるものです」 「え!?」 要するに、あれって演出? 演出なの? 驚愕の事実に僕が固まっていると、咲夜さんは手際よく残りの二人からも血を抜き取った(何気にちゃんと注射器は別のを使ってた)。 「どうも、ありがとうございました」 「い、いえいえー、これくらい」 スカートの端をチョコンと摘まんで頭を下げる咲夜さんに、彼らの鼻は伸びっぱなしである。無理もない、ミニスカートをつまみ上げているから……あとは分かるな? いや、もちろん上品さはまったく損なっていない程度のものなのだけれど、そこは男の悲しい性なのである。 男達が去った後、容器と使用済みの注射器を鞄に入れて、咲夜さんはふう、と息を付いた。 「なんいうか、意外でしたよ」 「なにが?」 「いや、まさか咲夜さんが色香を武器にするなんて」 まあ、有効な手段だとは思うが。 なにせ咲夜さんは美人であり、ミニのメイド服で半袖なので里の人間に比べれば割と露出も高い。そして、さっきの密着具合である。そりゃあ男は入れ食いだろうが……しかし、まさかそれを使うなんて。なんていうか、イメージと違うなあ。 「……色香? 何の話ですか」 「気付いてねえ!?」 思わず叫んだ。 い、いやいやまさか! まさかだよな!? 「あの、じゃあ、さっきみたいに男がすぐ集まってくるのはなんでだと思います?」 「さあ? ありがたいことですが、我先に集まってくるのが何故かはさっぱり」 て、天然だ! 意外と天然だ、この人! 僕のエロい考えにはありえんほど鋭いくせに! 「あの……じゃあ、僕からも血を採ったりしませんか?」 ならばその無知さにつけこ――げほっ、げほっ、んんー。あー、あー。 ……そう、僕もたまにはあのレミリアのやつに自ら進んで献血してやろうではないか! その過程で、ちょっと咲夜さんと密着したり、クンカクンカしてもそれは不可抗力というやつでっ! いや、普段採られる時も近づきはするのだが、基本的に関節を極められているので楽しむ余裕が無いんですよう! 「いりません。貴方の場合、踊り食いの方が喜ばれるので……なにを凹んでいるんですか」 僕はそのまま地面に突っ伏した。 ……うん、わかってた。わかってたはずだよね、僕。 でも、踊り食い? ……ひどくない? | ||
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