「……釣れねえ」 妖怪の山の麓。 流れる川で釣り糸を垂らしながら、僕は憮然と呟いた。 いつもの趣味兼昼飯用に釣り竿を持ってやって来たのだが、一時間以上粘って釣果はゼロ。見事なまでの坊主だった。 一応、塩振ったおにぎりは持ってきているから、昼ご飯抜きにはならないけど、集めた枯れ枝が無駄になるし、なにより味気ない。 「素直に湖行っときゃよかったかな……」 いつもは霧の湖で釣りをしているのだ、僕は。ただ、今日はなんとなく足が向いて、こっちの河にやって来た。 意外と深く、流れの早い河には、幾つかの魚影が見えるのだが、何故かさっぱり餌に食いついてくれない。……むう、湖のより、警戒心が強いのか? これはとっとと切り上げて大人しく里でおかずでも買うか――? 「お」 腰を浮かせようかどうか迷っていると、ぴくんと糸が引っ張られる感触。 き、来たか!? 一匹だけだろうが、この際贅沢は言わん! 食ろうてやる、食ろうてやるぞっ。 「うおおおおおおおおおっ!!」 空腹も手伝って、僕はヤケクソ気味に竿を引っ張る。 やけに軽い感触に、一瞬変だなと思いつつも、糸の先端が水中から出て―― 「……は?」 空中に舞う緑色の物体に、僕の目は点になった。 釣り針に引っかかった緑色で棒状の、なんか見慣れた物体。 地面に落ちないよう、慌ててキャッチすると、なんとまあ齧ると瑞々しい味わいのしそうな野菜が…… 「何故、胡瓜?」 僕は魚釣りをしていたら何故か胡瓜が釣れてしまいました。しかも、捨てられたものでもなく、どう見ても収穫直後でございと言わんばかりに新鮮なやつ。 というか、胡瓜? ここは妖怪の山の麓の河、そして胡瓜、これらの符号が意味するものは…… 「にとり! お前だろっ」 「くく、バレちゃったかぁ」 ふと技術屋の河童の事を思い出して声をかけると、あっさりと出てきた。 水面が『捲られ』、その下には首だけ水から出した状態のにとりが。 ……だよなあ、胡瓜と言えば河童、河童と言えば胡瓜。そして僕にちょっかいかけてくる河童といえば、十中八九にとりだ。 ちなみに、噂によると河童の住処には地平線まで広がる胡瓜畑があるとかなんとか。いや、あくまで噂だけどな。 「どう? 私の会心作、光学迷彩・水面カモフラージュの巻は」 ひらひらとにとりが見せる布は、表面が水が流れているよう彩色されたものだった。……完璧、騙された。流石は水のエキスパート。初期バージョンの光学迷彩は、空中用で、一目で見破れるちゃちい代物だったが、今回のこれは余程注意深く見ないと気付かないぞ…… 「ふふん、どうやらびっくりしたみたいだね」 僕の驚いた様子が余程嬉しいのか、にとりはご満悦だった。……なんか悔しい。 だから、ちょっと反撃することにした。 「でも、使う場面ってあるか、それ? 河でしか使えないだろ」 「それなんだよねえ。同じ河童仲間には通用しないし、天狗様に使うのは後が怖い。守矢の参拝客に手を出すと山の神様がもっと怖い。……ぶっちゃけ、けっこう前に作ったんだけど、使うの初めてなんだよ」 やーれやれ、とにとりは肩をすくめる。 「なんかこう、もうちょっと役に立つもの作りゃいいのに」 この幻想郷において、河童は右に出る物なき――というか、唯一の技術者集団なのだが、なんかこう、微妙に役に立たないのだ。 天才肌が多いせいか、協調性がないため大掛かりな代物には向かないし、各人が好き勝手なものを作っているから量産なんてされない。 真面目に生活向上のための技術を開発すれば、そりゃすごいことができそうなのだけど。 「うん? 役には立ったじゃないか。こうして、今日良也を驚かすことが出来た。まあ、あまり使う機会がないから、お蔵入りは確かだけど」 「いやいや」 「さて、昼飯食べるんだろ? 丁度いいから一緒に食べよう」 あ、にとりもお昼なのね。 ……懐から、何十本も胡瓜が出てきたんだけど、それ食うの? いくらなんでも胡瓜だけは、とにとりに頼んで魚を取ってもらった。 ……いや、流石河童。水棲生物。潜って数秒で三匹も捕まえてやがんの。僕の一時間半はなんだったのか。……まあ、釣りは趣味も兼ねているし、気にしないでおこう。 「お、それもういいんじゃない?」 「……そうですね」 んで、当然のようにそれを焼く当番は僕。しかも、丸々太った美味そうな一本目は、これまた当然のようににとりの口へ。 その代わり、二匹食べていい権利を貰ったが、 「はっは、悪いねえ、握り飯まで分けてもらって」 「にとり。お前最初から僕にタカる気だったな?」 魚の見返りに、持ってきた三つのおむすびのうち、一つを譲る羽目になってしまったのだった。 「いやー、御飯炊くの面倒臭くてね。流石に河の中じゃ炊けないし、上がって火を熾すところからやってると、もう昼過ぎちゃうし」 「……いいけどさ。野菜も食えるし」 にとりの持ってた胡瓜を、カリッと齧る。……うむ、濃い味だ。味噌が欲しい。あと冷酒。 「どうかね? うちの畑の胡瓜は」 「んー、美味い」 「そりゃよかった」 そういや、どうして河童は胡瓜なんだろう……。どうでもいいか。 んで、おにぎり二個と焼き魚、胡瓜を三本ほど片付け、火の後始末。ヘタなことすると山火事になってしまうので、ちゃんとしないといけない。 まー、仮に火事になっても、妖怪だかどっかの巫女だかがさっさと消火するだろうから、大した被害にはならないだろうけど。 「ふんふーん」 と、にとりは食休みのつもりか、すぐに河には戻らず、足を河につけてぱしゃぱしゃやってた。 なにやら、懐からメモ帳らしきものを取り出し、見始める。 ……水の中にいたくせに、そのメモ帳は全然水を吸っていない様子だった。河童は、道具の防水に命を賭けているのである。流石水棲生物。 「なんだそれ?」 「発明のネタ帳かな。まー、便利そうなの思いついたら書き込んでんだよ。……さってっと、どれがいいかねえ」 ひょい、と覗いてみると、あまり綺麗とは言えない字で色んなアイデアが書き殴ってある。 えーと、水大砲(山をも砕く! とある)、全自動包丁(勝手に料理をしてくれるらしい。……包丁で?)、舞茄子異音発生装置(マイナスイオン……か?)、蝶ネクタイ型変声機(どこで元ネタを知った) 「……碌なのがねえ」 「あ、こら。私の秘密を覗くんじゃない」 ささ、と隠すにとりだが、そんなアイデアはパクんないから。 「で、どんなの作るんだ?」 「そうだねえ。あれかな、テレビってやつを再現してみたいかな」 「テレビ?」 「そう。守矢の神様のところで少しだけど電気使えるじゃない。あそこで少し見せてもらったんだけど、すごいもんだなあってさ。 んで、神様発案なんだけど、テレビを幻想郷に普及させようって壮大な計画があるんだ。今は特に作りたいのないし、その計画に乗っかろうかなってね」 ちなみに、東風谷んちのテレビは昔懐かしのブラウン管である。やたらデカいし、あんまり画質も良いとは言えないけど、逆にそっちの方が再現は簡単だろうな。 「へえ、いいな。幻想郷でもテレビが見れるようになれば、娯楽も増えるし。でも、電波が届くかな?」 ってか、受信できたとしても、すぐ地デジに移行するからなあ…… 「デンパ?」 「いや、テレビに映る映像って、こう、見えない波? みたいなので届いているんだよ」 ああ、とにとりが頷く。 「そういや、神様もそんなこと言っていたね」 「だから、受信できないと――」 「いや、写すやつも、自分たちで作るに決まっているだろう」 「そ、送信から……か? そりゃ、相当大変だと思うが」 アマチュア無線なんかとはわけが違うぞ…… 「ふふん、恐れ入ったかい。妖怪テレビさ。まあ、守矢神社以外にも電気を通すようにして、更にテレビを普及させるっつー……まあ何十年かかける計画だけどね」 「そりゃあ、実現したら恐れ入るな」 ……でも途中で飽きるんじゃなかろうか。守矢の……神奈子さん主導なら、もしかしたらうまくいくかもしれないけど。基本、こいつらは微妙に飽きっぽい。 「あんまり番組のネタは思いついていないんだけどね。神様から色んな番組の話聞いたんだけど」 へえ。でも、幻想郷ならではの番組を作った方が面白そうだけどな。 「そういや、お山の巫女は是非ロボットアニメを作りましょう、って息巻いていたよ。実は前々からコツコツ貯めこんでたネタがここにー、ってノートを見せられてさ」 「東風谷……」 あの子、どんどん駄目になっていくな。 「まあ、頑張ってくれ」 とりあえず激励する。応援するだけならタダだ。 「ああ、頑張るよ。……河童としては、水泳大会とか開きたいところだけどね」 オリンピックかなにかの話を吹きこまれたな? 確かに、スポーツは鉄板だろう。……ああ、そうか。弾幕ごっこの光景を中継すれば視聴率高いかもしれん。見るだけなら綺麗だしな。 ……しかし、水泳大会、水泳大会かあ。 「……ちなみに、ポロリはあるか?」 「は? なんだって?」 「いや……ポロリ」 地雷だとわかっているのに、どうして僕は踏み抜くんだろう。……いや、オトコノコのサガというもので。 そ、そう! テレビだってパソコンだって、エロパワーのお陰で広まったって、どっかの偉い人が言ってたしっ。幻想郷の妖怪テレビを少しでも普及させようという、僕の思いから生まれたナイスアイディーアというやつだからしてっ! という言い訳が脳裏に浮かんだが、流石にこんな長文、舌が回らない。パクパクと言い訳をしようと口を開閉させる。 「……ほほーう」 あ、意味分かってるんだ。にとり、なんかすんげえいい笑顔だ。 「いや、エロいね、人間。いやはや、破廉恥極まりない」 「……え、えーとですね。その、エロはパワーだからして、そういうのがあると、テレビもそのー、みんな見るよ? かぶりついて」 ごく弱気に提案してみた。 返事は水弾の嵐だった。 ……ボロボロになりながら、逃げ帰る僕の脳裏に浮かぶ考えは一つ。 とりあえず、里の男衆を扇動して、番組のリクエストを守矢神社に届けることにしよう。あわよくば採用してもらえるかもしれん | ||
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