「ふんふんー♪ 夜の鳥ぃ、夜の歌ぁー、人は暗夜に灯を消せぇ♪」

 里で菓子を売って、博麗神社に帰る途中。聞くからに上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。

 真下を見ると、案の定、夜雀の屋台。
 妖怪らしく営業日は店長の気紛れで変わるのだが、今日はやるのかね?

 もしやってるんだったら一杯やってくか、とちょいと覗いてみた。

「おいーっす、やってる?」
「んあ? あー、良也か。今準備中……だけど、もう終わるよ。呑んでく?」
「おう。そんじゃ、お邪魔しようかな」

 ほい、と出してくれた椅子に座り適当に品書きを見る。
 つっても、屋台は屋台。そんな種類が豊富なわけじゃない。……のだが、なんだ、微妙に品揃えが増えてるな。自家製漬物に焼きに野菜系が増えてる。

「ミスティア。最近メニュー増やした?」
「まぁね。私も長いことやってるから、たまには新メニューを追加しないとねー」

 確か、ミスティアの最初の目的は、鳥を食わせないようにするため八目鰻を流行らせようってことだったと思うのだが、いつの間にか商売にのめりこんでやがるな……。まあ、平和的でいいか。妖怪は時間だけは有り余っているんだから、是非味の追求をして欲しい。この前の冬から出し始めたおでんも美味いし。

「んじゃ、その漬物と日本酒……も微妙に種類増やしやがって。適当なやつ燗つけてくれ。それと八目鰻の串揚げ二本。あとピーマン焼き一本くれ。あー、おでんはー、大根と卵とこんにゃくな」
「あいよ」

 言うが早いか、ミスティアはテキパキと動き、沢庵を切ってまず出した。

 こりこりと強い歯ごたえと塩味が程良い。

「ん……なかなか」
「ふふーん、どうだい。里の漬物名人に教わったのさ」
「いや、マジで旨いよ。こりゃご飯か酒が欲しくなる」
「はいはい。っと、熱燗上がったよ。あとおでん」
「おう」

 徳利を受け取る。っと、あちち。

「おい、ちょい燗し過ぎ」
「ん、そうかな? ごめんごめん」

 ミスティアは鼻歌を歌いながら串揚げの準備をする。
 その間、僕は沢庵をぽりぽりしながら、一本空けた。んー、沢庵もいいし、このおでんの大根がね。また味が染みてて美味い。

「おーい、酒もう一本くれ」
「早いねえ。まあいいけどさ。――あ、こっちいっとく? 酒造のせがれが初めて自分だけで作ったっていう酒だけど」
「……あー、そういえば、あそこの息子さん独り立ちしたんだっけ。くれ」
「はいはい。これは冷やのほうがいいよ」

 何気に里での人脈も増えつつあるなこいつ、妖怪のくせに。

 硝子のコップに、ミスティアが手ずから酒を注いでくれる。香りを嗅いでから一口口に含んだ。

「どう?」
「んっく。あー、僕は好きだけど、若い人とか女の人向けの酒だな。どっちかっつーと」

 けっこう甘めで、多分度数も低い。これを呑みやすいと見るか酒らしくないと見るかは人によると思う。

「そかそか。私も美味いと思ったから置いてんだけどね。しばらく様子見かな。うちは女性客が多いし、流行ると思うけど」
「……ちなみに、その中で人間の割合は?」
「一割ってとこかな」

 少ない。予想はしてたけど。
 ここは、近隣の妖怪御用達の屋台だからなあ。ここで呑んでる時に人間にちょっかい出したりしないんだけど、それでも普段人食いで悪名高い妖怪もいるし、怖いのは怖いだろう。

「まあ、もう少しすれば何人か来ると思うよ」
「ふーん。僕の知ってる奴かもな」

 その手の連中は知り合いも多い。店主と差し向かいってのも悪くないけど、話し相手がいるのも悪くないな。少し粘ってみるか。

「じゃ、それまで私の歌でもどう?」
「あー、じゃあ適当に頼む」

 いつもいつもいつもいつも歌っているから、時々煩く感じることもあるが、基本的にミスティアは歌は上手いので、聞いてて心地いい。

「そんじゃ、あんたは外の世界の人間だから、外の世界風に」
「は――?」

 聞き返す暇もなく、ミスティアの歌が始まる。
 前奏をハミングで……って、おい、なんだこの熱いメロディーは。

「ガンガンガンガン――♪」
「待て待て待て待て待て!」

 慌てて止めた。そのまま古きよきゲッター的なロボの歌を歌わせてもいいのだが、まずはツッコミを。

「……もう、なによ」
「一体どこでそんな歌を知った」

 確かに昔の歌だが、幻想入りするにはまだ早い。まだまだ現役な歌だと思うのだが。

「そりゃ、この前お山の神社の巫女が、酔って大声で歌ってたのを覚えたんだけど? 不思議なメロディだから、きっと外の歌よね?」

 東風谷ァァーーーっっ!? なにやってんのお前!?

「中々いい曲だと思うし、なんで止めるのよ」
「いや、そうなんだけど……その、某著作権協会の管理してる歌をお店で流すってのは、なんか色々リスクが高いような」

 まさか幻想郷にまで著作権料の徴収に来るはずもあるまい。でも、あんまりやらないほうが良いと思うんだ、なにかと。

「意味がわかんない。私が歌を歌うのを止める権利なんて誰にもないわ」
「いやー、それが昨今厳しくてなあ」

 まあ、妖怪に著作権の何たるかが理解できるとも思えないが。というか、人間じゃないから外の法律なんて関係ないか? ……うん、間違いなく関係ないな。

「あいや、悪かった。存分に歌ってくれ。……っと、そうだ。外の曲と言えば、僕携帯音楽プレイヤー持ってるけど、聞いてみるか?」
「ぷれいやー?」
「ああ、なんだろ……。歌声も入ってる『凄いオルゴール』みたいなのだ」

 つまめるくらいの大きさのmp3プレイヤーを見せる。
 へえー、とミスティアが興味深そうに見る。

「ほれ、このイヤホンを耳に入れて……って、入れづらっ」

 ミスティアの特徴的な耳に、苦労してイヤホンを入れてやる。まあ、なんとか安定したのでスイッチオン。

「うわっ!? 本当に聞こえてきた!」
「どうだ?」
「んんー、え? なに?」

 感想を聞いてみたのだが、イヤホンを付けているから聞こえなかったらしい。
 音量を下げてみて再度聞いてみる。

「ふーん、音量も調整できるんだ。便利だねえ」
「こっちじゃバッテリー切れたら使えないけどな」
「別に使いたいわけじゃないけどよ。歌は聞くより自分で歌うほうが楽しいから。……んー、でも新しい曲を覚えるのはいいけどね」

 歌に聞き入りながらも、ちゃんと揚げ物は見ていたらしく、ミスティアが串揚げを掬い上げる。
 それを頬張り、酒を呑む。うーむ、相変わらずここの串揚げは酒に合う。

「ん、一曲目終わった。次の曲始まったけど、二曲目はいいや。また聞かせて」
「はいはい」

 くすぐったそうにイヤホンを抜き、ミスティアが歌い始める。
 それは、確かにプレイヤーにいれていたうちの一曲だった。

 普段は鳥頭の癖に、歌のこととなると記憶力いいな、オイ。

























「すみませーん、やってます?」

 ミスティアの現代の歌が終わり、僕が三杯目の酒を注文する頃。

 のれんを上げて、そんな声。

「やってるよー♪」

 ……だから、歌うように返事をするなよ。

「あ゛」

 やってきた人物が、隣に腰を降ろそうとして、変な声を上げる。
 ……っていうか、この声って、

「……東風谷」
「は、はは……こんにちは、先生」

 バツの悪そうな顔になった東風谷が挨拶をした。……え? あれ?

「一人か? 神奈子さんとか諏訪子は?」
「いや、その、なんと言いますか」
「お。お山の巫女か。最近常連だねえ」

 東風谷が言い淀んでいると、ミスティアが聞き捨てならないことを言った。……え? 常連?
 どういうことか聞こうと思っていると、東風谷は慌てて手を振って言い訳を始めた。

「そ、そのですねっ。ここのところ、神奈子様と諏訪子様は天狗のお偉い様とよく会合をしていてですね。私にはまだ早いって言われて留守番で。それで一人分の夕飯を作るのも面倒だしで、守矢神社の財政も最近は私のお小遣い程度ならなんとか捻出できますし……」
「……それでうらぶれたおっさんのごとく、一人屋台に呑みに来たのか」
「せ、先生だって一人で来ているじゃないですかっ」
「何を隠そう、僕はうらぶれたおっさんを目指している」

 適当なことを言った。

 しかし、東風谷がねえ。人は変われば変わるもんだ……未成年の飲酒は云々と文句を言っていたあの頃の東風谷はもういないんだなあ。

「で、座れば?」
「……はい」

 ちょこん、と僕の隣に座る東風谷。……いかん、若干いい匂いがした。

「なんにする?」
「……冷やを下さい。この前のあれ――名前なんでしたっけ? 若い酒造さんが作ったっていうやつ。あとはししとう焼きとしいたけと、おでんを適当に」
「はいよっ」

 ふんふーん、と鼻歌を歌いながら準備に掛かるミスティア。僕は思わずおおー、と声を上げていた。

「……なんですか先生。なにか私に文句でも?」
「いやいや、なかなか堂に入った注文だと思って」

 そして、そんな中でも、注文の品が野菜系ばかりなのは女の子っぽいというか。

「う、だからなんだっていうんですか」
「いや、別になんでもないって。ただ、あのすぐワイルドになってた東風谷がなあ、って感慨深いものが」
「わ、忘れてください、あの頃のことはっ」

 酒に慣れていなかった頃はすーぐ我を忘れて暴走していたものだった。
 最近は流石に加減がわかったのか、滅多に暴走することはない。たまにはある。

「はい、お待ちどう。焼きはちょっと待ってね」
「あ。ありがとうございます」

 酒とおでんを受け取り、東風谷が礼を言う。
 グラスを口に運ぼうとした東風谷に、僕は少し待ったをかけた。

「まぁま、折角会ったんだ。乾杯くらいしよう」
「はあ、構いませんけど」
「ほれ、乾杯」

 やや乱暴にコップ同士を重ねる。

 いやー、こうして東風谷とサシで呑めるとは。ちょっと違うかもしれないが、これは息子と酒を酌み交わすお父さん的な気持ちかもしれん。














「先生。なんで店主が某女児向けアニメの主題歌を歌ってるんですか?」
「……なんでかなー、先生知らないなー。幻想入りしたんじゃね?」

 ミスティアに聞かせる選曲をミスったかもしれない。東風谷のジトーとした視線から、僕は慌てて逃れるのだった。



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