紅魔館の大図書館。パチュリーの領域であるここは、えらい量の蔵書がある。

 たまに僕は思うのだが、この図書館を里の人達にも開放したら、幻想郷の文化レベルは相当上がるんじゃないだろうか? まあ、魔理沙みたいに借りパクするような人が多かったら大変だけど、まさかあそこまでアレな人間がそう何人もいるとは思えない。

 ……と、思っていた自分を僕ははっ倒したい。こんな危険な図書館を、一般人に開放できるかっ

「〜〜〜〜っっっ痛っだだだた!!」

 ぐぁ……我慢出来ない位痛い。
 恐る恐る痛みのもとである右手を見てみると……

 ふっ、見なかったことにしよう。地面に転がってる右腕は見えないふりをしたほうが精神衛生上良さそうだ。

「うわっ!? どうしたんですか、良也さん!? 腕千切れてるじゃないですか!?」

 あまりの事態に、どうしようと考えていると、騒ぎに気付いたのか、小悪魔さんがやって来て僕の状態を強制的に認識させる。
 ……痛い! 腕のこと意識するとスゲェ痛い! スゲェ痛いで済んでるのもちょいとあれですがっ。

「い、いや、そこの本開いたら、噛み千切られたんですよっ」

 脳内麻薬がドパドパ出ているのか、意外にも僕は普通に喋ることは出来ている。

「あー……このエリアは、こういう『生きている』本が置いてある場所ですからねえ。良也さんの位階じゃ、ちゃんと準備しないと読めないですか」
「それ……本当に本、なんですか?」

 本の形に擬態した妖怪かなんかじゃあ?

「禁書、魔書の類ですけどねー。一応、れっきとした本です。……で、大丈夫ですかそれ」

 こ、この人も悪魔なせいか、どっかズレてんな……大丈夫じゃないに決まっているだろう。とっさにあの本に本気の弾幕叩き込んで、喰われることは防いだけど。

 あ、この本、僕の弾幕で沈黙したかと思ったら、ぶちまけた僕の血を吸ってやがる。

「……も、死ぬ……」

 あー、概算だが、流れた血の量がヤバい。あまりの出来事に固まって、ボケッとしていた時間が長かったからな……
 意識を集中させて、蓬莱人特性の再生を開始。血が少しずつ止まり、これなら右腕拾ってくっつければなんとか、というところで、

「あれー? 良也……って、どうしたの良也!?」

 今度はフランドールまで来やがった。

「え、え? なに、なにがあったの?」
「あー、うん、そこの本が」

 ごくごく、と相変わらず地面に垂れた僕の血を貪欲に吸い上げる魔導書を顎でしゃくる。
 ……あー、血を吸われるのは癪だが、掃除の手間が省けるという意味ではよかったかもしれん。

 でも、それは僕の早とちりだったらしく、ぞわ、と背筋が粟立った。

「ふ、フランドール?」

 寒気を感じさせた元凶であるフランドールに、恐る恐る話しかける。フランドールは枯れ木のような羽を広げ、ちょっとイっちゃってる目で地面に落ちた本を睨みつけていた。なんか視線だけで物理的に壊しそうな勢いで! なんか髪の毛がざわざわしてるしっ!

 キレてる? キレてる?

「あ、妹様、おキレになられました」
「小悪魔さん!? なにさりげなく距離取ってんですか!?」

 最近はあんまり見ない、ブチギレたフランドールの側に怪我人の僕を残すってあんた!
 ぐ、しかし、僕も逃げ出そうにも、それをきっかけに暴れだしそうだ。

「ふ、フランドール? ど、どうしたんだ、なにを怒ってる?」

 聞きながら思った。もしかして僕を心配でもしてくれたかっ!? キれんのは迷惑だけど、それならちょっとうれしいかもー

「今日は……私が、良也の血を飲むつもりだったのに。こんな本のくせに、私の一番しぼりを――!」
「そこかよっ」

 怒ってるポイントが僕の期待と違ーう!? 『良也を傷つけて――!』的な台詞を期待した僕は馬鹿だったのか!?
 で、でも会話が出来る位のキレ方ってことは、まだ僕を巻き込まないだけの理性はあるはずっ。巻き添えで死ぬかと思ったけど、こりゃ助かっ――

「熱っ!?」

 なんかフランドールちゃんが炎の剣を構えましたよ!? って、待て、それを振り下ろしたら、地面に転がってる僕の右腕が!?

「待てフランドール! 僕の腕――」
「こんな本、消えちゃええええええぇぇぇぇぇっ!」

 ずん、と激しい振動と余波だけで思わず火傷しそうな熱気を撒き散らし、

 件の魔本は、僕の右腕と共に、完全無欠に焼失したのだった。
 無論、直撃を受けなかった他の本や本棚は無事だったが。パチュリーの奴、どんだけの防護をかけてんだか。



















「読みづらっ」

 あんなこともあったがせっかく図書館に来たので、と僕は適当な一冊を取ってきて読んでいた。しかし、腕一本なくしてしまうと、本を読むのも一苦労だ。

 あーあ、右腕が残ってれば、適当にくっつけて十分もじっとしてりゃ治ってたのに。丸々腕一本だと、また生えてくるのにけっこう時間掛かるんだよなあ。
 身体の欠損は、元の姿をリアルにイメージすれば治りは早くなる……というのが輝夜&妹紅の蓬莱コンビの言なのだが、どうもその辺は年季がモノを言うらしく、僕は苦手なのだ。

「あ」
「あら」

 ふと、本を書架に戻しに来たパチュリーと目が合う。
 そのお師匠様は、僕のなくなった右腕を見て、ふう、とこれみよがしにため息を付き、

「しかし、情けないわねえ」

 ……鮮やかにぶった切ってくれた。

「いきなりなんだ、パチュリー」
「いかに魔導書とは言え、本相手にこんな傷を許すなんて。私、ちょっと貴方に甘くし過ぎていたかしら?」
「甘くもなにも、ここ一年くらい放置されていた記憶しかない」

 一応師弟の間柄なのだけれど、ここ最近、僕の本当の師匠はここの本の数々だ。パチュリーは放任主義な師匠なのである。なにせ、自分の読書の時間>>>(越えられない壁)>>>弟子の成長なやつだから。

「そういえばそうだったかしら?」
「そうだよ」
「ま、あの本の閲覧くらい軽々こなせるよう、頑張って位階を上げなさい」
「そんなに簡単に上がったら苦労はしません」

 パチュリーは言いたいだけ言って去っていく。

 あー、しかし、くそ。テーブルに本を置いて、左手で捲るのは面倒くせえ! 

「はあ〜、今日はもうやめるか。……ん?」

 片手がないため、集中もできない。腰を回したりして固く凝った身体を解すと、ふと後ろの本棚の影から七色の水晶っぽい羽根が覗いているのを見つけた。
 ……はて?

「フランドール? なにしてんだ、そんなとこで」

 びくっ、と羽根が震えた。その羽根は慌てて全部隠れるが、遅いから。

 なんでいきなりかくれんぼなんだ? と疑問に思いつつ、立ち上がる。件の本棚に近付き、ひょいと覗いてみると、なんか気まずそうにしているフランドールがいた。

「よっ、なんで隠れてたんだ?」
「あの、うんと」

 フランドールは口を開きかけて言い淀む。

「ん?」
「その、ごめんなさい。良也の腕、吹っ飛ばしちゃって」

 ……やべえ、すげえ感動した。

 謝るという行為。成程、これは尊い。今まで僕に無体を働いてきた連中が、一言でも謝ってきたことがあったろうか? 口だけではない、心からの謝罪など、連中の口から聞いたことがない。

「え? なに?」
「よしよし、気にすんな。今回のは僕が油断したせいだ。フランドールは悪く無いから」

 と、思わず衝動にかられてフランドールの頭を撫でる。

「んー、やめてよ。恥ずかしいってば」

 口ではこう言いながら、別に嫌そうではない。実に普通に可愛い。

「良也、本当に気にしてない?」
「勿論だ。というか、今更これくらいで怒るわけないだろう」
「じゃあ、今度はお姉様が先に良也の血を飲む日だけど、こっそり私が先ね?」

 ……そ、そんなの姉妹で決めてやがんのか。

「ま……任せろ」

 返事に一瞬迷ったが、はっきり頷いた。

 やったぁ、と無邪気に喜ぶフランドール。

 うむ、暴走しがちだし、僕じゃなく僕の血が好きなんじゃねーの? という欠点はあるものの、フランドールはやはりいい子である。姉などとは比べるべくもない。はっ、あのおねーちゃんはきっと妹に優しさとか人情とか全部取られたんだ、そ〜に決まってる。

 敢えて言おう……妹より優れた姉など存在しねえっ! あ、でも古明地さんところは姉のほうがいいなあ。

「まあ、確かにレミリアなんかにやるくらいなら、フランドールのほうがマシか」

 ぐりぐりとフランドールの頭をそのまま撫でながら、思わず独り言を呟いた。

 と、そこへ、

「毎度思うのだけど……貴方のそれって、私がいることをわかってて言ってる悪口なの? もしそうなら、ちょっと念入りに苦しめようと思うんだけど」
「あ、お姉様」

 背後から聞こえた声に、僕の身体は硬直する。
 だらだらと冷や汗が流れ、どーしたもんだと思考は空回り。

「よ、よう、レミリア。な、なんでここに?」
「貴方が負傷したって聞いてね。聞けばフランのせいで腕がなくなったそうじゃない。姉として謝罪の一つもしようと思って来たの。まあ、腕なんかまた生えてくるイモリみたいな人間にする必要はないと思うけど」

 いや、そんなんだったら、別にしてくれなくてもいい。というかしないでくれと思わんでもない。
 あー、でも、咲夜さんを伴っていない辺り、もしや割と本気で謝るつもりだったのかな?

「折角謝りに来た相手に、いきなり陰口なんてね。私『なんか』とは言ってくれるじゃない」
「いや、誤解をするな。悪口なんかじゃない。単なる事実だ。えーと、まずは胸に手を当てて、普段の僕への行いを省みてくれ」
「嫌よ。私に反省するべきことなんてあるはずないじゃない」
「即答しやがったこいつ!?」

 あるだろ、たくさん。

「ふう。まあ、今回は見逃してあげる。普段なら、抑えつけて血を吸ってやるところだけど」
「……そりゃどうも」

 よかった。正直、血が足りないので、今レミリアに吸血されたらそのままおっ死ぬところだった。

「しかし、本ごときにやられるなんて、軟弱者ね」
「パチュリーと同じことを……」

 流石親友同士。僕に対する容赦の無さなんかそっくりだ。

「良也、良也」
「ん? なんだ、フランドール」

 僕が呆れていると、フランドールが袖をぐいぐいと引っ張ってきた。

「一緒に本読もう」
「あー、はいはい」

 どうせ、もう自分の本は読む気にならない。魔法の勉強は、また今度だ。
 ならば、フランドールと一緒に、軽い絵本が小説でも読むのも悪くない。

 ……あ、そういえば、

「レミリアはどうする?」
「え、私?」

 なんか踵を返そうとしていたレミリアに水を向けてみる。
 じー、とフランドールも物欲しそうな目で姉を見ていた。

 レミリアは少し葛藤した後、

「……そうね。一緒に読みましょうか、フラン。パチェにいい本を見繕ってもらいましょう」
「うんっ」

 おおー、麗しき姉妹愛。
 さて、パチュリー。この姉妹の素敵な時間を演出する良書を選んでくれよ?











 んで、そんなパチュリーの紹介した本は、またしても読者を喰おうとする生きた本だった。最初に開いた僕は、またしても襲われて肩に噛み跡が付いてしまった。

 ……まあ、スカーレット姉妹は二人仲良くその本をシバいて楽しそうだったので、そういう意味ではこの選択は間違いじゃなかったんだろうが。ぜってーわざとだ、あの師匠め。



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