依姫さんからよくわからない依頼を受けた僕は、先に走っていったレイセンを慌てて追いかける。

「あれ? ええと、良也さん? こちらは、月の都の方なのですが」
「いや、依姫さんから付いて行けってお願いされて……なんか、豊姫さん? のところに行けとかなんとか。レイセンも行くんだろ? 付いて行っていい?」
「はあ。依姫様のお言葉とあらば否応もないですけど」

 はて、と首を傾げるレイセン。依姫さんの依頼だというのに、疑問を持っているのだろう。
 しっかし、ここで僕が嘘を付いて、月の都にまんまと案内させようとしていると考え無いあたり、信用されているのか、それとも彼女が無邪気(オブラートに包んだ表現)なのか。

 ……後者かな。と、イマイチ自分が信用されるとは思えない僕は結論付けた。

「先に綿月のお屋敷に寄りますけど、それでもいいですか?」
「ん? いや、構わないけど……。依姫さんたちの家に? なんで」
「私の任務は、地上の八意様に月の侵入者達のことを報告するために手紙を書くことです。その後、豊姫様に合流するんです」

 手紙……ねえ。

「聞くところによると、月の兎同士って離れてても喋るそうじゃないか。永琳さんとこの鈴仙と、そうやって話しちゃダメなの?」

 そっちの方が早いし、合理的な気がする。

「いや、その。私たちの交信はそこまで便利じゃありません。他の兎に漏れるかもしれませんし、秘密の話にはまるで向かないかと」
「そーゆーもんか」

 そういえば、鈴仙も言っていたっけ。

 やがて、そうこう話しているうちに大きな屋敷が見えてきた。
 幻想郷でも、大物妖怪は自分の屋敷を構えているが、それと比べても見劣りしない大きさだ。
 風格は……こっちの方が格調高い感じかな? そいや、月の文明は地上より遥かに進んでるって、どこかで聞いた事ある気がする。
 ……まあ、その分、地上の屋敷の方が寛げそうな印象だけど。

 感想は、そんなもんだった。

「ここって、月の都?」
「はい。正確には、その端っこです。警護部隊の駐屯地でもありますし、なるべく境界の近くに建てられていますので」
「ふーん……」

 下の博麗神社みたいなもんか。

 門に近付くと、門の扉が勝手に横にスライドしていき……って、思い切り自動ドアじゃん。

「おおう……見た目は古いけど、凄い」
「ふふん、当たり前です」

 胸を張って言うレイセンに、そうだな、と返す。

 んで、屋敷の入口に近付くと……ふと門の前に門番が立っているのを見つけた。
 ……ええと……あれ? お、男!?

「なんだ、レイセン。地上の民が攻め入ってきたと聞くが、逃げ帰ってきたのか? 今更兎が逃げても責められはしないだろうが、飯抜きにされても知らんぞ」
「違いますー。依姫様から、特別に任務を頂いたんですから!」

 門番の一人が、レイセンをからかうように話しかけ、レイセンが口を尖らせて返す。
 うむむ……本当に男だ。珍しい。異変で会った人が男だったことって、今まであったっけか。

 ……つーか、幻想郷の強い奴の男女比がおかしいだけか? いや、それにしては月の警備隊というのも依姫さん+女の兎っ子たちばかりだったし。

「それで、そっちの男は誰だ」

 あ、やっぱりスルーしてもらえなかった。

「ええと……僕、その、噂の地上の民なんですが」
「なに?」

 門番の人の目が鋭いものになる。う……失敗したか? しかし、ここで嘘を付くとバレたときが怖い。

「レイセン、お前まさか、地上の民に脅されて……」
「違いますって。この人は、地上の民の中でも、こっち寄りの方です。依姫様から、なにか依頼を受けたらしく、私と一緒にいるんです」
「だとすると、裏切り者か? 信用できたものじゃないだろう」

 う、裏切り者かあ。いや、まるっきり違うとは言わないが、色々反論したいなあ。

「穢れは……ふん、ない? お前、元々月人か?」
「な、なんのことですか。それに、穢れはあるって、永琳さんは言ってましたけど」
「永琳さん?」
「八意様のことらしいです」

 なっ、と門番さんが絶句する。
 ……あれ? 永琳さんって有名人?

「とーにーかーくー、通してくださいって」
「い、いや、しかしだな」
「貴方のせいで任務が達成できなかったって、依姫様に言いつけますよ!」

 レイセンの訴えに、ぐぬっ、と門番さんは口を噤み、しばし悩んだ後に道を開けてくれた。

「……通れ」
「ど、どうも」

 レイセンは一足早く屋敷に入る。
 それを追おうと駆け足になりかけると、門番さんが小さい声で僕に話しかけた。

「もし、レイセンに危害を加えようものなら……綿月邸警備兵百八名が全て敵に回ると思え」
「……誓って、そんなことはしません」

 レイセン、けっこう人気あるんだな。多分、小動物的に。
































 ここで待っていて下さい、とレイセンに言い含められ、居間らしき場所で腰掛ける。

 レイセンはというと、依姫さんの部屋で、永琳さんへの手紙を書いてくるらしい。
 ……どーも、手持ち無沙汰だ。レイセンも良いって言っていたので、テーブルの菓子鉢に盛られた桃を一個手に取り、皮を剥く。

 手が果汁でベタベタになるが、床には一滴も落とさないよう気をつけて食べる。
 瑞々しい味わい。外の世界の桃も、ここまで芳醇な味はしないだろう。単純に美味い。

 うーむ……輝夜が土産として持って来いと言ったのもわかる気がする。
 果肉を一気に食べ終わり、口の中で種を味がなくなってもしつこくコロコロしていると、レイセンが帰ってきた。

「お待たせしました」
「ああ。別に……ん、待ってないよ。種、どこに捨てればいいかな」
「あ、じゃあここに」

 と、ゴミ箱(か?)を持ってくるレイセン。……形状はゴミ箱だけど、なんか穴の底が見えないんだけど。
 訝しみながら種を捨てる。底が見えないのは伊達ではなかったらしく、ひゅー、と消えていった。

「なあ、これってどこにつながっているんだ?」
「え? さあ。ゴミ箱ですから」

 ゴミ箱だから、とか言われても……。まあしかし、聞いても仕方ないか。僕だって、普段使ってるテレビやパソコンがどういう原理で動いているかなんて気にしたことないし。そーゆーレベルのものなんだろう。

「それじゃ、豊姫様に合流しましょう」
「豊姫さんねえ。どういう人?」

 歩きながら、聞いてみる。

「お優しい人ですよ。依姫様の訓練の合間に差し入れを持ってきてくださったり、面白いお話を聞かせてくださったり」
「へえ」
「それに、初めてこのお屋敷に来た時に、とりなしてくださったのも豊姫様で……」

 ふんふん、と頷きながら、屋敷を出る。

 その際、門番さんに愛想笑いで挨拶をしたが、門番さんは、先程の言葉を忘れるなよ、とばかりに睨んできた。……うう、なんもしないっつーの。

「少し急ぎましょう。手紙を書くのに、思わぬ時間を取りましたし」
「ああ、はいはい」

 とことこと小走りになるレイセン。……うーん。

「飛んでいけば?」
「都とその近郊は、許可無く飛行するのは禁じられているんです。ぶつかったりしたら危ないですから」
「……そうなんだ」

 と、いうことは飛べる連中は多いんだろうか。
 なんというか、断片的な情報だけでも、月の都が幻想郷よりずっと進んでいるということがわかる。
 外の世界と比べるとどうだろう……比較すること自体無意味な気がするが、それでもレイセンが地上と月を行き来していた以上、宇宙とかそこら辺の技術はこっちが上なような。

 ふと興味にかられて、道すがらレイセンに月のことについて色々と尋ねてみた。

「ふーん、目に合わせて文字が大きくなる本に、無限に収納出来るタンスねえ」
「ええ、便利ですよ」
「そりゃ便利そうだけど……」

 月で使われている道具について聞くと、なんともはや、外の世界でも実現されていないようなもののオンパレードだった。
 実際に使ってみたいところだけど、流石にそんな機会はないだろうなあ、と少し残念になる。

 さらに重ねて別の質問をしようと口を開くと、

「あ、あれ?」

 いつの間にか、隣を走っていたレイセンがいなくなっていた。

「お、おい、レイセン?」

 周りに声をかけても、返事はない。
 空を飛ぶのは禁止されている、と聞いていたが、少し悩んで真上に飛ぶ。上から眺めても、レイセンの姿はどこにも見当たらなかった。

「うーん」

 着地して、唸る。
 いきなり月の見知らぬ場所に一人で放り出されたため、少なからず心細い。

 豊姫さんとやらを探そうにも、どこにいるのやら。レイセンの向かっていた方に行けばいいのか? しかし、誰かに会えたとしてもそれが豊姫さんかどうかわかんないしなあ。

 悩んで悩んで、もういっそのこと霊夢たちのいたところに帰ろうか、でも帰り道微妙に覚えてないし、と考えていたところで、ふと隣に気配が現れた。

「あれ?」
「あらあら。こんにちは。貴方が良也?」

 と、いきなり隣に現れた女性は、柔らかい笑顔を浮かべながら尋ねてきた。

「はあ、そうですけど……どちら様?」
「私が綿月豊姫です。はじめまして」
「は、はじめまして」

 うむん? 目的の人物に会えたのは僥倖だけど、展開が急すぎて頭が付いていかないぞ。ていうか、レイセンは?
 そんな僕の疑問を察したのか、豊姫さんが説明をしてくれた。

「ここは、私の海と山を繋ぐ力によって別の場所と繋がっているの。レイセンはそっちに飛んだのだけど……貴方は妙な力を持っているわね? そのせいで飛ばなかったみたい」
「……ワープゾーンみたいなものですか」
「そうそう」

 わかるとは思えない喩えだったけど、あっさりと頷く豊姫さん。

「それで、レイセンから聞いたけど、八意様からの手紙があるそうね?」
「ああ、はい。これです」

 封筒だけで中身の入っていない手紙を渡す。
 ふぅん、と豊姫さんは受け取り、封……依姫さんが押し直した量子印に手を触れる。

 依姫さんの時と同じように量子印は空中に解け、数字……今回は、2と別の色の1だ……を表示した後、文章を形作った。

「なるほどねえ」
「あのー、手紙にはなんてあったんですか? 僕は全く聞いていないんですが」
「ええ。そんな大したことではないわ。八意様の策が少々。貴方に協力してもらうように、とありました」

 と、豊姫さんはなんか僕的にはすごく嫌なことをあっけらかんと言う。

「……人を勝手に作戦に巻き込まないで欲しいんですが」
「とは言ってもね。他に適当な人材がいないのよ。あ、ホント大したことじゃないから、気にしないで?」

 と、豊姫さんが言うが、それなら僕以外の誰かに頼んでほしいものだ。

「しかし、貴方が逆に八雲紫に利用されていたら、ちょっと厄介だったかもね」
「……スキマ?」
「そう、あの隙間妖怪」

 豊姫さんが憂鬱そうになる。

「月と行き来できる地上の者、ということで割と有名よ。今回の貴方達の月侵略をお膳立てしたのもあの妖怪」
「それはまあ、なんとなくわかります」

 途中から無理矢理付いてきた魔理沙は知らないかも知れないが、僕を初めとして霊夢もレミリアも、裏であのスキマの暗躍があったことなど百も承知である。レミリアはんなことは気にしておらず、霊夢はいつものごとくなにも考えていないのだろう。僕はというと……成り行き?

「貴方のその力は、穢れを能力の範囲の外に出さないそうだから、月の都での隠密には最適よ。貴方が利用されると、私たちは後手に回ってしまってたかもね」
「……はあ。あのスキマに利用されるのは真っ平御免ですが」
「それはありがたいわ。まあ、私の傍にいれば、利用なんてさせないけど」

 しかし、穢れ穢れと、何度も聞くが相変わらずさっぱりわからん。

「月の都を囲んでいる論理的な結界は無意味、とあるしね……どういう能力かしら。地上の人間が手に入れる力にしては、随分と珍しいけど」
「……えーと」

 『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力です。とは、名前的に恥ずかしくて言えない。というか、そろそろ別の名前を自称してもいいんじゃなかろうか。

「恥ずかしい? まあ、引き篭もりだしね」
「手紙に書いてあったんじゃないですかっ」

 抗議しても、からかう笑みを浮かべる豊姫さんはまるで動じていない。

「ていうか、スキマって今どこに」
「貴方達を囮に、既に月の都へ侵入中。賢者の海を越えたところね。ふふ……まんまと罠にかかるところよ」
「……罠にかかるスキマというのが想像できないんですが」
「あら、そう? 月の罠をたかが妖怪が突破できるとは思えないけど、貴方はそうじゃないと思っているのね」

 ふむ、と豊姫さんが悩む。

「おっと。遅れてしまうわね。申し訳ないけど、貴方の能力を解いてくださる?」

 ……まあいいけど。
 僕は言われたとおり意識的に自分の周囲に展開された能力を解き……次の瞬間には、辺りの景色が一変していた。

「へ?」

 周りは竹林。
 ざわざわと、風によって葉がたなびく音と、狼っぽい獣の遠吠え、そしてなにより頭上には明るく映える満月。

 ワープゾーン。そんなことを確かに言っていたが、急に切り替わったこの景色は……

「ま、迷いの竹林……か?」

 半月をかけて到着した月までの道程が、一瞬で無になった瞬間だった。

「あら? 何故項垂れているの?」
「放っといてください」

 ああ……あんなに頑張ったのにぃ。



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