予期せぬ再会。以前、博麗神社に行き倒れていたという兎さんはなんと月の人だった。 ……うん、普通はびっくりするところだけど、もう『そうだったんだー』としか思えねえ。 「よくわかりましたね。あの時の私は、地上の兎に変装してたんですけど」 「……いや、耳しか違いがないじゃん」 付け耳や仮面を装備しただけで正体がバレないのは、漫画の世界だけである。変装、と言うには実に陳腐だった。 「あーっと、なんで月の人の君が地上に来てたの?」 「そ、それはまあ色々……。あ、その節はお世話になりました」 ぺこり、と頭を下げる兎。うーむ、礼儀正しい。 いや、倒れているところを介抱してお礼を言われた。それだけの話なのだが、なんか新鮮だ。 「おーい、霊夢ー!」 「ん? なに、良也さん」 霊夢を呼ぶ。元々は、この兎さんを最初に助けたのはあいつだ。 しかし、霊夢は、僕が隣にいる彼女をくいくい、と指さしても首を傾げるだけ。もしかしなくても、まるで覚えていないらしい。 「はは……ごめんねー。あいつ、あんまり興味ないこと覚えないから……」 「いえ。やはり私の変装が効いているんでしょう。貴方は鋭いみたいですね」 むしろなんか胸を張っている兎だけど……それはない。 「ん? レイセン、貴方、そこの彼と知り合いなの?」 と、咲夜さんを撃破して一旦部下である兎たちの元に戻ってきた依姫さんが尋ねる。 「はい、依姫様。私が以前地上に降りたときにお世話になった人でして」 「ふーん。まあ、彼は前のレイセンとも知り合いらしいしね」 ……前のレイセン? ん? 「えーと、君、レイセンっていうの?」 今明かされる驚愕の本名だ。もしかして、月の兎って『レイセン』という名前が多いんだろうか。 「はあ、そうですが。私、依姫様と豊姫様に拾っていただいて、この名前を頂いたのです。昔、同じ名前の方がいらっしゃったとは聞いていましたけど、その人と知り合いなんですね」 それでか。前のペットと同じ名前をつける……まあ、地上でも割とよくあることな気がする。 いや、レイセンや鈴仙をペットと同列にする依姫さんのセンスはよくわからんが。 「あ、依姫さん。その『前の鈴仙』からの手紙です。サルベージしてきました」 「ありがとう。……濡れているわね」 「はは……それはまあ、仕方ないってことで」 しかし、くちゃくちゃにはなっていない。封筒がどうも水を弾くように出来ているらしい。中身が無事であることを祈る。 「あら、八意様の量子印が」 「量子印? ああ、そういや永琳さん、そんなこと言ってたっけ……」 なんか細工してたな、そういえば。 「八意様とも知り合いなのね」 「二日酔いの薬で世話になっています」 なにそれ、と依姫さんは少し笑う。 あー、なんかいい。向こうの吸血鬼を筆頭とする地上組より、こっちのが安らぐ。 「あ、良也。アンタ、私たちを裏切って月に付くつもり?」 そんな僕をレミリアが目ざとく追求してくる。……鋭いな、オイ。 しかし、僕はどっちにも味方するつもりはない。蝙蝠野郎と言われようとも、中立の立場を貫く。だって、争いごとに巻き込まれたくないもの。 ……僕程度の力がどっちに行ったところで、勝敗が変わるわけはないのだから放っておいて欲しい。 と、困った顔をすると、レミリアは『ふん』と鼻を鳴らして、僕を無視した。 そんな些事にかまっている暇ない、というところか。見ると、魔理沙がアップを済ませたのか、不敵な笑みを浮かべている。 「さってと、次は私の番だ」 スペルカードを取り出し、やる気満々といった風情の魔理沙。 「ふぅ、地上の民はやはり野蛮ですね」 「へっ、そう褒めるな」 いやいや、褒めてない。なんで本気で照れくさそうにしてんだお前。 「いっくぜ!」 依姫さんが兎たちを巻き込まないよう空中に逃れると、直ぐ様魔理沙は星型の弾幕を放ち、自分も空に舞い上がった。 そして、弾幕ごっこ第二戦が始まった。 空中で繰り広げられる、魔理沙と依姫さんの弾幕ごっこは圧巻だった。 「おりゃ、スターダストレヴァリエ!」 月の暗い空を、花火のような弾幕が彩る。そんじょそこらの花火大会なんか霞むような勢いだ。空が一分に弾幕が九分か。そんな勢い。 これが、全部魔理沙が放った弾幕だというのだから、あの娘の魔力は底が知れない。 「って、オイオイ」 んが、依姫さんはなんか当たり前のように回避していた。危なげなど欠片もなく、そこらを散歩するような優雅な足取り(いや、飛んでるのだが)で弾幕の隙間を縫って移動している。 反撃は……しないのだろうか、出来ないのだろうか。攻勢に移る気配はない。 「魔理沙、遊ばれているわね」 「そうね。ふぅん、この分だと、早めに準備していたほうがいいか」 霊夢とレミリアが、呑気に寸評を加えている。 ……そっかー、魔理沙、遊ばれてんのかー。僕なんかじゃ戦況も判断できないが、あの二人が言うんだからそうなんだろう。 「……なあ、レイセン。月でも、こういう遊びって流行ってんの?」 こういう戦いが初めてとは思えない依姫さんの奮闘っぷりなんだが。 「え? いやまさか。侵入者に備えて訓練はしていますけど、こんな派手な戦いは……」 「だよねえ」 こんなのを日常的にやるなんて、幻想郷だけだよなあ。 「……貴方も、本気を出したらあれくらい出来るんですか」 「ムリムリ」 レイセンが、ちょっと怯えた様子で聞いてくるが、僕は即座に手を振った。 あんなステータスの上限値をツールで弄ったかのような魔女と一緒にしないで欲しい。 「……まあ、あっちの巫女は同じくらい出来るだろうけど」 「そうなんだ」 僕と同じく、レイセンと顔見知りである霊夢を指差す。 霊夢は、魔理沙ほど派手じゃないんだけど、なんとなーく避けにくい弾幕なんだよなあ。ちなみに、この感想は僕じゃなく色んな妖怪の感想だ。僕だと、あの二人の弾幕はどっちも『無理ゲー』の一言で差などわからないので。 「イベントホライズンッ」 魔理沙の弾幕が、次の段階に移った。 星型の弾幕が、今までとは異なる軌道を描き、その突然の変化に対応しきれなかった依姫さんは逃げ場をなくして…… 刀一本で、周囲の全ての弾幕を一瞬で切り払った。 「……なんだ、あの人」 どこの達人だ。いや、普通の達人は真下や真後ろや真上を斬ったり出来ねえよ。あの剣捌きは妖夢といい勝負だぞ……。いやまあ、こちらも僕からすれば『なんか達人以上っぽい』くらいで、二人の腕の違いなど分からないのだけど。 「流石依姫様ね」 「地上の民も不甲斐ない! あんなの、私たちでも勝てるわ」 「そうよそうよ」 月の兎たちが、上司の活躍にきゃいきゃい騒いでいる。 気が大きくなったのか、調子のいいことを言っているけど、これはアレだ。妖精がすぐ調子に乗るのと同じ臭いがする。だって、彼女たち、銃の分を除けば多分僕より弱いし。 上の弾幕の凄まじさを見て、若干引いているレイセンは、この中だとかなり冷静な方だろう。 「天津甕星よ」 「げっ」 あ、とうとう依姫さんが攻撃に入った。 なんか刀がきんきんらきんに光って……なんか、魔理沙が弾き飛ばされた。なにやった、今。 「はっ」 しかし、魔理沙もさるもの。弾かれながら、矢のような鋭い弾を数本撃ち、それ以上の追撃を防いだ。 「魔理沙ー、そろそろ変わってやろうか?」 「へっ、冗談!」 レミリアがからかうように下から声をかけるが、魔理沙はなんか熱血漫画の主人公みたいな格好いい笑顔を浮かべて断った。 「さってと、ここまでは様子見。ここからが本気だぜ」 「そう。それは楽しみね」 けっこう本気だったくせに。 しかし、依姫さんは魔理沙の言葉を嘘じゃないと思ったらしく、刀を構えて次の攻撃に備えた。 そして、魔理沙はミニ八卦炉を取り出す。更にスペルカードを数枚。 「はっ、今回は出し惜しみなしだ。ここんとこ、異変じゃあずっと霊夢と良也にいいとこ取られてたしな」 「僕がいついいところを取った!?」 魔力を高めながら聞き捨てならないことを言い始めた上空の魔理沙に、全力でツッコミを入れる。 というか、僕が異変でいい目にあったことなんてあったか!? テメェの目は節穴かっ! 「ん? だってお前、なんだかんだつって、異変のど真ん中に突っ込んでたじゃん」 「成り行きだし、僕が望んだことじゃないわっ! ていうか、それがいい目ってどういうこと!?」 んなことはどうでもいいんだよっ、と魔理沙が僕の悲痛な叫びを一言で切って捨てた。 そして、八卦炉を腰だめに両手で構える。 「たまには私にもいいところをよこせ! つーわけで、魔砲!」 げぇ! アレは、前、魔法防御はこれでもかと施してあるパチュリーの図書館を半壊させた、魔理沙版マダ○テこと…… 「『ファイナルゥゥ! スッパァァァァァァアアアァーーーック!』」 月の地形を変える気か、あの馬鹿ァァァ!? 「依姫様!」 隣のレイセンが声を上げる。流石の月の兎たちも、あまりの威力に悲鳴を上げていた。 まるでかめはめ波のようなポーズから、いつものマスタースパークの数倍の大きさの光の束が依姫さんに向かう。 「石凝姥神よっ。八咫鏡の霊威をここにっ」 依姫さんも、先程までの余裕はない。慌てた様子で、神様の名前を呼ぶ。 依姫さんの後ろに現れた女性のビジョンが、鏡を構えて魔理沙のファイナルスパークを迎える。 凶悪な威力のファイナルスパークに対していかにも頼りなさ気な鏡の盾だったが、意外にもその鏡は見事魔理沙の攻撃を受け止めた。 「くぅ!」 「はははっ! どうだどうだ!」 でも、そこまでだ。次々と濁流のように押し寄せる威力に、依姫さんは顔を顰める。 うわ……あれ、押し切られたら依姫さん死なないか? 魔理沙のことだから、なんとなく生き残るようになってる気がするが……でも、正直あれは洒落にならんぞ。 しかし、割って入ることなど出来るはずもない。焦りながら見守っていると、依姫さんは更に言葉を重ねた。 「石凝姥神!」 声をかけると、女性神は真正面に構えていた鏡を傾けた。 すると、ファイナルスパークはその直線の運動を僅かに曲げ、空に向けて突き進んでいく。 「むっ!」 魔理沙が、なにか意地になったのか、『折れるな曲がるな真っ直ぐイケ!』とばかりに更にスパークに威力を込める。 しかし、依姫さんの言葉によると、あの鏡は八咫鏡。所謂、三種の神器の一つなわけで、さしもの魔理沙のファイナルスパークも、分が悪いようだった。軌道を曲げられたまま、一向に依姫さんにダメージを与えられない。 しばらくそのままの状態が続くが、やがて魔理沙の魔力が尽きると、光線も止んだ。 「っだぁああ! 負けた!」 全魔力を放出しきって、魔理沙が僅かに残った力で地上に緩やかに落下していく。 悔しそうに、空中で地団駄を踏もうとしていた。 「なかなかでしたよ。本当は、あの攻撃をそのまま貴方に反射してあげるつもりだったのですが」 「ちぇ、余裕だな」 依姫さんからかけられた言葉に、魔理沙は『完敗だ、完敗!』と手を上げた。 潔い。流石は主人公気質の女。サバサバしているもんだった。 依姫さんは、乱れた髪を手櫛で梳きながら、再び兎たちのもとに戻ってくる。 「お疲れ様です」 「ええ、少し疲れたわ。地上の民も、意外と手強いのね」 ふぅ、と一つ息を付く依姫さんだけど、そうは言っても、幻想郷でも指折りの実力者である咲夜さんと魔理沙を続けて相手して、ここまで有効打の一つも許していない。 相当に力の差があるような気がする。 とか思っていたら、レミリアが一歩前に出て声を張り上げた。 「依姫、とか言ったわね! 少し休憩時間を上げるわ」 「私は今すぐでも大丈夫だけど?」 「ふん、次やるのは私なんだから、負けた時の言い訳が出来ないよう、万全の調子にしなさい。十五分ほどやるわ」 うわー、なんつー自信満々っぷり。お前だって、あの二人とやりあって無傷でやりすごすのは至難の業だろうに。 しかも、十五分とかセコいし。堪え性のないやつだから、それ以上待てないだけだろうが。 「……大丈夫だというのに。まいったわね、このままだと意外と時間を食ってしまう」 依姫さんの方は、一方的に休憩にして、自分は日傘の下でのんびりくつろいでいるレミリアに問答無用で襲いかかる気はないらしい。この辺、やっぱりこっちの陣営の方が理性的っぽいなあ。 「仕方ないわね、レイセン」 「え!? わ、私がやるんですか! わ、私にはとてもとても……」 「なにを言っているの? 貴方に一つ、頼みたいことがあるだけなのだけど」 「へ?」 依姫さんは、レイセンの耳元に口を寄せ、何事かを囁く。 レイセンはみるみる緊張した顔になり、最後に『は、はひっ! 了解しました!』と裏返った声を出しながら敬礼した。 ……なんだろう、秘密任務か何かだろうか。 「さて、それじゃあ休憩がてら、前のレイセンの手紙を読ませてもらうわね」 「はあ」 ぱたぱたと駆けていく『今のレイセン』を見送りながら、依姫さんが封筒を開けるのを見る。 永琳さんの施した封に依姫さんが手を触れると、封は空中に解け、『1』という数字を宙に描く。 「私が最初、みたいね」 こ、こういう仕組みか。僕、信用されてねえー。 ……とか思っていたら、その空中の『1』の文字が更に解け、今度は文章を形作った。 僕の知るどの言葉でもないそれを依姫さんは神妙に読み、少し考えこむ。 「良也」 「はい?」 「レイセンを追ってもらえるかしら? そして、あの子と一緒にいてあげて」 い、いきなりだなあ、また。 「……永琳さんが、なにか?」 既に消えてしまっているが、さっきの永琳さんの封が変化した文章に、なにか書いてあったのだろうか。 「ええ。八意様が策を授けて下さったの。……策、というのかしらね、これは」 「はあ?」 「いや、私ごときの知恵で八意様の深謀遠慮を測るのは愚かなことか。とにかく、貴方はレイセン……そして私の姉である豊姫の傍にいて欲しい。お姉様にはこれを」 と、鈴仙の手紙の中身を取り出し、封筒だけを僕に渡す。……と、またしてもさっきと同じような封が施されていた。 「あれ?」 「再利用型よ。まあ、再利用できるのは私たち姉妹だけですが」 「……よくわからないですが」 「わからなくて結構。それで、お願いできるかしら」 うーむ。別に僕としては構わないのだが、ここでホイホイ言うことを聞くと、レミリアの不興を買いそうだなあ。 「もし、言うことを聞いてくれるのなら、月の良いお酒をお土産に進呈するわ」 「引き受けましょう」 あ゛、勝手に口が動いていた。 「そう、じゃあお願いね」 「……了解」 ……この報酬のことも、永琳さんの手紙にあったんだろうか。我ながら単純すぎる。 でも、酒は魅力的だ。ついでに、月の食べ物とかも貰えたら嬉しいなあ。 割と欲望に忠実な僕は、レミリアにも後で分けてやろう、そして許してもらおう、と画策しつつ、レイセンを追いかけるのだった。 | ||
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