さて、どうしたものか……と、周りを地面から生えた刃に取り囲まれつつ、僕は悩んだ。

 ……いや、考えるまでもない。争いごとなど勘弁だ。面白くなってきた、という顔をしている魔理沙や、どーでもよさそうに傍観している霊夢とは違って、戦いとなったら九分九厘僕は死ぬ。

「あーっと、依姫、さん?」
「……なんでしょう」
「えっと、実はー、ですね。地上で、鈴仙から手紙を預かっているんですが」

 喋るだけで喉元に突きつけられている刃が喉仏を破りそうで、若干声が震えてしまった。

「……レイセン? 玉兎の?」
「玉兎? いや、よくは知らないけど、地上に逃げてきたって言うウサ耳で……」
「そういえば、八意様のところにお世話になっているとか……。貴方はレイセンの友人?」
「あー、まあそんなところです」

 ……セクハラ野郎として認識されていることは敢えて伏せておく。大体アレは鈴仙の誤解だしね!

「ふむ……しかし、貴方達が月への侵入者ということに変わりはない。手紙とやらはもらってもいいけど、早々に出ていってもらうわ」
「あ、そうですか」

 しかし、今手紙は海の底なんだよねえ。

 ふい、とそれきり依姫さんは霊夢に向き直った。

「それにしても、住吉様を呼び出したというからどれほどのものと思えば……祇園様の力を借りるまでもなかったか」
「ふん、祇園様ね」

 そういえば、あの二人が大人しく捕まったままって……もしかして、逃げ出せない状況なのか?
 依姫さんが刀を地面に突き立てると出現したこの刃だが……普通の刃物じゃない? そういえば、なんとなーく凄い霊力が篭っているような。

「ハハハ! なに捕まっているのさ。良也だけならともかく、アンタたちまでらしくもない」

 と、そこで快活な笑い声が聞こえてきた。
 ……確かめるまでもない。

「……誰ならともかくだって?」
「お前ならともかく、さ。特に霊夢。以前私と引き分けたくせに、情けないねえ」

 取り囲む刃に気をつけつつ首を向けてみると、案の定、月の探検に出かけていたレミリアが咲夜さんを伴って帰ってきていた。

 しかし、引き分けた……? 紅霧異変のことなら、レミリアがコテンパンにノされたと伝え聞くが。

「なっ、貴方達には玉兎たちが向かったはず。あの子達は!?」
「ふふん、私に歯向かってタダで済むとでも? 皆殺しさ」

 ……嘘だな。
 殺す殺すとよく嘯いているレミリアだが、基本的にあんまり殺生はしない。何故ならば、殺される恐怖は一瞬のこと。相手をビビらせたり屈服させるのが大好きな性格なので、実際に殺したりはしないのだ。
 ちなみに、殺しても生き返る僕の場合はその限りではない。残念なことに。

「下手な脅しを。この月で殺生をしたら、どうしようもない穢れが発生しているはず。貴方達には、地上の民相応の穢れしか無い」
「……チッ」

 レミリアが舌打ちして、後ろの草むらを見る。
 ガサガサ、と音がして、そこからうさぎ耳のついたホッカムリを付けた連中が十人弱程顔を見せた。

「私を捕まえようとしたらしいけど、ちょっと構えただけで逃げちゃってねえ。うちの門番でも、もう少し気概はあるもんだが」
「はあ……圧倒的に実戦不足……」

 顔に手を当てて、依姫さんは嘆く。
 ……いやまあ、正しい判断をしたと思うよ? 本当に捕まえに行ってたら、殺されはしないまでも痛めつけられていただろうし。

「ね!」

 依姫さんは、素早く手をレミリアたちの方に向ける。
 あ、ヤバッ。

「時よ」

 依姫さんの手のひらに集まる力に背筋が冷たくなった直後、ピタリ、と周りのすべてのものが静止した。

「……咲夜さん」
「やれやれ、月の民も意外と野蛮ですね」
「いや、それはこっちが言っちゃ駄目な台詞だと思う」

 客観的に見て、悪者は侵入したこっちじゃん?

「あらま、それは心外。私もお嬢様も、生粋の平和主義者ですわ」
「どの口が」
「本当よ。お嬢様は、ちゃんと自分を畏れ敬うものには寛大だもの」
「それは断じて平和主義じゃない!」

 ツッコミを入れるも、咲夜さんはどこ吹く風で、ととと、と依姫さんの背後に回り、羽交い締めにする。
 次の瞬間、周囲に音が戻った。

「なっ!? いつの間に!」
「貴方、前口上もなしに喧嘩っ早いのね」

 幻想郷の住人が言ってはいけない台詞を咲夜さんが言う。
 次いで、ひょい、と地面に突き立てられた刀を、足で引き抜いてくれた。周りに生えていた刃はそれでなくなり、なんとか一息つける。

 あー、身動き取れなかったせいで肩凝った。

「……ふん」

 依姫さんは、最初こそ驚いていたものの、すぐに落ち着きを取り戻して口を開いた。

「そういえば聞いていなかったわ。貴方達の目的はなに?」

 も、目的?

「そりゃあれだ。月のお宝を手に入れに来たんだ」
「暇つぶしじゃなかったっけ」
「月に来ること自体が目的なんじゃなかったか。後、魔理沙。お前は自重しろ」

 魔理沙、霊夢、僕の順でそれぞれの目的を語る。……魔理沙は、んなことを企んでいたのか。しかし、幻想郷の常識はここでは通じないと思うぞ。借りパクが通じるとも思えな……いや、幻想郷でも通じていないけど。

 しかし、月旅行の主催者はレミリアだ。魔理沙や霊夢の目的はさて置いて、アイツの目的は月に来ることだったような……

「クックック」

 ……しかし、なしてレミリアはあんな不敵な笑い方をしているのか。

「ハァーッハッハ。目的? 私の目的は決まっているさ。お前にも聞かせてやろう」

 高笑いは馬鹿っぽいぞー。
 しかし、そんな月に来ることが目的だったんだからそんな勿体ぶるようなこと……

「私の目的は、この月を私の支配下に置くことさっ」
「ちょっと待てっ!」

 自信たっぷりに言い切られて、僕は思わず『ちょっと待った』コールをする。

「……なんだ、良也。私の話を途中で切るなんて、殺されたいのかい」
「いやいやいや。そんな目的聞いていないから」
「そういえば、話してなかったか。ふっ、まあいい。そういうことだから」
「そういうことだから、じゃなくてなっ!」

 更に文句を重ねようとすると、レミリアが僕の方に指を向けて、鋭い弾を放ってきた。
 紅弾は僕の頬を掠め、後ろに飛んでいく。

「よかったねえ。私は今機嫌がいいんだ。一度は警告しといてやろう」

 うわーい、滅茶苦茶マジじゃん。
 しかし、過去あのスキマすら攻めあぐねたという月の都に、この人数で攻め入るのは無茶を通り越して無謀でしかない。その辺、わかっているんだかわかっていないんだか、。

 ちなみに、僕以外の人間三人は、

「そうだったのか。おい、霊夢。スペカは何枚持ってきてる?」
「まあ、そこそこよ。でも、私は面倒だからパス。魔理沙は乗ってやるの?」
「ふっ、月の都の宝物庫を全部分捕るのは、なかなかに魅力的だ」
「お嬢様ったら」

 ……こんな調子である。
 頼むから、どこかに僕の味方はいないものか。

「……八意様の手紙にあったとおりね。増長した幼い妖怪が月にやって来る、と」
「誰が幼いって!?」

 大人しく聞いていた依姫さんが、小さく呟くと、レミリアは大きく反応する。
 そして、すぐに目を剥くことになった。依姫さんの両手から、真紅の炎が沸き立ったのだ。

「きゃっ」

 その手を拘束していた咲夜さんはすぐに離れて難を逃れる。

「ちょっと咲夜。そんなチンケな火が出た位で離しちゃ駄目じゃない」
「……無茶な」

 吸血鬼と違って人間は火に炙られたら火傷するんですー。あのメイドが人間かどうかについてはいささか議論が必要だが。ちなみに、僕としては非人間に一票を投じたい。

「貴方の目は節穴? これは小さくても愛宕様の火。地上には、もうこれほど熱い火は殆ど無いでしょう?」
「愛宕様の火、ねえ」

 依姫さんの言葉に、霊夢が興味深そうに反応する。

「さっきの祇園様の力といい、要するにあんたも私と同じ……」
「そう。神々をこの身に降ろして、その力を借りることができる」

 パクりか。
 いや、この場合霊夢の話ね? まあ、元々神降ろしの術はスキマに習ったとか言う話だから、パクりでも全然驚かないが。

「だから、神々の力を使って月に来られちゃ迷惑なのよ。私が謀反を企んでいるって疑われるし。来るならもうちょっと別の方法でお願いしたいところね。どちらにせよ追い返すけど」
「知らないわよそんなの。私は稽古をさせられただけだし。そういうのは紫に言って頂戴」

 ……いや、お前も生活が便利になるってノリノリだったじゃん。

「ふむ、八雲紫ね。まあ、そっちはお姉様に任せるとして」

 スキマの奴、月にまで名前を知られているのか……。間違いなく、悪名だと思うけど。

 今頃はなに企んでいるんだろうなあ、と遠く地球のスキマに思いを馳せていると、依姫さんは地面に転がっていた刀を取り上げ、

「私への疑いは、今日晴れる」

 再び、地面に突き刺……す、直前、咲夜さんの能力が発動し、時間が止まる。
 咲夜さんはつい、と数歩その場から離れ、すぐに時間は進み始めた。

「ふっ」
「ははは!」

 時間が戻ったのと、刀が地面に突き刺さるのと、魔理沙が笑いながら箒で真上にかっ飛んでいくのがほぼ同時だった。

 ……結果、先程と同じように周りを刃に取り囲まれたのは、霊夢とレミリアだけになる。
 僕? なんでか、僕の方は刃が来ていない。

 と、依姫さんがこっちに歩いてきた。

「貴方」
「あ、土樹良也です」
「そう。良也、察するに、貴方は特に月をどうこうしようとは思っていないのでしょう。大人しくしているなら、地上に返してあげます」

 え?

「ほ、本当に?」
「こちらとしても、その方が余程楽なので」

 わーい、わーい。と、喜んでおけばいいのだろうか。

「よォ、レミリア! アイツは私がやるぜ! 中々面白そうだ」
「ちょっと! あいつと最初に戦うのは、うちの咲夜よ!」

 ……なんか物騒な会話を魔理沙とレミリアがしているが、気にしない方がいいだろう。

「じゃあ、ジャンケンだ、ジャンケン」
「ふっ、望むところ」

 じゃーんけーん、と掛け声が聞こえる。
 霊夢は我関せず、咲夜さんはレミリアの決定に従うだけだろう。依姫さんは……刀を構えたまま、どうしたものかと悩んでいる様子。

「……あー、うちの連中は、弾幕ごっこつってですね。割と、決闘とかを遊び半分にやる悪癖が」
「ふむ……まあ、私としては好都合と言えば好都合ですが。全員で掛かられて負ける気はないですが、骨は折れますので」
「連中はけっこう厄介ですんで、気をつけて。僕は……巻き添えを避けるついでに、海の底に沈んだ手紙を取ってきます」

 数回のあいこを経て、レミリアが勝利したらしい。咲夜さんに、依姫さんを倒すよう命令している。
 ……マズイ。依姫さんの近くであるここは、すぐナイフで埋まる。

「あらあら、手紙を水に漬けるなんて、大した使者殿ね」
「使者とかそんな大層な……ってじゃあ僕は逃げますのでこれにてぎゃー!!」

 咲夜さんが空中にナイフを一本放ると、分身したように数百のナイフの群れが出現する。
 その切っ先が全て依姫さん――ひいては、その近くにいる僕――に向いたのを見て、僕は慌てて、海の方に走るのだった。

 ……腕に、一本掠めた。




















 まあ、さっき何度かサルベージもしていたので、自分の部屋にあった荷物がどこらへんに沈んでいるかは把握している。
 二、三度潜るだけで、鈴仙の手紙を入れていた自分の机を発見した。幸いなことに、なんとか原形を保っている。

「もが」

 構造が歪んだのか、少し硬くなった引き出しを無理矢理引っ張り、中身を取り出して水面へ。

 ……流石に、手紙が濡れているのは仕方がない。

「……ぷぅ」

 ずぶ濡れの手紙を持って、海の上に飛んだ。
 んで、恐る恐る砂浜の方に目を向けてみると……咲夜さんと依姫さんの弾幕ごっこは、佳境に入っているようだった。

 空中で、依姫さんを上下左右、全てを取り囲むように展開されたナイフが一斉に襲いかかり……依姫さんを貫く直前、その全てが霧散する。
 次いで、霧が寄り集まって再びナイフを形作る。……但し、その切っ先は咲夜さんに向かっていた。

「おー」

 感心しながら、砂浜に向かう。
 地上で見物モードの連中に混じって、見ることにした。何故か、霊夢たちに加えて、月の兎達も加わってきゃあきゃあ騒いでいる。月には娯楽が少ないんだろうか。

「よ、っと」
「火雷神よっ!」

 僕が砂浜に着地すると、上空で依姫さんの鋭い声が響いた。
 雨が降り、雷が咲夜さんを襲う。

 咲夜さんは時間を止めて対抗するが……

「あ」
「ははは……参ったわね」

 他の連中は時間が止まっているため認識できないが、僕だけは動けるので見ることが出来た。

 周り全部がナイフと雷で、逃げ道が塞がれている。

「咲夜さん、そこからは?」
「強引に……なんとか出来なくもないけど、次が続かないわね」

 降参、と咲夜さんは呟いて、防御の姿勢を固めて時間停止を解く。

 時間が動き始めると、直ぐ様依姫さんの攻撃が咲夜さんに直撃した。咲夜さんは地面に落下し……普通なら死んでいるところだけど、けほっ、と焦げ臭い息を吐いて、レミリアに苦笑してみせた。

「負けてしまいました」

 依姫さんはというと、追撃するでもなく、決着はついたと刀を収めている。

「……つえー」
「ふふん、そうでしょう」

 驚いて声を漏らすと、近くで聞いていた月の兎さんが自慢げに胸を張った。
 ……いや、君はなんもしてないだろうに。

「……あれ?」
「え、な、なに?」

 ふと、そこで違和感を感じて、その兎さんを見る。
 兎さんは、目線を逸らして手で顔を隠……って、ああっ!

「君、前に博麗神社に来てた謎の兎の人!」
「う……」

 観念して手をどけたその顔は……間違いなく、月旅行の話が持ち上がった辺りに博麗神社で介抱されていた、うさうさ娘だった。



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