今日は、博麗神社で宴会をやるということで、僕は人里に買い出しに出ていた。
 食べ物も飲み物も、基本的に参加者が適当に持ってくるため、たいした量は必要ではないが……連中が持ってくる分に見合う程度のものは、僕も用意しないといけない。

「はあ、帰って、食器出して、料理して……」

 里からの帰り道。
 たっぷりと食材の詰まったリュックと右の手提げ、そして一升の徳利を五本ほど左手にぶら下げている。

 がちゃがちゃと、徳利が音を立てるのがうっとおしい。

「……もう一品くらい増やすか?」

 眼下に広がる森を見て、山菜とか取っていこうか、と考える。
 宴会が始まるまで、時間的には余裕があるし、それに大荷物を持っているため少し疲れた。

 休憩がてら、食べられる野草とか探してみるのもいいだろう、と思い、僕は地面へと向かう。

 着地すると、ずん、と持っていた荷物の重さが、一気に身体に襲いかかってきた。

「あー、重……」

 どさ、とリュックと手提げを地面に落とし、徳利を慎重に置く。
 徳利から伸びるの紐を持っていた左手には、紐の痕がくっきり残っていた。ちょっとひりひりする……が、まあすぐ治るだろう。

「さて、と」

 荷物を持って固まった身体を解しながら、周りを見渡す。
 あるある、食べられる草とかが大量に。こーゆーのの見分けも、随分効くようになってきた。流石に、生態系という言葉に真っ向から喧嘩を売っている魔法の森のは、手も足も出ないけど。

 適当に食べられるやつを集める。ポケットに入れてあったビニール袋にひょいひょいひょい、と。

 途中からなんか楽しくなってきて、鼻歌まで歌いながら集める。山菜は灰汁抜きが面倒だから、天ぷらにでもするかー、とか料理のプランを頭で考える。

 そんな風に集中していたせいかも知れない。周りへの警戒が疎かになっていることに、僕は『それ』に遭遇して初めて気付いた。

「……へ?」

 草むらをかき分けて見ると……目の前の地面に小さいなにかが無数に蠢いていることに気がついた。
 なんだろう、とよくよく見てみると……虫だった。様々な種類の蟲が、所狭しとみっちり集まって――って!?

「うぎゃあぁぁ!!?」

 あまりの気持ち悪さに、僕は一気に後ろに飛び退いた。

 って、なにあれ、なにあれ!? なんで蟲があんなに集まってんだよ! 僕、蟲系駄目なんだよ、気持ち悪いから! 特にゴキブリとカメムシは僕の苦手なものトップテンに入る。

「ん? 人間?」
「げ」

 ひょこ、と蟲たちの向こうから現れたのは、蟲の触覚と羽を生やした少女。中性的な雰囲気から少年っぽくも見えるが、今までの経験からして多分女だ。
 えーと、確か前会ったことあるな。宴会でも、たまに見かける。……リグル、だっけ?

「よ、よう。こんにちは」
「こんにちは――って、人間がこんなところまで来るの珍しいね。生憎、私の蟲のお知らせサービスは随分前に廃業になったよ」

 蟲のお知らせって……ああ、一時期里で話題になってたっけ? なんでも、蟲がモーニングコールをしてくれたりするとか。……どう考えても、その商売には構造的欠陥があると思うが。

「い、いや。ちょっと山菜を取ってただけで。んじゃ、僕はこれで……」
「まあまあ、待ってよ」

 ビクリ、と背が震える。
 ちなみに、彼女は妖怪である。そして、妖怪の中ではどっちかっつーと弱い方である。そして、そんな妖怪の傾向として……

「見たところ、殺虫剤は持っていないみたいね」
「……今まさに、持って来るべきだと後悔しているところ」
「私も、私の蟲たちも、今お腹空かせてるから。良ければ食べさせて――」

 皆まで聞く前に、僕は空へと飛んでいた。
 荷物を回収する暇はない! ええい、蟲によってたかって喰われるのなんて、真っ平御免である。それならまだルーミアとかに頭から喰われた方がマシだ。なにせ、あっちは曲がりなりにも外見は可愛い女の子である。

 いや、勿論どっちも御免であることは間違いないが、どちらかを選べって言われたらね?

「待てー!」
「誰が待つか!」

 追いかけてきたリグルが放った妖弾を紙一重で躱しながら、僕は逃げる逃げる逃げる!
 ええい、里にも神社にも、微妙に遠いな! 都合よく知り合いが通りかかってくれればいいんだが、それも難しそうだ。

「くっそ! やってやらぁ!」

 スペルカードを取り出して、リグルと正面から向き合う。
 やる、とは言っても、退治までする必要はない。多少怯ませて逃げられればいいのだから。

「やるの? じゃあ、行くよ!」
「火符『サラマンデルフレア』!」
「灯符『ファイヤフライフェノメノン』」

 こちらがスペルカードを発動するのに合わせ、向こうも出してきた。

 そうして――唐突に遭遇した蟲の妖怪との弾幕勝負が始まった。
























「うおおおおーー!」

 一枚目のスペルカードを凌ぎきった。リグルが次のスペルカードを取り出そうとした隙に、僕は反転して逃げ出した。
 ええい、やっぱり妖怪は基本強い! 一枚目は退けたけど、あんなの相手にするのはリスクが高すぎる!

「あ、こら待て!」
「誰が待つか!」

 意表をついて少し距離を稼いだので、飛んでくる妖弾もまばらだ。適当に上下左右に動きながら逃げることで、的は絞らせない。
 更に、周りの時間を加速して、倍速で逃げる逃げる逃げる! 時々後ろに向けて牽制の弾幕を撃ちながら逃げる。

 ……よし、だいぶ引き離した。後ろを見ても、もうリグルは小さな点程度にしか見えな、

「きゃあ!」
「ぎゃっ!?」

 後ろを向いていたせいで、前方への注意がおろそかだった。
 いきなり、『なにか』にぶち当たり……視界が、いきなり暗転する。

「は、は?」

 真っ暗闇で、なんにも見えない。いきなり夜になったかのような暗がり……って、まさかぁ!?

「いったいなあ、もう……。って、あれ? なにか美味しそうな匂い……」

 すんすん、と鼻を利かせる音がして、ぐ、と左腕が有り得ないほどの膂力で掴まれた。
 腕を握っている手は、小さな女の子程度の大きさなのに、骨まで砕けそうな力だ。

「よ、よう、ルーミア」

 僕は若干顔を引き攣らせながら、ルーミアがいるとおぼしき方向に話しかける。
 ……そう、この暗闇は、ルーミアの能力だ。こいつ、昼間は眩しいからって、自分の力を使って周りを真っ暗にしているのだ。

「ん? あれ、なんだっけ、あれ? えーと……そう、飛んでる人だ」
「……それだけですか」

 霊夢や魔理沙は、紅白や白黒で覚えているくせに! 僕も、そろそろ服装で特徴を出すべきか――しかし、連中の格好は外だと完璧コスプレなんだよなあ……とかなんとか、のんびり考えている暇じゃねえ!

「ちょっ!? 離せ!」
「駄目駄目。私は今、腹ペコなんだから。ちょっと齧らせて?」
「だああぁ!!」

 いくら離れようともがいてもビクともしねえ! おかしいよ、妖怪! 全然筋肉ないくせに、どうしてこんな握力強いんだ!

「くっそ!」

 しかし、ルーミアはよく襲われるから、対処法は心得ている。
 慌てながらも、空いている右手でポケットをまさぐって――

「光符!」
「あ!」

 何度も喰らっているためか、とっさにルーミアは僕の手を離す。多分、自分の目を覆ったのだろう。暗くて見えないが。
 しかし、眩しくなくてもそこは闇の妖怪。光が当たると、別に目に入らなくてもなんか弱体化するのだ、こいつ。

 というわけで、喰らえ!

「『スタンライト』!」

 ぼすん、と間抜けな音が響いて、手に持っていたスペルカードから込めていた霊力が抜ける気配がする。

 ……はて?

 ルーミアの闇から逃れて、右手に握ったカードを見る……これ氷符じゃん。宣言ミスったせいで、無駄にしちった。
 光符は……って、そういえば今切らしてたっけ?

「んー? 眩しいのは来ないの?」
「は、はは……さあ?」

 こそこそと、逃げる準備をする。
 しかしルーミアはニヤリと笑って――暗闇に包まれて相変わらず姿は見えないが確信を持って言える――のんびりとした声を上げた。

「そっかー。それじゃあ、今日こそ頭から食べられそう」
「ぼ、僕なんか喰っても不味いぞー。ほら、食べるんだったら、その辺の猪とかさあ」
「獣肉は調理しないと食べにくいの。人間は、生でも美味しい」

 調理しろよ! 頼むから!

 くっ、しかし、今にも襲いかかってきそうな嫌な気配! じりじりじり、と一触即発の空気が辺りに流れる。
 こ、これは先に動いたほうがヤラれる! そんな空気だ。

「あっ! 発見! 大人しく、私に食べられろー」
「だぁ!」

 り、リグルを忘れてた!
 追いついてきた触覚持ちが、弾幕を放ってくる。

「いただきまーす」
「ええい、こっちもか!」

 飛び掛ってきた黒い球体から逃れるように大きく飛ぶ。
 しかし、マズイ。妖怪二人相手は無理ゲーの匂いが、

「なによ、あんた。あれは私が先に目をつけたのよ」
「えー? 早い者勝ちでしょ」
「早い者は私」
「私だってー」

 あ、しめた。リグルとルーミアが、なにやら揉めてる。
 片方は闇を纏っているせいでルーミアの方が黒い球体にしか見えないところがシュールだが……この隙に、逃げよう。

 そろそろそろ、と二人から距離を取る。……よしよし、気付いていない。流石は妖怪、単細胞である。
 このまま逃げ切れるか、とちょっとだけ心の緊張を解いた、その瞬間!

「うらめしやー!」
「だあああ!?」

 いきなり下から大声を上げられ、メチャクチャびっくりした!?

 って、なんだなんだなんだ!?

「やったやった。今日は成功! いつもこんな風に驚かせられたらいいなー」

 下を見ると、まず見えたのは紫色。んで、その紫にはなにやら間抜けな顔が書かれていて、

「小傘かよ!」
「やっほー。良也だっけ? 久し振り。今回は私の勝ちよ」
「勝ちとか負けとかどうでもいいから――って、は!?」

 騒いでいると、さっき逃れたはずの二人がこっちを見てる。そろそろ日も傾いて来たため、ルーミアも闇を解除していた。
 ……え、えーと?

「わかったわよ。じゃあ、早い者勝ちの恨みっこなしね?」
「いいよー」

 リグルとルーミアが、なにやら同意に達していた!
 んで、二人は同時にスペルカードを取り出した。

 たらり、と背筋に嫌な汗が流れる。

「きょ、今日は厄日か!?」

 助けてお雛さーん!

「うらめしや?」
「それはもういい!」

 可愛らしく小首をかしげながら言う小傘を無視して、僕は反転して逃げに入った。

「……だああーーーー! 誰かタスケテー!」

 そして、僕は、食うか食われるか(……いや、僕は喰わない)のデッドヒートを演じることになった。


















 ちなみに、撃墜される寸前(本当に寸前。つーかまさに撃墜されて落下中に)、まるで計ったようなタイミングで現れた魔理沙に救われた。
 礼を言う僕に、魔理沙はカラカラと笑って、

「はっはっは。気にしなくてもいいぜ。私はさっきそこで、誰かが置いてった酒と食料を手に入れて気分が良いんだ」

 ……それ、僕のだ!



前へ 戻る? 次へ