弾幕を、紙一重で躱す。

 視線の先には、小悪魔さん。図書館でのこの模擬戦も、もはや恒例行事となりつつある。
 ……いや、絶対嫌なんだけど、時々ね。させられるんだよね。

 魔法の実践の確認と……あとは魔法使いたるもの自分の知識は自分で守り、新たな知識は自分の力で分捕ってこないといけないだとかなんとか。
 別に僕は誰かに秘密にするほど大層な研究はしていないし、パチュリーの提供してくれる本だけで一生かかっても理解出来ないほどなんだけど、それでも、らしい。

「くっそ!」

 一瞬、集中し、限界まで小さく絞った自分の世界の中の時間を早くする。そして、迫ってきた弾幕を紙一重で避けた。

 時間操作は、僕の能力の応用の中でも、一番くらいに疲れる使い方だ。
 二倍速で体感で連続三分、三倍だと三十秒も使えば精神的に疲労困憊になる。

 だけど、効果は絶大だ。考えてもみて欲しい。百メートルを九秒で走るアスリートも、二倍速の目で見れば百メートル十八秒以下の速度。
 弾幕だって半分の速度になれば、だいぶ躱しやすくなる――まあ、問題は、だ。

「…………」

 しばらく、要所要所で二倍速を使いつつ粘っていると……小悪魔さんがスペルカードを繰り出してきた。

 瞬間、視界が弾に覆われる。

「ふっ」

 僕は諦めの笑みを浮かべた。この密度、いくら時間が引き伸ばされても持つはずがない。
 なんて言えばいいんだろうなー。ほら、子供の投げるゆるいドッジボールの玉でも、四方八方から投げられたら避け切れないじゃない? そんな感じ。

 そりゃ、避けられる隙間はあるんだろうけど、その隙間を縫って生き残るなんて無理。反撃なんてもっと無理。

 それでも、なるべく痛い目には遭いたくなくて、スペルカードの効果時間を切り抜けられたらいいなー、と弾幕の薄いところに移動して――

 体感では、二分近くは持ったんじゃないかな、と思う。





























「今日は新記録だったな」

 少しの満足感と、身体の痛みへの大いなる不満を抱えつつ、僕は模擬戦を見守っていたパチュリーに言う。

「駄目ね」
「駄目っすか」

 このやりとりも何度目だろう。小悪魔さんと模擬戦をするたびに言われてるからー、えっと、数えたくないってのは確か。
 あ、パチュリーの後ろの小悪魔さんに視線でフォローを求めると苦笑された。……あの人も駄目って思ってるのね。

「当たり前よ。貴方が長い時間持つようになっているのは、単に小悪魔の弾幕に慣れてきているからでしょ」
「……あー」

 STGで何度もコンテニューしてボスキャラに挑むようなものだろうか。うん、弾幕ごっこの見た目からしてまさにその表現が正しい。まあ、自機がさっぱり弾を撃つ余裕が無いところを除けば、だけどな! はっはっは……はあ。
 なんでシューティングの自機って、あんな無茶な機動をしながら何事もないように弾連打できるのかねえ。ゲームと分かっていても、理不尽さを感じるぞ。これは、アレだ。スポーツ漫画で、そのスポーツをしてたらリアルさが感じられなくて微妙、って感じだ。シューティングでそんな気持ちになるのは僕か軍隊の戦闘機乗りの人くらいのもんだろうけど。

「……なあ、パチュリー。なんか弾幕を躱すコツみたいなのってないのか?」

 どうにも、このままじゃ上達なんて見えない気がする。というか、そもそも弾の数が一定以上の数になったら、どう頑張ろうと頭がパンクして避けきれなくなるのだ。
 これは、根本的に脳みその処理能力の問題な気がする。人間には絶対無理だ。

「コツねえ。人によって頼りにするものは違うでしょうけど……私の場合は、全部の弾の軌道を見切って躱すわ」
「……あの、それ僕がたった今、絶対無理だって思った方法なんですけど」

 ええい、これだから種族:魔女は!

「なにも弾幕一個一個の全部をトレースしているわけじゃないわ。これは速い弾、これは曲がる弾、って具合に弾をパターン分けして……口で説明するのも面倒ね。
 ま、なんにしろ、ランダム性の強い弾幕は苦手だから、私のやり方はオススメしないわよ?」
「じゃあ、どんなのがオススメなんだ……」
「同じ人間ってことで、霊夢や魔理沙を参考に……」
「できるかっ!」

 そうよねえ、とパチュリーは分かっていたように言う。

 っていうかな。
 むしろ弾の方が避けて行っているんじゃないかって具合の巫女と、勘と運の良さと度胸とパワーで避けるんじゃなくて『突破』してる普通の魔法使いを引き合いに出すな。

「なんかこう、もっとお手軽で絶対に躱せる! ってのないかい?」
「ちょっとは自分で考えなさいな。丁度いいわね。それ、課題ってことで」

 冷たく突き放したパチュリーは、それで話はおしまいとばかりに自分のテーブルに戻って本を広げた。
 ……あれは、突き放したんじゃなくて、本の続きが気になっただけだな、うん。

「あ、良也さん。ところで、傷は平気ですか?」
「ええ。大丈夫ですよ。小悪魔さんも手加減してくれたんでしょ?」

 パチュリーが行ってから、小悪魔さんが気遣うように言葉をかけてくれた。
 平気だということをアピールすると、ほっとしたようにする。

 ……あー、冷たい師匠と違って、小悪魔さんはいい人だ。ちゃんと怪我しない、気絶して墜落したりしない程度に威力絞ってくれるし。
 稀に喘息の調子が良い時に、パチュリーが小悪魔さんの代わりを務めることもあるんだが、手加減なんてしちゃくれないんだよなあ。

「よかった。じゃあ、私お茶でも淹れてきますね。紅茶でいいですか?」
「うーん、今日は珈琲をお願いします。濃い奴を」
「はい」

 一礼して去っていく小悪魔さん。その後姿になんとなく癒されつつ、僕は自分の席として誂えられた机に戻る。

 パチュリーのように本がうず高く積み上がっている、整理整頓という言葉を忘れたような惨状にはなっていない。二、三冊の読解中の本と辞書と、後は僕お手製の六冊目となる魔導書(大学ノート税込百円)と筆記用具だけだ。

 僕は椅子に座って、目を瞑る。
 魔法使いの基本的な修練方法の一つである瞑想の要領で、意識を深く自分の中に埋めていく。

 考え事をするときには、これが結構使えるのだ。コツさえ掴めば普通の人にも出来る……というか、ぶっちゃけ一つのことに集中するだけってだけなんだけどね。

 さてはて、それにしても、弾幕を躱す方法ねえ。

 確かに、そろそろ妖怪に襲われては弾幕を食らって、死んだり墜落死したり巻き添えで死んだり喰い殺されそうになったり消滅させられたりというパターンから脱却したいところだ。
 いや、そろそろというか、今までずっと思っていたんだけど。

 ……考えるに僕は弾幕ごっこ事態から逃げることを考えるあまり、弾の回避に関してあまり真剣に考えていなかったかもしれない。ここで一つ考えてみてもいいだろう。

 だけど、どう考えても、素で弾幕を避けきるというのは無理だ。少なくとも一朝一夕には。
 と、すると、どれだけ小癪な手を考えられるかなんだが……うーむ。

 思いつかん!
 大体、弾をばらまくってシンプルな戦術なもんだから、対処法なんて中々出てこないよ!

「避ける、より防ぐ」

 発想の転換だ。

 小悪魔さんとの模擬戦では使わなかった……というより、博麗神社に置きっぱだが、僕には草薙の剣(レプリカ)がある。あれで全ての弾幕を切り払うことは無理でも、危ない時の盾位にはなる。

 後は結界でも作る……は、却下。基本、結界って場所固定だし、弾幕喰らい続けて耐えるような結界なんて無理無理。

 むう……後は、いっその事盾でも作ってもらうよう森近さんに……いや、無理だろうなあ、妖怪の弾を喰らって絶対壊れない盾ってのは。そもそも、出来たとしても僕が支えきれない気がするし、持ち運びが不便すぎる。

 と、すると……えーと、えーと。
 考えろー、考えろー。なんか他の、発想の逆転ホームラン的ななにか。

 そうそう、能力の応用を考えてみよう。考えて見れば、僕があれだけ小悪魔さん相手に粘れるのも、時間を弄ってる故。あれだけって割には、一枚目のスペルカードでやられるんだが。
 ええい、それは良いとして……

 うーむ。『自分だけの世界に引きこもる程度』の能力の応用ねえ。

 応用その一、壁を作る。
 ……結界みたいに呪文とかスペルカードとかは必要ないのはメリットだけど、妖弾なんてどう頑張っても十発持てばいい方だ。

 応用その二、空間を曲げる。
 ……一回使うだけで凄い疲れるため、弾幕相手は無意味。ちょっとした時間稼ぎくらいか?

 応用その三、温度を操作する。
 ……例えばチルノの氷弾とか妹紅の火弾みたいなの限定だけど、近付いた瞬間に消えるくらいに……アカン、そんなに温度上げ下げしたら中の僕が死ぬ。

 応用その四、なんか一部の能力が効かない
 ……弾幕には意味ない。

 応用その五、時間操作
 ……今も結構使ってる。回避は楽になるが、弾が増えるとぶっちゃけテンパるし超疲れる。咲夜さんみたく完全に時間停止とか出来りゃいいが、んなこと出来るくらいなら、弾幕避けるどころか簡単に逃げられるし、こんな苦労はしてない。

 応用その六、意識すれば、範囲内のことはなんとなく知覚できる
 ……範囲狭くて、弾幕相手には意味が無い。そもそも、処理する脳みその方が限界だし。

 応用その七、……は、特に無し、と。

「うーん」

 使えねえ〜。いや、なんか我ながら一つ一つ挙げてみると、割ととんでもないことが出来ているって自覚はあるんだが、弾幕戦だと自分が可哀想になるくらい無力だ。

 ここらで、新しい応用方法とか出てくれると、嬉しいのだが、そんなに世の中都合良くはいかないわけで。

「ううーん」
「どうしたんですか、唸って」
「あ、小悪魔さん」

 珈琲を淹れに行っていた小悪魔さんが戻ってきた。
 机の上に、コーヒーカップを乗せてくれる。注文通り、濃く淹れてくれたらしく、濃厚な香りが立ち上る。

 ミルクも砂糖も入れずに啜ると、熱さと苦さがなんとも言えない。うむ……やはり珈琲はこうでないと。甘党ではあるのだが、珈琲については熱くて、苦いのが好きだ。

「いやあ、どうしたら弾幕躱せるかなあ、って」
「さあ。私はなんとなくですしねえ」
「……種族の違う人はあんまり参考にならないかもしれない」

 ええい、でも種族が一緒で弾幕ごっこする人間は、全部チートじみた連中ばかりだし。
 咲夜さんなんて、なんだあれ。本気になれば時間止めて、どんなのでも回避できるし。傍目にはまるで瞬間移動をしたようにしか見えない。

 あー、僕も時間を止めるとは言わないから、テレポートでも出来ればいいのに。

「……ん?」
「どうしました?」
「あ、いや、今なんとなく」

 出来ればいいのに、と思ったら、なんとなく出来る気がしたんだが、これいかに。

「瞬間移動とか、出来る気がした」
「へー、珍しい能力ですね。割と」
「……スキマとか、近接戦で霊夢とかも使っていた気が」
「本当は珍しいはずなんですけどねえ」

 うん、でも、そんな風に連中があっさり使っているから、僕も出来るんじゃね? と勘違いしたのかもしれん。
 まー、試してみよう。

「ほりゃ」

 ……一瞬、視界が暗くなって、次の瞬間に僕は小悪魔さんの後ろに転移していた。

「…………できたよ、オイ」
「おめでとうございます」

 別に驚いた風でもなく、小悪魔さんが我が事のように笑顔で喜んでくれる。
 うむぅ……

 むう…………ふ、ふふふ。

「パァチュリーーーィ! 避け方思いついた!」

 なんか、頭痛がするほど疲れた気がするが、ハイになった僕はその感覚を無視って師匠に報告に行った。
 瞬間移動だよ、瞬間移動! すっげ、往年の某魔法少女や某龍球の主人公みたい!

 どたどたと駆け寄ると、パチュリーはあからさまなため息を付いて、本を閉じた。

「もう出来たの? 単なる思いつきじゃないでしょうね」
「聞いて驚け! なんか知らないけど、瞬間移動とか出来た!」
「テレポート? 貴方の能力って、やっぱり割とデタラメよね」
「今日、メチャクチャ実感した! でも、これで僕も弾幕躱せるぞっ!」

 はっは! 今日くらいは多少調子に乗ったところで許されるだろう!

「はあ……ちょっと待ちなさい。貴方、大切なことを忘れて――」
「小悪魔さん! もう一戦! 次こそ、一枚目のスペルカード突破しますから!」

 パチュリーがなにか言っていたが、僕の耳には届かなかった。
 ふぅ、と呆れたような溜息が聞こえた気がしたが……まあ、いいだろ。


























 先ほどと同じように、距離を取って対峙する僕と小悪魔さん。
 ……ふっ、しかし先ほどとは決定的に違う。それを思い知らせてやる。

「いきますよー」
「はいっ!」

 さっきは超嫌々とだったが、今はやる気に満ちている。いやあ! やっぱ僕も男の子だね! 強くなったら、試したくなる……ふふ、これも人のサガか。

 今度はいきなりスペルカードを使ってきた小悪魔さんの弾幕を、余裕を持って見る。

 ふっ、いかに視界を全部埋め尽くすほどの弾幕が襲ってこようとも、瞬間移動して逃げれば――

 と、集中して、はたと気付いた。

 ――僕の能力の範囲は、限界まで伸ばして十メートルちょっと。瞬間移動の範囲も、それが限界。
 そして、迫ってくる弾幕は、十メートルやそこら移動したところでその攻撃範囲から逃れられるほど甘くはない。弾の隙間に転移しようにも、多分一回使ったらかなりバテるだろうし。

 ど、どこに飛べば?

「……あれ?」

 もう目の前に迫った弾幕をボーゼンと見る。

 あ、あれー?


















 失意と痛みとを抱えながら墜落した僕に、パチュリーが近付いてきて、言った。

「わかったわ。貴方の能力、弾幕ごっこには徹底的に向いてないのよ。いくら色々出来ても、範囲が狭いから」
「……うるっせい」

 ちょっぴりだけど泣いた。



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