目の前で一口、酒を艶めかしげに嚥下して、輝夜は言った。

「はあ、お宝が欲しいわねえ」

 …………さて、

「それは、暗に酒代を寄越せと言っているのか? 生憎と、手持ちはあんまり無いんだが」
「違うわよ、馬鹿」

 永遠亭の、宴会。たまたま居合わせて輝夜に誘われて参加すると、いきなり先の台詞である。
 どこのぼったくりバーだ、と言いそうになった僕を、誰が攻められよう。まあ、もし輝夜がその手の店を構えたら、入れ食いなんて話じゃ済まないと思うが。この宴会には永琳さんや鈴仙もいるし。

 しかも、てゐのやつがいるからな……あいつなら、酒と女に酔った男から金を巻き上げるなど朝飯前だろう。知らず、尻ポケットに入れた財布を確認してしまう。

 ちなみに、幻想郷にその手の夜のお店はない。ほら、なにせ女性の方が強い土地柄だからね……

「……輝夜。それで、宝がどうしたって?」
「だから、お宝よ、お宝。私、珍しい宝物に目が無いんだけど、最近新しいのが手に入らないからね。欲しいなあ、って」

 そういや、こいつは竹取物語のあのかぐや姫だった。宝さえ持ってきたら結婚してやる、なんて言った物語の主人公である。そりゃあ宝物が好きで当然だろう。
 しかし、ただの学生になにを求めているんだろう、こいつは。

「……なんだ、ダイヤの指輪でも欲しいのか」
「金剛石? あんなたんその塊なんていらないわ」

 ……炭素とか知っているんだ。

「ところで、たんそってなにかしら? 前に、永琳が言っていたんだけれども。ダイアモンドはたんそで出来ているんだって」
「……どういう会話からそんな話になったんだか」
「私の持ってる珍品の一つにダイアモンドの大鉢があるから教えてくれたの。たまに、永琳ってば、変なこと教えてくれるのよね。ペーハーとか」

 なんか、理科の授業で聞いた覚えのある単語だな。なんだっけ、酸性アルカリ性?

「あの人も、大概謎な人だな……」

 鈴仙となにやら話をしている永琳さんを見る。

 どうして、外の科学用語なんて知ってんだろ。頭の良さを疑う気はないけど、どうやってそんな言葉を仕入れているのかが気になる。外の雑誌でも購読しているんだろうか。ニュートンとか。

「だから、ダイアモンドはどうでもいいのよ。もう持ってるから。私は新しいお宝が欲しいの」
「なんだっけ、お前、昔話でも無茶振りしてたよな。龍の玉とか」

 龍に会えたとして、その玉を取ってこいとか……無理ゲーにも程がある。
 そういう伝説のアイテムが欲しければ、香霖堂にでも行ってこい。神剣はあるぞ。他にも探せばなんかあるかもしれん。

「なによ。昔話を知っているんだったら、わかるでしょ。いいものを持ってきたら、結婚してあげてもいいわ」
「結婚は人生の墓場って言うよな。不死の人間に墓地なんて必要ないだろ」

 今、うまいこと言った!

「二十点。もしかして、いいこと言った、とでも思ってる?」
「う、うっさい」

 見透かされたので、誤魔化すために酒を煽る。
 流石に、輝夜姫の飲み物だけあって、けっこうな上物だ。

「大体、なんで僕に頼むんだよ」
「幻想郷じゃ望み薄でしょ。狭いし。だから、外の広い世界で探して欲しいなって。ほらほら、聞いたところによると、ホープダイヤって凄いらしいじゃない?」
「ダイヤじゃねえか!」
「あ、そういえばそうね」

 こいつ……

 確か、ホープダイヤってどっかの美術館だか博物館だかに置いてあるんじゃなかったっけ? 盗んだりしたら……まあ、普通に逮捕だよな。

「他にも、色々興味のある宝はあるわ。外の品は、一応情報だけは入ってくるからね。最近は西洋のものに凝っていて……」
「そーか」

 聖骸布やらエメラルド・タブレットやら死海文書やら、なんという無茶振り。
 まあ、どこにあるかわかるものがあるだけ、大昔の貴族様よりはマシなのかも知れないが……龍の玉とか、龍ってまずどこにいるのよ。

「大体、なんでそんなの欲しいんだよ……」

 外の女性が宝石を欲しがるようなものだろうか。その辺の感覚は僕には理解できないが。

「ここじゃ、することもないからねえ。珍しい宝を愛でるくらいいいじゃない」
「……なんというニート」

 あー、僕もそういうこと言ってみたい。こちとら現代社会で生きてて貧乏暇なしですよ。

「にーと? なにそれ。それに、お気楽なものじゃないわよ。不死を殺す唯一の毒は退屈なんだから」
「普段、なにしてんだお前」

 気になる。
 というか、幻想郷の妖怪連中って、普段飲み食い以外になにしてんだろ……。

「ん? 私は……妹紅のやつと殺し合いをしたり、お昼寝したり、うさぎをからかったりしているわ」
「……殺し合いが一番にくるのはどうなんだ」
「だって、一番楽しい時間だもの」
「いい加減やめろって。不死身同士の殺し合いとか、不毛な真似は」
「私のライフワークにいちゃもんをつけないでくれるかしら」

 ライフワークて。

「ああ、それと、あれがあったわね」
「あれ?」
「優曇華の世話」

 ……鈴仙?

「言っとくけど、イナバのことじゃないわよ?」

 てゐに強い酒を呑まされ、前後不覚に陥っているウサミミに目が行ったが、すぐに否定された。

「そうか。で、なんだそれ?」
「私の盆栽。……見る?」

 どうせ、差し向かいで酒呑んでてもアレなので、見せてもらうことにした。




















 それは、一見して枯れているように見える盆栽だった。
 世話をする、と言うが、別に輝夜は水をやっているわけでもないらしい。

「これは、地上の穢れを吸って実を咲かせる花。私が永遠の魔法を解いたから、もう少しで咲くと思うわ」
「ふーん……」

 こいつらの言う穢れの定義がイマイチわかっていない僕である。
 まあ、どうせ説明してもらっても『穢れは穢れよ』で話が終わりそうなので聞いたりしない。

「もう少しって、どれくらい? ちょっと見てみたいけど」
「さあ……後数日か、数年か、それとも数十年か。まあ、もう少しよ」
「おい」
「慌てない慌てない。貴方、不老不死になった癖に、まだ人の時間感覚ね。貴方の人生にとっては一瞬よ」
「……そうした張本人が言うな。というか、聞きたかったんだが」

 なに? と輝夜が優曇華の盆栽に視線を固定したまま、問いかけてくる。

「なんで僕に蓬莱の薬渡したんだ?」
「なにか大層な理由を言った方がいい?」
「……出来ればシリアスな理由の方が僕は嬉しいかもしれん」
「残念。単に余ってたし、『かぐや姫』からの贈り物と言ったらアレだし、よ。昔、贈ったのにあんな女に飲まれた腹いせも兼ねていたかもね。今度こそ、ちゃんと贈った人に飲んでもらいたかったのかも」

 うっわ、深い理由があるとは思っていなかったが、本当にそれだけかよ。

 顔を引き攣らせて、僕は気を落ち着かせるために、持ってきた酒を一口呑む。

「……それで、一人の男の人生が明後日の方向に転がり始めたんだが」
「貴方の人生の道は早々に途切れていたんだから、むしろ感謝して欲しいわ」
「そうだけれどもっ」

 そりゃそうなのである。もし蓬莱人になってなかったら、僕の人生はフランドールにレーヴァテインで焼き殺されてジ・エンドだった。

 まあ、死なない身体じゃなかったら別の展開もあっただろうが……イフの話にはあんまり意味はない。そうなる可能性が高かったのは事実なのだし。

「私にもお酒を」
「へいへい」

 横柄に酒盃を向けてきた輝夜に、徳利から酒を注いでやる。あ〜、一本目なくなった。自分には二本目のやつを。

 はあ、と酒を一息で呑み干した輝夜は、微かに朱に染めた顔を笑みの形にして、二杯目を自分で注いだ。ついでに、僕の方の器にも注いでくれたが……こぼれてるこぼれてる。

「まあ……今のうちに、色々とやりたいことを見つけておいた方がいいわよ」
「ん?」
「さっきも言ったけど、退屈は私たちにとって一番の毒だからね」

 ああ、言ってたっけ。でもなあ、

「それについては心配ない」

 ふっ、馬鹿め。

 毎月刊行される漫画、ラノベ。アニメも毎期面白いのが一つや二つある。ネット上では小説、漫画、掲示板、動画が日々把握出来ないくらい増えている。
 というか、現時点で存在するものだけでも、全部見るのに何回分の人生が必要なんだ……

 まあつまり、僕が退屈に殺されることなど生涯ありえないのさ。

「なに? そんなに良也には楽しみがあるの? 是非教えてもらいたいわね」
「あ〜〜、いやその、なんだ」

 しかし、僕にとってはとても良い趣味でも、それが他人に理解されるかどうかは別問題だ。
 平安時代の昔話に登場する筋金入りのロートルにとっては、なんか変なの、という評価しか無いだろう。

「あ、秘密にするつもりね? ズルいわよ」
「そんなつもりじゃなくてだな……ま、まあ今の外の世界には、娯楽は溢れまくっていると言うか」
「外ねえ」

 とりあえず、誤魔化すことにした。下手に興味持たれても敵わん。ありえないと思うが、ハマってもらっても困る。いや、僕と同じ趣味なら同好の士が出来たと喜ぶが、女子だからな……なにせホモが嫌いな女子なんていないそうだし。

「いっそのこと、永遠亭を外に移しちゃおうかしら。面白そうだし」
「いやいやいやいやいや!」
「冗談よ」

 くい、と酒盃を傾けてしれっと言う輝夜に、いやこいつは冗談を本気で実行しかねないぞ、と僕は戦慄した。

 大体、今の世の中で戸籍も無い人間が生活出来るはず……出来そうだなあ、永琳さん的に考えて。

「こちらで楽しみを探して、ないなら検討することにするわ」
「……こっちで無事やりたいことを見つけられることを祈ってる」

 多分、というか絶対に、こいつらが外に出てきて一番苦労するのは僕だ。間違いない。

「まあ、酒くらいにはいつでも付き合うぞ」
「そうね、当面はそれもいいかもね」
「……いや、自分で言っといてなんだが、その当面は永遠にならないよな?」
「どうかしらね?」

 お互い死なない者同士だからなあ……
 ま、別にずっと付き合うことになることに、異論はないが。僕が割を食わない限りは。

「それじゃ、末永くよろしくね、良也」
「……からかわれているのがわかった場合、どう反応すりゃいいんだろうな」

 三つ指を付いてニヤニヤしながら言ってくる輝夜に、僕は反応に困って誤魔化すように酒を一気するのだった。

 その後も、しばらく呑んで……普通に酔い潰れた。







 ちなみに、次の日の朝、てゐに宴会の会費を取られた。
 財布ごと。

 ガッデム。



前へ 戻る? 次へ