博麗神社での昼ご飯の後。縁側でごろりと横になる。

「はあ〜〜」

 いい感じだ。風が気持ちいいし、今日は天気も良くて日差しが暖かい。このまま昼寝したいが……用事あるからな。

「良也さん?」
「……あー?」

 ふと、隣から声。
 薄目を開けて横を見てみると、食後のお茶を済ませたらしき霊夢の顔があった。

「……なんだー?」
「半分くらい寝てるわね……」
「おーう」
「どうでもいいけど、転がり落ちないでよね。前それで、一回死にそうにならなかったっけ」

 ……思い切り頭から落ちたんだよな。別に死にはしなかったけど、あれは痛かった。いい感じに尖った石が額に突き刺さって、ぴゅー、と血が吹き出たのだ。

「そうそう。そんなことはどうでもいいのよ」

 ……僕のピンチはどうでもいいですか。まあ、僕自身も、ピンチなんてありふれすぎて、どうでも良くなりつつあるのは秘密だけど。

「良也さん、午後からレミリアのとこ行くって言っていたじゃない? なら、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんだ?」

 確かに、今日の午後は『教えて! パチュリー先生!』の時間だが。……いや、やっぱり嘘。授業って感じじゃないんだよな、パチュリーの指導って。
 ……むしろ、『教えて! 小悪魔先生!』の方がそれっぽくなる気がしてきた。

「これ」

 どん、と二本の一升瓶を渡される。確か霊夢が自分で作ってた日本酒だ。この瓶って確か……

「これって……お前が作った酒じゃないか」

 神社とかは祭事にも酒をよく使うので、そういうのに使う酒は霊夢が自前で作っている。言うまでもないが、自分で呑むのが九割を占めているが。
 んで、これはこの前完成させた酒を詰めた瓶だったはずだ。

 ちなみに、霊夢の作った酒は、作り方は超適当な癖に、何故か妙に美味いというこいつの性格そのまんまの味で、妖怪連中の間ではカルト的な人気があったりなかったりする。
 付き合いで僕も作ってみたのだが、そもそも酒にすらならなかった。素人のなんて、こんなものである。

 ……ちなみに、たまに宴会に供される他は、僕にだって霊夢はくれやしない。自分で呑むのだ。

「そ。この前、肉をもらったじゃない。そのお礼よ」
「……お前も一応こういうの気にするんだな」

 もらうだけもらって、後はどうでもいいのかと思っていた。

「そりゃそうよ。目には目を、歯には歯を、そして妖怪には弾幕を。贈り物に、贈り物を返すのは当然じゃない」
「今、妙なのが混じっていたが」
「? なんのこと」

 わかってないのか、こいつ。天然か、それとも幻想郷では本当にそう言われているのか。

「あいつんところは気前が良いから、こうちょこちょこ礼をしとけば、またなんかいいものをくれるわよ」
「……下心は隠しとけ、一応」

 そのくらいで臍を曲げるほど、レミリアや咲夜さんは面倒臭い性格はしていないが。

「ま、了解した。渡しとく」
「ああ、別に一緒に呑むのは構わないけど、感想は聞かせてね。ちょっと自信作だから」

 ……僕の行動パターンが読まれてる。































「ってわけで、この前の肉の礼に、酒だ」

 紅魔館に来てすぐ、紅茶を飲んでたレミリアの元へ向かい、日本酒の瓶をレミリアの座っているテーブルに置いた。

「ティータイムになにをいきなり。無粋ね……殺すわよ?」
「はいはい、怖い怖い」

 ふぅ、と、レミリアは呆れたようにため息をついて、後ろに控えている咲夜さんに目配せをする。咲夜さんも心得たもので、優雅に頷くと、次の瞬間には酒瓶はどこかに消えた。
 ……咲夜さんが時間を止めて、どこかにしまったのだと思われる。

「じゃ、確かに受け取ったわ。霊夢には礼を言っておいて頂戴」
「え、あ。うん」
「……なに物欲しそうな目をしているのよ」

 いや、だってさ。霊夢の酒は、美味いんだよ、いやホントに。
 あいつの製法のどこに秘密があるのかは知らないが、たまにちょっぱってくる天子ん所の天界の酒とはまた別の美味さがある。

 まあ、所詮霊夢一人が作っているので量はたかが知れているのだが……たまには呑んでみたいかなあ、って。

「いや、呑まないの?」
「昼間から?」
「お前、よく昼ご飯にワイン合わせているじゃん」

 まあ、昼に起きている事自体、あんまりないのだが。しかし、たまに目覚めて昼を食べているところを見ると、大抵ワインか紅茶を飲んでる。

「それはそれよ。……まあ、今夜にでも味わわせてもらうわ。ワインみたいに寝かせるものじゃないからね」
「そ、そうか」
「……アンタに呑ませる気はないよ。二本しかないんだから」
「ええ!?」

 ひ、酷い……。今日の楽しみを! 大体、二本しかって、ここんちの所帯から考えれば僕におこぼれをくれるくらいいいだろ。

「ああ、もう。さっさとパチェのところに行ってきなさい。それが目的でしょ?」
「……なあ?」
「しつこい。今日は、用事が済んだらとっとと帰りな」

 う……これ以上踏み込んだら本気で殺されそうだ。なんだかんだで、レミリアも霊夢の酒は好きだったからな……ワイン党の癖して、前の宴会にこれが出た時は『殺してでも奪い取る』って勢いだったし。そのせいで僕は呑めなかったのだ。

 ……仕方ない。

「わ、わかったからそんなに睨むな」

 そそくさと、僕は図書館に向かう。
 ……よし。
























「……で、なにをしれっと貴方は夕飯の席にいるのかしら?」
「いや、別に。いつものことだろ」
「私は、今日はとっとと帰れって言わなかったかしら?」

 レミリアの声にも勢いが無い。もし僕が何の対策もせずにこの場に臨んだら、とっとと痛めつけられて終わりだっただろう。
 しかし、

「ねえ、良也。お姉様と喧嘩でもしたの?」
「いや、別にー」
「くっ」

 レミリアが悔しげに舌打ちした。
 ふへ、と僕は笑う。

「うまいことやるわね、貴方も」
「……パチュリー、それって褒めてる?」
「好きに想像なさい」

 今日の夕食のテーブルに座っているのは四人。当主のレミリアと、その友人パチュリー。そして僕と……そして、僕の隣にはフランドールが座っている。
 レミリアは、フランドールにだけは弱い。僕は彼女を言いくるめ、見事この場で生き残ることに成功していた。

「……はあ」
「なあ、レミリア。ちょっとだけでいいから」

 伏し目がちに頼み込む。いや、我侭だって事は承知しているし、我ながらあくどいなあ、と思うが……今日の酒の魅力には抗えなかった。

「わかったわよ……。まあ、普段からアンタには色々もらってるからね」

 血とかお菓子とか血液とか生き血とかですね、わかります。無論、だからってフランドールがいなかったらレミリアが引いてくれたはずもないが。
 なんだかんだで、僕の前にも食器が置かれているから、レミリアも僕がフランドールを伴って来た時点で諦めていたんだろう。

 感謝の意を込めて、隣のフランドールをいい子いい子する。

「?」
「いや、なんでもない」

 さて……今日の食事は、酒に合わせたのか和風で纏められているな。咲夜さんは洋食が専門っぽいが、和食もかなりのレベルだ。……さらりと牛肉のタタキが混じってるあたり、この前の牛ってまだ全部捌ききれてないんだ。

「咲夜。さっきのお酒を」
「はい」

 咲夜さんが頷くと、まるで手品のように例の酒の瓶が出てくる。咲夜さんは落ち着いた様子でそれを丁寧に傾け、各人の前に置かれた切子に酒を注ぐ。

「それじゃ……乾杯」
「乾杯」

 軽く切子を掲げ、ゆっくりと口に運ぶ。

 ……あ、やっぱ美味い。すごい美味い。でも、特別な味って感じじゃない。……なんて言ったらいいんだろうね、これ。普通に美味い、って言うのが一番しっくりくる味だ。

「相変わらず、いい腕ね」

 一口呑んだパチュリーが

「……腕か? あれ」
「そうね。腕というか……なんて言ったらいいのかしら」

 僕がぼそっと突っ込むと、パチュリーも同意して困った顔になる。
 腕がいいわけじゃないんだよなあ。実際、里の蔵元の方が腕はいいはずだ。なんで美味くなるんだろう……

「細かいことはいいじゃない。あ、咲夜。次はぬる燗にしてくれるかしら」
「かしこまりました」

 そんな瑣末なことはどうでもいいレミリアが、そう命じる。
 ……いやまあ、僕もどうでもいいんだけどさ。気にならないのか?

「……って、フランドール。お前は呑まないのか」
「え? あ、私はいいの」

 ふと、フランドールがジュースを飲んでいることに気がついた。
 なんだなんだ。確か、フランドールも最近は酒を呑むようになったんじゃなかったか。

「この前、ちょっと呑みすぎてね。暴れたのよ。それを気にしているんじゃないかしら」
「あっ、お姉様! それは言わないでって言ったじゃない!」
「私が止めに入って……ふふ、本気でフランと戦うのは初めてだったわよね。腕が千切れたのも、いい思い出よ」
「うう〜、お姉様だって、私の右足を切った癖に。あ、あと分身した私を殺したじゃない」

 なにこのバイオレンス姉妹。なにをしれっと微笑ましい話みたいに話しているんだ。僕は、乾いた笑いを漏らすしかないじゃないか。

「だ、大丈夫だったのか、周りは」
「平気よ。なんだかんだで、フランも成長しているわ。酔っていても能力は使わなかったし。ちょっと美鈴が巻き込まれたくらいかしら」
「美鈴……」

 きょ、今日は普通に門番をしていたが、そんなトラウマ級の事態に遭っていたのか。後でねぎらいの言葉をかけておこう。

「それに、私は嬉しいのよ? フランとあんなに思い切り遊ぶなんて初めてだったもの」
「うう〜」

 こいつらにかかっちゃ、それでも遊びなのか……もうちょっと平和的に、前みたくトランプでもしときゃいいのに。

「と、とにかく、そういうこと。良也は気にしないで」
「はは……まあ、加減が分かるまで、呑まない方がいいかもな」

 とりわけ、僕と一緒に呑んでいるときは。酔って暴れられたら、僕は間違いなく死ぬ。

「まあ、お酒を呑まないなら呑まないで、今日は丁度良い飲み物があるじゃない」

 レミリアが意味ありげにフランと、ついでに僕を見る。
 ……はいはい。

「ほれ」
「あ、いいの?」
「……好きにしろ。ここで嫌だって言っても、な」

 左腕を差し出して、レミリアに『これでいいんだろ』と心の中で言う。……まあ、無理言って酒呑ませてもらっている以上、これくらいなら別に許容範囲内だ。いつものことだし。

「それじゃ……いただきます」

 かぷ、と差し出した腕に噛み付くフランドール。
 僕は、残った右腕で箸を動かして、生姜の効いた牛肉のタタキをもむもむ食べ、酒を呑む。

 食べにくいが……まあいいか。それにしても、牛タタキならニンニクもいいんだが、流石に吸血鬼にそれはないか。

「燗してきましたよ」
「ありがとう、咲夜。……ほら、良也」
「おう」

 お猪口を向けてくるレミリアに、空になった切子を向ける。
 注がれた酒を呑み、今度は和え物を食べる。

「パチェも」
「ありがとう。レミィもどうぞ」
「ええ」

 しっとりと酌をし合う友人同士。……この二人も仲良いよなあ。レミリアにしては珍しいことに。

「フランも、たっぷり呑みなさい。今日はこの席に参加させてやっているんだから、良也に遠慮は不要よ」
「……多少は遠慮してくれよ。死なない程度に。頼むから」

 レミリアの言葉に、僕は流石にそれは、と釘をさす。
 フランドールは噛みながらコクコク頷いたが、どっちの言葉に対して頷いたんだろう……

 そうして、しばらく酒の席は続く。
 霊夢の酒は変わらず美味くて、ついつい料理も酒も進んでしまう。

「お嬢様。一本目が空になりました。二本目も空けましょうか」

 あれ? もうそんなに呑んだか。三人だから……大体三合ずつ。

「そうね……そっちはまた別の機会に呑みましょう。ワインは……流石にこの料理には合わないか。焼酎でも持ってきて」
「はい」
「良也は焼酎はどう?」
「んー? 別にイケるぞ」

 芋が好きだ、芋が。

 しかし……

「な、なあフランドール? もうけっこう呑んだんじゃないのか?」
「んー、もうちょっと」

 それだけ言って、また腕に口を付けるフランドール。
 ……まあ、ちょっとずつ呑んでるみたいだから、まだ貧血にはなっていないけど。しかし、折角料理もあるってのに。

「あらあら。まあ、好きにすればいいけどね」
「いや、レミリア。お前が言うな」
「なに、フランの好きにしちゃいけないって言うの?」
「……どうぞ、お嬢様のお好きなようにしてください」

 怖いよ、吸血鬼。だって睨んでくるんだっ。

 その後、咲夜さんが持ってきた焼酎(麦だった)のお湯割りを呑み、かなり酔った辺りで、料理も大体食べ終わった。
 ……うむ、かなりいい気分だ。明日はちょい二日酔いかも知れないけど。

「はあ、なかなか美味しかったわよ、咲夜」
「ありがとうございます」
「どうも、ご馳走様でした」
「はい」

 咲夜さんに礼を言って……さて、そろそろ……

「って、フランドール。いい加減離せ」
「余程気に入ったのかしらね?」

 いや、今まで何回も呑んでるのに今更な。
 ……あ、口を離した。

 やれやれ……吸血鬼の噛み痕は、割とすぐ治るんだけど、流石にこれは痣になりそう。

「ぽー」
「ふ、フランドール? どうした?」

 な、なんか顔が赤い……って、そういえば、

「な、なあレミリア。まさかだが……僕、酒呑んでたわけで、つまり血液ん中にアルコールが混じってたわけで」
「そうね、そのまさかね」

 や、やっぱり酔ってる!?

 驚いて距離を離すと……それまで焦点の合っていなかった目が、レミリアを捉えた。

「お姉様……」
「なに、フラン?」
「『遊び』ましょ」

 笑顔でそんなことを言うフランドール。……これで、凶悪な霊力を撒き散らしていなければ、凄く微笑ましい光景なんだが。
 なんかさっきからだらだらと背中に嫌な汗が流れていますよ?

「ええ、構わないわよ」

 構え! 頼むから、僕がいるんだから、構って下さい!

「良也。さっさと逃げないと巻き込まれるわよ」
「って、いつの間に逃げたパチュリーィィ!」

 いつの間にか食堂から出ようとしていたパチュリーに叫びながら僕も逃げる。

 よ、よし、まだ始まってない! なんとか逃げ切れ……

「いやー、お疲れさまでしたー。咲夜さん、今日の晩御飯はなんです……」
「!? ど、どいて美鈴ーー!」
「え、ええ!?」

 丁度タイミング良く食堂に入ってきた美鈴と……ぶつかる。
 同時、後ろの方でなにか巨大な霊力同士がぶつかり合う衝撃が走り――

 ああ、死亡フラグだ、と僕は諦念しながらどこにいるとも知れない神様に祈りを捧げた。
 せめて、痛くありませんように。




















「で、良也さん、お酒の感想は?」
「……思い出したくない」

 帰ってきた僕への霊夢の質問に、僕はそう答えるしかなかった。

 ……というか、このボロボロの服を見て、言う事はそれだけかよ。



前へ 戻る? 次へ