「お裾分けです」 と、言いつつ当然やって来たメイドに、僕はドン、と新聞紙に包まれたデカイ塊を渡された。 「……いや、あの、咲夜さん? これは一体」 博麗神社の掃除をやってた僕は、一抱えもありそうな物体を手に、ただただ顔を引きつらせるばかりである。ていうか、結構重いので、とりあえず地面に置いた。 包んでいる新聞紙を解いてみると……なんとまあ、食欲を刺激しそうな赤い塊が。 「なにって、牛肉ですが」 「多すぎですって!」 一応切り分けてはいるみたいだけど、ン十キロもありそうな肉の塊だ。お裾分けでもらう量じゃない。 「とは言っても。お嬢様のリクエストのビーフシチューを作った分以外は必要ありませんでしたので。捨てるのも勿体無いですし」 「……いや、シチュー作るだけで丸々一頭屠殺しないでくださいよ」 紅魔館では、家畜も飼ってる。あそこで食事することもよくある僕は、良くステーキなんかをご馳走されるのだが……それも処分に困っているせいだ。なにせ、牛一頭分。女所帯の紅魔館で、中々食べきれる量じゃない。あそこは大食漢は美鈴しかいないし。 なので、余った肉は気前よくいろんなところに配ってるらしい。んで、今回は博麗神社の番だったってことだろう。 「ん〜、でも博麗神社じゃ、こんだけは無理だな……」 霊夢も僕もそれなりに食う方だけど、いくらなんでもこんな量を食うのは一日二日じゃ無理だ。いっそ焼肉パーティーでも……駄目だ。流石に宴会が出来る量じゃない。食う奴はすげぇ食うし。 「なにも一日で食べなくても。ゆっくり食べればいいじゃないですか」 「いや、その。うちには咲夜さんとこみたく時間遅行倉庫なんてないんですが」 通常空間に比べ、十倍くらい時間の遅い倉庫。つまり、どんな傷みやすい食材も十倍長く保存出来る。ついでにパチュリーの手により冷え冷えなので、冷蔵庫として機能するという、食材の保管庫としては理想的なやつがあるのだ。 「あれ? 誰かと思えば紅魔館のメイドじゃない。何の用?」 昼寝から覚めたらしい霊夢が、ぼやぼやと寝ぼけた様子で歩いてくる。 「牛肉をお裾分けに。存分に食べてくださいな」 「あっそ。ありがとう。……ああ、お賽銭箱ならそこにあるからね」 「それでは、お嬢様方の幸運をお祈りして」 意外と素直に、財布を取り出して小銭を投入する咲夜さん。 しかし、レミリアに幸運? 運命を操れるチート能力持ちに、そんなの必要ないと思うんだが。 「……大切なお嬢様なんでしょ? もうちょっと気前よく入れれば、神様の加護も大きくなるかもよ?」 露骨だぁ! お前、久しぶりに僕以外に賽銭入れてもらったからって、図々しすぎ! 「あいにくと、私のお小遣いもそれほど余裕はないので」 「小遣い制なの!?」 給料じゃないんだ!? というか、幻想郷の雇用形態は一体どうなってんだよ。 「さて、と。それでは、私は他にもお裾分けをするところがありますので。これで」 ちょこん、とスカートの端を摘み、礼をする咲夜さん。しかし、背負っているパンパンに膨らんだどでかいリュックが全部ぶち壊している。 ……あん中に牛肉が詰まってるのか。 シュールだ。 「……で、どうしたもんか」 「そーねえ。良也さん、男の子なんだから、肉の十キロや二十キロ、ぺろりじゃない?」 「どう頑張っても二キロも食えないって」 そりゃ、肉は好きだけどさあ……。しかし、放っておいて腐らせるのもすごく勿体無い。 「それじゃ、保存するしか無いわね。良也さんは、確か氷の魔法も覚えていたでしょ?」 「それもなあ。考えたけど、僕が氷漬けにしたところで、半日もあれば解凍しちゃうぞ 氷室でもあればそこに置いときゃもっと持つだろうけど、博麗神社じゃ日陰に置いておくくらいしか長持ちさせる方法はない。 「じゃ、塩漬け? それとも燻製にでもする?」 「駄目だ。塩が勿体無い。燻製も面倒臭いな……こんだけあるんだから、食べるなら出来れば焼肉かなんかでがーっと食べた方が消費は早いし」 「文句ばかりね」 うっせい。 しかし、現実的には冷凍するのが一番だ。と、すると…… 「……うし。ちょいとチルノに協力を求めてくる」 「チルノ? 誰?」 お前……何回も宴会に参加してる上、しょっちゅう悪戯しに来るあいつの名前、覚えてなかったのか。 「いや、氷精のあいつだよ。ほら、氷の羽根付けた水色の髪の……」 「ああ、あの馬鹿ね。あの馬鹿のことなら、馬鹿って言ってくれないとわからないじゃない」 「お前、ストレートにひどいよな……」 まあ、こいつに優しさなんて求めるのがまず間違っているが……。 「あいつ役に立つの? 確か、良也さんと互角くらいじゃなかったっけ」 「……ああ、僕に対する悪口は少しはカーブかけてくれるんだな」 全然曲がっていないけどなっ。 ちなみに、ノーマル状態のチルノは確かに僕と同じくらいだけど、異変とか妖精が強くなる条件が揃ったら幻想郷上位勢を脅かしかねないダークホースだったりする。 「……大丈夫だ。あいつは、なんだかんだで氷の扱いならプロだし」 僕が作る氷より、断然溶けにくい。溶かすときは……まあ、霊夢ならなんとでもするだろう。 「それじゃ、お願いね」 「……へーい。あ、今日食べる分だけは切り分けとこう。今晩は焼肉だ。丁度麦酒も持って来てるし」 焼肉のタレは、意外となんにでも使える調味料なので、ここんちのキッチンに僕が持ち込んでいる。うむ、なにも問題はない。 「いいわね」 「涎、涎」 ……食い意地の張っている奴め。 んで、チルノの縄張りである湖にやって来た。 悪戯のために出掛けていることもあるが、基本的にあいつはここの周辺にいる。 ……さて、どこを探したもんか。 「チルノー?」 とりあえず声を張り上げてみるが、空しく響くだけ。……ふむ。まあ予想はしていた。 「よし」 数キロ単位で切り分けた肉の入ったリュックを下ろし、もう一つ持ってきた竿を持つ。 そこらの虫を捕まえて、針に付け……湖に放り投げた。 釣りだ。 肉もいいが、魚介も欲しいところだったので釣り道具も持ってきたのだ。そこらの魚でも、炭火で焼けば一層美味い。 下手に飛び回っても見つけられないかもしれないし、どうせ夕方くらいになったらあいつは絶対帰ってくる。なので、こうやって時間を潰すのだ。肉も……まあ、一応僕が冷凍しといたから、半日くらいなら持つだろ。 「ふんふーん」 竿を持ったまま、鼻歌を歌う。 青い空、流れる雲。時折吹きゆく風は心地よく、今日は霧も出ていないので自然の景色がとても綺麗だ。 ああ……和む。 近くに誰もいないというのがいい。これは、チルノをすぐに発見出来なくて正解だった。しばらく、この長閑で心休まる時間を楽しんで…… 「ん?」 あれ? なにか、湖に変なのが浮かんで……あ、こっち来る。 「あれ? 良也さん」 なんだろう? と思って凝視する前にかけられた声に振り向いてみると……ああ、大ちゃんだ。 チルノのお目付け役にして、妖精の良心的な彼女は、幻想郷人外の中でも屈指の良識派である。 「や」 「釣りですか?」 「ああ、まあ。ちょっとチルノを探しに来たんだけど、見つからないからついでに。……って、ああ、大ちゃんは知ってる? チルノがどこにいるか」 聞くと、大ちゃんは少し困った顔になった。 「ええと、私も探しているんですけど」 「ありゃ、大ちゃんも知らないのか」 「ええ。多分、この時間ならどこかで昼寝でもしていると思うんですけど」 昼寝かあ。いいなあ、妖精は。おばけにゃ学校も試験にもなんにもないを地でいってるもんなあ。 まあ、僕も、日本でも屈指のお気楽な身分である文系大学生ではあるが……もうすぐ勤めに出るしなあ。 「でも、なんでチルノちゃんを探しているんですか?」 「いや、ちょっと食材をたくさんもらっちゃって……冷凍してもらおうかと。買収用のお菓子もほら」 チョコレートの大袋を見せる。こんなのを見せられたら、チルノはきっと大張り切りで冷凍してくれることだろう。下手したら僕ごと。 ……気をつけないとな。 「あ、美味しそう」 「チルノなら分けてくれると思うし、後でもらえば? まあ、今はこれでも舐めてて」 意外と食いしん坊な大ちゃんに苦笑しつつ、ポケットに常備の飴玉を渡す。 ぱあ、と明るい顔になった大ちゃんがなんとも微笑ましい。 手渡すと、慌て気味に包装を破り、両手でぱくりと口に運ぶ。 ……ヤバイ、ちょっと可愛いかも。 包装を受け取りポケットに入れつつ、視線を逸らす。ふぅ、ヤバイヤバイ、巷の犯罪者の気持ちがうっかりわかっちゃいそうになったぜ。 「あ、引いてますよ、良也さん」 「え? あ、本当だ」 竿がたわんでいる。これはけっこうな大物……って、なんだ? 「……なんか変なのに引っ掛かってる」 「あれ? ほんとだ」 さっき見つけた、変な透明なのの縁に針が……って、これってもしかして流氷か? 「チルノの作った氷?」 「ええと……そうかも」 「ったく」 針の予備は持ってきていない。仕方なく、流氷のところまで飛んで、直接針を取ろうと…… 「……え?」 そして、氷の中に顔を見つけた。 それは安らかに目を瞑っていて、今にも動き出しそうな……って、 「ぎゃーーーーーっ!?」 こ、氷漬けの人間!? ……じゃねえ、チルノだ! 「な、なんだなんだなんだ!? 能力が暴走でもしたか!?」 「え? えーーっ!? チルノちゃん!?」 大ちゃんもびっくりしてる。ええい、とっとと溶かす! 「火符――!」 てんやわんやして……結局、チルノが『冷たくて気持ちいい』状態で昼寝をしていただけということが判明し。 チルノに文句を言われ、そのチルノは大ちゃんに説教され、チョコを渡すと目を爛々とさせて肉の冷凍を引受け。 そして夜は霊夢と、遊びに来た魔理沙と、焼肉をした。 ……ま、いつもと言えばいつも通りの一日だったわけだ。 | ||
| ||
前へ | 戻る? | 次へ |