今日は宴会。
 それはいつものことなんだけど、今日はいやに集まっている連中が多い。というか、幻想郷の強い勢力の殆どが集まっている。

 時々、こういうことがある。大抵が霊夢が音頭役をして、今まで異変を起こした連中を全員集めるのだ。

 考えてみたのだが、これは霊夢一流の外交手段なのかもしれない。こうして霊夢が睨みを利かせることをアピールして、異変の再発を防止。また、こうやって顔を突き合わさせることで、異変を起こすような力を持った連中同士の諍いを予防する。
 後者は確かに起こったとしたらこの上なく恐ろしい。紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿、命蓮寺及びその他妖怪が入り乱れての戦争とか、幻想郷の興亡に関わるし……

 なんて少々飛躍した想像をしながら、隣で呑んでいる霊夢に目を向ける。

「……ん? どうしたの、良也さん」
「いや、なんでもない」

 まさかなあ。こんな緩い表情の裏で、そんな複雑なことを考えているとも思えない。気のせいか。

「それより、ちょっくら他の連中のところに行ってくる」
「そう? まあ、そのほうがいいかもね。存分に接待してきて」
「誰が接待か」

 そーゆーのは会場である博麗神社の主――要するに霊夢がするべきではないのか?

「私が行くと、無闇に刺激するからね」
「……自覚しているんだったら、少しは棘を収めろ」

 こいつ、基本的に妖怪相手には喧嘩腰なのである。本気で霊夢が退治なんて面倒なことをする訳ないので、ただのポーズなのだが、それでもやはり人間相手と妖怪相手では態度が違う。巫女の勤めらしいが……よくわからん。

 その点、同じ人間でも魔理沙は割とそつが無くて、今も色んな連中のところを回っている。
 でも、気に入られているのは霊夢だったりする。この関係も、よくわからん。

「ま、行ってくる」
「はいはい」

 ひらひらと手を振る霊夢に見送られ、僕は会場となっている博麗神社の境内を見渡す。

 ……さて、どこから行くべきか。




















 んで、一番の新参で、それでいてトップの考えが他とちょっと違う命蓮寺の皆さんのところに来た。
 最初くらい、楽なところにしよう……なんてちっとも考えていないので悪しからず。

「あら、こんにちは、良也さん」
「聖さん、こんにちは」

 ぺこり、と迎えてくれた聖さんに頭を下げる。

「ん〜? 良也じゃないか。おひさし」
「ぬえ……大分呑んでるみたいだな」

 ぬえの周りには一升瓶がひい、ふうの……ええい、数えたくない。何故に妖怪ってには、外見はちっちゃいのにこんなに呑むんだ。

「ははは、正体不明としては大酒飲みじゃないとね」
「わけがわからない」
「わからない? それじゃ、正体不明の奴が酒を呑まないのと呑むのと、どっちが怖い? 酒がなくなる方が怖いに決まっているじゃないか」
「言い切りやがった」

 呆れていると、ぬえは僕の持っていた徳利を奪い……って、こら、それは僕の分――!

「一気に呑むなよ!? けっこう高かったんだぞ、それ!」
「ははは……正体不明の恐怖を忘れた人間よ、正体不明に酒がなくなることに怯えて死ね!」
「どこが正体不明だ!? バレバレだろうがこの野郎!」

 なにを決め台詞っぽく格好つけてやがる!

「聖さん、聖さん。叱ってやって!」
「ええ、もちろん。……ぬえ、仮とは言え、貴方は仏門に所属するもの。安易に酒に溺れるとは何事ですか」
「へ? んなの、白蓮だって……」

 と、ぬえは聖さんの持つ盃を指差す。が、聖さんは実にイイ笑顔でにっこり笑って、

「これは般若湯です」
「…………」

 僕は黙して語らない。なにを言っても薮蛇にしかならない気がする。

「まったく、私が寺にいた頃から妖怪は変わっていないな。誠に――」
「わわわ、ごめんって」

 僕はそっと、二人から背を向けた。妖怪にも発動するんだ『誠にナントカ』。

 見ると、命蓮寺の他のメンバーは、特に気にした様子もなく宴会を継続している。

「……あの、ぬえが説教されてるけど」
「あー、あー、気にしないしない。あいつは割と良く説教されているんだ。まだまだ人間を怖がらせて楽しんでいるから」
「そうなんだ……」

 答えてくれたナズーリンが、それよりも、と徳利を差し出す。

「呑むかい?」
「ああ、頂こうかな」

 般若湯、と大きく徳利に書かれているところに建前社会の真理を見た気がする。

「……美味い」
「そりゃそうさ。我が寺特製の般若湯だ。ご利益は覿面さ」
「作ってるのか……」
「まあ、ちょろっとだけね。流石に普段は呑まないさ。酒――もとい、般若湯は」
「いや、それもういいから」
「君は様式美と言うものをわかっていない」

 様式美か? これ、様式美か?

「例えるなら、そう。網をかけないで置いといてネズミに齧られる夕飯の残り、みたいな」
「せせこましい」
「失敬な」

 様式美ってのはもっとこう、夢というかさ。そーゆーものが詰まっていないといけない。例えるなら……そう、春風にひらりと翻るスカートとか。別にパンチラまで行く必要はない。むしろ、そこまでいくと興ざめだ。なんていうか、こう、普段は隠れている素足が垣間見えるだけで、ほんのりとした幸せっつーものがね。

「……君、考えていることが顔に出やすいとか言われないかい?」
「な、何故それを……」
「なにを考えていたんだかは知らないけど、どういうことを考えていたかはなんとなくわかる」

 し、しまった。酔いで少しハードルが下がっていたか。

「あ……う、雲山さーん、大きくなってくれー」
「あ、逃げた」

 うっせい。

 とりあえず、僕がえんやこらと盛り上げて、雲を突き抜けるほどの大きさになった雲山さんは、大いにウケたのでよしとする。
























 一部の妖精とかが、デカくなった雲山さんに突撃して、雲だから突き抜けたりして遊んでいる。

 ……楽しいのかな、あれ。いかん、僕もやってみたくなった。

「良也、なにうずうずしてんだ?」
「……萃香。いや、あれ楽しそうだなって」
「入道か。ふん、大きくなるだけだったら、鬼だって出来るよ」

 萃香は、巨大化という自分の特技をやられて悔しいのか、自分の身長よりデカイ直径の盃に酒をなみなみと注いで一気し始めた。
 呑みすぎ……を注意するのは今更か。

「ぷはぁ! いやー、お前ん所の酒は相変わらず美味いね。ちょいと洗練されすぎている気がするけど」
「ふん……。ものの価値のわからない小鬼が。そんな風に呑む酒じゃないよ」
「いいじゃん、楽しく呑むのが一番だ」

 さて、ところで、いい加減突っ込んでもいいだろうか。

「……なんで天子が?」
「なんか文句でもあるの?」

 不機嫌そうにお猪口を傾けている天人が、ジロリと睨んでくる。

「いや、文句なんて無いけどさ……」

 周りは、みんな仲間連中で固まっていると言うのに、何故にこの二人はサシで呑んでいるんだろう。
 そういえば、天子に初めて会ったとき、何故か萃香が一緒だったけど、意外と仲が良いのか?

「まあ、いいじゃないか。良也も呑め呑め」
「私の持ってきたお酒なんだけど」

 なんて天子はブツブツ言いつつも、僕の器に天界の酒が注がれるのを黙って見ている。もう諦めているようだ。

 乾杯、と萃香と盃を突き合わせる。
 天子は我関せずと無視を決め込んでいたが、萃香に急かされ、渋々お猪口を掲げた。

「ほい、乾杯」
「はいはい」

 酒を呑む。
 ……さら、っと香気を帯びた液体が喉を通る。なんとも言えない芳しい香りが鼻を吹き抜け、舌の上ではこうハーモニーっつーんですか? そんな感じ。

「こんな美味い酒を天界だけで囲うなんて、天人は意地悪だねえ」
「天界の一角を一時期占拠してた小鬼の言う事じゃないわね」
「いい加減、その小鬼ってのやめなよ。怒るよ」
「怒れば?」

 口調は穏やかだが、一触即発の空気が流れる。
 さ、さっきまで仲良さげだったのに、何故にこうも急転直下に喧嘩が出来るんだろう、こっちの連中は。

「はいはいはい。折角の酒が不味くなるようなことをするなよ」
「なに、喧嘩は祭りの花さ」

 慌てて止めに入ったのに、萃香は聞く耳持たない様子。

「まともな喧嘩になるつもりでいるの? 天人を相手に? 思い上がりも甚だしいわね」
「へえ……鬼を前に、よくぞ言った」

 キャー。

 い、いや、落ち着け。こんなのはいつものことだ。今だって、そこかしこで喧嘩は起こってる。今だって上では輝夜と妹紅がマジの殺し合いをしてたり、チルノとルーミアが弾幕ごっこしてたりする。
 そんなの、幻想郷の宴会では日常風景……なんだが、この位置。僕が高確率で巻き込まれるのがよろしくない。

「だから止めろって」
「良也、止めるな。まあ、見てな。この有頂天の天人に私の力を思い知らせてやるから。私が勝ったら、また天界で飲み放題食い放題だ」
「前のあれが私の全力だとでも? 私が勝ったら……まあ、私はなんでも持っているから、その生意気な顔に落書きをするだけで勘弁してあげるわ」

 ええい、なにかないか。なにか……って、あれだ!

「待て待て! 今ここで始めたら、そこの酒ぶちまけちゃうぞ!」
「む」
「ん……」

 ピタリ、と緋想の剣を構えた天子と、拳を固めた萃香が動きを止める。

 そう、まだまだ天界の酒はたくさん残っている。こんなところで暴れでもしたら、瓶が割れること請け合いだ。

「ちっ、上でやるか」
「そうね」

 意見の一致を見て、二人が上に飛んでいく。……よし。

「んじゃ、漁夫の利としてこの酒は僕がもらっていく、と」

 喧嘩をするような輩より、僕に呑まれた方が酒もきっと喜ぶに違いない。うん、違いない。






























「……うぇっぷ」
「ちょ、お兄さん、いきなり来てなに吐きそうになっているのさ」

 かっぱらった天界の酒を、美味いからってガブ呑みして、見事に限界を超えた。
 ふらふら歩いて来たのは……ああ、地霊殿の皆さんのところか。なんか背中さすってくれる人がいると思ったらお燐だ。

「呑みすぎですね」
「よくわかりましたね、さとりさん。流石心を読む妖怪――!」
「……顔を見れば覚りでなくてもわかります。というか、今も貴方の心は見えません」

 はあ、とさとりさんはため息を付いて、まあ座りなさい、と席を勧めてくれる。
 うん、ありがたい。お燐に支えられながら腰を下ろし……

「うおっ!?」

 こけた。
 ……いかん、平衡感覚が完全になくなっている。もう立てないぞ、これ。

「はあ……酒に呑まれていますね、完全に」

 さとりさんの声も今は遠い。
 あー、このまま寝ちゃうかも。

「駄目駄目ね。えっと……えっと、良なんとか」
「大分近くなってきたな、お空。あと一文字だ、気張れ」

 しかし、お空がまた頓珍漢なことを言ったので、気合を入れて突っ込んだ。もう少し、もう少しで僕の名前を覚えてくれそう。

「そうだ、良也(よいや)だ」
「なにその掛け声みたいな名前は……」

 漢字は合ってる。多分。というか、さっきは『りょう』って言ってたのに。

「あー、そうだ、さとりさん。このお酒どうぞ」

 もう僕は呑めないので、まだ少し残ってる酒を渡す。

「? これは」
「さっき天人からかっぱらってきたお酒です。まだ喧嘩してるみたいだし、どうぞー」
「……地底の私が、天界のお酒を、ですか。まあいいですけど」

 ちょいと視線を上に向けると、冗談みたいに大きくなった萃香と、それに剣一本で立ち向かう天子、というどこぞの漫画みたいな構図が繰り広げられている。
 うーん、悪くないけどー。でも天子だと流石に大きさの比率が……なんか、もっとこう、ないもんか。

「あ〜、そういえば、ロボって手もあったなあ」
「はい? ロボ?」
「いや、非想天則……」

 幻想郷の科学力と妖怪パワーを結集すれば、巨大ロボの一体や二体……。そんで、巨大妖怪と平和を守るためのバトルを繰り広げるのだ。

「ああ、前にうちが協力したあのアドバルーンですか」
「あれに、妖怪が乗り込んで……」

 両手足に頭と胴体あたりに一人ずつ乗り込んで……。無理矢理アドバルーンを動かせば、なんとかロボと言い張れなくは……ない。武装は勿論、パイロットのスペルカードだ。

「ひーそおーてんーそくー」
「あの? 良也さん?」

 いかん、マジで意識が遠くなってきた。感覚からして、アル中な予感もほんのりと……

「あの、お兄さん? 死体になったら、そのまま地底に連れてっちゃうよ?」
「そりゃ……困る……」

 どーせ生き返るけど、お燐の車に乗せられるのは……流石に、ちょっと勘弁……

「はい、水です」
「……すん、ません」

 さとりさんに差し出された水を、一気に飲み干す。
 ……命の危険は、遠ざかった気がする、が……眠……






















「……良也ー!」
「どばすっ!?」

 は、腹になんか凄い衝撃が! と、同時に飛び起きた。
 は、吐……く……。気持ち悪……

「良也、こんばんは。もう、来てくれないから、私から来ちゃったじゃない」
「……ふ、らんどーる?」

 なんだ、こんな人の多い宴会に参加しても平気になったのか。
 うんうん、僕はその成長がとても嬉しい。だが、今度は酒の入っている男の腹の上に乗るなと教えなければ。気合で吐き気を我慢したが、正直ヤバかった。

「ちょっと、どこに行くの? 遊ぼう」
「いや、僕はちょっと呑みすぎたんで、神社ん中でもう寝ようかと」
「駄目よ、そんなの。良也と遊ぶの楽しみにしていたんだから」

 いや、それは嬉しいし、明日なら喜んで遊ぼう。しかし、今は僕は寝る方が優先なのだ。

「駄目駄目。多分、そんな運動をしたら僕は吐く」
「……へえ、断るんだ。私が、楽しみに、してたのに」

 空気が冷えた。

 やっべ、逆鱗に触れた? 最近はキレることは少なくなったフランドールだが、あくまで少なくなったのであって、皆無というわけじゃない。

「い、いや、そんなことは……そ、そうだ。鬼ごっこでもするか。僕が鬼になろう」

 言うと、フランドールの顔がぱぁ、と明るく、

「へえ、この私の前で『鬼』ごっこね。流石、鬼の酒をくすねて行く人間だ。豪胆じゃないか」
「ヤァ萃香」

 なんか後ろから叩きつけられた殺気のせいでカタコトになった。

 す、萃香、か。なんだろう、笑ってるのに、妙に怖い。

「か、勝ったのか」
「ま、当然の結果さ」

 とか言っている割には、ボロボロで、天子とは随分いい勝負をした様子。
 でも、勝ったんだったらもうちょっと殺気を収めてくれないかね? ……ハハハ、無理っすか。

「で、これでゆっくり呑めるなあって戻ってみりゃ、なんでか天人の酒がないじゃないか」
「じょ、蒸発でもしたんじゃないか?」
「嘘は嫌いだよ」
「……はい、僕が呑みました」

 か、隠し通せる空気じゃない。素直に土下座して後日埋め合わせをすると言えば、萃香のこと、許してくれ……

「……なんだ、やっぱり私と遊びたくないんじゃない」
「ふ、フランドール?」

 ぎゃああーーーー! 忘れてたぁ!

 もはやこれは、ひと暴れしないと収まらない空気……
 何故かギャラリーは遠巻きに見物している。い、いつの間に? 弾幕ごっこしていた連中も、揃って見てる。

 なんでこんなに注目されてんだよ!

「……ま、頑張りな。私のはこれで手打ちにしといてやるよ」
「萃香! 待った、ヘルプ――」

 無情にも、萃香はギャラリーに混じって行く。

 遠くで、霊夢の姿が見えた。
 奴は、一口酒を呑むと、手を掲げ、

「はい。うちの良也さんが体を張って芸をするみたいよ。みんな、注目ー」

 ……オワタ。















 その後、四人に分裂したフランドールに四方八方から襲われた。
 え? 死んだよ? 当然。

 まあ、分身一人につき一死の計四回だけで機嫌は直ったので、よしとする。

 ……よしとするんだって!



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