「……ん?」

 博麗神社の母屋。僕がいつも寝泊まりしている一室。
 本当に狭く、布団を敷いたら二畳もスペースは空いていない。そんな狭い空間に、僕は小さな棚を用意して、ちょっとした小物とか暇つぶし用の小説とか、その他幻想郷で手に入れた諸々を仕舞っているのだが……

 その棚を整理していたら、記憶にない小さな箱を見つけた。

「なんだっけ、これ」

 ごちゃごちゃになっていた棚を整理するのは、初めてだ。昔に手にいれたものなら、記憶になくても当然だけど……

 と、訝しみながら箱を開けてみると、赤と青の丸薬が詰まっていた。
 ……ああ。

「永琳さんの年齢を誤魔化す薬か」

 どう考えてもメ○モちゃんや、最近出てきたそれをオマージュしたネ○まからパクったとしか思えない薬だ。
 確か、青い薬で一年分年取ったように見せかけ、赤い方で一年若返るんだっけ。皮膚の表面をエクトプラズムで覆ってそれらしく見せかけるだけで、実際には変わっていないというが。

 ただし、制限もあって、例えば今の僕が十個くらい赤を飲んで若返っても、背の高さまでは誤魔化せない。所詮エクトプラズム。身体の大きくすることはできるが、小さくすることまでは出来ない。すると、成人男性の身長と子供の頭身をした世にも奇妙な生き物が誕生するとか。どこのホラーだ。

 あと十年くらいしたら、外での生活に支障が出るであろう僕のために用意してくれた薬だが……すっかり忘れていた。

「ん、飲んどくか」

 蓬莱人になってから誕生日は何度も過ぎている。本来なら、僕はもう二十三歳。なったのは二十歳の時だから……三粒。

 適当に三粒の青い丸薬を飲み込む。水がないので苦しかったが……なんとか飲んだ。

「……これでいい、のか?」

 ……なんにも変わった気がしない。効果に時間がかかる? いやあ、確か永琳さんは、飲んですぐ効果が現れるって言っていたし。
 これは、僕が多少年を経ても、なんも変わらんってことなのか? 確かに、多少僕は若く見られるが、三年くらいじゃなにも変わらないのか。

「はあ。まあいいや、行こ」

 今日は、このあとパチュリーのところに行く予定だ。
 話の種にでも、と今見つけた丸薬の箱をリュックに詰め、僕は霊夢に一声かけて飛び立った。




 ――後に、思った。なんで僕はこんなものを話の種にしようとしたんだろう。



















「へえ、これがねえ」

 魔法の勉強を始めて数時間。
 パチュリーとお茶をしに来たレミリアが、いるんだったら参加させてあげるわ、と快く(……だろう、多分)お茶会に誘ってくれたので、ご相伴に預かった。
 茶菓子は小悪魔さんが作り、お茶は咲夜さんが淹れてくれて、今はその二人は背後に控えている。

 そして、レミリア、パチュリーに加え、いつものように僕が来るなり隣で一緒に本を読んでいたフランドールも参加し、美鈴以外の紅魔館メンバー全員集合である。
 ……前も思ったけど、門番も意外と寂しいポジションだな。宴会にもなかなか参加出来ないし。

「あそこの薬師、なかなか面白いのを作るわね」

 んで、僕が見せた年齢詐称のための薬を見せたところ、意外とレミリアが食いついた。基本的に、面白そうなものにはなんでも食指の動く奴である。

「まあ、僕が社会生活を送るためには必須だしな。そこら辺は、気にしてくれたみたいだ」
「まだ外の世界に居座る気だったって……その方が私としては驚きだけど」
「……居座るってなんだよ。僕は元々、外の人間だっつーの」

 パチュリーの言葉に、僕は若干嫌な顔をして答える。
 いや、確かにね? 僕も、どっちかっつーとこっち寄りだよなあ、と最近思ったり思わなかったり。でも、外の世界は捨てられない。まあ、その、ね? 色々あるんだよ、色々。

「ねー、良也。飲んでみてよ」
「……いや、来る前に飲んだんだけどな」
「全然変わってないよ」

 マジでか。鏡で確認したわけじゃないから、少しはダンディーな雰囲気が醸し出されているかと思ったのに!

「そ、そうか? フランドール。もっと良く見ろ。こう、大人の雰囲気が出ていないか? 二十歳の僕から二十三歳の僕へ、華麗な変貌を……」
「……大人?」

 じー、とフランドールが見つめてくる。や、なんだ、そこまでジロジロ見られると、少し照れるな。

「やっぱり変わってないよ」
「……パチュリー」
「ヒゲの一つも生やしてみたら?」

 剃るまでもないほど薄いっす。

「レミリア」
「まだまだガキね」

 お前には言われたくねえよ!

「咲夜さん、小悪魔さん!」
「変わっていませんわ」
「ええと、すみません。わかりません」

 ぐはっ……咲夜さんはまだしも、小悪魔さんにまで言われるとは……。つーことは、二年三年じゃ、成長したように見えないってか。

「ねえ、もっと飲んでみせてよ。流石に十年分も年を経れば、見た目も変わるでしょう? 私、三十くらいの血もけっこう好きなのよね」
「……そうなの? 若い方が良いと思ったが」
「それはそれで悪くないけど」
「ていうか、血の味は変わらないと思うが」

 ふむぅ、しかし。本当に効果があるか疑問になってきたし、試してみるのも悪くないか。
 と、思い、言われるままに青を十粒、続けて飲んだ。

「……お?」

 しばらくして、少しだけなにか変わった気がする。
 なんだろう、敢えていうならば少し身体が重くなった? それに、肌の張りが若干なくなったような……

 永琳さんは、この薬は自分自身の肉体に対する認識も変える、と言っていた。要するに、精神なんか所詮肉体の奴隷的なもので、年を取ったと肉体に認識させればそれ相応の心に成熟するとかなんとか。
 うーむ、そう思うと、ついさっきまでに比べて少しだけ落ち着きが出てきたような。

「へえ」
「な、なんだレミリア?」

 あ、声も少し変わってる?

「年を取った方がいい男じゃない? まあ、私のストライクゾーンからは、十光年ばかり離れているけど」
「それはビーンボールどころの騒ぎじゃないな……」

 レミリアが、僕を好みとか言うのもまるきり想像出来ませんけどね。

「なんか、おじさまって感じ」
「お、おじさま?」

 フランドールの無邪気な言葉に、顔が引き攣る。
 お、おじさま……まだ二十代前半のピチピチの若者だってーのに。……はっ、今ピチピチとか死語使っちまった!

 くっ、恐ろしいぜ、永琳印! 語彙すら操るなんて。

「これはまた、ヒゲの似合いそうな感じね」
「なあ、パチュリー……。お前、もしかしてヒゲフェチ?」
「違うけど」

 心外そうにパチュリー。
 本当か? 本当にか?

 ったく。

「ああ、咲夜。お代わりをもらえますか」
「かしこまりました」

 ふと、紅茶が無くなっているのに気が付いて、咲夜にお代わりを所望する。

 …………あれ?

「お待たせいたしました」
「いや、待ってないよ」

 ごく自然に、咲夜からの給仕を受け……あれ?
 ……なんか、極々自然に咲夜って呼び捨てているんですけど。ていうか、今まで慣れたとは言え、胸の中にあったメイドへの憧憬がほとんどなくなっているんですけど。

「へー、年をとるとこんな感じになるのね。根本のところは変わっていないみたいだけど」
「い、いかん! これは、僕が僕で無くなっている気がするっ!」

 若い衝動がなくなったと言うか! 今までの僕なら、咲夜さんのスカートの裾とかすごく気になっていたはずなのに、今となってはまったく気にならなくなってしまっている!
 いや、気にはなっているんだが……なんというか……こう、パトスっつーの? そういうのがなくなって、ネチネチした情欲が。

 ああ、これがスケベオヤジか。

「……駄目だ駄目だ。これはいかん」

 少しずつなら大丈夫なのかもしれないが、正直一気に年を取るのは危険だ。身体と心のバランスが取れなくなる。ていうか、急激に老け込んだ気がする。……あ、気がするじゃないのか。

 ばく、と赤い方を十粒飲んでリセットする。

 ……おお、身体に元気が沸くとともに、なんか視界までクリアになった気がする。
 咲夜さんのスカートは……うん、すごく気になる。中を見たい……と思ったら、いつの間にか前で組まれた咲夜さんの手に、ナイフが握られていた。……ごめんなさい。

「あ、いつもの良也だ」
「ふっ、どうだフランドール。これでおじさまとは呼ばせん。お兄ちゃんと呼べ」
「お兄ちゃん? いいね、それ」

 ぶっ!?

「じゃあ、これからはお兄ちゃんって……」
「いや、待ったフランドール。今のナシ。お前が『お兄ちゃん』は、なんか色々危険な気がする」

 まさか僕の鋼鉄の意志が揺らぐはずもないが、それでもフランドールが『お兄ちゃん』と呼ぶのは危険すぎる。万が一がありえないとは言い切れない。
 第一……

「へえ、フランにお兄ちゃん、ねえ? それは、私と結婚でもするつもり?」
「いや、あのな?」
「それとも、我が一族に加えて欲しいのかしら? でも、そうなると貴方は年齢的に末弟になるわけだけど」

 そもそも、そんなことありえないけどね、と実の姉であるレミリアがもの凄い威圧感を放ちながら僕に語りかける。
 ……いや、お前の妹を取ったりしないから。あと、どっちの選択肢も御免被る。特に後者、今でさえこうなのに、弟て。どんだけ虐げられるかわかったもんじゃない。

「そ、それより。レミリアも飲んでみれば? 何百年もその姿のままなんだろ?」

 この話題は危険だ。そう思って、僕は話の転換を試みる。

「……別に、成長出来ないってわけじゃないわよ。この姿が気に入っているし、バランスも取れているから止めているだけ」
「あ、そうなの?」

 幻想郷にはやたら幼女が多いからてっきりそれ以上成長しないのかと思っていた。

「なにをするにも、不足はないからね。でも、それはそれで面白そう」
「あ、じゃあ私も!」
「じゃあ、フラン。一緒に飲みましょうか」

 きゃっきゃと幼女二人は楽しそうに、薬を数える。

 ……うーん、

「ちなみに、パチュリーは?」
「私は別に良いわ」

 そっか。んじゃあ……

「咲夜さ「嫌です」」

 ……いやいや。んな、人の話の途中でぶった切らなくても。

「べ、別に試してみるくら「お断りします」」

 にっこりと瀟洒な笑み。
 た、確かにこの中では、一番外見年齢は上だけどさ。もうちょっと大人な雰囲気を纏った咲夜さんというのも、悪くないと思うんだ。

 んで、ふと気になったんだが、

「……ちなみに、咲夜さんって実年齢は」

 いくつ? と聞こうとしたら、背中にチクっとした感触。
 すす、と自然な動きで僕の背後に回った咲夜さんが、ナイフを突きつけている……んだよな? はは……怖い。

 さり気なく、レミリアからは見えない位置に陣取って主人の目障りにならないようにする辺り、流石はメイドの鏡というところだが、そもそもメイドってお客に刃物を突きつけたりしないよねえ?

「あ、ほらほら、レミリアとフランドールが変身(?)しますよ」
「ええ、そうですね」

 もうさっきの話は続けませんよー、をことさらにアピールして、なんとか危険からは逃れることが出来た。
 ……ふぅ、危なかった。

「ふ、う。変わったのかしら? ……うまくいったみたいね」
「お姉さま、私は?」
「あら、立派な淑女になったじゃない」
「そう? 自分では分からないけど……。咲夜ー、鏡を持ってきて」

 かしこまりました、と咲夜さんが言った直後、姿見が現れる。これは、確か吸血鬼も映るという魔法の鏡だ。というか、この館の鏡は全てそうだとか。
 ……まあ、それはいい。っていうか、

「わあ、お嬢様方、お綺麗になりましたねえ」
「あら、小悪魔。それだと、成長前の私は綺麗ではなかったと?」
「どちらかというと、可愛らしいというのが先に来ます」
「ふん、まあそうかもね」

 レミリアも、満更でもない様子。というか、意外と小悪魔さんって、紅魔館でのヒエラルキー高いのな。レミリアに真っ当に意見を言うなんて。

 っていうか、っていうか、

「どしたの、良也?」
「…………いやあ、化けたなあ」

 十六、七くらいにまで成長したフランドールに覗き込まれ、僕はさりげなく視線を外すと同時、なんとかそれだけ口にした。

 美人になるだろう、と予測は付いていたものの、これは少々予想の上だ。和風、洋風の違いはあるものの、輝夜に勝るとも劣らない。

「あら、良也、照れているの?」
「……ほっとけ」

 我が師匠がからかいモードに入っていた。ええい、察してくれ。

 あれは幼女、あれは幼女、と何度か唱えて、なんとか平静を取り戻した。

「ふうん……良也が性格を変えていたからどうだろうと思ったけど……。大して変わらないわね」
「……そうなのか」
「まあ、たかが二十年少々生きただけの小僧と、私じゃ比較にはならないけど」

 その見た目になっても、あの我侭っぷりなわけね……へいへい。

「うーん、なんか変な感じ」

 肘の辺りをさすってフランドールがはてな顔。

 ああ、確かに。変な感じかもなあ……。急に手足が伸びて視点が高くなったんだから。エクトプラズムの擬似神経……らしい。詳しいことも説明されたが、よくわからない。すごいってことだけはよくわかる。
 まあでも、エクトプラズムによって補正された部分は、強度が殆どなく、弾幕でも受ければ一気に変身は解けてしまうって永琳さん言っていたっけ……。

 ううむ……しかし、

「む、う」

 当然と言えば当然だが、服までは大きくならない。まあ、破れたりしなかったのは不幸中の幸いだが……その、スカートのミニスカ度合いがハンパない。元々、レミリアより短めだったが、スゴいことになっている。巷の女子高生より更にギリギリを狙っている感じ。
 裾から覗くおみ足が、ヤバい。あれはフランドールだろ、僕。自重しろ、と、何度も何度も何度も言い聞かせても視線は固定されて、

「ところで、いつまで私の妹を不埒な目で汚しているのかしら?」
「――はっ!?」

 気が付くと、殺気を漲らせて屹立する吸血鬼様の姿が。
 その威圧感……というか、殺気は、今まで味わったことがないほど鋭く、大きい。

 マズい、逆鱗に触れた。

「まだ月は出ていないけれど……そうね、月が出てくるまで死に続けなさい」
「あと三時間はありますけどっ!?」

 そんなに殺られ続けたら『死にたいと思っても死ねないので――』っていう、例の人みたいになるだろうが!

「貴方なら大丈夫でしょう? 信頼しているわよ」

 んな信頼はいらねえ!
















 ちなみに――
 当のフランドールが取り成してくれたお陰で、一死で済んだ。

 その後、ことあるごとにフランドールが件の薬を所望するようになったが……無論、断固として断ったことは言うまでもない。



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