人里の路上は、僕以外にも色々な人が行商をしていたりする。
 店を構えるほどではないが、趣味でモノ作りを嗜んでいる人が作ったものを売ったり、紙芝居や大道芸をやる人もいるし、たまに慧音さんの青空教室なんかもあったりなかったり。

 んで、その中でも最近、一際熱心なのが、

「里の皆さん。妖怪のことを考えてあげましょう。幻想郷に生きる者の半分は妖怪です。良き隣人として――」

 などと説法する聖さんなのであった。
 しかし、半分ねえ……妖怪の方が多い気がするのは僕だけか? 妖精や幽霊を加えたら、ダントツで人外の方に人口比は偏っているんだが。

「…………」

 しかし、意外と熱心に聞いている人もいる。まあ、幻想郷には暇人も多いしな……働かざるものなんとやらではあるのだが、外の世界に比べるとぐっと時間に追われない生活なので。

「もちろん、妖怪が悪事をした場合は別です。その場合は、命蓮寺に是非ともご相談を。仏の力で、改心させてみせます」

 仏の力かあ。強いよね、仏。なにせ、それに仕える僧侶の聖さんですらアレなのだ。さぞや強いに違いない。

「よろしくお願いしまーす」

 そして、手伝っているムラサが笑顔を振りまいている。
 命蓮寺の妖怪たちは、基本的にウケがいいので、みんな好意的な視線だ。

「人間と妖怪の自由と平等のために、是非とも命蓮寺、命蓮寺をよろしくお願いします」

 どこの選挙だ、とその日は呑気に思っていた。



















 次の週。

「古来、日本の精神に根ざした神道――守矢神社は、由緒正しい神徳を以て、皆さんの生活の平穏をお約束いたします」

 これまた、微妙に胡散臭い文句で信仰を集めんとしている東風谷の姿があった。

「皆さん、多少遠いですが、是非とも守矢神社に来て下さい。皆さんの信仰に、我が社の祭神は必ず応えてくれます。これから、守矢の神社へのツアーを始めますので――」

 毎度お馴染み、東風谷の守矢神社観光ツアーだ。彼女が先導する限り、そこら辺の有象無象の妖怪など、それこそ物の数ではない。安全な道中になるため、特に老年を中心として評判が良いのだが……

「……なんであれでみんな集まるんだろう」

 さっきから聞いていると、どうにも安っぽい新興宗教の信者集めみたいだった。こんなこと東風谷に言うと、絶対に殺されるけど。
 しかし、どうしたんだろうねえ、前はもっと、落ち着いた切り口で話していたと思うんだけど。

「今なら、守矢神社観光ツアーに参加の方に、この神奈子様特製のお守りを……」

 どこまで必死なんスか。
 小遣い握りしめてやって来た坊主におまけのキャンディを一個手渡しながら、心の中でツッコミを入れる。

 やがて、十数人の人間が集まったところで、東風谷は妖怪の山向けて歩き始めた。まだちょっと人数的に不満げだったが、むしろこの真昼間から十人以上も集まったのだから上々だろう。歩きじゃ、守矢神社まで少しかかるし、昼間から行かないと行けないってのはわかるんだが。

「ん?」

 わいわいがやがやと、里の外へと向かっていく東風谷を先頭とした集団と、外から来た――あれは、聖さん達か。その二つの集団がすれ違う。

 ギロッ、と主に東風谷が、聖さんを睨んだ。

「あ〜〜〜、そーゆーことね。ん、それ? はい、お釣り三百万円」

 買い物に女児にお釣りを返しつつ、一人納得する。
 そういえば、信仰を命蓮寺に取られているとか言っていたもんなあ。必死になって守矢神社を巻き返す気か、東風谷。でも、言っとくけど、逆効果だと思うよ、それ。

「お隣、失礼させて頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ、はい。どうぞ、聖さん」

 前、聖さんがいた場所は、今は別の人が手作りの人形なんかを売っている。申し訳なさそうに、聖さんが僕の隣のスペースに陣取った。

「なんか、東風谷が睨んでましたねえ」

 ささ、と身なりを整え、カンペらしきものを読み返していた聖さんに、何気なく話題を振った。

「そうですね。彼女の思想は『妖怪は退治するもの』ですから。私たちと相容れないのはわかっていたことです。私のお寺に分社が置いてありますが、本当に置いてあるだけですし」
「……いや、多分東風谷が敵視しているのはそーゆーことじゃなく」

 あと、あそこの神様は妖怪と仲良いから。天狗とよく呑んでるから。東風谷が怒っているのは、単に参拝客を取られたからだからだと思う。
 それに、妖怪退治を趣味にし始めたのは、聖さんの時の異変からだし。……嫌な趣味も持ったもんだ。

「ふう、私としては、無駄な争いは好まないんですけどね」
「東風谷は、信仰に関しては厳しいですから」
「今ひとつわかりませんね。我々は、神と言うわけではないので、信仰はあまり関係ないのです」

 そういえば……一応、あの寺で一番神――仏よりの寅丸さんは、毘沙門天の弟子ではあるけど、化身とかじゃないんだっけ。
 と、すると、信仰によって力が左右されたりはしないのか〜。そりゃ、東風谷んところとは大分事情が違うな。

 ……あっちの神様も、信仰云々より、酒が呑めるだけの金が入るかどうかが大切な気がするが。

「東風谷に取っては大切なんだそうです。だからまあ、あまり気にしないでやっていただけると」
「はい、わかっています。あんな子供にムキになるほど、大人げなくはありません」

 東風谷は子供かあ……というか、僕ももしかして子供扱いされてる? まあ、ン百年生きている妖怪達に比べりゃ、そりゃ僕は子供だろうけどさ。

「でも」

 そして、聖さんはぼそっと付け加えた。

「向こうから襲いかかられたら、私も精一杯抵抗しますよ」

 ――あ、嫌なフラグ立った。




















 更に次の週。

「……いい天気だなあ」

 空を見上げると、抜けるような青空。雲ひとつない、さりとて日光が強いというわけではなく、過ごしやすい穏やかな陽気。
 こんな日は、のんびりと家の中でダラダラと漫画を読みつつ、居眠りでもして過ごしたい。

 無論、この人里一の大通りも、いつもより若干人が多い。子供連れの母親や、暇を持て余した老夫婦などが道を行き、のんびりと露店を冷やかしている。
 文句のつけようもないロケーション。こんな日の商売はいつも気分がいい、それだというのに――

「守矢神社、守矢神社をよろしくお願いします」
「人と妖怪が手を取り合う理想郷、命蓮寺に、皆さん来て下さいね」

 僕の周りだけ、なにやら空気が痛い険悪空間となっていたっ!

「仏門にありながら酒を嗜むお寺より、うちの神社の方がずっと良いですよー」

 あっ、東風谷が攻撃を始めやがった!? い、いつも優しくて成績優秀で穏やかな東風谷は、もはや遠い記憶と化しているのですねっ。
 ……はあ、本当に信仰集めには容赦がない。

 しかし、

「妖怪を妖怪というだけで敵視して、攻撃を仕掛ける好戦的な巫女のいる神社より、誰もが平等に在ることができる命蓮寺が良いとは思いませんか」

 聖さんも反撃をし始めたーーっ!

 やばい、やばいよ、これ。なんか、二人とも、お互いのことを気にしていませんよー、的な振りをしながらも、バチバチと横目で睨みまくっている。物理的に火花が飛び散りそうな勢いだ。

 ……まあ、それはいい。いや、よくはないけど、こういう争いをしてこそ友情が築かれると良いな(希望的観測)と思う。
 しかし、何故に君たちは僕の両隣にスペースを構えてやるんですか。あれですか、僕ぁ緩衝材かなにかですか。むしろ、中立地帯ですか。ちゃんと中立は守ってくれよ?

 里の人達も、遠巻き……あくまでも遠巻きに観察しながら、『次はなにをするんだろう』って感じにワクワクしているじゃないか。っていうか、あれは絶対弾幕ごっこ的なものを期待しているぞ。
 弾幕ごっこって、遠くから見る分には綺麗な色と模様で、人間は花火代わりに楽しんでいるというが……あの、もうちょっと近くで体験してくれ。そんなのんびりしたものじゃないから。

「な、なあ、東風谷」
「なんですか先生。今は仕事中なので、後にしてください」

 とりあえず、この変な空気を止めようと話しかけるが……すげなく却下された。

「……聖さーん」
「なんでしょう? 私のお話を聞いていただけるのですか? 大丈夫です。私『は』、たった一人の方でも、無碍になんてしませんから」

 うわーーっ、泥沼!?

 顔を引き攣らせた東風谷が、聖さんと視線を真正面からぶつかり合わせ――ちょっ!? 今、マジで青い火花が散ったんですけど!?

 凄まじいまでの緊張感。普段は好戦的な訳ではないが、信仰を取られたことでボルテージを上げている東風谷と、自分からは仕掛けないものの喧嘩を売られたら買う聖さんの衝突が今まさに始まらんとしている。
 ……二人とも、なに懐に手入れてんの? スペルカードなんですか? ねえ?

「二人とも……」
『なんでしょう』
「とりあえず……僕が逃げるまで待ってくれない?」

 慌てて今日の商売は仕舞いと、広げた商品をリュックに詰める。……急げ急げ、いつ爆発するかわかったもんじゃな……あ! チャックが閉まらない!

「……なんで先生が逃げるんですか?」
「いや、巻き込まれたら嫌だなあ、って」
「なにに巻き込まれると?」
「いや、聖さん。この状況でそれを聞きますか?」

 ステレオで尋ねられ、背中に嫌な汗が流れる。二人とも、いつも通りを演出しようとしているが、纏ったピリピリした空気で全部台無しだ。
 おーい……ファンが減るぞ〜。二人とも、里の男に人気あるんだからさあ。

「妖怪じゃあるまいし。そんな先生を怖がらせるようなことはしませんよ」
「……またしても偏見。全く、貴方のような独善的な人間は、私が寺にいた頃から変わっていない。誠に――」

 『誠になんとか』入ったァ!?

「……なにしてんの、良也さん」

 と、そこへ、空気を読まないのんびりした声が割って入った。
 臨戦態勢に入っていた二人も、突然の闖入者に目を向ける。

「霊夢?」

 振り向いてみると、滅多に人里に現れない巫女が、買い物袋片手に呆れた目でこっちを見ていた。
 何気ない立ち姿なのに、僕には後光が差して見える。おお、霊夢、なんというナイスタイミング。

「れ、霊夢? なに買ってきたんだ?」
「お茶っ葉よ。切らすなんて、私としたことが迂闊だったわ」
「そりゃあ、本当に珍しいな」

 よ、よし。僕と霊夢の、なんとも和やかな会話に、東風谷と聖さんは気勢を削がれたようだ。困惑した様子で、お互いをちらちら見ている。

「……で、そこの二人はなにしているの?」
「ああ、それぞれ、自分ところの宣伝だよ。里の人達を、自分ところに呼びこもうと、二人とも頑張っているんだ」

 意識して、茶化して答える。
 実際は『二人とも頑張っているんだ』で済まされるような事態ではなかったのだが、今はこう言っておくのが吉だろう。

「……へえ」

 な、なんだ、霊夢? 今の邪悪な韻を含む『へえ』は?

 って、そういえば――!

「道理でうちの神社に人っ子一人寄ってこないと思っていたら、あんたたちがうちの客を横取りしていたわけね」

 そういえば、こいつも巫女だったーーっ! いや、巫女ってことは覚えていたけど、その意味を忘れていた!

「横取りって……」
「その……」

 東風谷と聖さんは困ったように僕に視線を送る。
 な、なんだよう、僕はなにも言わないぞー。思うところはあるけど―。

 と、僕が口を噤んでいると、二人は諦めたように口を開いた。

「霊夢さん――というか、博麗神社は、眼中に無いと言うか」
「里の方たちも、あそこは危険地帯だ、と」
















 その後のことは思い出したくもない。
 爆発した霊夢と、同じく鬱憤の溜まっていた東風谷と聖さん。三つ巴の戦争。僕は、なんの抵抗も出来ず、争いの中心から弾かれた。

 ……ちなみに、騒ぎを聞きつけた慧音さんがうまく収めてくれて、里は崩壊の憂き目から逃れたという。気絶していたから、覚えていない。



前へ 戻る? 次へ