相変わらずデカイ門構えにちょっと躊躇する。
 呼び鈴……なんてものはないので、直接門に入った。

「あら、いらっしゃいませ」
「ああ、こんにちは」

 玄関を整えていた女中さんが迎えてくれた。……っていうか、以前ちょっと助けたことのある南さんだ。

「阿求ちゃんに呼ばれてきたんだけど……」
「はい、伺っています。こちらへどうぞ」

 そう、僕は菓子を売っている際、いつものように買いに来た阿求ちゃんから『この後お時間があれば、うちのお屋敷に来ていただけますか?』なーんて言われて、ノコノコ来たわけである。
 ……別に、妖怪の屋敷ってわけじゃないから、とって食われやしないはずだ。こんなことを心配する時点で色々間違っているが。

 南さんの案内で、何度か入ったことのある阿求ちゃんの部屋に辿り着く。

「阿求様。良也様がいらっしゃいましたよ」

 呼びかけると、なにやら書き物をしていた阿求ちゃんは筆を置き、笑顔で出迎えてくれる。

「ああ、お待ちしていました。ささ、どうぞどうぞ。南さん、良也さんの分のお茶をお願いしますね」
「はい」

 勧めてくれた座布団に胡座をかき、ちょいと何を書いていたのか覗いてみ……

「駄目ですよ。これは個人的な書き物ですから」
「……はあ。それで、なんでまた今日は僕を呼んだり?」

 それがですね、と阿求ちゃんは机の上の紙を仕舞い、別の紙の束を部屋の隅から取り出して広げた。
 って、なにかと思えば……

「幻想郷縁起じゃないか」
「はい。幻想郷縁起の原稿です」

 ああ、ちょっと懐かしい。幻想郷縁起は結構前に天狗の手により製本され、里に何冊か配られたのだ。妖怪や妖精の実態がわかりかつ、読み物としても可愛らしい絵でそこそこ読めるとあって、かなりの人気を博した。

「それが、どうかした?」
「いえ、それがですね。いつもなら、当家は百何十年かごとに幻想郷縁起を刊行しているんです。なぜそんな間隔かというと、人間に比べて妖怪の面々の顔が変わることがあまりないからで」
「はあ……」
「それが、ここ数年、地底が開放されて一気に見知らぬ妖怪が増えたんですね。十把一絡の者ならともかく、大きな力を持つ妖怪が何人も。流石に、これは放置するわけにもいかず……『増刊号』を出そうと思い立ったんです」

 ほら、と阿求ちゃんが見せてくれた一枚には、やはり妙に漫画チックにデフォルメされた聖さんの姿と、その詳細が……ん? この人英雄伝に載っているけど、いいのか、ここで?

 ……いいということにしておこう。なにかと面倒そうだ。

「命蓮寺の方は、こうして追加出来るんですが……地底に引き篭っている妖怪については、なかなか筆が進まないのが現状でして。交流のあるという良也さんに、是非協力していただけたらなあ、と、こういう次第なわけです」
「はあ……」

 む、難しいな。幻想郷縁起は、後々まで残る資料。そんな文書の中に、僕の見解が混じるってのは……その、なんだ、ちょっと怖いと言うか。地底の人たちが万が一目にしたら、そしてその記述が気に入らなかったら、僕はどんな目に遭わされるだろう。
 地霊殿の人はともかくとして、それ以外の地底の妖怪は……特にネチっこいのがあのパルスィだ。ヤマメなんかも、能力的にすごく怖い。

「……駄目ですか?」
「あ、いや。別に駄目ってわけじゃあ」
「よかった! じゃあ、まずはですね――」

 あ、しまった。阿求ちゃんが残念そうに聞くから、思わず了解してしまった。
 仕方ないんですよっ! 子供、しかも女の子を悲しませてはイケマセンってのは、これ人類共通の本能なわけでして!

「お茶をお持ちしましたー。お茶菓子も、丁度今日、美味しいお饅頭を仕入れたので〜」
「あ、ありがとう南さん。それじゃ、良也さん。お茶でも飲みながら、ゆるりと聞かせて下さい」

 ……『やっぱなしで』とは言えない空気だ。
 もしや、阿求ちゃん図ったか? だとするならば、末恐ろしい幼女だ。交渉のやり方を心得ておる……

























「……んで、さとりさんは、地底ではみんなに嫌われているみたいだけど、多分僕の出会った中でも一、二を争う常識人で。あ、でも話すとき、いちいち先読みするから、確かに怖がられるかも……」
「ふむふむ」

 僕が話すと、阿求ちゃんが一つ一つ頷きながら、さらさらと筆を走らせる。
 あくまで今はメモ書きで、後から纏めるのだそうだが……筆の動きがいかにも早い。手で書くよりキーボード打ちの方が何倍も早い現代っ子の僕としては、そのスピードにただただ驚くだけだ。

 しかも、すんごい速筆にも関わらず、字が綺麗だ。達筆すぎで僕には読めないが。

「ときに、阿求ちゃん。こんな説明でいいのかな? 正直、とっちらかった説明になっているって、自分でも思うんだけど」

 乞われるまま、地底の妖怪たちの能力や容姿、性格、その他を話してはいるが、別に頭の中で整理していたわけでもなく、思いついたことを徒然なるままに話しているだけだ。
 正直、役に立つかどうか疑問である。

「はい。構いません。今までの妖怪だって、目撃証言だとか長年の推測だとかで書いているんですから。たまに本人からの申告もありますけど」
「……本人からの申告? んなのあるの?」

 そういえば、前も自薦とか言っていたっけ?

「はあ、紫様なんて、自分で原稿を持ってこられましたが。幻想郷縁起を改めるついでに」

 ……なにやってんだスキマ。ていうか、そうか。道理で幻想郷縁起のスキマの項目が、いいことしか書かれていないわけだ。本来ならもっと『胡散臭い』とか『グータラ』とかいう単語が出てくるはずだ。
 なんていうか思う。……必死だな括弧笑。

「ふっ!」

 そして、思った直後に全周を警戒する!

「………………ふぅ」
「なにやっているんですか?」
「いや、ちょっとね」

 攻撃は来なかった、かあ。
 ふっ、スキマの勘も大した事はないな。

「英雄伝、土樹良也……よく不審な行動を取る、って付け加えた方がいいかしら」
「……本人の前で言わないで欲しい。傷つくから」

 あと、僕を『英雄』に振るのはやめて欲しい。製本された幻想郷縁起読んで、恥ずかしくなったんだから。まあ、僕や森近さんが入っている時点で、英雄の定義もよくわからないけどさ。

「大体、付け加えるって簡単に言うけどさ……」

 そりゃ難しくないか? 製本するのは幻想郷では一仕事で、そうほいほいできるものじゃないと思うんだけど。

「色々と加筆したいことが増えてきたので、加筆修正した第二版も構想にあるんですよ。この時代は、人と妖怪の距離が近過ぎて、日毎妖怪の新しい一面が発見されるので」
「この時代は……って、また、昔を見てきたみたいに」
「あら、言っていませんでしたっけ? 私、こう見えても良也さんよりず〜〜っと長生きですよ」

 またかよっ!?

 って、いやいや、待て待て。阿求ちゃんは人間だ。

「背伸びしたがるのもわかるけど、ゆっくり大人になればいいよ」

 そう、なんか優しい目になる。ハハハ、こいつめ。

「……頭をグリグリしないで欲しいんですけど。確かに私は、九代目としてはまだ十歳ちょいですけど」
「なんか引っかかる言い方だなあ。どゆこと?」
「いいです。事情をお話します」

 まだ『私はもう大人ですよっ』作戦は続いているらしい。どんな設定を聞かせてくれるのだろうか。
 マセているというよりは大人っぽい阿求ちゃんだが(あくまで性格の話である)、まだまだやはり子供なのだなあ。

「私、稗田阿求は、初代阿礼の時から転生を繰り返しているんです」
「転生ねえ……」

 出た、転生ネタ。『生まれる前は光の戦士で云々』なんてのは、外の世界でもポピュラーな設定である。流石に、この手の妄想は結界をも超えるか。

「閻魔様に奉職して、能力と記憶の一部を受け継いで、この稗田の家に生まれるように術を組むことを許可してもらうのです」

 ……あれ? なんか筋が通っちゃった。
 確かに、パチュリーん所で転生の秘術については見たことがある。えらいハードルの高い術だったと記憶しているが、阿求ちゃんの言う通り、死者の元締めである閻魔の許可があれば、不可能ではないかも。

「うーん」

 にわかには信じがたい。
 確かに阿求ちゃんは、幻想郷縁起を書くという使命を生まれた時から持っていたせいか、凄い知識と教養の持ち主ではあるが……んな年月を積み重ねた性格には見えない。

 と、ゆーよーなことを話すと、

「そりゃそうです。過去の記憶は完全には受け継げませんから。過去のことは、過去の資料を読んで知るんです。そのために、求聞持の能力を引き継いでいるんですから」
「求聞持……って、ああ、あの。見た物を忘れないとかいう、受験の時に非常に便利なアレ」
「受験?」

 ないんだよねー、受験。あったら、阿求ちゃんなら東大でも余裕だったやも知れぬ。

 でもなあ……

「忘れられないって……前から思っていたけど、昔の恥ずかしいこととか忘れられないのって、地味にキツいと思うんだけど」
「そのようなことは……」

 と、言いかけて阿求ちゃんはなにかを思い出したのか、頭を抱えてうーうーと首を振った。
 なんだろう……まあ、人には黒歴史の一つや二つや三つや四つや……とにかく、数えきれないほどあるものだ。どれかを鮮明に思い出してしまったんだろう。

「ま、まあとにかく、これで私が転生していて、良也さんより年上ということは信じてもらえましたか」
「……はあ、まあ」

 別に証拠らしきものは一つも提示されなかったけどね。まあ、ここはほいほい頷いておこう。

「ぜんっぜん信じていませんね?」
「まあ、その、なんだ。次の転生の時会ったら信じる」

 稗田の家に代々生まれるってことは、そのうち会うだろうし。

「……そうでしたね。殺しても死なない人でした」

 言うと、阿求ちゃんはそっと笑った。

「どうです? 私が本当に転生していたら、たらふくお菓子を奢ってもらうと言うのは」
「んー? 別にいいよ」

 それは、けっこう面白そうだ。

「それはそれは。来世の楽しみができました。閻魔様のところでの仕事にも張りが出るというものです。是非に奢ってもらいましょう」
「あ、その時の僕の経済事情が分からないので、そこらへんはちょっと考えて」
「ふふ……検討します。……これ以上来世のことを語ると、鬼が笑いに来そうですね」

 来年の事を言えば鬼が笑う、だったか。来年どころじゃないからなあ。萃香に勇儀さんが来て、プギャーと変な笑い方をしそうだった。








 そうして、阿求ちゃんは幻想郷縁起増刊号の執筆に入り、僕は邪魔しちゃ悪いので帰ることにした。

 この約束が果たされたのは、実に百二十年ほど後の話である。













 追伸:博麗神社に帰ったら、スキマにボコられた。曰く『なんかムカついた』とのこと。……意外に、勘が鋭い。



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