観察する。

「…………」

 視線の先では、銀髪……というより白髪に近い髪をした少女が、庭に幾つか並べてある鉢を真剣な目で見つめている。
 沈黙が重い。腕時計を見てみると、まだこの状態になってから三十分も経っていないはずなのに、もう一日中ああしているように見える。……いや、冷静に考えると、三十分でも充分すぎるほど長いけど。

 いい加減、この重っ苦しい沈黙を破ってしまおうか。でも、後で文句言われそうだしなあ、と僕は先程から何十回目かの懊悩を繰り返し、そこで、

「っ!」

 短い呼吸音。と、同時、腰に差した刀に、少女の手が伸び……気が付いたら、彼女は楼観剣を振り抜いていた。
 ……いや、おかしい。どこを早送りした。柄に手を掛けてから振り抜くまでの過程がすっぽり抜けているぞ。じっと見ていたのに。

 あまりの早業に、内心ツッコミを入れていると……ややあって、彼女が向き合っていた鉢に植えられた松――要は盆栽――の枝が、やっと自分が斬られたことを悟り、ぽとりと落ちる。

 僕は、思わず拍手をした。我ながら、白々しかった。

「すごい、妖夢。なにがすごいのかよくわかんないけど、なんとなくすごいっぽいのはそこはかとなくわかる」
「……良也さん、もしかして私を馬鹿にしているのでしょうか」
「とんでもない。いやー、妖夢はすごいなー」

 超棒読みで賞賛しつつ、すっかりぬるくなったお茶を啜る。

 冥界は、白玉楼。久しぶりに遊びに来たこの日は、偶然にも妖夢の休日だったらしい。
 ……どうも、幽々子はこの前の妖夢の『初めての休日』以来、従者抜きでのびのびと一日を過ごすのにハマったそうな。それで、妖夢に月に一日、休日を与えているのだ。月一日ってところに、幽々子の妖夢への依存っぷりが現れている。

 んで、この前見たく『休みの過ごし方がわかりません』なんて年頃の乙女にあるまじきことを言ってないか、と妖夢をからかってみたところ……自信満々に、これを見せられた。

「さて」

 ぬるくなった茶を一気に飲み干し、どうだと言わんばかりに胸を張っている妖夢と視線を絡ませる。

「はい。どうでしょう、私のこの休日の満喫っぷりは」
「……いや、駄目だろ」

 んで、一瞬で却下した。

「な、なぜです? ほら、鉢植えも、黒松だけではなく、杜松や梅なども揃えています」
「いやいや、盆栽が駄目っつーわけじゃなくてさあ。……いや、正直なところ、どうかと思うけど。それよりもなにより、普段とやってること変わらないじゃん」

 妖夢の仕事は庭師。幽々子付きの使用人っぽいところもあるが、あくまで本業は庭師。
 つまり、この馬鹿広い白玉楼の庭を手入れするのが仕事だ。当然、庭内には観賞用の木なんてわんさかとあるわけで、それの手入れもしているわけで。

 ……どう考えても、盆栽は普段の仕事の延長だろ。

 刀で切っていることには、今更もう突っ込まない。あんな無駄に凄い剣技なんて必要ないだろ、なんて正論は、妖夢に言っても無駄だ。

「仕事と盆栽は違います。こちらは純粋に趣味の産物で……好き勝手に弄っていますので」
「好き勝手ねえ……」
「はい。庭の木々は、多くのお客様を魅せなければいけませんから。それに比べ、こちらは自分の好きにできるので、とても気楽です」

 そうして見せてくれる盆栽の数々は……いや、見せられても、僕にはわからんけどね。でも、なんとなく真っ直ぐなのが多くて、妖夢の気質を良く表しているとかそれっぽいことを言っておけば様になるか?

「……じゃあ、それはいいや。でも、そんなに時間のかかるもんでもないだろ。残り時間はなにをしているんだ」
「はあ。それは、お茶を嗜んだり、書を書いたり、剣の手入れをしたり……ゆるりと過ごさせてもらっていますが」
「最後がおかしいのはもういいが、どう考えても年頃の娘さんの休日じゃないよな」
「良也さん。前々から言っていますが、私は良也さんよりずっと年上です」

 子供扱いしないで下さい、と言ってくるが、それを言う時点で子供だ。ってか……

「……子供だろ」

 ふと目に止まった一点を見て言った途端、首筋に冷たい感触が走る。

「どこを見て言いました?」
「……レディは刀を振り回したりしない」

 いや、胸なんて見てないよ、胸なんて。

 はあ、と妖夢は大きくため息をついて、楼観剣を収めた。

「大体、そう言う良也さんはどんな休日を過ごしているんですか」
「僕? そりゃあお前」

 自宅でアニメを見たり、自宅で漫画をやラノベを読んだり、自宅でギャルゲをしたり、幻想郷に来たり。

 …………………………………………

「超有意義なお休みを過ごしてるさっ」

 無駄に爽やかに言い切った。キラーン、と歯を輝かせてみたり。
 ふっ、この土樹良也。休日の過ごし方において、一片たりとも疚しいところなどない! ので、詳しくは聞かないで下さい。

「……もういいです。私のことは放っておいて下さい」
「おーい? 一つもツッコミが入らないのはちと寂しいぞ」
「良也さんが、私をダシに遊んでいることはわかりました」

 人聞きの悪い。そんなのは、よくダシの出る自分を恨めと言うのだ。

「まあ、そう言うなって」

 そんな内心をおくびにも出さず(多分駄々漏れだけど)、僕は妖夢に話しかける。

「はあ……。わかりましたよ。それで、どんなのが年頃の娘さらしいと?」
「ほら、服を買いに行くとか、小説――歴史物とかじゃないぞ? 恋愛とかだぞ? そういうのを読むとか。あとは同じお茶をするにしてもだな、女友達とお喋りでもしながら……は、やめとけ」

 妖夢の女友達の面々を思い浮かべて、速攻で却下する。アレは駄目だ。

「あとは、ヨガとか……あ、チェスや将棋なんかのゲームも良いな。楽器を覚えるのも良さそうだ」

 とりあえず、思いつくままに言ってみる。
 根が真面目な妖夢は、胡散臭げにしながらも眉をハの字にして考え込み……首を振った。

「どれも興味ありません」
「んじゃあな……」
「男とデートなんてどうかしら」

 さて、次はなんだろう、と頭を悩ませると、僕の台詞を第三者の言葉が遮った。
 振り向くと、袖で口元を隠した幽々子が、おかしげに立っている。……いつの間に現れたんだよ。

「ゆ、幽々子様」
「ああ、妖夢。そんなに畏まらくても良いわ。今日は、貴方は休日なんだから」
「は、はあ」

 すぐ控えようとする妖夢を、幽々子が制する。

「で? どう、デート。丁度そこに都合のいいのが。小金持ちだから、きっと奢ってくれるわよ」
「……都合のいい男か、僕」
「ええ、とっても」

 と、言うだけ言って幽々子は去っていく。
 ……え? マジでこれ言いに来ただけ?

「デートですか」
「うーん」

 別に妖夢と出かけるのが嫌と言うわけではないが……今日は外に出る気分じゃないな。

「それも興味ありませんね。男がどうこうもそうですが、お出かけと言うのは。幽々子様から、急に用を命じられるかもしれませんし」
「……そうか」

 そこで顔を赤らめつつ、『そ、そんな、デートなんて』って、面白おかしい反応をしてくれたら、とてもイイのに。

「っていうか、そう言う幽々子は、どんな休日を過ごしてんだ、一体」

 ふと僕が呟いた言葉。

 一瞬、妖夢の瞳に、好奇の光が走った。
























 幽々子が自分抜きで、どう過ごしているのか見てみたい、というのが妖夢の主張だった。そりゃ面白そうだ、と僕は速攻で賛同した。

「しかし、主を覗き見する従者かあ」
「ひ、人聞きが悪いですよ。これは、そう。幽々子様の休日の過ごし方を参考にさせてもらおうと思ってですね」

 小声で忍びつつ、幽々子がいると思われる私室に向かう。

 妖夢は半分幽霊なだけあって、ひどく気配が薄い。僕も僕とて、吸血鬼の館で隠行には慣れたものだ。静かにすればバレない……と思うけど。
 でもなあ、

「……どう考えても、隠れ続けられる未来が想像出来ない」
「しっ、良也さん、ここからは、声は上げないで下さい」

 と、妖夢は口に指を当て『しー』とする。……む、今、ちょっとキュンときた。

 しっかし、妖夢なにやら興味を引かれたようだし、僕も勢いのまま来てしまったが、幽々子の休日なんて大体想像付くんだよねえ。どうせ、菓子でも食べながら、ぐうたらしているに決まっている。
 そのくらい、四六時中一緒にいる妖夢には自明の理だと思うのだが……いや、逆にいつも一緒だから、自分がいない時の幽々子が気になるんだろうか? 真面目な妖夢がこんな行動に出るくらいだし。

「(そこです)」

 声ではなく、身振り手振りで伝えてくる妖夢。
 確かに、もう目と鼻の先に、幽々子の私室の入り口が見えていた。

 ……都合の良いことに、障子に少し隙間が空いている。隙間とか考えていると、どこからか胡散臭い妖怪が出てきそうだが……よし、今のところいない。

 そ、っと、幽々子の部屋を覗く。……考えてみたら、着替えでもしていたら、妖夢に斬られるんじゃね、僕。

 まーいいか、と安易な気持ちで障子の隙間から、部屋の中を覗く。僕の覗いている下では、妖夢も一緒に覗いていた。

「…………」

 ちゃぶ台に顎を乗せたまま、饅頭食ってる。

「んぐんぐ」

 三個、四個と食ってる。手を伸ばしても、菓子鉢に何もなくなったことに何度か手をグーパーさせて気が付いたようだ。ため息をついたと思ったら、体を畳に投げ出して、目を瞑った。
 で、すぐに穏やかな寝息を立て始めた。

 以上。この間、三分足らず。

「……妖夢」

 小さな声をかける。

 妖夢は、『幽々子様……』と、これまた小さく呻いていた。どうも、彼女の理想とする主人と、大分乖離があったようだ。……今更過ぎるほどに今更な話だけど。

 覗き始めてすぐ寝てしまったので、どうもすることもなく、早々に僕と妖夢は部屋から離れた。……一体、なにをしに来たんだ、僕たちは。

 帰る道中、妖夢が呟く。

「普段はふらふらとされていても、あれは私にしっかりしろというメッセージだと思っていたのに」
「……ないない」

 僕は、妖夢のいないところで幽々子と話したことは何度もあるが、あのものぐさっぷりは変わらずだ。
 ……まあ、妖夢の理想とする姿には遠かろうが、しかしアレで見るところはちゃんと見てるし、僕なんかでは及びもつかないほど深く物事を考えているみたいだから、気にしないでやるのが吉だと思う。

「しかし、これでは休日の過ごし方としては、まったく参考になりませんね」

 ……ただの覗きの名分かと思ったら。変なところで真面目だな。

「なんなら、主人に倣って、精々ぐうたらな休みを過ごせばいいじゃないか」
「いえ、今日の幽々子様を見てわかりました。やはり私がしっかりしないと」

 なにやら奮起しているようだった。

 この妖夢の様子を見ると、やっぱり幽々子は、妖夢にしっかりしてもらうためにああいうポーズを取っているんじゃないか? という可能性も捨てきれなくなってくる。
 この、手の平で転がされている感じがなんとも……いいようにやる気をコントロールされている気がするのだ。

「休みの日だからと、慣らす程度にしか修行をしていませんでしたが、早速素振りです。どうです、良也さん? 久しぶりに稽古をつけて差し上げましょうか」
「え゛!?」

 いきなり矛先がこっちにきて慌てる。

 えーと、えーと、言い逃れの弁は何通りか思い浮かぶけど、全部のパターンで最終的に強引に付き合わされるシミュレーション結果が……

 どう答えたものかと悩んでいると、妖夢の部屋に付いた。……ここには、剣がある。この部屋に入ったらもう猶予はない。

 面倒臭いことはしたくないのに、と思いながら障子を開け、

「あら、おかえりなさい。どこに行っていたの?」

 ごくごく自然に、幽々子が部屋の真中に座っていた。

「へ? 幽々子様?」
「ゆ、幽々子? お前、部屋で寝てたんじゃ」
「なぁに、良也。そんな、『見てきたみたい』に。私はただ、せっかく妖夢のお休みだし、貴方も来たし、一緒にお酒を呑もうと酒蔵を探ってきただけよ?」

 と、一升瓶を見せる幽々子。

「ああ、そういえば。これは単なる独り言だけど、着替え中とか、そういうサービス精神も出した方が良かったかしら?」
「……降参」

 僕らのちょっとした悪戯なんかお見通しだったらしい。くすくす、と笑っている。

「え、え?」
「さて、良也はともかく……不敬なことを思いつく従者にはお仕置きが必要ね」

 酒をなみなみと杯に注ぐ幽々子。

 そして、次の瞬間、『さあ呑め』と、強引に妖夢を酔わせにかかるのだった。














 無論、僕も協力した。



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