博麗神社でまったりしている間、ふとあることを思い出した。 ――そういえば、神社の裏の木を別荘にしたあの三妖精はどうしているんだろう? 霊夢がこの前、最近とみに妖精の悪戯が頻発しているから、そろそろヤキを入れに行こうかという話をしていたので、もしかしてまだあそこに住んでいるんだろうか。 「霊夢。そういえば、裏の神木ってどうなったんだ?」 「神木? なにそれ」 「……いや。なにって。お前、あれを成長祈願のご神木にするって張り切ってたじゃん。ほら、梅雨明けくらいに雷が落ちたあの木」 しばらく霊夢は考え込んで……やっと思い出したのか、『ああ』と手を打った。 「そういえば、そんなのもあったわね。すっかり忘れていたわ」 「お前ねえ。一回祀ったんだったら、最後までちゃんとしろよ」 「まあ、いいじゃない。面倒くさかったし。それに、ご神木があるっているのに、ちっとも参拝客は増えなかったしね」 「それでいいのか……。大体、あの神木のことってちゃんと宣伝したのか?」 聞くと、霊夢は『別に〜』となんともなさげに返事をして、手元の煎餅を齧った。 ……いや、ちゃんと里の人達に知らせないと、来るわけがないだろう。知らせたとしても来ないような気もするけど。 「なんだかな。ちょっと様子を見てくる」 「そう。それなら、神棚が確かそのまま放置してあったはずだから、ついでに回収してきてくれる?」 「お前、どんだけなんだよ。……了解」 力が抜けるのを感じつつも、僕は神社の裏手の鎮守の森に向かう。 鬱蒼と繁る森は、なんとなく以前よりもずっと濃い感じになっているような気がした。 「ふーん」 だからと言って、早々迷ったりしない。ここの木は、幻想郷にしては『素直』に生えているからだ。 ……うーん、なんと言えばいいのか、僕も最近になって気付いたんだけど。 魔法の森に生えている木なんかは、とても複雑と言うか無駄が多い印象があるのだが、こちらは必要最低限の生え方をしている。うん、言ってて自分でもわけがわからなくなった。 まあ、ただの妄想のようなものだ。別に林業のプロというわけじゃない僕に、そんな細かな違いがわかるはずがない。 「……で、確かここら辺だったと思うんだけど」 きょろきょろと辺りを見渡す。 確か、前に来たときは、この辺りに大きく裂けた木があったはずなのだが……。どうも、場所を勘違いしたのか、目の前にあるのは樹齢ン百年と言わんばかりの巨木。 うーん? あれー、僕ってこんなに方向音痴だったかな。 と、思いきや、その巨木の前には、何ヶ月も風雨にさらされた印象のある神棚が放置されていたりなんかしちゃって…… 「これか!?」 まさかまさかと思いつつも、その巨木を見上げる。 少しだけ能力の範囲を広げて……あ、この木の中に空間を発見。相も変わらずの、三匹の気配もある。 ……え? マジでこの木が、あの裂けたミズナラの木? 幻想郷では、木の成長の仕方も違うと言うのか? それとも、マジで植物を操る程度の能力を持った妖怪が手を加えたりしたのか? 「さって、さっさと『旧居』から荷物を運び入れないとね」 「まあ、元々こっちにかなり持って来てるから、そんなにはないけど」 「うーん、でも私たちだけじゃあ、引越し完了は遅くなっちゃうわねえ」 悩んでいると、三妖精たちが出てきた。 んで、僕を発見すると、全員『げっ』という顔になる。 ……なんだよ、もう。僕、そんな怖くないよ。 「ああーっ! しばらく顔を見せないから、忘れたのかと思っていたら!」 「もしかして、私たちの新宅を巫女にチクったりしていないでしょうね!」 し、新宅だあ? ……もしかして、この木に引っ越すつもりか。いや、別に僕はどうでもいいけど。 「……いや、別に。単に、気が向いたからちょっと様子を見に来ただけで」 「ほ、本当でしょうねー。ちょっとスター?」 サニーは、ビクビクしながら周りを警戒する。 「大丈夫。周りに気配はないわ。その人間の言っていることは、多分本当」 「いや、こんなつまらない嘘はつかないから」 やれやれ……霊夢がそんなに怖いかね。いや、確かに怖いけど。 「まあ、引っ越すなら勝手にすればいいんじゃないか?」 それだけ言って、くるりと背を向ける。……やれやれ、もしかして、あの妖精共が、見た目だけ大木に見せかけているとか、そんなオチかな。 「……さて、と」 帰ってきてから数刻。どうせ酒は余っているから、と一升瓶を持って、再びサニー達の『新居』に向かうことにした。 まあ、なんだかんだでご近所さんになるわけだし。引越祝いだ。決して、暇だったから連中をおちょくりに行くわけではない。 霊夢にバレたら、連中がどんな目に遭わされるかわかったものではないので、『ちょっと外で呑んでくる』で誤魔化した。 ……これで誤魔化される霊夢も、誤魔化せてしまう僕も、どうなんだろうねえ。そんな、普段から外で呑んでいるっけか。 「……ん?」 そんなわけで、裏の元神木に向けて歩いていると、ズゥン、とまさに今向かっている方から、鈍い振動が聞こえた。 地震……じゃないよな。どっちかというと、これは、弾幕とかの余波…… 「……なんだろう、すごく嫌な予感がする」 引越祝いはまた今度にして、今日のところは退散するか? と、一歩引く、と、後ろになにもあるはずがないのに、トンと背中に何かが当たった。 「……?」 「こんにちは、貴方はまた、妙なタイミングで登場するのねえ」 「……それはこっちの台詞だ」 振り向いてみると、スキマが扇子を僕の背中に押し当てていた。 ……なんだこいつ。なんでこんなとこにいるんだ。神社にはたまに来るけど、こいつが一体どんな用事で森にいるっていうんだ? 警戒心マックスで様子を見ていると、今度は前のほうからドタバタとなにかが走ってくる。……ああ、サニー達だ。 「ここまで逃げれば……って、うわぁっ!? また出た!」 「人を油虫のように。失礼な妖精ですわ」 スキマが、傘を掲げて光弾を撃つ。 サニーは、それを屈折させて躱すが……ルナとスターは、そんな能力はないので、いいように翻弄されていた。 「……おいおい。弱いものいじめはやめとけよ」 「これはいじめなんかじゃないわよ。本当に弱いものかどうか確かめているだけ」 「はあ?」 意味がわからない。本当に、さっぱり意味がわからない。 しかし、スキマの片手間の弾幕に翻弄されまくっている三人の姿は、それなりに哀れを誘った。 「やめろって」 「ふむ……そう言うのなら、貴方が止めて見せれば?」 ドン、と強く背中を押され、僕はサニー達三人の元へ。 「おおー、助けてくれるのか!」 「さあ、行け良也!」 んでもって、ボロボロのサニーとルナは僕を盾にして、無責任に煽ってきた。 スターは……あ、一人で逃げようとしたら、逃げる先に隙間が出来て、こっちに飛ばされた。 「な、なに今の!?」 スキマの能力です、と言っても、実際あれがどういうものなのかわからない僕は、口を噤む。……実際、スキマの使うあの隙間空間は一体どんな原理で作られているものなんでしょう? んで、スターの逃げ道を塞いだスキマは、自信満々に言った。 「ふふふ……知らなかったのかしら? 大妖怪からは逃げられない」 「おい」 「あら? なにか今の台詞に変なところでもあった?」 「わかっててやってるんだろ? そして、僕にしか分からないネタを使いやがって」 ダ○大は面白かったよなあ。 しかし…… 「良也、悪の妖怪となにを呑気に話してんだ! 早く退治しちゃって」 「いや、それ無理」 背中には、ちびっ子三人。前には悪の妖怪(僕的には灰汁の妖怪のほうがしっくりくる)。 なんだろうね、この状況。別に僕は、正義の味方でも何でもないんだが。というか、本物のヒーロー……魔理沙辺り……が出てきてくれるなら、喜んで守ってもらう村人A的ポジなんだが。 「ふうん、良也。私とやる気かしら?」 「……どうだろう。大人しく引いてくれるなら、僕としては万々歳なんだけど」 「そう、やるってことね」 「今の台詞のどこをどう聞いたらそんな結論に達するかな!?」 しかし、どうもスキマは引くつもりはないらしい。『どんな手を使ってくるのかしら?』と手をこまねいているのが、傍目からもよくわかる。 ええい、畜生。すごく場に流されている感が否めないが、いい機会だ。普段からの恨みつらみ、ここで晴らしてやる! 「行くぞ、スキマァァァァ!!」 「やられたあぁぁぁ!」 時間にして、実に一分足らず。 僕は、ボッコボコのメッタメタにされて、ぺっ、と放り出された。 うう……ボロボロだ。予想通りの結末だけど。 「弱いわねえ」 「……言うな。これでも成長している」 今回は一分足らずだったが、幻想郷に来たばかりの頃だったら十秒足らずでやられていただろう。そう考えると約六倍の成長だ。……うお、こう考えるとスゴイ成長率じゃね!? 「さて、と」 あ、スキマが妖精たちの方を向いた。 すっげ怖がってる。 やめさせたいけど、今は身体が動かないなあ……。 「うわあ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! あの木のことは諦めますから、どうかご容赦を!」 「あら、なにを言っているのかしら?」 土下座せんばかりの勢いで命乞いを始める妖精を、スキマは笑った。 「別に、あの木を貴方達から取り上げようとしたわけじゃないわ。あの木は、ちょっとワケありでね。力を持つものに悪用されたら危険なの。だから、そこに住むっていう貴方達の力を見させてもらったんだけど」 ……ワケあり? あの木、元神木って所と異様な成長をしたって以外で、なにかワケがあるのか? いや、これだけでも十分なワケな気がするが、スキマが気にするようなことじゃないような…… 「貴方達は合格よ。貴方達は、あの木を悪用出来るような力は持っていない。超弱いからね」 「え、それじゃあ……」 「さ、早く引越しを済ませてしまいなさいな。日が暮れてしまうわよ」 と、すごく慈愛の篭った表情と声で言うスキマだが、薄皮一枚向こう側にニヤニヤ顔があることは、容易に想像できる。しかし、そんなのは関係ない妖精たちは、わあ、と諸手を挙げて喜んだ。 ……さて、そうすると、だ。 「なあ、スキマ」 「なに?」 「ってことは、僕がボコられた理由って?」 「なにを言うかと思えば……。私は平和主義者だけど、向かってくる火の粉は払わないといけないでしょう。違って?」 どの口が平和主義を語るのか。 っていうか、確かに先制攻撃をかけたのは僕だけど、そう誘導したのはお前だよな? 「さて、じゃあ、戦利品としてこれはもらっていくわね」 「あ、僕の酒!」 引越祝いに持ってきたヤツ! そういえば、いつの間にかなくなっていたけど! 「もうちょっと上等なやつが良かったけど……まあいいわ。今日は、一仕事終えたことだし、これで一杯やりましょう」 と、スキマはすう、と消えていった。 サニー達も荷物を取りに行ったのかいなくなっていて…… 動けるようになるまで、僕はその場でさみしい思いをするのだった。 ……はあ、貧乏くじ。 | ||
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